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お目覚めでございます
しおりを挟む「坊っちゃま。朝ですよ。起きて下さい」
私の朝は主人である煌麻様を起こすことから始まる。
カーテンに手を掛けて開ける音と共に、朝の光が室内を照らす。
眩しさに目を細め、庭の木にとまった仲の良さそうな二羽の鳥を見て微笑んでいれば、背中に抗議の声を掛けられた。
「その呼び方……やめろ……」
枕に顔を埋めて文句を言う煌麻様も可愛らしい。
「申し訳ございません。気が緩んでしまうとつい──」
坊っちゃまと呼んでいたのは小学生までだったけれど、怒られたいが為にわざとそう呼んだ。
煌麻様が頭を動かすとサラリと動く髪に触れたくなって側に行き、髪を撫でる。
煌麻様のサラサラの髪を触るのが好きだ。このままずっと触っていられる。
煌麻様は、髪を撫でていると子供扱いされていると感じるのか、やはり不機嫌そうに睨まれた。
この視線にゾクゾクする……。
「崇臣……朝から僕を怒らせたいのか?」
煌麻様から掛けられる言葉はどんなものでも心地いい。
「とんでもございません。私は煌麻様を起こしたいだけですよ」
「もう起きた」
そんな風に言っていても、頭を撫でたままでいても、煌麻様は私の手を振り払う事はない。
煌麻様は、本当はこうやって撫でられるのが好きなのを私は知っている。
子供扱いされるのが嫌なのも、私よりも低い身長を気にしているのも、全部私に釣り合いたいと思う煌麻様の心の内だ。
私に隠そうと悪態をつく姿が、たまらなく愛おしい。
私、神崎崇臣は、この天野宮邸の執事だ。
私の父親は、この天野宮邸の執事として働いていたが、私が執事学校を卒業してすぐに煌麻様の父である静麻様と共に海外の別邸に移り住んだ。
それからずっと、私はこちらの天野宮邸を任されている。
天野宮家の執事は、天野宮家の敷地に家があるが、天野宮邸にも部屋をもらっている。仕事の間は住み込みで主人の為に尽くす。主人が望まれた事は全て叶える努力をする。
静麻様は奇特な方で、煌麻様の遊び相手にと、私がまだ小学生の頃からこの邸宅に私を呼んでくれていた。
その頃の煌麻様は、やっと歩き出したぐらいで私にべったりで、おやつも手すがら食べさせた。
煌麻様に尽くす事が、私の喜びになるのには時間が掛からなかった。
自分が高校生だった時ですら、この天野宮の屋敷に毎日呼ばれ、煌麻様のそばになるべく居た。
そんな私を見た父から、執事学校への留学を勧められ『煌麻様とずっと一緒にいられるぞ?』の一言で進路を決定。
留学する時に私の腕の中で泣いていた煌麻様を思い出す。
『崇臣! 行くんじゃない! 僕と一緒にいるんだ!』
長期間離れる事はなかったから、そんな風に言ってもらえる事が嬉しかった。
『必ず戻ってきます。そうすれば、もう二度とおそばを離れませんよ』
『絶対……絶対だぞっ!』
目に涙を溜めて、そんな事を言う人を可愛いと思わないわけがない。
父達は、私が留学から戻ってきたら、この天野宮邸を任せる事を考えていたらしい。
私はとっくの昔に私自身を煌麻様に捧げる事に、なんのためらいもなかった。
「煌麻様はいつまで経っても甘えん坊ですからね」
「減らず口をやめろ。執事を代えるぞ」
留学から帰ってきたら、なぜだか煌麻様の素直さが激減されていたけれど、こんな言い方をしても執事を代えられた事はない。
私の人を揶揄うような態度が気に入らないみたいだ。
そうやって不機嫌そうにする姿が可愛くて仕方ないのだと本人はわかっていない。
「それは困ります。煌麻様の執事でいれなくなれば、私に価値などございません」
煌麻様のおそばにいられなければ、生きていても意味はない。
私に備わっている全ては、煌麻様の為のものだ。
煌麻様の世話をするのは、煌麻様自身もそれを望まれているし、私も望んでいるからだ。他のやつの為にこんなにも尽くすことなどあり得ない。
煌麻様の頬にそっとするキスは、幼い頃からの習慣にした。
これを普通に受け入れてくれる無防備な煌麻様が本当に可愛い。
「さぁ、起きて下さい」
体を起こした煌麻様をジッとみていれば、照れながら私から視線を逸らして挨拶をしてくれる。
「ぉはよ……ぅ……」
この挨拶が本当にたまらない……すごくゾクゾクする……。
私の事をもっと意識するようになればいい。
「おはようございます、煌麻様」
煌麻様がベッドから降りれば、着替えをする。
シルクのパジャマのボタンを外して脱がす。
現れた素肌が綺麗だ。
「いつ見ても綺麗なお体ですね……最近は特に──」
我慢ができなくなりつつある。
もうすぐ大学生になるからか、色気も増して可愛いだけじゃなくなった。
「お前が手入れしているのに何を言っているんだ」
「煌麻様の素材がいいのですよ」
白手袋を外して、その素肌に触れたい。
綺麗な白い肌が赤く染まるのがたまらなく好きだ。
それは、私しか知らない煌麻様──。
「この素肌に誰も触れさせてはいけませんよ」
私以外は──。
「お前以外、この僕に触れる奴なんていない」
「そうでしたね」
煌麻様には姉がいるが、大学を卒業すると同時に結婚してもう家にはいない。
立派な家柄の後継ぎである煌麻様は、誰もに一歩引かれている。
だからこそ、煌麻様には私しかいないという気持ちが強いんだろう。
学園の制服を着せて、ネクタイを締める。
着替えが終われば次は立派な鏡台の前に連れて行き、髪をセットする。
「今日はどう致しますか?」
「どうでもいい」
いつもと同じ質問にいつもと同じ返答が返ってくる事が楽しくてクスクスと笑う。
煌麻様はそれに少し照れるので、また微笑んでしまう。
「髪、伸びてきましたね。学園からお戻りになられたら切って差し上げますね」
私が髪を撫でると、気持ち良さそうに目を細める。
これも無意識にやっていると思うとこんなに可愛い人はいないと思う。
「煌麻様、できましたよ」
サラサラの髪を邪魔にならないように後ろに流した髪型は自然に見えた。
「崇臣……今日も……ありがとう……」
普段はやめろだとか執事を代えるだとか言う口が、時々そんな風に照れながらお礼を言うものだから、私はこのご主人様が可愛くて愛しくて──……ぐちゃぐちゃに汚したくなる。
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