25 / 52
ばんごはんと隣人
しおりを挟む
「……」
「……」
昨晩とは打って変わって、実に静かな食事だった。気まぐれに付けたテレビから流れるニュースでは近くにできた遊園地について特集をしているが、あまり興味を惹かれるような内容ではない。
ちらりと人栄さんの顔を見やる。彼女はうつむきがちではあるものの、食事は美味しく食べてくれているようだ。しかし、彼女の雰囲気は今まで見たものとは全然違って、少々驚かされる。昨日の天真爛漫な彼女、その前の倒れてきていたときのぼんやりした彼女、そして今の人見知りを体現したような彼女。その雰囲気には大きめのフレームの眼鏡はよく似合っているのは間違いないが、色々とギャップが大きくてついていけない。
「ごちそうさまです」
とりあえず、食事は食べ終わった。美味しい、というほどの料理ではないが少なくともなんとなく身体に良さそうなものを食べられたので満足だ。
「ごちそうさまです……」
彼女も程なくして食べ終わった。綺麗に残さずに食べてくれていることから少なくとも不味かったわけではないのだろう。
「お粗末さまでした」
彼女は申し訳無さそうにして私に話しかけてくる。
「あの……色々とすいません」
「あまり気にしないで下さい。これも何かの縁でしょうし」
「あ……はい、ありがとうございます」
人栄さんは深々と頭を下げる。
「しかし、その、随分雰囲気が違いますね」
思い切って聞いてみることにした。普段なら絶対にしないことだが、何となく気が緩んでいるのかもしれない。
「えっと、私、人見知りでして……ナコちゃんみたいに気心の知れた人と一緒なら明るく振る舞えるんですけれど……あ、目島さんのことを嫌いとか、そういうことではないです!」
つっかえつつも彼女は自分の言葉を選んでしっかり所見を述べてくれる。
「そうでしたか」
「いえ、あの、実はその中学生のときに両親を亡くしまして、その、塞ぎ込んだ時期が長くてですね、ええ、でもその分ずっと絵ばかり描いていたからいまお仕事もらえていると言うか、あっと、それで、高校生の頃にナコと出会って、色々話しかけてくれて、いつの間にか彼女、と、一緒だと結構話せるように、ね、なったの、ですか?」
彼女は早口で一気に、結構彼女の人生の中でも重大なことを私なんぞに教えてくれる。なるほど、彼女の『人見知り』は、無口になってしまうというよりはいい感じに適切に話すことができない、というタイプのようだ。しかし、やや支離滅裂になりながらも彼女の雰囲気の相違の要因は一応把握できた。
一瞬、私はどう返すべきか迷った。一つは会社でやるように曖昧にいい感じに返すという方向性だ。波風も立たず、正に安全策だ。しかし、彼女の言っていたことは私にもかなり刺さる部分があった。だからこそ、私はもう一つの方を選ぶことにした。すなわち、少しだけ、私も胸襟を開いて話してみるという方向性だ。
「……そうでしたか。軽々にこのようなことを言うのは憚られますが、私も少しその当時の気持ちが分かるような気がします」
「……そう、なのです?」
「私も、22歳、会社に入社したばかりの頃に両親を事故で亡くしました。そのときは、なんというか、かなりキツかったので……しかし、私もあなたと同じように、良い人のめぐりあいがあり、今もこうしてなんとか生きているのです。私のこの性格もそのことの影響が大きいようで、部下からは『観葉植物みたい』と言われてしまいます」
こうやってそのときのことを、ちゃんと話すのは初めてだ。しかし、私も誰かに聞いてもらいたかったのかもしれない。少しだけ、胸の中の何かが緩んだような気がした。
ちなみに、そのときの私の上司が「仕事していた方が落ち着くというのなら、これをやってみるか?」と任された関係の仕事が、今の私の職分になっている。そのときは全てを忘れたくて取り憑かれたようにやっていたものだが、今では妙に私に馴染んでいる。ほとんど文書と向き合う仕事で、会議が多くないのも魅力的だ。
「なんだか、気が、合いますね?」
彼女は気の毒そうに私を見ながらも、少し落ち着いた様子だ。胸襟を開いたことは悪くない選択肢だったようだ、彼女にとっても、私にとっても。
「そうですね。……お茶を淹れますが、飲みますか?」
「はい、いただきます」
私達は特に何も話すでもなく、ただテレビを眺めながらお茶を飲むという時間を共有した。変な緊張感もなく、本当に静かで穏やかな時間だった。
21時を過ぎた頃で彼女は立ち上がる。
「流石に、これ以上お邪魔するのも、駄目、だと思いますので……」
「ああ、長くお引き止めしまして、申し訳ありません」
彼女は首を振り、少しだけはにかむように歯を見せる。その顔には、部屋に入ってきたときのしどろもどろな様子は無かった。
「いえ、楽しかった……ううん、とても落ち着く時間でした。あの……またこうやってお茶を飲みにきて良いでしょうか?」
「もちろん。安物のお茶しかありませんが、それでもよければいつでもお越しください」
彼女は、今度は間違いなく笑顔を見せてくれた。私達は連絡先を交換して、この会をお開きにするのだった。
「……」
昨晩とは打って変わって、実に静かな食事だった。気まぐれに付けたテレビから流れるニュースでは近くにできた遊園地について特集をしているが、あまり興味を惹かれるような内容ではない。
ちらりと人栄さんの顔を見やる。彼女はうつむきがちではあるものの、食事は美味しく食べてくれているようだ。しかし、彼女の雰囲気は今まで見たものとは全然違って、少々驚かされる。昨日の天真爛漫な彼女、その前の倒れてきていたときのぼんやりした彼女、そして今の人見知りを体現したような彼女。その雰囲気には大きめのフレームの眼鏡はよく似合っているのは間違いないが、色々とギャップが大きくてついていけない。
「ごちそうさまです」
とりあえず、食事は食べ終わった。美味しい、というほどの料理ではないが少なくともなんとなく身体に良さそうなものを食べられたので満足だ。
「ごちそうさまです……」
彼女も程なくして食べ終わった。綺麗に残さずに食べてくれていることから少なくとも不味かったわけではないのだろう。
「お粗末さまでした」
彼女は申し訳無さそうにして私に話しかけてくる。
「あの……色々とすいません」
「あまり気にしないで下さい。これも何かの縁でしょうし」
「あ……はい、ありがとうございます」
人栄さんは深々と頭を下げる。
「しかし、その、随分雰囲気が違いますね」
思い切って聞いてみることにした。普段なら絶対にしないことだが、何となく気が緩んでいるのかもしれない。
「えっと、私、人見知りでして……ナコちゃんみたいに気心の知れた人と一緒なら明るく振る舞えるんですけれど……あ、目島さんのことを嫌いとか、そういうことではないです!」
つっかえつつも彼女は自分の言葉を選んでしっかり所見を述べてくれる。
「そうでしたか」
「いえ、あの、実はその中学生のときに両親を亡くしまして、その、塞ぎ込んだ時期が長くてですね、ええ、でもその分ずっと絵ばかり描いていたからいまお仕事もらえていると言うか、あっと、それで、高校生の頃にナコと出会って、色々話しかけてくれて、いつの間にか彼女、と、一緒だと結構話せるように、ね、なったの、ですか?」
彼女は早口で一気に、結構彼女の人生の中でも重大なことを私なんぞに教えてくれる。なるほど、彼女の『人見知り』は、無口になってしまうというよりはいい感じに適切に話すことができない、というタイプのようだ。しかし、やや支離滅裂になりながらも彼女の雰囲気の相違の要因は一応把握できた。
一瞬、私はどう返すべきか迷った。一つは会社でやるように曖昧にいい感じに返すという方向性だ。波風も立たず、正に安全策だ。しかし、彼女の言っていたことは私にもかなり刺さる部分があった。だからこそ、私はもう一つの方を選ぶことにした。すなわち、少しだけ、私も胸襟を開いて話してみるという方向性だ。
「……そうでしたか。軽々にこのようなことを言うのは憚られますが、私も少しその当時の気持ちが分かるような気がします」
「……そう、なのです?」
「私も、22歳、会社に入社したばかりの頃に両親を事故で亡くしました。そのときは、なんというか、かなりキツかったので……しかし、私もあなたと同じように、良い人のめぐりあいがあり、今もこうしてなんとか生きているのです。私のこの性格もそのことの影響が大きいようで、部下からは『観葉植物みたい』と言われてしまいます」
こうやってそのときのことを、ちゃんと話すのは初めてだ。しかし、私も誰かに聞いてもらいたかったのかもしれない。少しだけ、胸の中の何かが緩んだような気がした。
ちなみに、そのときの私の上司が「仕事していた方が落ち着くというのなら、これをやってみるか?」と任された関係の仕事が、今の私の職分になっている。そのときは全てを忘れたくて取り憑かれたようにやっていたものだが、今では妙に私に馴染んでいる。ほとんど文書と向き合う仕事で、会議が多くないのも魅力的だ。
「なんだか、気が、合いますね?」
彼女は気の毒そうに私を見ながらも、少し落ち着いた様子だ。胸襟を開いたことは悪くない選択肢だったようだ、彼女にとっても、私にとっても。
「そうですね。……お茶を淹れますが、飲みますか?」
「はい、いただきます」
私達は特に何も話すでもなく、ただテレビを眺めながらお茶を飲むという時間を共有した。変な緊張感もなく、本当に静かで穏やかな時間だった。
21時を過ぎた頃で彼女は立ち上がる。
「流石に、これ以上お邪魔するのも、駄目、だと思いますので……」
「ああ、長くお引き止めしまして、申し訳ありません」
彼女は首を振り、少しだけはにかむように歯を見せる。その顔には、部屋に入ってきたときのしどろもどろな様子は無かった。
「いえ、楽しかった……ううん、とても落ち着く時間でした。あの……またこうやってお茶を飲みにきて良いでしょうか?」
「もちろん。安物のお茶しかありませんが、それでもよければいつでもお越しください」
彼女は、今度は間違いなく笑顔を見せてくれた。私達は連絡先を交換して、この会をお開きにするのだった。
0
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
You Could Be Mine 【改訂版】
てらだりょう
恋愛
平凡な日常だったのに、ある日いきなり降って湧いて出来た彼氏は高身長イケメンドSホストでした。束縛彼氏に溺愛されて、どうなる、あたし!?
※本作品は初出が10年前のお話を一部改訂しております。設定等初出時のままですので現代とそぐわない表現等ございますがご容赦のほどお願いいたします※
敏腕SEの優しすぎる独占愛
春咲さゆ
恋愛
仕事も恋愛も、兎に角どん底の毎日だった。
あの日、あの雨の夜、貴方に出逢うまでは。
「終わらせてくれたら良かったのに」
人生のどん底にいた、26歳OL。
木崎 茉莉 ~kisaki matsuri~
×
「泣いたらいいよ。傍にいるから」
雨の日に現れた、30歳システムエンジニア。
藤堂 柊真 ~Todo Syuma~
雨の夜の出会いがもたらした
最高の溺愛ストーリー。
一億円の花嫁
藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。
父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。
もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。
「きっと、素晴らしい旅になる」
ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが……
幸か不幸か!?
思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。
※エブリスタさまにも掲載
【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!
satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。
働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。
早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。
そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。
大丈夫なのかなぁ?
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
隣の夫婦 ~離婚する、離婚しない、身近な夫婦の話
紫ゆかり
恋愛
オムニバス形式です。
理解し合って結婚したはずの梓、同級生との再会が思わぬことになる雅美、年下の夫のかつての妻に引け目を感じる千晴、昔の恋の後悔から前向きになれない志織。
大人の女性のストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる