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 路地裏で震えていた猫は短時間の捜索で見つかった為、アリーが出て行ってから直ぐに報告は終わった。
「報告は以上です……ニヤニヤしないでもらえますかね」

 五十二歳になる所長が、実年齢より若く見えるのは、騎士のころに鍛えた体を維持しているからか。
アリーは、目元の笑い皺が所長のチャームポイントと言っていたが、ニヤニヤするから笑い皺が出来たんだろ。
ニヤケ顔で作られたものがチャームなわけがない。

「いやー、ごめんねぇ。あまりにも君がかわいくって、かわいくってさぁー」
二回言いやがった。

必死で平静なふりをしながら、所長に報告をしていたが、顔どころか耳まで真っ赤だったのは自分でも分かっている。

「棒読みで『サスガ』って言われただけで照れちゃうとか、アリーちゃんに出会う前の君なら考えられないよねぇ」
黙って欲しい。

「女はベッド以外では用無しって態度だったランドルフが、初恋相手には告白も出来ないヘタレになっちゃうんだもんなぁ」
もう、永遠に黙らせてもいいだろうか。

「し・か・も、好きな子をいじめちゃうとか、今時、十代の子供でもしないって。いやぁ、真っ赤な耳を隠せるタオルがあってよかったねー。もぉ、噴き出すのを必死で我慢したよぉ」
――奥方のマリアンは未亡人になっても、困らないだけの保険に入っているだろうか

「所長の生命保険金っていくらですか?」
「……ぼっ、僕が死んだらマリアンがかわいそうだろっ。ちょ、ちょっとトイレ!」
逃げやがった。

 奥方のマリアンは、アリーの前任者で、ここで受付と事務をしていたから、彼女の性格はよく知っている。
所長がいなくても、孫が元気なら、たくましく生きて行くだろう。
所長はマリアンがいないと、三日で死んでしまいそうだが。


でも、所長のいう通りだ。
アリーに意地悪をしている場合じゃないんだ。

きちんと優しくして、
好きだと伝えて、
なんとか結婚までもっていき、
結婚後も、あの手この手で策をろうし続け、
捨てられないようにしなければならない。

今日の態度では、目標とは逆方向に進んだだろう。

――――こんなにも好きなのに……


「あれ、所長は?」
零れそうな大きな瞳が、ドアからひょっこり覗いている。
あぁ、なんて可愛いんだ。
きょとんとした顔にさえ下半身が反応しそうになる。

「便所」
「そっか。シャワー室を軽く掃除してたから、気が付かなかったのね」
歩く姿も小動物のようで、喰らいつきたくなる。

「帰る前にシャワー浴びますよね?今ならシャワー室は温かいですよ。着替えも置いてあります」
可愛いうえに気も利くから、老若男女に好かれる。おっさんから若造まで、ライバル達を蹴落とすのが大変だ。
一緒にシャワー室に連れ込んだら、嫌われてしまうだろうか。


「ランドルフの紅茶は、後で淹れますねー」
所長の机の上に紅茶を置くアリーと俺の距離は一歩分。
近くにいると身長差を実感する。ポケットに入れて持ち運べないだろうか。
紅茶をデスクの奥へ置こうと、少し前傾したから、俺と同じ色とは思えないくらい繊細な黒髪がサラリと前に流れた。
ふわりと甘い香りが鼻腔を通る。その香りをもっとよこせと鼻孔が開く。

雨で濡れ、腿に張り付いたズボンは下半身の形を浮き彫りにしているだろう。
鼻の穴を最大限まで膨らまし、おっ勃てているんだから、見まがうことなく変態だ。
弁解の余地なし。

完全に元気になったものをタオルで隠し、アリーに優しくお礼を言うべく口を開いた。
「牛乳飲めよ、ちんちくりん」

――なんでだ俺。違うだろ俺。優しくしろよ俺ーーっ!
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