テレワークから始まる大人の恋もある。

みょうじん

文字の大きさ
16 / 52

紹興酒と隣人

しおりを挟む
大衆向けのおおらかな食堂というよりは、知る人ぞ知るという具合のこじんまりとしたお店だ。こういうところで料理も絶品ということであれば、私の大好物である。もし気に入れば今後何かしらの際に度々訪れるようになるだろう。
几帳面に糊付けされているカッターシャツを着こなす初老の店員さんにより、奥に数室しかないように見える個室に案内される。私は入口近くに座り、必然的に人栄さんが一番奥になる。もっとも中華料理屋に特有の回転する仕組みがついた丸テーブルなのだから、どこが主賓が座る席などはあまり気にする必要はないのだろうが。
「私は紹興酒を頂くけれど、目島さんはどうしますか?」
佐須杜さんはメニューも見ずにそんなことを言う。紹興酒はあまり飲んだことは無いが、せっかくなので中華料理を堪能したい思いに駆られ、私も飲んでみることにした。
「私も同じものを頂こうかな。人栄さんはいかがしますか?」
「えー、二人が飲むならわたしもそうしようかな」
「お前、あんまり酒が強くないだろ?」
渋面で佐須杜さんは苦言を呈する。
「強くないけどお酒自体は嫌いじゃないからねえ。今日くらいいいでしょ?」
「……飲みすぎるなよ」
そんなやり取りをしていると足音も立てずに先程の老紳士店員さんが注文を取りに来る。どうやらすでにコースで予約しているようで、飲み物だけを聞かれたので、佐須杜さんは自分のおすすめの紹興酒を三人分注文してくれる。彼は恭しく頭を下げて個室から出ていく。
ここで私は気になっていることを聞いてみることにした。正直、中々失礼な話になり、結構抵抗があるが、色々なコンプライアンスの観点から確認する必要があるのだ。
「ところで……お二人はおいくつなんですか?もちろん成人してはいらっしゃるのは分かっていますが……」
「私は21です」
「わたしはハタチだよ」
思っていたよりもずっと若く、私は少々閉口してしまった。24歳から26歳くらいと踏んでいたのだが、予想は大きくはずれたようだ。
「私達は同じ短大の卒業で、私はそのまま出版社に就職して……なんの縁かコイツの担当になったというわけです」
「えー、嫌がることないじゃあん。わたしはナコちゃんが担当で嬉しいし、気楽でいいのにー」
「ま、私もお前相手だと緊張したりしなくていいけどな……っと来たみたいだ」
私が閉口している間に、飲み物が運ばれてくる。ある意味では大仰な壺のような容器が机にどんと置かれる。紹興酒が中にはいっているようだが、あいにく作法が良く分からない。しかし、佐須杜さんは慣れているのか、一緒に運ばれてきたコップを私に渡すとそのまま注いでくれる。
「ありがとうございます」
「いやいや、目島さんが主賓みたいなもんですから」
そして、次は人栄さん、最後に手酌で自分に注ごうとする。流石にそのような真似をさせるわけにはいくまいと、私は彼女に注いであげる。
「っとありがとうございます」
「お気になさらず」
「じゃ、乾杯しましょ!」
まだお酒も入っていないのにニコニコと楽しそうな人栄さんがそのように告げる。
「そんならシノから一言、ちゃんと言わないといけないだろ」
「えっ!あー、えっと、本日はお集まり頂き?ありがとうございます!目島さん、先日はすいませんでした!これから隣人としてどうぞよろしく!ナコちゃん、色々セッティングしてくれてありがとう!これからもよろしく!」
乾杯!と彼女は勢いよくテーブルの上にコップを持った手を突き出してくる。私と佐須杜さんはそれに軽くコップをぶつけて、三人同時に軽くコップの中身をあおる。
強い酒精と芳醇な香り。ウイスキーの煙のようなものとは異なり、一種の薬膳のような味わい。これはこれで美味しいが、やはりこの後来るであろう様々な料理と合わせると、より引き立つのだろう。
二人の顔をちらりと見ると、実に対照的な表情をしていた。佐須杜さんは紹興酒だけでも実に美味しそうに飲んでいる。他方、人栄さんは苦い薬でも飲んだかのように渋面満載という感じになっている。
実に対象的な二人で、私は表情がにこやかに崩れるのを止められなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。

You Could Be Mine 【改訂版】

てらだりょう
恋愛
平凡な日常だったのに、ある日いきなり降って湧いて出来た彼氏は高身長イケメンドSホストでした。束縛彼氏に溺愛されて、どうなる、あたし!? ※本作品は初出が10年前のお話を一部改訂しております。設定等初出時のままですので現代とそぐわない表現等ございますがご容赦のほどお願いいたします※

一億円の花嫁

藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。 父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。 もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。 「きっと、素晴らしい旅になる」 ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが…… 幸か不幸か!? 思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。 ※エブリスタさまにも掲載

敏腕SEの優しすぎる独占愛

春咲さゆ
恋愛
仕事も恋愛も、兎に角どん底の毎日だった。 あの日、あの雨の夜、貴方に出逢うまでは。 「終わらせてくれたら良かったのに」 人生のどん底にいた、26歳OL。 木崎 茉莉 ~kisaki matsuri~ × 「泣いたらいいよ。傍にいるから」 雨の日に現れた、30歳システムエンジニア。 藤堂 柊真 ~Todo Syuma~ 雨の夜の出会いがもたらした 最高の溺愛ストーリー。

【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!

satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。 働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。 早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。 そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。 大丈夫なのかなぁ?

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

隣の夫婦 ~離婚する、離婚しない、身近な夫婦の話

紫ゆかり
恋愛
オムニバス形式です。 理解し合って結婚したはずの梓、同級生との再会が思わぬことになる雅美、年下の夫のかつての妻に引け目を感じる千晴、昔の恋の後悔から前向きになれない志織。 大人の女性のストーリーです。

処理中です...