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「わぁー素敵!」
広い玄関ホールに、はしたなく声が響いてしまったけど、冷静さを失わせるような玄関だわ。
「ちょっと挨拶が先でしょ」
ハンナさんに肘で突かれて我に返り、ニコニコと微笑みながら待ってくださっていた伯爵家の使用人方に挨拶をして、もう一度玄関ホールを見回す。
侯爵邸の玄関ホールは白い大理石を多用して聖堂のような厳かな雰囲気だけど、この伯爵邸は木材とガラスがふんだんに使われている。木材は艶々に磨かれ、玄関なのに温室かと思うほどにガラス窓が多い。床に置かれた鉢植えだけではなく、ガラス張りの高い天井からも植物がたくさん吊るされている。
「まるで森の中にいるみたいです。こんな趣向の玄関は初めて見ました」
葉に付いた水滴が窓から射し込む日光に照らされ、キラキラと輝いている。なんて美しいのだろう。素晴らしいわ。
「ニコラス様が一時期植物の成長促進剤を研究しておりましてねぇ。温室に入りきらなくなり、日当たりの良いここまで広げてしまったのですよ」
そう楽しそうに説明してくれたのは、ふくふくとした伯爵邸の家政婦長のエマさんだ。
私は二十歳から王都の侯爵邸で働き始めて今年で六年目になるが、二男のニコラス様は王都にいらっしゃる事はほとんどないそうで、まだお会いしたことは無い。
「私もここは好きですが、研究が終われば放置する弟の幼稚さには呆れますわ。さぁ、ニコラスには後で会うとして、先に旅の埃を落としましょう」
伯爵邸の使用人に案内され、マーガレット様の部屋へと向かったけれど、
「あなたたちも疲れたでしょう?入浴してからお茶でも飲んで疲れを取ってきなさいな。久しぶりにマーガレット様の入浴をお手伝いしたいの」
と、エマさんに優しく追い出されてしまった。
「クロエ、エマさんに甘えましょう。まだ地面が揺れているみたい」
ずっと乗り物酔いしていたハンナさんの顔色はまだ青白い。
「分かりました。奥様の部屋に戻る時にハンナさんの部屋をノックするので、それまでゆっくりしていて下さいね」
「悪いわね。助かるわ」
マーガレット様の隣の部屋にハンナさんが入ったのを見届けて、向かいの扉を開ける。
ベッドとタンス、書き物机にチェストがある。
広くは無いが十分な設備がそろっているし、一部屋与えてもらえるだけでも贅沢だわ。
窓に近寄ると思わず感嘆のため息が出た。本当に素晴らしい土地ね。
人の手で整備された王都の庭とは違って、自然のままの草原にぽつぽつと赤い屋根の民家が点在し、その奥には山脈が自然の壁のように連なっている。
こんなところで暮らせたら心が穏やかになりそう。
ゆっくりと見ていたいが、遊びに来たわけではないので、仕方なく鞄を開けていつものお仕着せを出してそっと撫でる。
少し前まで侍女にお仕着せは無かった。このお仕着せが無ければ、私は今もハウスメイドとして働いていただろう。
侯爵邸の給金は平均より高いが、毎月ドレスを買うのは贅沢過ぎて私には考えられない。
他の侍女のように何も言わなくても、季節ごとにドレスを送ってくれるような実家は私には無い。
少ないドレスを着まわす侍女では、侯爵邸の威厳に関わるのではないかと、侍女になりたいとは申し出れなかった。
マーガレット様が侍女もお仕着せを作ると言ってくださった時に、やっと手を挙げることが出来たのだ。
お仕着せと言っても布地がお揃いと言うだけで、デザインは各自の好みで仕立ててくれる。
新米らしく機能的でシンプルなデザインを選んだけれど、このお仕着せは私を侍女にしてくれた救世主だ。
これを着るといつも背筋が伸びる。まぁ相変わらず落ち着きは無いけどね。こればかりはお仕着せにも救いようがない。
贅沢なことにシャワールーム付きの部屋だった。
侯爵邸の自室にもシャワーは付いているが破格の好待遇だと思っている。
伯爵邸も普段使わない部屋にまでシャワーを設置するなんて、経済的に豊かなのだろう。
有り難くシャワーを浴びて埃を落とさせてもらいお仕着を着る。
「よし!場所が変わっても、マーガレット様の為に頑張るそ!」
気合を入れるため頬を軽く叩いてから、ハンナさんの部屋をノックするが返事がない。
「ハンナさん?……ハンナさん、入りますよ」
そっと開けると、ハンナさんがベッドで荒い呼吸をしていた。
「あつっ!熱があります!」
「うぅー、着替える。悪いけど、服、出してもらってもいい?」
赤い顔のまま立ち上がろうとするハンナさんを止めて横になってもらう。
「寝てて下さい。疲れが出たんですよ。お水貰って来ます」
急いでマーガレット様に報告すると、
「積もる話もあるから今日はエマにお願いするわ。あなたはハンナを頼むわね。父には……後で会うことになるでしょうから、ニコラスの所に挨拶だけしておいてちょうだい」
マーガレット様に感謝して、伯爵家のメイドの手を借りながら、ハンナさんのお世話をした。
夕食前になり、まだ微熱はあるけど穏やかな寝息へと変わって安心した。
「落ち着いたようですし、クロエさんも夕飯を一緒に食べに行きましょうよ」
お手伝いしてくれた彼女はエマさんのお孫さんのシンシアさんだ。
「ニコラス様の所にご挨拶に行きたいのですが、どちらにお伺いすればよろしいでしょうか?」
「んーニコラス様も今頃自室で食事中だと思いますよ。だから先にご飯にしましょう」
食事中に押し掛けるのもご迷惑かも。遅くなってしまうが食後にご挨拶させていただこう。
大食堂は賑やかでアットホームな雰囲気だった。
中央のほうで大声で笑う男性に見覚えがあるような気がして目を留める。
庭師のような格好で顔に土汚れが付いているが、気にもせず豪快にジョッキを傾けている。
伯爵邸の庭師の人が王都の侯爵邸に来たことはなかったはずだ。
はて?誰か知り合いに似ているのだろうか?
席に向かいながらも注視していると目が合ってしまった。
「おっ!侯爵んとこのお嬢ちゃんだな。酒は飲めるか?一緒に飲もうじゃないか。こっち来いよ!」
「初めまして、クロエと申します。お酒はあまり強くなくて……」
「ちょっとクロエさんを巻き込まないで下さいよ。さてはマーガレット様に追い出されたんですね。旦那様」
だ・ん・な・さ・ま!?見たことあるはずだわ!つい最近も誕生会に来ていたもの。
「伯爵様!?失礼いたし――」
「ガハハハッ、構わんって。こんな格好をしてる儂が悪いんじゃって。それよりクロエちゃん、あの魔女の相手は大変だろ?可哀そうになぁ」
「とんでもございません。マーガレット様にお仕え出来て毎日が幸せです」
眉をへにょりと下げた伯爵様は、
「儂なんか一緒に食べたくないって追い出されたんだぞ。あんな薄情な娘に育てた覚えはないぃー」
しくしくと泣きまねを始めてしまった。
「着替えをして顔を洗って出直せばよかったんですよ。マーガレット様は汚れた格好で食事をする人が嫌いだってご存じでしょうに」
なるほど、マーガレット様は使用人用の食堂で伯爵様が食事をする羽目になると予想していたのね。だから挨拶に行かなくても後で会うと言ったのだわ。
「どうせ飯食ったら風呂に入るんだぞ。ちょっとおまけしてくれても良いだろ?年老いた実の父親に厳し過ぎると思わんか?」
「思わないですよ。クロエさん、あっちに座りましょう。酔っぱらった旦那様に絡まれると話が長いんですよ」
主に対する言葉とは思えないが、皆が同じような感じで伯爵様が悪いとからかっている。
席について、美味しくてボリュームたっぷりなご飯とせっせと食べながら、シンシアさんと周りの方とお話しをする。
「あのぅ、伯爵様にあんな風に接して大丈夫なんですか?」
マーガレット様も気軽に私たちと話しをして下さるけど……。
横目で見ると、執事らしき真面目そうな男性が、伯爵様に肩を組まれたのを嫌そうに振り払っているところだった。
伯爵様は大笑いしているけど、普通なら叱責されるかクビになる。
「昔っからあんな人なんですよ。真面目に相手すると永遠に絡まれるんです。クロエさんも気を付けて下さいね」
「そうですよ。新人の時はちゃんと丁寧に接するんですけどね。打ち解けるまでって言うか、邪魔だってはっきり言うまで付きまとわれるんですよ……マクブラウン家は奇人変人の血筋なんでもう諦めました」
どうやら特殊なご家族らしい。マーガレット様がまともでよかった。
でも、皆さんの顔を見ると楽しそうなので、双方向の愛情を感じる。
もっと皆さんとお話ししたかったが、ニコラス様へのご挨拶が遅くなるのはまずい。
ニコラス様のお部屋の位置を聞いて急いで向かう。シンシアさんが一緒に行くと言ってくれたが、私が戻るまでハンナさんの様子を見ていて欲しいとお願いした。
シンシアさんと別れる時に「ニコラス様も典型的な伯爵家の人間ですからね」と言われたが挨拶するだけだもの。
さっさと済ませてハンナさんの様子を見に行こう。
【マーガレット、もうちょっと父を労わってくれてもいいと思うのじゃ。ほら小さい頃はもう少し……あれ?今と変わらんかったかの?】
広い玄関ホールに、はしたなく声が響いてしまったけど、冷静さを失わせるような玄関だわ。
「ちょっと挨拶が先でしょ」
ハンナさんに肘で突かれて我に返り、ニコニコと微笑みながら待ってくださっていた伯爵家の使用人方に挨拶をして、もう一度玄関ホールを見回す。
侯爵邸の玄関ホールは白い大理石を多用して聖堂のような厳かな雰囲気だけど、この伯爵邸は木材とガラスがふんだんに使われている。木材は艶々に磨かれ、玄関なのに温室かと思うほどにガラス窓が多い。床に置かれた鉢植えだけではなく、ガラス張りの高い天井からも植物がたくさん吊るされている。
「まるで森の中にいるみたいです。こんな趣向の玄関は初めて見ました」
葉に付いた水滴が窓から射し込む日光に照らされ、キラキラと輝いている。なんて美しいのだろう。素晴らしいわ。
「ニコラス様が一時期植物の成長促進剤を研究しておりましてねぇ。温室に入りきらなくなり、日当たりの良いここまで広げてしまったのですよ」
そう楽しそうに説明してくれたのは、ふくふくとした伯爵邸の家政婦長のエマさんだ。
私は二十歳から王都の侯爵邸で働き始めて今年で六年目になるが、二男のニコラス様は王都にいらっしゃる事はほとんどないそうで、まだお会いしたことは無い。
「私もここは好きですが、研究が終われば放置する弟の幼稚さには呆れますわ。さぁ、ニコラスには後で会うとして、先に旅の埃を落としましょう」
伯爵邸の使用人に案内され、マーガレット様の部屋へと向かったけれど、
「あなたたちも疲れたでしょう?入浴してからお茶でも飲んで疲れを取ってきなさいな。久しぶりにマーガレット様の入浴をお手伝いしたいの」
と、エマさんに優しく追い出されてしまった。
「クロエ、エマさんに甘えましょう。まだ地面が揺れているみたい」
ずっと乗り物酔いしていたハンナさんの顔色はまだ青白い。
「分かりました。奥様の部屋に戻る時にハンナさんの部屋をノックするので、それまでゆっくりしていて下さいね」
「悪いわね。助かるわ」
マーガレット様の隣の部屋にハンナさんが入ったのを見届けて、向かいの扉を開ける。
ベッドとタンス、書き物机にチェストがある。
広くは無いが十分な設備がそろっているし、一部屋与えてもらえるだけでも贅沢だわ。
窓に近寄ると思わず感嘆のため息が出た。本当に素晴らしい土地ね。
人の手で整備された王都の庭とは違って、自然のままの草原にぽつぽつと赤い屋根の民家が点在し、その奥には山脈が自然の壁のように連なっている。
こんなところで暮らせたら心が穏やかになりそう。
ゆっくりと見ていたいが、遊びに来たわけではないので、仕方なく鞄を開けていつものお仕着せを出してそっと撫でる。
少し前まで侍女にお仕着せは無かった。このお仕着せが無ければ、私は今もハウスメイドとして働いていただろう。
侯爵邸の給金は平均より高いが、毎月ドレスを買うのは贅沢過ぎて私には考えられない。
他の侍女のように何も言わなくても、季節ごとにドレスを送ってくれるような実家は私には無い。
少ないドレスを着まわす侍女では、侯爵邸の威厳に関わるのではないかと、侍女になりたいとは申し出れなかった。
マーガレット様が侍女もお仕着せを作ると言ってくださった時に、やっと手を挙げることが出来たのだ。
お仕着せと言っても布地がお揃いと言うだけで、デザインは各自の好みで仕立ててくれる。
新米らしく機能的でシンプルなデザインを選んだけれど、このお仕着せは私を侍女にしてくれた救世主だ。
これを着るといつも背筋が伸びる。まぁ相変わらず落ち着きは無いけどね。こればかりはお仕着せにも救いようがない。
贅沢なことにシャワールーム付きの部屋だった。
侯爵邸の自室にもシャワーは付いているが破格の好待遇だと思っている。
伯爵邸も普段使わない部屋にまでシャワーを設置するなんて、経済的に豊かなのだろう。
有り難くシャワーを浴びて埃を落とさせてもらいお仕着を着る。
「よし!場所が変わっても、マーガレット様の為に頑張るそ!」
気合を入れるため頬を軽く叩いてから、ハンナさんの部屋をノックするが返事がない。
「ハンナさん?……ハンナさん、入りますよ」
そっと開けると、ハンナさんがベッドで荒い呼吸をしていた。
「あつっ!熱があります!」
「うぅー、着替える。悪いけど、服、出してもらってもいい?」
赤い顔のまま立ち上がろうとするハンナさんを止めて横になってもらう。
「寝てて下さい。疲れが出たんですよ。お水貰って来ます」
急いでマーガレット様に報告すると、
「積もる話もあるから今日はエマにお願いするわ。あなたはハンナを頼むわね。父には……後で会うことになるでしょうから、ニコラスの所に挨拶だけしておいてちょうだい」
マーガレット様に感謝して、伯爵家のメイドの手を借りながら、ハンナさんのお世話をした。
夕食前になり、まだ微熱はあるけど穏やかな寝息へと変わって安心した。
「落ち着いたようですし、クロエさんも夕飯を一緒に食べに行きましょうよ」
お手伝いしてくれた彼女はエマさんのお孫さんのシンシアさんだ。
「ニコラス様の所にご挨拶に行きたいのですが、どちらにお伺いすればよろしいでしょうか?」
「んーニコラス様も今頃自室で食事中だと思いますよ。だから先にご飯にしましょう」
食事中に押し掛けるのもご迷惑かも。遅くなってしまうが食後にご挨拶させていただこう。
大食堂は賑やかでアットホームな雰囲気だった。
中央のほうで大声で笑う男性に見覚えがあるような気がして目を留める。
庭師のような格好で顔に土汚れが付いているが、気にもせず豪快にジョッキを傾けている。
伯爵邸の庭師の人が王都の侯爵邸に来たことはなかったはずだ。
はて?誰か知り合いに似ているのだろうか?
席に向かいながらも注視していると目が合ってしまった。
「おっ!侯爵んとこのお嬢ちゃんだな。酒は飲めるか?一緒に飲もうじゃないか。こっち来いよ!」
「初めまして、クロエと申します。お酒はあまり強くなくて……」
「ちょっとクロエさんを巻き込まないで下さいよ。さてはマーガレット様に追い出されたんですね。旦那様」
だ・ん・な・さ・ま!?見たことあるはずだわ!つい最近も誕生会に来ていたもの。
「伯爵様!?失礼いたし――」
「ガハハハッ、構わんって。こんな格好をしてる儂が悪いんじゃって。それよりクロエちゃん、あの魔女の相手は大変だろ?可哀そうになぁ」
「とんでもございません。マーガレット様にお仕え出来て毎日が幸せです」
眉をへにょりと下げた伯爵様は、
「儂なんか一緒に食べたくないって追い出されたんだぞ。あんな薄情な娘に育てた覚えはないぃー」
しくしくと泣きまねを始めてしまった。
「着替えをして顔を洗って出直せばよかったんですよ。マーガレット様は汚れた格好で食事をする人が嫌いだってご存じでしょうに」
なるほど、マーガレット様は使用人用の食堂で伯爵様が食事をする羽目になると予想していたのね。だから挨拶に行かなくても後で会うと言ったのだわ。
「どうせ飯食ったら風呂に入るんだぞ。ちょっとおまけしてくれても良いだろ?年老いた実の父親に厳し過ぎると思わんか?」
「思わないですよ。クロエさん、あっちに座りましょう。酔っぱらった旦那様に絡まれると話が長いんですよ」
主に対する言葉とは思えないが、皆が同じような感じで伯爵様が悪いとからかっている。
席について、美味しくてボリュームたっぷりなご飯とせっせと食べながら、シンシアさんと周りの方とお話しをする。
「あのぅ、伯爵様にあんな風に接して大丈夫なんですか?」
マーガレット様も気軽に私たちと話しをして下さるけど……。
横目で見ると、執事らしき真面目そうな男性が、伯爵様に肩を組まれたのを嫌そうに振り払っているところだった。
伯爵様は大笑いしているけど、普通なら叱責されるかクビになる。
「昔っからあんな人なんですよ。真面目に相手すると永遠に絡まれるんです。クロエさんも気を付けて下さいね」
「そうですよ。新人の時はちゃんと丁寧に接するんですけどね。打ち解けるまでって言うか、邪魔だってはっきり言うまで付きまとわれるんですよ……マクブラウン家は奇人変人の血筋なんでもう諦めました」
どうやら特殊なご家族らしい。マーガレット様がまともでよかった。
でも、皆さんの顔を見ると楽しそうなので、双方向の愛情を感じる。
もっと皆さんとお話ししたかったが、ニコラス様へのご挨拶が遅くなるのはまずい。
ニコラス様のお部屋の位置を聞いて急いで向かう。シンシアさんが一緒に行くと言ってくれたが、私が戻るまでハンナさんの様子を見ていて欲しいとお願いした。
シンシアさんと別れる時に「ニコラス様も典型的な伯爵家の人間ですからね」と言われたが挨拶するだけだもの。
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