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番外編
二人の事 マベル視点
入学試験で一番目立っていた男、エルド・クリスティア。
金髪に赤い瞳で見た目も良い男だった。
それだけで気に入らなかった。
僕もそれなりに魔法使いは向いていると思っていた。
それを頭の上を飛び越えるように通り過ぎた男は、クラスの中で浮いていた。
エルドと同級生だった人はみんな不幸だった。
どれだけ頑張ってもエルドには遠く及ばず、学院を去る者も少なくなかった。
エルドを妬む事……そうやって自我を肯定しなければいけないほど、この学年は荒んでいた。
『マベルはすごいね。私の想像できない魔法陣を思い付くんだ』
そんな中で、特殊だったのはリンゼイ・フレーテスという男だった。
リンゼイは、エルドだけではなく、自分より優れた人物を褒められる人格者だったと思う。
すごいと思ったらすごいと言う。
先生すら褒めるという単純な行為を忘れている中で、素直な感想をぶつけてくるリンゼイに同級生のみんなは救われていた。
『また《優良》をもらったのかい? マベルなら、四つ星だっていけるね』
『そ、そうですかね……』
僕も例外ではなかった。
リンゼイに褒められる事で意欲が湧いた。
そのうちに、リンゼイの笑顔を見る為に頑張るようになっていた。
『リンゼイ! 君も《優良》をもらったんですね!』
僕の言葉にリンゼイは、嬉しそうに笑った。その笑顔が眩しかった。
僕と一緒に城の魔法使いにならないだろうか?
四つ星が必須の城の魔法使いだけれど、リンゼイがその気なら、一緒になれると思った。
けれど、リンゼイの言葉を聞いてその言葉を飲み込んだ。
『これも全部エルドのおかげなんだ』
エルド? なぜエルドが?
僕の知らないところでエルドとリンゼイが関わっていたという事に、胸が押しつぶされそうな感覚を味わった。
そこで気付いてしまった。
僕は、リンゼイに特別な感情を抱いてしまっていたようだ。
リンゼイの眩しいぐらいの笑顔に救われていたはずなのに、その時の笑顔を見たくなかった。
僕は、エルドに嫉妬した。
エルドには、見た目も魔法も敵わない。そんな相手に僕はどうやっても勝てる気がしなかった。
だから、リンゼイはただの同級生だと自分に言い聞かせる事で自分を慰めた。
『聞いたか? あの話』
『ああ……【冷酷無慈悲な悪魔】の事だろ?』
そんな噂が囁かれるようになった頃、リンゼイは、ほとんど教室にいなかった。
授業が終わればすぐにどこかへ行ってしまうようになったリンゼイを遠くから見つめていた。
卒業が近付くにつれて、リンゼイともう話せなくなると思ったら、もっと色んな話をしたくなった。
『リンゼイは、卒業したらどうするのですか?』
『家政夫……かな』
苦笑いするリンゼイに驚く。
『なぜですか!? あなたなら、僕の助手だってできるのに!』
『城の魔法使いの助手? それもいいかもね』
『だったら──っ』
『ごめんね。私はエルドと一緒に居たいんだ』
迷いなんて一つもない。
リンゼイのそんな言葉に胸の奥をガリッと引っ掻かれたような気がした。
卒業して会わなくなったら、きっと僕のことなんて忘れてしまうのだろう。
そんなのは嫌だった。
リンゼイは、エルドと一緒に暮らさなかった。
僕はそれを喜んでいた。
何か理由をつけては家を訪ねて、リンゼイに時々会いに行った。
『城の仕事はどう?』
そうやって優しく微笑んで、僕の事を気にかけてくれるだけで嬉しかった。
『先輩と仲良くなれましたよ(主に体で)』
『それは良かったね。マベルは誰とでも仲良くなれるからね』
一番仲良くなりたい人の一番にはなれないけれど──。
僕は、それでも良かった。リンゼイの笑顔が見れればそれで良かった。
『リンゼイ、やっぱり僕の助手をしませんか?』
そして、時々思い出したように問いかけてみる。
返事はいつもノーだった。
それでも、僕の中でリンゼイの存在は癒しだったんだと思う。
城の魔法使いになったばかりの時に、ルーベンス様の臣下であるオーガストに魔力をなくす魔法陣を開発して欲しいと頼まれた。
自分が普通の魔法使いでは思いつかない魔法陣を作ったなら、認められるような気がしていた。
特にリンゼイに話したら喜んでくれるかもしれないと思っていた。
魔法陣が出来上がった時、知らない家の出入り口にその陣を描かされた。
その次の日、同僚からエルドの訃報を聞かされる。
『もう一度……言って下さい……』
『エルドが死んだ……その場にいたみんなが確認している』
エルドが死んだ? あの殺しても死ななそうな男がなぜ?
リンゼイは大丈夫なんだろうか?
気にしてはいつつも、僕は身動きが取れずにいた。そして、数日後に戸惑う事になる。
『エルドの魔道具を回収するんですか?』
城の魔法使いが数人でその場へ行くという。
そこで驚くべき事実を知る。
その家は、僕が魔法陣を描いた家だった。僕が描いた魔法陣は消されていて、家はボロボロだった。
ここで何があったのか……。
まさかとは思った。僕は知らなかったとはいえ、エルドの死に加担した事になるんだろうか……?
『お願いだから、やめてくれ!』
そこで、リンゼイの叫ぶ声を聞いて我に返る。
先に行っていた城の魔法使いや騎士たちは、エルドの魔道具を回収するのにリンゼイの抵抗にあっていた。
『彼、あまり邪魔するようなら、反逆罪で牢にでも入れますか?』
『そうだな。エルドの知り合いだか知らないが、王家に逆らうとはな』
指示を出そうとした上役を止めて、手を挙げた。
『僕は、彼とも同級生なんです。多少強引にでも僕が説得します。なので、厳しく当たるのはやめて下さい』
『それなら、お前に頼む』
リンゼイの前に立てば、僕ですら睨んできた。
リンゼイにとって僕は──エルドの遺品を奪う敵。
この時ほど、城の魔法使いである事を呪った事はない。それと同じぐらい城の魔法使いで良かったとも思った。どうやっても彼を守りたかった。
『国王陛下でも、なぜそんな勝手な事ができるんだ!』
『リンゼイ……邪魔をしないで下さい。反逆罪になります。僕はあなたを捕らえたくない』
会話のやり取りをするうちに、私情が入ってしまう。
『捕らえるなり好きにするといい! だから、エルドの研究をそのままにしておいてくれっ……!』
そこまで彼が好きなのか……その想いは、僕の心を黒く染める。
『──エルドは、リンゼイが捕まることを望んでいるとは思えません』
リンゼイが初めて口籠もった。
エルドに頼りたくなかったのに、エルドを利用した。
そうすれば、リンゼイは諦めると僕は知っていた。
リンゼイの歪められた顔に心が痛む。
『リンゼイはエルドの魔法陣に守られていたらしいですね。エルドが必死で守ったあなたを、僕は捕らえたくないんです』
僕は、とことんエルドには敵わなかった。何も通さない結界を何時間も張り続けるなんて、エルド以外に不可能だ。
捕らえたくないのは本心だ。牢になんて入れさせない。
抵抗されないように周りの人に指示を出しながら、床に這いつくばって泣くリンゼイを見て胸が張り裂けそうだった。
リンゼイはもう僕を見なかった。
僕には、そういう守り方でしかリンゼイを守れなかった──。
◆◇◆
城に戻ると、オーガストの所へ行って彼に詰め寄った。
『オーガスト……あの魔法陣は……エルドに使ったのですか?』
『お前が知る必要はない』
『ちょ、ちょっと! 話を──』
何度か聞いても、全く取り合ってもらえず、エルドの死の真相を知ることはできなかった。
これでは、リンゼイに会わす顔がない。
そう思いつつも、そのうちにリンゼイの事が心配で、家を訪ねた。
最初の一回目は、ドアを開けてはくれた。
『リンゼイ……体調はどうですか……?』
『…………』
リンゼイは、何も喋ってくれなかった。
僕をいない存在かのように、視線は合わなかった。
影が差した暗い横顔に、それでも懸命に話しかけた。
そして、リンゼイは最後に一言だけ囁いた。
『マベル……私は大丈夫だから、もう来ないでくれ……』
そう言って、ドアを閉めると鍵を掛けられた。
それ以降、何度名前を呼んでも扉を開けてはくれなかった。
このままでは、リンゼイはエルドの後を追うんじゃないかと思うほど、リンゼイは生きる気力がなかった。
笑う事のなくなったリンゼイをどうにかして支えたかった。
何度か訪ねては、会ってももらえずに帰された。
それでも返事があれば、今日も生きていてくれたと安心した。
『帰ってくれ……! 一人にしておいてくれ……っ!』
何をしても、僕ではダメだった──。
エルドの魔道具は、どれも素晴らしいものばかりだった。
中途半端な作りかけも、使い方のわからない物も、憎らしいほどに尊敬に値した。
そのうちにエルドの魔道具を見ていて思い立つ。
『エルドの魔道具は僕が預かっています。魔道具について知っている事を教えてくれたら、リンゼイに見せてあげてもいいですよ』
だから、リンゼイの顔を見せてほしい。
『エルドの魔道具……』
エルドの名前を出せば、リンゼイは僕に反応してくれると思っていた。
そんなリンゼイを僕は残酷だと思った。
それ以上に、こんな状態になるほどリンゼイを追い詰めているエルドが憎かった。
死んでいなかったら、ぶん殴ってでもここに連れてきたかった。
◆◇◆
「ディノ・バスカルディ。僕はリンゼイと話したいんです」
出張のお土産を持って、二人の家を訪ねては、ディノに邪魔される。
「二人きりにするわけないだろう! お前は前科持ちなんだからな!」
リンゼイが僕を抱いてくれるなんて思っていない。
ただ僕は、彼を慰めたかった。
エルドの代わりでもいいと思うほどに──。
「リンゼイ、ケンカしたらいつでも来て下さいね。僕がたっぷり慰めてあげますよ」
「ケンカなんかするか」
またディノに邪魔された。
「だから、僕はリンゼイと話したいんですっ!」
「ふふっ。二人とも落ち着いてお茶でも飲んだら?」
リンゼイが、睨み合う僕達に笑顔でお茶をいれてくれる。
エルドは大嫌いだ。今でも殴りたい。けれど、リンゼイがこんな笑顔を向けてくれるようになったのは、間違いなくエルドのおかげだ。
私ではこんな笑顔にさせてやる事はできない。
「リンゼイ、やっぱり僕の助手になりませんか?」
「ごめんね。私は、教師の仕事が好きだから」
僕は、リンゼイに断られるとわかっていても、今でも同じ質問を繰り返す。
いつかイエスと言ってもらえるほんの僅かな奇跡に想いを託して──。
金髪に赤い瞳で見た目も良い男だった。
それだけで気に入らなかった。
僕もそれなりに魔法使いは向いていると思っていた。
それを頭の上を飛び越えるように通り過ぎた男は、クラスの中で浮いていた。
エルドと同級生だった人はみんな不幸だった。
どれだけ頑張ってもエルドには遠く及ばず、学院を去る者も少なくなかった。
エルドを妬む事……そうやって自我を肯定しなければいけないほど、この学年は荒んでいた。
『マベルはすごいね。私の想像できない魔法陣を思い付くんだ』
そんな中で、特殊だったのはリンゼイ・フレーテスという男だった。
リンゼイは、エルドだけではなく、自分より優れた人物を褒められる人格者だったと思う。
すごいと思ったらすごいと言う。
先生すら褒めるという単純な行為を忘れている中で、素直な感想をぶつけてくるリンゼイに同級生のみんなは救われていた。
『また《優良》をもらったのかい? マベルなら、四つ星だっていけるね』
『そ、そうですかね……』
僕も例外ではなかった。
リンゼイに褒められる事で意欲が湧いた。
そのうちに、リンゼイの笑顔を見る為に頑張るようになっていた。
『リンゼイ! 君も《優良》をもらったんですね!』
僕の言葉にリンゼイは、嬉しそうに笑った。その笑顔が眩しかった。
僕と一緒に城の魔法使いにならないだろうか?
四つ星が必須の城の魔法使いだけれど、リンゼイがその気なら、一緒になれると思った。
けれど、リンゼイの言葉を聞いてその言葉を飲み込んだ。
『これも全部エルドのおかげなんだ』
エルド? なぜエルドが?
僕の知らないところでエルドとリンゼイが関わっていたという事に、胸が押しつぶされそうな感覚を味わった。
そこで気付いてしまった。
僕は、リンゼイに特別な感情を抱いてしまっていたようだ。
リンゼイの眩しいぐらいの笑顔に救われていたはずなのに、その時の笑顔を見たくなかった。
僕は、エルドに嫉妬した。
エルドには、見た目も魔法も敵わない。そんな相手に僕はどうやっても勝てる気がしなかった。
だから、リンゼイはただの同級生だと自分に言い聞かせる事で自分を慰めた。
『聞いたか? あの話』
『ああ……【冷酷無慈悲な悪魔】の事だろ?』
そんな噂が囁かれるようになった頃、リンゼイは、ほとんど教室にいなかった。
授業が終わればすぐにどこかへ行ってしまうようになったリンゼイを遠くから見つめていた。
卒業が近付くにつれて、リンゼイともう話せなくなると思ったら、もっと色んな話をしたくなった。
『リンゼイは、卒業したらどうするのですか?』
『家政夫……かな』
苦笑いするリンゼイに驚く。
『なぜですか!? あなたなら、僕の助手だってできるのに!』
『城の魔法使いの助手? それもいいかもね』
『だったら──っ』
『ごめんね。私はエルドと一緒に居たいんだ』
迷いなんて一つもない。
リンゼイのそんな言葉に胸の奥をガリッと引っ掻かれたような気がした。
卒業して会わなくなったら、きっと僕のことなんて忘れてしまうのだろう。
そんなのは嫌だった。
リンゼイは、エルドと一緒に暮らさなかった。
僕はそれを喜んでいた。
何か理由をつけては家を訪ねて、リンゼイに時々会いに行った。
『城の仕事はどう?』
そうやって優しく微笑んで、僕の事を気にかけてくれるだけで嬉しかった。
『先輩と仲良くなれましたよ(主に体で)』
『それは良かったね。マベルは誰とでも仲良くなれるからね』
一番仲良くなりたい人の一番にはなれないけれど──。
僕は、それでも良かった。リンゼイの笑顔が見れればそれで良かった。
『リンゼイ、やっぱり僕の助手をしませんか?』
そして、時々思い出したように問いかけてみる。
返事はいつもノーだった。
それでも、僕の中でリンゼイの存在は癒しだったんだと思う。
城の魔法使いになったばかりの時に、ルーベンス様の臣下であるオーガストに魔力をなくす魔法陣を開発して欲しいと頼まれた。
自分が普通の魔法使いでは思いつかない魔法陣を作ったなら、認められるような気がしていた。
特にリンゼイに話したら喜んでくれるかもしれないと思っていた。
魔法陣が出来上がった時、知らない家の出入り口にその陣を描かされた。
その次の日、同僚からエルドの訃報を聞かされる。
『もう一度……言って下さい……』
『エルドが死んだ……その場にいたみんなが確認している』
エルドが死んだ? あの殺しても死ななそうな男がなぜ?
リンゼイは大丈夫なんだろうか?
気にしてはいつつも、僕は身動きが取れずにいた。そして、数日後に戸惑う事になる。
『エルドの魔道具を回収するんですか?』
城の魔法使いが数人でその場へ行くという。
そこで驚くべき事実を知る。
その家は、僕が魔法陣を描いた家だった。僕が描いた魔法陣は消されていて、家はボロボロだった。
ここで何があったのか……。
まさかとは思った。僕は知らなかったとはいえ、エルドの死に加担した事になるんだろうか……?
『お願いだから、やめてくれ!』
そこで、リンゼイの叫ぶ声を聞いて我に返る。
先に行っていた城の魔法使いや騎士たちは、エルドの魔道具を回収するのにリンゼイの抵抗にあっていた。
『彼、あまり邪魔するようなら、反逆罪で牢にでも入れますか?』
『そうだな。エルドの知り合いだか知らないが、王家に逆らうとはな』
指示を出そうとした上役を止めて、手を挙げた。
『僕は、彼とも同級生なんです。多少強引にでも僕が説得します。なので、厳しく当たるのはやめて下さい』
『それなら、お前に頼む』
リンゼイの前に立てば、僕ですら睨んできた。
リンゼイにとって僕は──エルドの遺品を奪う敵。
この時ほど、城の魔法使いである事を呪った事はない。それと同じぐらい城の魔法使いで良かったとも思った。どうやっても彼を守りたかった。
『国王陛下でも、なぜそんな勝手な事ができるんだ!』
『リンゼイ……邪魔をしないで下さい。反逆罪になります。僕はあなたを捕らえたくない』
会話のやり取りをするうちに、私情が入ってしまう。
『捕らえるなり好きにするといい! だから、エルドの研究をそのままにしておいてくれっ……!』
そこまで彼が好きなのか……その想いは、僕の心を黒く染める。
『──エルドは、リンゼイが捕まることを望んでいるとは思えません』
リンゼイが初めて口籠もった。
エルドに頼りたくなかったのに、エルドを利用した。
そうすれば、リンゼイは諦めると僕は知っていた。
リンゼイの歪められた顔に心が痛む。
『リンゼイはエルドの魔法陣に守られていたらしいですね。エルドが必死で守ったあなたを、僕は捕らえたくないんです』
僕は、とことんエルドには敵わなかった。何も通さない結界を何時間も張り続けるなんて、エルド以外に不可能だ。
捕らえたくないのは本心だ。牢になんて入れさせない。
抵抗されないように周りの人に指示を出しながら、床に這いつくばって泣くリンゼイを見て胸が張り裂けそうだった。
リンゼイはもう僕を見なかった。
僕には、そういう守り方でしかリンゼイを守れなかった──。
◆◇◆
城に戻ると、オーガストの所へ行って彼に詰め寄った。
『オーガスト……あの魔法陣は……エルドに使ったのですか?』
『お前が知る必要はない』
『ちょ、ちょっと! 話を──』
何度か聞いても、全く取り合ってもらえず、エルドの死の真相を知ることはできなかった。
これでは、リンゼイに会わす顔がない。
そう思いつつも、そのうちにリンゼイの事が心配で、家を訪ねた。
最初の一回目は、ドアを開けてはくれた。
『リンゼイ……体調はどうですか……?』
『…………』
リンゼイは、何も喋ってくれなかった。
僕をいない存在かのように、視線は合わなかった。
影が差した暗い横顔に、それでも懸命に話しかけた。
そして、リンゼイは最後に一言だけ囁いた。
『マベル……私は大丈夫だから、もう来ないでくれ……』
そう言って、ドアを閉めると鍵を掛けられた。
それ以降、何度名前を呼んでも扉を開けてはくれなかった。
このままでは、リンゼイはエルドの後を追うんじゃないかと思うほど、リンゼイは生きる気力がなかった。
笑う事のなくなったリンゼイをどうにかして支えたかった。
何度か訪ねては、会ってももらえずに帰された。
それでも返事があれば、今日も生きていてくれたと安心した。
『帰ってくれ……! 一人にしておいてくれ……っ!』
何をしても、僕ではダメだった──。
エルドの魔道具は、どれも素晴らしいものばかりだった。
中途半端な作りかけも、使い方のわからない物も、憎らしいほどに尊敬に値した。
そのうちにエルドの魔道具を見ていて思い立つ。
『エルドの魔道具は僕が預かっています。魔道具について知っている事を教えてくれたら、リンゼイに見せてあげてもいいですよ』
だから、リンゼイの顔を見せてほしい。
『エルドの魔道具……』
エルドの名前を出せば、リンゼイは僕に反応してくれると思っていた。
そんなリンゼイを僕は残酷だと思った。
それ以上に、こんな状態になるほどリンゼイを追い詰めているエルドが憎かった。
死んでいなかったら、ぶん殴ってでもここに連れてきたかった。
◆◇◆
「ディノ・バスカルディ。僕はリンゼイと話したいんです」
出張のお土産を持って、二人の家を訪ねては、ディノに邪魔される。
「二人きりにするわけないだろう! お前は前科持ちなんだからな!」
リンゼイが僕を抱いてくれるなんて思っていない。
ただ僕は、彼を慰めたかった。
エルドの代わりでもいいと思うほどに──。
「リンゼイ、ケンカしたらいつでも来て下さいね。僕がたっぷり慰めてあげますよ」
「ケンカなんかするか」
またディノに邪魔された。
「だから、僕はリンゼイと話したいんですっ!」
「ふふっ。二人とも落ち着いてお茶でも飲んだら?」
リンゼイが、睨み合う僕達に笑顔でお茶をいれてくれる。
エルドは大嫌いだ。今でも殴りたい。けれど、リンゼイがこんな笑顔を向けてくれるようになったのは、間違いなくエルドのおかげだ。
私ではこんな笑顔にさせてやる事はできない。
「リンゼイ、やっぱり僕の助手になりませんか?」
「ごめんね。私は、教師の仕事が好きだから」
僕は、リンゼイに断られるとわかっていても、今でも同じ質問を繰り返す。
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・切ない裏側
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