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薄暗い部屋に上半身裸の男性が立っている。
近寄って来た男の整った薄い唇が開き言葉が放たれた。
「君、下着を脱いで股を開きなさい」
――――三日前
「奥様、クロエです。お呼びでしょうか?」
開けっ放しの扉をノックして声を掛ける。
「入りなさい」
背筋を伸ばしたまま一人掛けのソファーに座っているのは、エドモンド侯爵夫人マーガレット様。
マーガレット様は四十歳を超えてもなお妖艶美女っぷりが年々増して来ていて、お仕えする者としても自慢の主だ。
「クロエ、準備は出来て?」
色とりどりの宝石が付いた扇子を愛おしそうに撫でながら問いかけられた。扇子は一番下の弟君のランドルフ様から誕生日に贈られたもので、ここ最近毎日お持ちになっていらっしゃる所を見ると、よっぽど嬉しかったのだろう。
今度、マーガレット様のご実家の伯爵邸でランドルフ様が結婚式を挙げる。
マーガレット様の誕生日会でランドルフ様とアリー様がめでたく両想いになったのだけど、貴族としては異例の速さで挙式の運びとなった。
なんでもランドルフ様のお仕事が忙しくなるので、その前に式を挙げたいということだが、マーガレット様は「余裕のない男は見苦しいこと」と呟いていた。
熱い視線を送る女性たちには素っ気ない態度を取るランドルフ様なのに、アリー様にはメロメロで、右往左往したり壁に頭をぶつける姿を見つけるたびに笑ってし……ごほんっ!
「準備万端です。でも私がついて行ってよろしいのでしょうか?」
随行する侍女として選んで頂いたのは嬉しいけど少し不安。
本来なら、侍女長と先輩侍女のハンナさんが行く予定だったのだけど、侍女長が腰を痛めてしまったのでピンチヒッターとして急遽随行することになったのだ。
ハンナさんは侍女になって五年目だけど、私はまだ一年目の新米侍女だもの。
ちゃんとお役に立てるかしら?ハレの日なのだから、いつにもまして失敗しないように気を引き締めないと。
扇子を広げた奥様が、口元を隠し目を細めた。
「クロエ、あなたじゃないとだめなのよ。楽しみにしているわ」
あれ?なんだか背筋がゾクゾクする気が……
一日と半日、馬車に揺られご実家の伯爵領に入った。
マーガレット様の夫であるフェルナン侯爵様はお仕事があり後から来るそうで、馬車の中にはマーガレット様と侍女二人なのだけど……
「わー!鹿です!あそこに鹿がいますっ!」
「クロエうるさい。あー気持ちわるいぃーー」
いつもはしっかり者のハンナさんだけど、どうやら乗り物酔いする体質だったようで、王都を出た時にはすでに青い顔をしていた。風光明媚な伯爵領に入っても、景色を楽しむ余裕は無いみたい。
「ハンナ、もうすぐ到着するわ。あと少し我慢なさい」
マーガレット様の言葉だけを聞くと厳しいように聞こえるが、自ら扇子でハンナを扇いでいる。こんな主はどこを探してもいないだろう。
いつもそう。簡潔な言葉と整った美貌で第一印象は冷たく思われるけど、本当のマーガレット様はとことん優しい。
だからマーガレット様付きの侍女になりたいと希望する使用人は多いのに、なぜ私が選ばれたのかちょっと不思議。
侍女長のように、ポーカーフェイスも出来ないし、落ち着きもない。
ハンナさんのように機転が利いたり、抜きんでた容姿でもない。
平均より少し高い背もたいして役に立たないし、顔だってお世辞は言ってもらえるけど、けなされないだけで御の字と言う程度。
唯一の自慢は赤の交じった金の髪だけど、瞳の色は平凡な薄い茶色だ。こんなものは侍女としては何の役にも立たない。
正直、五年経っても十年経っても侍女長やハンナさんのようにはなれないと思う。
精一杯お仕えしているけど、寝る前にベッドの中で反省する日々は終わらない気がしてならない。
「着きましたよ。ハンナよく耐えましたね。クロエも弱音を吐かず偉かったわ」
体調の悪いハンナさんには申し訳ないが、人生で初めての遠出にわくわくした気持ちのまま到着してしまって、まだ高揚した気分のまま馬車を降りる。
目の前の伯爵邸は華美な装飾こそ無いが、領地と同じように広大で包み込むような温かみのある建物だった。
「はぁー死ぬ前に着いて良かった。空気がおいしい。ふぅ……」
「ハンナさんお疲れさまでした。本当に空気がおいしいですし、素敵な邸宅ですね。優美な侯爵邸とは趣が違いますが、なんと言うか生命力を感じます」
「侯爵邸が貴婦人なら、伯爵邸はお転婆で自由奔放なレディと言う感じかしら。生命力と言えば、伯爵家も長い歴史があるから……夜中に泣き声が聞こえても話しかけない事ね」
そ、それって……
「あ、あ、あのぉ、マーガレット様、何か出たりするのでしょうか?」
「さあ、どうかしらね。ふふっ」
お願いですから私の前には出てこないで下さい!漲る生命力は他で披露して下さい!
玄関前で祈っていると、新鮮な空気を堪能し終えたハンナさんに邪魔だから玄関に入れと押し込まれた。
【マーガレット様、幽霊にニンニクって効きましたっけ?】
近寄って来た男の整った薄い唇が開き言葉が放たれた。
「君、下着を脱いで股を開きなさい」
――――三日前
「奥様、クロエです。お呼びでしょうか?」
開けっ放しの扉をノックして声を掛ける。
「入りなさい」
背筋を伸ばしたまま一人掛けのソファーに座っているのは、エドモンド侯爵夫人マーガレット様。
マーガレット様は四十歳を超えてもなお妖艶美女っぷりが年々増して来ていて、お仕えする者としても自慢の主だ。
「クロエ、準備は出来て?」
色とりどりの宝石が付いた扇子を愛おしそうに撫でながら問いかけられた。扇子は一番下の弟君のランドルフ様から誕生日に贈られたもので、ここ最近毎日お持ちになっていらっしゃる所を見ると、よっぽど嬉しかったのだろう。
今度、マーガレット様のご実家の伯爵邸でランドルフ様が結婚式を挙げる。
マーガレット様の誕生日会でランドルフ様とアリー様がめでたく両想いになったのだけど、貴族としては異例の速さで挙式の運びとなった。
なんでもランドルフ様のお仕事が忙しくなるので、その前に式を挙げたいということだが、マーガレット様は「余裕のない男は見苦しいこと」と呟いていた。
熱い視線を送る女性たちには素っ気ない態度を取るランドルフ様なのに、アリー様にはメロメロで、右往左往したり壁に頭をぶつける姿を見つけるたびに笑ってし……ごほんっ!
「準備万端です。でも私がついて行ってよろしいのでしょうか?」
随行する侍女として選んで頂いたのは嬉しいけど少し不安。
本来なら、侍女長と先輩侍女のハンナさんが行く予定だったのだけど、侍女長が腰を痛めてしまったのでピンチヒッターとして急遽随行することになったのだ。
ハンナさんは侍女になって五年目だけど、私はまだ一年目の新米侍女だもの。
ちゃんとお役に立てるかしら?ハレの日なのだから、いつにもまして失敗しないように気を引き締めないと。
扇子を広げた奥様が、口元を隠し目を細めた。
「クロエ、あなたじゃないとだめなのよ。楽しみにしているわ」
あれ?なんだか背筋がゾクゾクする気が……
一日と半日、馬車に揺られご実家の伯爵領に入った。
マーガレット様の夫であるフェルナン侯爵様はお仕事があり後から来るそうで、馬車の中にはマーガレット様と侍女二人なのだけど……
「わー!鹿です!あそこに鹿がいますっ!」
「クロエうるさい。あー気持ちわるいぃーー」
いつもはしっかり者のハンナさんだけど、どうやら乗り物酔いする体質だったようで、王都を出た時にはすでに青い顔をしていた。風光明媚な伯爵領に入っても、景色を楽しむ余裕は無いみたい。
「ハンナ、もうすぐ到着するわ。あと少し我慢なさい」
マーガレット様の言葉だけを聞くと厳しいように聞こえるが、自ら扇子でハンナを扇いでいる。こんな主はどこを探してもいないだろう。
いつもそう。簡潔な言葉と整った美貌で第一印象は冷たく思われるけど、本当のマーガレット様はとことん優しい。
だからマーガレット様付きの侍女になりたいと希望する使用人は多いのに、なぜ私が選ばれたのかちょっと不思議。
侍女長のように、ポーカーフェイスも出来ないし、落ち着きもない。
ハンナさんのように機転が利いたり、抜きんでた容姿でもない。
平均より少し高い背もたいして役に立たないし、顔だってお世辞は言ってもらえるけど、けなされないだけで御の字と言う程度。
唯一の自慢は赤の交じった金の髪だけど、瞳の色は平凡な薄い茶色だ。こんなものは侍女としては何の役にも立たない。
正直、五年経っても十年経っても侍女長やハンナさんのようにはなれないと思う。
精一杯お仕えしているけど、寝る前にベッドの中で反省する日々は終わらない気がしてならない。
「着きましたよ。ハンナよく耐えましたね。クロエも弱音を吐かず偉かったわ」
体調の悪いハンナさんには申し訳ないが、人生で初めての遠出にわくわくした気持ちのまま到着してしまって、まだ高揚した気分のまま馬車を降りる。
目の前の伯爵邸は華美な装飾こそ無いが、領地と同じように広大で包み込むような温かみのある建物だった。
「はぁー死ぬ前に着いて良かった。空気がおいしい。ふぅ……」
「ハンナさんお疲れさまでした。本当に空気がおいしいですし、素敵な邸宅ですね。優美な侯爵邸とは趣が違いますが、なんと言うか生命力を感じます」
「侯爵邸が貴婦人なら、伯爵邸はお転婆で自由奔放なレディと言う感じかしら。生命力と言えば、伯爵家も長い歴史があるから……夜中に泣き声が聞こえても話しかけない事ね」
そ、それって……
「あ、あ、あのぉ、マーガレット様、何か出たりするのでしょうか?」
「さあ、どうかしらね。ふふっ」
お願いですから私の前には出てこないで下さい!漲る生命力は他で披露して下さい!
玄関前で祈っていると、新鮮な空気を堪能し終えたハンナさんに邪魔だから玄関に入れと押し込まれた。
【マーガレット様、幽霊にニンニクって効きましたっけ?】
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