34 / 52
冬の足音と隣人
しおりを挟む
夕方。仕事を終え、私はせっせと食材を切っていた。食材を載せるバットには白菜、人参、ニラなど色とりどりの野菜が積まれている。その隣には冷蔵庫から取り出したばかりの豚肉が行儀よくトレーに並べられている。
今日の夕食は鍋である。そろそろすっかり冬、12月の寒気が窓の外では広がりを見せている。こんな季節には鍋!と言い出したのは私ではなく、人栄さんである。
彼女はすっかりこの部屋に通うようになっている。私も別にそれを止めていないので、ほとんど毎日のように夕食を共にしている。
そのうちこの部屋で仕事を始めそうだな、などと考えてちらりとリビングのソファーに座っている彼女を見てみると……
「ふんふん、るー」
などと機嫌良さそうに鼻歌を歌いながらタブレットにペンで何かを描いていた。ただの落書きかもしれないが、お仕事の下書きとかかもしれない。そのペンには迷いがなく実にスムーズである。そういえば、まだ彼女の絵を見たことがない。
「終わりましたよ」
切り終わった野菜類をバットごとリビングテーブルに運ぶ。
「わあ、やったあ!」
彼女はソファーから床に移動し、お尻の下に持ち込んだクッションを敷く。もはや定位置と化している。
その前にあるローテーブルの上にバット、肉と並べ、ガスコンロの上に鍋を置く。
「あ、お鍋に入れるのは私がやる!」
そう言いながらひょいひょいと彼女は昆布だしベースのスープが入った鍋の中に野菜を入れていく。順番は結構適当のようだが、私はあまり気にならないので問題ない。
彼女も私に慣れたのか、いつの日かに中華料理屋で見せていたような表情を見せるようになっている。その口調もおどおどしたものからすっかり普通の口調で、太陽のような明るさを時折見せていた。
「おっけー」
「では、火を付けますね」
つまみを左にひねると、元気よく火が噴き出し始める。人栄さんは楽しそうにぱしゃりとその様子をタブレットで写真に収める。これも見慣れた光景。おそらくなにがしかの資料に使うのだろう。
しばらく待っていると、昆布だしの良い匂いが部屋に漂い始める。坦々鍋のような味の濃いものもいいが、このようなシンプルな味が一番落ち着くのは確かだ。
「そろそろ?」
「もう少しですね」
彼女に急かされるように一度蓋を取ってみるが、野菜の色を見るにもう少し煮込んだほうが良さそうだ。
「そう言えば、目島さん。最近お仕事の調子はどうなの?」
「どう、と言われても……正直、いつもどおりです。あまり繁忙期のない部署なので」
「へえーそういうものなんだ。普通のお仕事だと年末は忙しいっていうイメージだったから」
「ああ、なるほど。私の会社でも他の部署は忙しそうにしているので、うちのところだけ特殊なのかもしれませんね」
「ほあー」
分かったような分からないような、関心があるようなないような、そんな中途半端な声が人栄さんの口から漏れる。
そこから少し待っている間、人栄さんはそわそわとテレビと鍋に視線を行ったり来たりさせていた。私はそれを苦笑して見ながら鍋をゆっくり開ける。
「できた?」
「できました」
豚肉にもしっかり火が通っていることを確認して、私達は食事を開始する。
「いただきます」
「いただきます」
彼女はまずレードルと菜箸を起用に使って私の分を取り分けてくれる。
「ありがとうございます」
「いえいえ、流石にこれくらいは」
とは言うものの、食事に関しては彼女が4分の3ほど材料費を出してくれている。私が固辞したので、4分の1は私が支払うという形だ。
「うん、今日も美味しい!」
彼女はニコニコしながら白菜を口に運ぶ。こうして食事を共にして知ったこととして、肉よりも野菜を好む傾向にある。そして魚よりは肉という感じだ。いつの間にか彼女の好みをすっかり把握していることに少しおかしくなってしまう。
「む。何を笑ってるの?」
「いえ、変な関係になったな、と思いまして」
「そお?」
「そうです。二十歳の女性が私のような男の部屋に入り浸るなんて普通じゃあないです」
彼女は取皿に肉と豆腐を追加し、さらに七味をその上にかける。
「うーん、まあ私も普通の職業じゃあないし、別にいいんじゃないの?とっても居心地いいよ?」
「……あなたが気にならないならいいですが」
「うん!全然だいじょうぶ!心配してくれてありがと!」
彼女は辛味と昆布だしのハーモニーを楽しみながらニコニコである。
どうしても彼女に強くでることができない。それは彼女のバックグラウンドを知っているからというのもあるし、私自身も彼女の人間性に対して好感を抱いているのは間違いないからだ。もちろんそれは恋愛感情とは明らかに違うし、あえて言うならば矢賀さんの食事事情や睡眠事情を心配する感じに似ている。
「そういえば……目島さん、明日暇です?」
彼女は急にそんな話を振ってくる。明日は土曜日、いつもどおり特に予定は存在しない。
「特になにもありませんが、急にどうしました?」
「うん。えーと……買い物に一緒に行きませんか?」
少しだけ人見知りを顔をのぞかせつつ彼女はそんなことを言う。
「ああ、荷物持ちですか。別に良いですよ」
というか、彼女が一人で出かけられる姿をまるで想像できない。
「ほんと!?やったあ!?」
彼女は嬉しさを爆発させ、破顔する。
デート、というと気張り過ぎだろう。後輩(のような人)と出かけるというだけだ。
自分にそう言い聞かせている時点でそれは言い訳に近いと思う。楽しみなのは事実だからね。
今日の夕食は鍋である。そろそろすっかり冬、12月の寒気が窓の外では広がりを見せている。こんな季節には鍋!と言い出したのは私ではなく、人栄さんである。
彼女はすっかりこの部屋に通うようになっている。私も別にそれを止めていないので、ほとんど毎日のように夕食を共にしている。
そのうちこの部屋で仕事を始めそうだな、などと考えてちらりとリビングのソファーに座っている彼女を見てみると……
「ふんふん、るー」
などと機嫌良さそうに鼻歌を歌いながらタブレットにペンで何かを描いていた。ただの落書きかもしれないが、お仕事の下書きとかかもしれない。そのペンには迷いがなく実にスムーズである。そういえば、まだ彼女の絵を見たことがない。
「終わりましたよ」
切り終わった野菜類をバットごとリビングテーブルに運ぶ。
「わあ、やったあ!」
彼女はソファーから床に移動し、お尻の下に持ち込んだクッションを敷く。もはや定位置と化している。
その前にあるローテーブルの上にバット、肉と並べ、ガスコンロの上に鍋を置く。
「あ、お鍋に入れるのは私がやる!」
そう言いながらひょいひょいと彼女は昆布だしベースのスープが入った鍋の中に野菜を入れていく。順番は結構適当のようだが、私はあまり気にならないので問題ない。
彼女も私に慣れたのか、いつの日かに中華料理屋で見せていたような表情を見せるようになっている。その口調もおどおどしたものからすっかり普通の口調で、太陽のような明るさを時折見せていた。
「おっけー」
「では、火を付けますね」
つまみを左にひねると、元気よく火が噴き出し始める。人栄さんは楽しそうにぱしゃりとその様子をタブレットで写真に収める。これも見慣れた光景。おそらくなにがしかの資料に使うのだろう。
しばらく待っていると、昆布だしの良い匂いが部屋に漂い始める。坦々鍋のような味の濃いものもいいが、このようなシンプルな味が一番落ち着くのは確かだ。
「そろそろ?」
「もう少しですね」
彼女に急かされるように一度蓋を取ってみるが、野菜の色を見るにもう少し煮込んだほうが良さそうだ。
「そう言えば、目島さん。最近お仕事の調子はどうなの?」
「どう、と言われても……正直、いつもどおりです。あまり繁忙期のない部署なので」
「へえーそういうものなんだ。普通のお仕事だと年末は忙しいっていうイメージだったから」
「ああ、なるほど。私の会社でも他の部署は忙しそうにしているので、うちのところだけ特殊なのかもしれませんね」
「ほあー」
分かったような分からないような、関心があるようなないような、そんな中途半端な声が人栄さんの口から漏れる。
そこから少し待っている間、人栄さんはそわそわとテレビと鍋に視線を行ったり来たりさせていた。私はそれを苦笑して見ながら鍋をゆっくり開ける。
「できた?」
「できました」
豚肉にもしっかり火が通っていることを確認して、私達は食事を開始する。
「いただきます」
「いただきます」
彼女はまずレードルと菜箸を起用に使って私の分を取り分けてくれる。
「ありがとうございます」
「いえいえ、流石にこれくらいは」
とは言うものの、食事に関しては彼女が4分の3ほど材料費を出してくれている。私が固辞したので、4分の1は私が支払うという形だ。
「うん、今日も美味しい!」
彼女はニコニコしながら白菜を口に運ぶ。こうして食事を共にして知ったこととして、肉よりも野菜を好む傾向にある。そして魚よりは肉という感じだ。いつの間にか彼女の好みをすっかり把握していることに少しおかしくなってしまう。
「む。何を笑ってるの?」
「いえ、変な関係になったな、と思いまして」
「そお?」
「そうです。二十歳の女性が私のような男の部屋に入り浸るなんて普通じゃあないです」
彼女は取皿に肉と豆腐を追加し、さらに七味をその上にかける。
「うーん、まあ私も普通の職業じゃあないし、別にいいんじゃないの?とっても居心地いいよ?」
「……あなたが気にならないならいいですが」
「うん!全然だいじょうぶ!心配してくれてありがと!」
彼女は辛味と昆布だしのハーモニーを楽しみながらニコニコである。
どうしても彼女に強くでることができない。それは彼女のバックグラウンドを知っているからというのもあるし、私自身も彼女の人間性に対して好感を抱いているのは間違いないからだ。もちろんそれは恋愛感情とは明らかに違うし、あえて言うならば矢賀さんの食事事情や睡眠事情を心配する感じに似ている。
「そういえば……目島さん、明日暇です?」
彼女は急にそんな話を振ってくる。明日は土曜日、いつもどおり特に予定は存在しない。
「特になにもありませんが、急にどうしました?」
「うん。えーと……買い物に一緒に行きませんか?」
少しだけ人見知りを顔をのぞかせつつ彼女はそんなことを言う。
「ああ、荷物持ちですか。別に良いですよ」
というか、彼女が一人で出かけられる姿をまるで想像できない。
「ほんと!?やったあ!?」
彼女は嬉しさを爆発させ、破顔する。
デート、というと気張り過ぎだろう。後輩(のような人)と出かけるというだけだ。
自分にそう言い聞かせている時点でそれは言い訳に近いと思う。楽しみなのは事実だからね。
0
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
You Could Be Mine 【改訂版】
てらだりょう
恋愛
平凡な日常だったのに、ある日いきなり降って湧いて出来た彼氏は高身長イケメンドSホストでした。束縛彼氏に溺愛されて、どうなる、あたし!?
※本作品は初出が10年前のお話を一部改訂しております。設定等初出時のままですので現代とそぐわない表現等ございますがご容赦のほどお願いいたします※
一億円の花嫁
藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。
父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。
もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。
「きっと、素晴らしい旅になる」
ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが……
幸か不幸か!?
思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。
※エブリスタさまにも掲載
敏腕SEの優しすぎる独占愛
春咲さゆ
恋愛
仕事も恋愛も、兎に角どん底の毎日だった。
あの日、あの雨の夜、貴方に出逢うまでは。
「終わらせてくれたら良かったのに」
人生のどん底にいた、26歳OL。
木崎 茉莉 ~kisaki matsuri~
×
「泣いたらいいよ。傍にいるから」
雨の日に現れた、30歳システムエンジニア。
藤堂 柊真 ~Todo Syuma~
雨の夜の出会いがもたらした
最高の溺愛ストーリー。
【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!
satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。
働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。
早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。
そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。
大丈夫なのかなぁ?
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
隣の夫婦 ~離婚する、離婚しない、身近な夫婦の話
紫ゆかり
恋愛
オムニバス形式です。
理解し合って結婚したはずの梓、同級生との再会が思わぬことになる雅美、年下の夫のかつての妻に引け目を感じる千晴、昔の恋の後悔から前向きになれない志織。
大人の女性のストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる