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バンッ!!!
「アリー!拭くものよこせっ!」
前触れもなく叩きつけるように開いたドアの音に、盛大に肩を揺らしてしまった。
「なっ!私の心臓を止めたいんですか!?ドアは静かに開けてくださいっ!」
小柄で体重の軽い私でも、ここの床はギシギシと鳴くのに、この大男は音を立てないで歩くから、向かってきていることに気が付かなかった。どうせなら、ドアも静かに開けて頂きたい。
「ちょっと!びしょ濡れのまま、私の机に座らないで下さいっ!」
「うっせぇ、さっさと拭くものをよこさないと、机の上でダンスしてやる」
こいつは本当に伯爵家のお坊ちゃまなんだろうか。下町の子供の方が丁寧な話し方をする。
いつもは、壁一枚隔てた職業斡旋所から、受付のジェシカと、仕事を求めてやって来たおじ様方の、にぎやかな掛け合いが聞こえてくるのだが、昨日の夜から降り続く雨で、朝から閑古鳥状態だった。
「この天気じゃ、うちの常連様方は朝から酒場に行っちゃってるよなぁ。今頃は……うん、へべれけだな。ジェシカも一週間の帰省休み中だし、午後から閉めちゃおっか!」
所長の鶴の一声で臨時休業となった為、建物全体がとても静かだった――
シトシトと降り続く雨音と、所長のティーカップを置く小さな音しか聞こえてこない、静謐な空気の流れる事務所で、目の前の書類に集中していたところ、びしょ濡れの大男のご帰還となったのだ。
ちょうど大男の給料を計算中だ。驚いてゼロを一つ書き忘れてしまうかもしれない。
「ランドルフ・マクブラウン。謝ったほうがいいよ。今、アリーちゃんは給料計算中だからねぇ」
所長、一言多い夫って妻から嫌われるんですよ。これでゼロが足りなければ、確信犯だってバレてしまう。
わざと大きなため息をついてから、羽ペンを置き、準備していたタオルを渡した。
「アリー、任務を成功させた人に対して、ご苦労様の一言も言えないのか」
言おうと思っていたのに、えらそうに要求されると言いたくなくなりますね。
「発見したんですね。美人ちゃんでした?」
「ちんちくりんのお前よりはな。んで、ご苦労様は?」
自分がカッコいいからって、人をちんちくりんって言うな。
「サスガデスネ。ゴクロウサマデス」
「……」
棒読みの労いでも無いよりましと思ったのか、珍しく言い返さずに立ち上がって、所長の方へと歩いて行った。
渡したタオルで頭を拭きながら所長に報告をしている後ろ姿を、一睨みしてから、シャワー室へと向かうため事務所を出た。
後ろ姿でもイケメンだとわかるわ。
適切なところに然るべき筋肉の付いた体は、高い身長を持て余すことなく、バランスの良さを引き立てている。
この体だけでも大層おモテになるだろうが、お姉さま方がヤク中のようにメロメロになるのは、人間離れしたランドルフの瞳だ。
黒髪の薄くかかる瞳は、フチが濃い藍色で中心に向かって淡い水色へのグラデーションとなり、黒目との境に星のような金色の斑点が散っているのだ。
野生動物を彷彿とさせるこの神秘的な瞳が、程よく日に焼けた肌に壮絶な色気を添えている。
しかも、伯爵家の三男坊と来たもんだ。
末っ子の為、兄弟の中での立場が弱いらしく、成人して直ぐに家を出たと本人が言っていたが、騎士としての道を進めば、父親の後を継いで騎士団長にもなれたのではないかと所長に聞いた事がある。
それほどランドルフの身体能力は高く、勘も鋭い。
頭の良い人よりもランドルフの野生の勘の方が味方の命を救うだろう。
少なくともこの職業斡旋所で調査員として、雨の中、美人とは言え迷子の子猫を探すより人の役に立つんじゃないかな。
報告が終わるまでに、シャワー室にタオルと着替えを準備しておこう。廊下にもランドルフの足跡が付いていたので、モップも必要だし、ランドルフの引き締まったお尻により被害を受けた、デスクの雨水も拭き取らないといけない。
破天荒なランドルフの世話係になっているのに、嫌だと思わない自分自身に顔をしかめてしまう。
唯一の事務員である私が主に居座るのは、事務所と呼ばれるほぼ正方形の大きな部屋で、サイズもデザインもバラバラな本棚に囲まれている。本や書類がたんまりと詰まっているが、触らないから書類と言っているだけで、整理すればゴミと名前を変える紙束だ。
掃き出し窓のある日当たりの良い左奥には、蚤の市で買った、ド派手で安っぽいうえに座り心地の悪い紫色の応接セットが一組。
右奥には、いつからあるのか、どこで手に入れたのか誰も知らない、所長用の年代物で武骨な机が一台。
たまに木片のささくれが指に刺さるし、傷だらけの為デコボコしていて字がゆがむ。所長がアンティークと言うたびに、違うだろと思ってしまう。
そして出入り口から一番近い場所に、私の机が置かれているのだが、民家を解体する仕事をした時、タダでもらってきたダイニングテーブルがマイデスクだ。もう事務机ですらなく、引き出しもないので、書類に侵略されていて、天板が曲がっているのに気が付いたのは、ティーカップを置いたときだった。
カップのフチと紅茶の水面が明らかに平行じゃないのを見て、ニヤリと笑ってしまった。
ランドルフは、私と会話する時に、足の長さをアピールしたいのか、不作法をアピールしたいのか知らないが、机に腰をかけて上から私を見下ろすのだ。
天板が割れたとき、奴のお尻に紅茶が掛かるように、毎回そっとカップをランドルフのお尻の方に近づけている事は、まだバレていない。
神様が彼の尊大な態度に罰を与えるなら、お姉さま方垂涎の、引き締まったお尻は軽い被害を受けるだろう。
その時は、申し訳ないことをしてしまったと、心配するふりでもして盛大に話を広めよう。
しばらくは、涎を垂らすお姉さまが減るかもしれない。
「アリー!拭くものよこせっ!」
前触れもなく叩きつけるように開いたドアの音に、盛大に肩を揺らしてしまった。
「なっ!私の心臓を止めたいんですか!?ドアは静かに開けてくださいっ!」
小柄で体重の軽い私でも、ここの床はギシギシと鳴くのに、この大男は音を立てないで歩くから、向かってきていることに気が付かなかった。どうせなら、ドアも静かに開けて頂きたい。
「ちょっと!びしょ濡れのまま、私の机に座らないで下さいっ!」
「うっせぇ、さっさと拭くものをよこさないと、机の上でダンスしてやる」
こいつは本当に伯爵家のお坊ちゃまなんだろうか。下町の子供の方が丁寧な話し方をする。
いつもは、壁一枚隔てた職業斡旋所から、受付のジェシカと、仕事を求めてやって来たおじ様方の、にぎやかな掛け合いが聞こえてくるのだが、昨日の夜から降り続く雨で、朝から閑古鳥状態だった。
「この天気じゃ、うちの常連様方は朝から酒場に行っちゃってるよなぁ。今頃は……うん、へべれけだな。ジェシカも一週間の帰省休み中だし、午後から閉めちゃおっか!」
所長の鶴の一声で臨時休業となった為、建物全体がとても静かだった――
シトシトと降り続く雨音と、所長のティーカップを置く小さな音しか聞こえてこない、静謐な空気の流れる事務所で、目の前の書類に集中していたところ、びしょ濡れの大男のご帰還となったのだ。
ちょうど大男の給料を計算中だ。驚いてゼロを一つ書き忘れてしまうかもしれない。
「ランドルフ・マクブラウン。謝ったほうがいいよ。今、アリーちゃんは給料計算中だからねぇ」
所長、一言多い夫って妻から嫌われるんですよ。これでゼロが足りなければ、確信犯だってバレてしまう。
わざと大きなため息をついてから、羽ペンを置き、準備していたタオルを渡した。
「アリー、任務を成功させた人に対して、ご苦労様の一言も言えないのか」
言おうと思っていたのに、えらそうに要求されると言いたくなくなりますね。
「発見したんですね。美人ちゃんでした?」
「ちんちくりんのお前よりはな。んで、ご苦労様は?」
自分がカッコいいからって、人をちんちくりんって言うな。
「サスガデスネ。ゴクロウサマデス」
「……」
棒読みの労いでも無いよりましと思ったのか、珍しく言い返さずに立ち上がって、所長の方へと歩いて行った。
渡したタオルで頭を拭きながら所長に報告をしている後ろ姿を、一睨みしてから、シャワー室へと向かうため事務所を出た。
後ろ姿でもイケメンだとわかるわ。
適切なところに然るべき筋肉の付いた体は、高い身長を持て余すことなく、バランスの良さを引き立てている。
この体だけでも大層おモテになるだろうが、お姉さま方がヤク中のようにメロメロになるのは、人間離れしたランドルフの瞳だ。
黒髪の薄くかかる瞳は、フチが濃い藍色で中心に向かって淡い水色へのグラデーションとなり、黒目との境に星のような金色の斑点が散っているのだ。
野生動物を彷彿とさせるこの神秘的な瞳が、程よく日に焼けた肌に壮絶な色気を添えている。
しかも、伯爵家の三男坊と来たもんだ。
末っ子の為、兄弟の中での立場が弱いらしく、成人して直ぐに家を出たと本人が言っていたが、騎士としての道を進めば、父親の後を継いで騎士団長にもなれたのではないかと所長に聞いた事がある。
それほどランドルフの身体能力は高く、勘も鋭い。
頭の良い人よりもランドルフの野生の勘の方が味方の命を救うだろう。
少なくともこの職業斡旋所で調査員として、雨の中、美人とは言え迷子の子猫を探すより人の役に立つんじゃないかな。
報告が終わるまでに、シャワー室にタオルと着替えを準備しておこう。廊下にもランドルフの足跡が付いていたので、モップも必要だし、ランドルフの引き締まったお尻により被害を受けた、デスクの雨水も拭き取らないといけない。
破天荒なランドルフの世話係になっているのに、嫌だと思わない自分自身に顔をしかめてしまう。
唯一の事務員である私が主に居座るのは、事務所と呼ばれるほぼ正方形の大きな部屋で、サイズもデザインもバラバラな本棚に囲まれている。本や書類がたんまりと詰まっているが、触らないから書類と言っているだけで、整理すればゴミと名前を変える紙束だ。
掃き出し窓のある日当たりの良い左奥には、蚤の市で買った、ド派手で安っぽいうえに座り心地の悪い紫色の応接セットが一組。
右奥には、いつからあるのか、どこで手に入れたのか誰も知らない、所長用の年代物で武骨な机が一台。
たまに木片のささくれが指に刺さるし、傷だらけの為デコボコしていて字がゆがむ。所長がアンティークと言うたびに、違うだろと思ってしまう。
そして出入り口から一番近い場所に、私の机が置かれているのだが、民家を解体する仕事をした時、タダでもらってきたダイニングテーブルがマイデスクだ。もう事務机ですらなく、引き出しもないので、書類に侵略されていて、天板が曲がっているのに気が付いたのは、ティーカップを置いたときだった。
カップのフチと紅茶の水面が明らかに平行じゃないのを見て、ニヤリと笑ってしまった。
ランドルフは、私と会話する時に、足の長さをアピールしたいのか、不作法をアピールしたいのか知らないが、机に腰をかけて上から私を見下ろすのだ。
天板が割れたとき、奴のお尻に紅茶が掛かるように、毎回そっとカップをランドルフのお尻の方に近づけている事は、まだバレていない。
神様が彼の尊大な態度に罰を与えるなら、お姉さま方垂涎の、引き締まったお尻は軽い被害を受けるだろう。
その時は、申し訳ないことをしてしまったと、心配するふりでもして盛大に話を広めよう。
しばらくは、涎を垂らすお姉さまが減るかもしれない。
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