完結【マーガレット様、初対面の天才引きこもり男に股を開けと言われたらどうすればよろしいでしょうか?】

三月ねね

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 振り向いた先に居たのは……誰???
若い男性が溺れかけているかのように私の腕を掴んでいる。
「何かお困りですか?私でお手伝い出来る事でしたら――」
サッとニコラス様が間に入り守ってくれようとしているが、若い男性は本当に困っているように見える。
「クロエ知り合いか?」
記憶を探ると顔立ちにかすかに見覚えがあった。
確か花嫁控室でアリー様と親しそうに会話していたような。
改めて彼を見ると、十代っぽい見た目だが、日焼けした顔が親しみやすい雰囲気だ。背は高いけれど、まるで子犬のよう。きっと年上にかわいがられるタイプだわ。
「拉致犯じゃなくて、えーーと、おっかない人?はマズイか。何だっけ、あ!そうだ!侯爵夫人っす!」
「マーガレット様?」
マーガレット様から何か頼まれたのだろうか?それならお手伝いできるかもしれない。
「そうっす。その人っす!とにかく次は僕と踊ってくれないとやばいんすよ!」
「待てクロエ。怪しい奴だ。相手をしてはいけない」
「怪しいけどお宅のお姉さんよりは怪しくないっすよ!アリーさんと同じところで働いてて、ああっ!曲が始まってしまった!急いでください!僕、曲の途中からとか踊ったこと無いんで!」
驚くほど素早い動きでニコラス様を振り切って、もう一度ホールの中央に戻る。
ダンスを誘うにしては変だったけど、ホールの中だし問題はないだろう。
「悪いんすけどスタートだけリードしてもらえます?初心者なんで曲の途中からだと、どっから始めたらいいかわかんないっす」
頭を掻きながら恥ずかしそうに告げられた。
饒舌にしゃべるのにダンスは苦手な様子が可愛らしくて微笑ましい。

 小さくリズムを囁きながら踊り出すと、そこからはスムーズにリードしてくれた。体の使い方が上手だわ。
視線を感じて横を見ると、ニコラス様がピンクのドレスの若い女性と踊りながらこちらを睨んでいた。
何で睨むのよ。睨まれるようなことはしていないわ。
自分だって他の女性と踊っているし、お相手の女性は明らかに目がハートになっているもの。
「アリー様と同じところって言うと斡旋所の方?」
目の前の男性に意識を戻し、ステップを踏みながら尋ねる。
「そうっす、コリンって言います。ほんと助かりました。命の恩人っすよ」
ニコラス様より少し高い背と、仕事で付いたのだろう筋肉がしなやかに動く。
可愛い顔に騙されてはダメね。革靴でステップを踏んでいるのに足音がしない。わんちゃんじゃなくて狼だったわ。
「しごかれて一晩でダンスを仕込まれたんすよ。なのに任務失敗とかになったら無駄になっちまうし、あの人に殺されちまうっす」
「誰にしごかれたの?任務?まさか本当に危害を加えられたりしないわよね?」
コリン君は歯を見せて子供のようにニカッとした。
警戒心が溶けていく。この子は人たらしかもしれない。
「おっかない人に雇われたんすよ。僕が危害を加えられないように楽しそうにしてください。それも任務内容に含まれてるんで!」
くるりと私をターンさせながら、即興で複雑なステップを踏む。
「わっ!本当に初心者!?」
「そうっすよーこんなお上品なダンスは初めてっす。任務で外国の変わったダンスには何度も参加しましたけどね。例えば――」
話し上手な彼は蛇と一緒に踊った事や、砂漠の月の下で凍えながら踊った話を面白おかしく披露してくれるから、ついついケラケラと笑ってしまう。
「百歳のばあちゃんをおんぶして踊った時には――あ、終わった。ご協力感謝します」
胸に手を当て紳士さながらの綺麗な礼を披露する。この子は多面性の塊で面食らうわ。
「え、えぇ、なんだかよくわからないけど、お役に立てたならよかったわ」
またニカリッと音がしそうな笑顔を見せた後、手の甲にキスを……するふりをした。
「これでほんとに任務完了っす。うわぁ、後ろから死神が」
コリン君がささやくと同時に後ろに引っ張られ、ニコラス様の腕の中に囲われる。
「君はなんてことをするんだ!」
ニコラス様にごしごしと手を擦られる。
「お邪魔したっすー」
コリン君はその一言を残し、くるりと背を向けると、人の隙間を縫うように素早く消えて行った。

「クロエ、手を洗いに行こう。あんな若造に隙を見せてはいけないよ。あの年頃の男は皆一つのことしか考えていないんだから」
ニコラス様は私の手を握ったまま、引っ立てるように化粧室へと向かって行く。
周りを気にせず足音を立てながら進むニコラス様に、すれ違う人が驚いているがお構いなしだ。
ニヤニヤ笑う新郎と、膝を手で叩きながら爆笑しているスタン様、苦笑いで手を振るアリー様、それに……マーガレット様と公爵夫人は扇子を広げているので目しか見えないがなぜか扇子の奥の唇は弧を描いているような気がした。

「ここで待っているから手を洗って来なさい。しっかりと洗ってくるのだぞ!」
化粧室に放り込まれて、とりあえず言われたと通りに手を洗ってみる。
いやいや、チュって音はしたけど唇は触れていないんだって。まぁ、踊って火照ったので冷たい水が心地よいけど。
そっと扉開けると、腰に手を当て仁王立ちのニコラス様がいた。
もし出て来たのが私じゃ無かったら驚かせてしまうでしょうが。
「ちゃんと洗ったか?肌理きめの中まで洗ったか?何度洗った?最低でも三度は洗ったか?」
三度も洗っていないけど、シレッとした顔を作り「四回洗った」と答えた。
これは嘘じゃなくて、円滑に生きて行くための術よ。

 ホールに戻ると、新郎新婦が退出する所だった。もう一度、お祝いを言い、アリー様とは落ち着いたら王都で会おうと約束をした。
挨拶が終わると、床を足で叩きながら待っていたニコラス様に、また手を引かれ窓の方へと連れられて行く。
「ちょっとテラスに出よう」
酔っ払いも増えて床で転がっている人もいる。
もうお開きの空気だから、テラスでゆっくりしても問題ないだろう。
貴族の結婚式と言うより、田舎の平民同士の結婚式のようだったけど、堅苦しい挙式より二人の門出をからかいながら祝う様子が微笑ましかった。

 テラスに出ると冷たい風に一瞬呼吸が止まる。すぐに肩に温かい物が掛けられた。
「思ったより寒いな。貸せるものが僕のジャケットしかないが、無いよりましか……」
上質な生地のジャケットは温かいが、ニコラス様の匂いがして抱きしめられているようで恥ずかしい。
「ニコラス様が風邪をひいてしまいます」
返そうとジャケットに手を伸ばしたが、肩に手を置かれ近い距離にどぎまぎしてしまう。
もっと近くにいたこともあったのに、こんなことで照れないでよと自分に突っ込んでしまう。
でも幸せな新婚さんを見て、なけなしの乙女心が刺激されているので、どうにも照れくさくて仕方ない。
ニコラス様の今夜の磨かれた美丈夫っぷりも、照れる要因になっているんだけど。
「クロエは若い男をどう思っているんだ?」
ニコラス様の匂いにまだモジモジしていたので、一瞬何を問われているのか理解できなかった。
「若い?あ、さっきのコリン君の事ですか?感じのいい子でしたよね」
「あの奇妙なしゃべり方がいいのか?」
特徴的な話し方だったけど、彼の若い男の子らしい雰囲気に合っていたと思う。
サーっと風が葉を揺らす音が聞こえる。あまり長く外にいては二人とも風邪をひいてしまう。
「話し上手で快活な子だと思いましたよ」
明日、帰りの馬車で寝込んでしまっては、マーガレット様にご迷惑を掛けてしまう。
「……踊っている間中楽しそうだったな。どうせ僕は会話が下手だよ」
ニコラス様は細身だと思っていたのに、ジャケットの肩幅が私の肩幅と随分違う。
「……クロエ?僕の話しを聞いているかい?」
「え?ごめんなさい!もう一度お願いします!」
あちゃーそっぽを向かれてしまった。だって近いし、直視できないから他の事を考えていないと、顔に熱が集まりそうなんだもの。
「クロエは彼みたいな人が好きなのか?」
はっきりと聞かれてやっと理解した。これって……
「あらやだ、ニコラスの初めてのやきもちね!おめでとう!」
パチパチと拍手しながら出て来た公爵夫人に、ニコラス様が飛び掛かった。

【拉致犯さま、馬に蹴られる任務は二度とごめんっすよ!】
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