腹黒執事はご主人様を手に入れたい

おみなしづき

文字の大きさ
1 / 16

お目覚めでございます

しおりを挟む

「坊っちゃま。朝ですよ。起きて下さい」

 私の朝は主人である煌麻こうま様を起こすことから始まる。

 カーテンに手を掛けて開ける音と共に、朝の光が室内を照らす。
 眩しさに目を細め、庭の木にとまった仲の良さそうな二羽の鳥を見て微笑んでいれば、背中に抗議の声を掛けられた。

「その呼び方……やめろ……」

 枕に顔を埋めて文句を言う煌麻様も可愛らしい。

「申し訳ございません。気が緩んでしまうとつい──」

 坊っちゃまと呼んでいたのは小学生までだったけれど、怒られたいが為にわざとそう呼んだ。
 煌麻様が頭を動かすとサラリと動く髪に触れたくなって側に行き、髪を撫でる。
 煌麻様のサラサラの髪を触るのが好きだ。このままずっと触っていられる。

 煌麻様は、髪を撫でていると子供扱いされていると感じるのか、やはり不機嫌そうに睨まれた。
 この視線にゾクゾクする……。

崇臣たかおみ……朝から僕を怒らせたいのか?」

 煌麻様から掛けられる言葉はどんなものでも心地いい。

「とんでもございません。私は煌麻様を起こしたいだけですよ」
「もう起きた」

 そんな風に言っていても、頭を撫でたままでいても、煌麻様は私の手を振り払う事はない。
 煌麻様は、本当はこうやって撫でられるのが好きなのを私は知っている。

 子供扱いされるのが嫌なのも、私よりも低い身長を気にしているのも、全部私に釣り合いたいと思う煌麻様の心の内だ。
 私に隠そうと悪態をつく姿が、たまらなく愛おしい。

 私、神崎かんざき崇臣は、この天野宮邸あまのみやていの執事だ。
 私の父親は、この天野宮邸の執事として働いていたが、私が執事学校を卒業してすぐに煌麻様の父である静麻しずま様と共に海外の別邸に移り住んだ。
 それからずっと、私はこちらの天野宮邸を任されている。 

 天野宮家の執事は、天野宮家の敷地に家があるが、天野宮邸にも部屋をもらっている。仕事の間は住み込みで主人の為に尽くす。主人が望まれた事は全て叶える努力をする。

 静麻様は奇特な方で、煌麻様の遊び相手にと、私がまだ小学生の頃からこの邸宅に私を呼んでくれていた。
 その頃の煌麻様は、やっと歩き出したぐらいで私にべったりで、おやつも手すがら食べさせた。
 煌麻様に尽くす事が、私の喜びになるのには時間が掛からなかった。

 自分が高校生だった時ですら、この天野宮の屋敷に毎日呼ばれ、煌麻様のそばになるべく居た。
 そんな私を見た父から、執事学校への留学を勧められ『煌麻様とずっと一緒にいられるぞ?』の一言で進路を決定。

 留学する時に私の腕の中で泣いていた煌麻様を思い出す。

『崇臣! 行くんじゃない! 僕と一緒にいるんだ!』

 長期間離れる事はなかったから、そんな風に言ってもらえる事が嬉しかった。

『必ず戻ってきます。そうすれば、もう二度とおそばを離れませんよ』
『絶対……絶対だぞっ!』

 目に涙を溜めて、そんな事を言う人を可愛いと思わないわけがない。
 父達は、私が留学から戻ってきたら、この天野宮邸を任せる事を考えていたらしい。
 私はとっくの昔に私自身を煌麻様に捧げる事に、なんのためらいもなかった。

「煌麻様はいつまで経っても甘えん坊ですからね」
「減らず口をやめろ。執事を代えるぞ」

 留学から帰ってきたら、なぜだか煌麻様の素直さが激減されていたけれど、こんな言い方をしても執事を代えられた事はない。
 私の人を揶揄うような態度が気に入らないみたいだ。
 そうやって不機嫌そうにする姿が可愛くて仕方ないのだと本人はわかっていない。

「それは困ります。煌麻様の執事でいれなくなれば、私に価値などございません」

 煌麻様のおそばにいられなければ、生きていても意味はない。
 私に備わっている全ては、煌麻様の為のものだ。
 煌麻様の世話をするのは、煌麻様自身もそれを望まれているし、私も望んでいるからだ。他のやつの為にこんなにも尽くすことなどあり得ない。

 煌麻様の頬にそっとするキスは、幼い頃からの習慣にした。
 これを普通に受け入れてくれる無防備な煌麻様が本当に可愛い。

「さぁ、起きて下さい」

 体を起こした煌麻様をジッとみていれば、照れながら私から視線を逸らして挨拶をしてくれる。

「ぉはよ……ぅ……」

 この挨拶が本当にたまらない……すごくゾクゾクする……。
 私の事をもっと意識するようになればいい。

「おはようございます、煌麻様」

 煌麻様がベッドから降りれば、着替えをする。
 シルクのパジャマのボタンを外して脱がす。
 現れた素肌が綺麗だ。

「いつ見ても綺麗なお体ですね……最近は特に──」

 我慢ができなくなりつつある。
 もうすぐ大学生になるからか、色気も増して可愛いだけじゃなくなった。

「お前が手入れしているのに何を言っているんだ」
「煌麻様の素材がいいのですよ」

 白手袋を外して、その素肌に触れたい。
 綺麗な白い肌が赤く染まるのがたまらなく好きだ。
 それは、私しか知らない煌麻様──。

「この素肌に誰も触れさせてはいけませんよ」

 私以外は──。

「お前以外、この僕に触れる奴なんていない」
「そうでしたね」

 煌麻様には姉がいるが、大学を卒業すると同時に結婚してもう家にはいない。
 立派な家柄の後継ぎである煌麻様は、誰もに一歩引かれている。

 だからこそ、煌麻様には私しかいないという気持ちが強いんだろう。

 学園の制服を着せて、ネクタイを締める。
 着替えが終われば次は立派な鏡台の前に連れて行き、髪をセットする。

「今日はどう致しますか?」
「どうでもいい」

 いつもと同じ質問にいつもと同じ返答が返ってくる事が楽しくてクスクスと笑う。
 煌麻様はそれに少し照れるので、また微笑んでしまう。

「髪、伸びてきましたね。学園からお戻りになられたら切って差し上げますね」

 私が髪を撫でると、気持ち良さそうに目を細める。
 これも無意識にやっていると思うとこんなに可愛い人はいないと思う。

「煌麻様、できましたよ」

 サラサラの髪を邪魔にならないように後ろに流した髪型は自然に見えた。

「崇臣……今日も……ありがとう……」

 普段はやめろだとか執事を代えるだとか言う口が、時々そんな風に照れながらお礼を言うものだから、私はこのご主人様が可愛くて愛しくて──……ぐちゃぐちゃに汚したくなる。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

悪役令嬢の兄でしたが、追放後は参謀として騎士たちに囲まれています。- 第1巻 - 婚約破棄と一族追放

大の字だい
BL
王国にその名を轟かせる名門・ブラックウッド公爵家。 嫡男レイモンドは比類なき才知と冷徹な眼差しを持つ若き天才であった。 だが妹リディアナが王太子の許嫁でありながら、王太子が心奪われたのは庶民の少女リーシャ・グレイヴェル。 嫉妬と憎悪が社交界を揺るがす愚行へと繋がり、王宮での婚約破棄、王の御前での一族追放へと至る。 混乱の只中、妹を庇おうとするレイモンドの前に立ちはだかったのは、王国騎士団副団長にしてリーシャの異母兄、ヴィンセント・グレイヴェル。 琥珀の瞳に嗜虐を宿した彼は言う―― 「この才を捨てるは惜しい。ゆえに、我が手で飼い馴らそう」 知略と支配欲を秘めた騎士と、没落した宰相家の天才青年。 耽美と背徳の物語が、冷たい鎖と熱い口づけの中で幕を開ける。

俺にだけ厳しい幼馴染とストーカー事件を調査した結果、結果、とんでもない事実が判明した

あと
BL
「また物が置かれてる!」 最近ポストやバイト先に物が贈られるなどストーカー行為に悩まされている主人公。物理的被害はないため、警察は動かないだろうから、自分にだけ厳しいチャラ男幼馴染を味方につけ、自分たちだけで調査することに。なんとかストーカーを捕まえるが、違和感は残り、物語は意外な方向に…? ⚠️ヤンデレ、ストーカー要素が含まれています。 攻めが重度のヤンデレです。自衛してください。 ちょっと怖い場面が含まれています。 ミステリー要素があります。 一応ハピエンです。 主人公:七瀬明 幼馴染:月城颯 ストーカー:不明 ひよったら消します。 誤字脱字はサイレント修正します。 内容も時々サイレント修正するかもです。 定期的にタグ整理します。 批判・中傷コメントはお控えください。 見つけ次第削除いたします。

ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学で逃げ出して後悔したのに、大人になって再会するなんて!?

灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。 オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。 ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー 獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。 そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。 だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。 話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。 そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。 みたいな、大学篇と、その後の社会人編。 BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!! ※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました! ※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました! 旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」

処理中です...