3 / 47
3
しおりを挟む
一度置いたティーカップの取っ手を、もう一度持った私に、野生の勘が働いたのか、急いで事務所を出て行った。
もう少しで、ランドルフの下半身めがけて紅茶をぶっかけるところだった。
お尻をちょっとピンクにするくらいなら、お姉さま方も許してくれるだろうが、万が一、前の方に付いているホニャララが役に立たなくなったら、絶対にお姉さま方に殺される。
お姉さま方が言うには、ランドルフのホニャララは、大層ご立派で、彼の瞳を超えるメロメロパワーがあるらしい。
ま、ちんちくりんの私は一生お目にかかることもないだろうけど……。
「アリーちゃん、今日は終業にしよう。送って行くよ」
「給料計算はランドルフで終わりなので、明日の午後には仕上がります。でも、ランドルフに紅茶を出すって言っちゃったし、シャワー室の掃除をしてから帰りますね」
明日の午前中は私が受付に座るが、午後からは一歳年下の調査員のコリンが受付を担当してくれる事になっている。
「あー、掃除はランドルフがしてくると思うよ。さっきすれ違った時の様子だと」
「様子?……確かにランドルフは、いつも軽く掃除してから出てくれてるようですが」
「今日は、ピカピカに掃除して換気もキッチリしてくるから大丈夫だよ。それに、時間も掛かると思うよ。一回で終わらないだろなぁ」
よくわからないが、体が冷え切っていたのかもしれない。着替えに厚めのジャケットを出しておいてよかった。
別に急いで帰る予定もないし、雨の中、働いてきた人には、温かいお茶くらいは出してあげたい。
「じゃあ、廊下の掃除をして来ます」
まだ、モップ掛けをしてなかったし。
「ダメダメ!廊下もキッチンもトイレもダメだよ。シャワー室周辺は近寄っちゃダメ!今はアレがアレでアレだからね。廊下は僕が掃除してくるから、アリーちゃんは事務所から一歩も出ちゃだめだよ」
所長って、おちゃめなせいか、たまに私の想像力を試すような言い回しを使う。
そのせいで、意味が理解出来ない発言も多いのだが、受付のジェシカ曰く「くだらないことだから聞き流してよし」だそうだ。
まぁ、業務に関しては明確に伝えてくれるので、困らないからいいけど。
マリアンは理解出来てるのだろうか。夫婦は似るっていうけれど、優しいところ以外はあまり似ていないような気がする。
事務所の片づけをしていると、シャワーから出たランドルフが、所長と一緒に帰ってきた。
もう、夕暮れ時になってしまったので、お茶は諦めて帰宅することになってしまった。
「ランドルフ、アリーちゃんを部屋の前まで送っていけるかい?」
「雨も上がったし、買い物してから帰ります。近くなので一人で大丈夫ですよ」
田舎から出てきて働きだした時に、ちょっとした騒ぎがあった。
所長と熊のように大きな体のパオロ調査員があっという間に解決してくれたので、そっちの実害はなかったのだが、二年経っても、まだ過保護が続いているという実害がある。
ここに雇われた当初は、受付として採用された。
所長と手の空いている調査員と共に、マリアンが受付と事務を担当していたが、孫と遊ぶ時間がないと、ストライキをした為、急募していた受付で採用された。
だが、働き始めて直ぐ、仕事を探しに来ていた若い男性に斡旋所の前で待ち伏せをされ、宿へ行こうと腕を取られた。私の騒いだ声に気が付いたパオロが飛んで来てくれ、所長と共に話をつけてもらうという迷惑を掛けてしまった。
結局、私は事務員として働くことになり、調査員をやめようか悩んでいたジェシカが、それなら受付をしたいと手を挙げた。
私に事務の引継ぎを終えたマリアンは「アリーが来てくれたおかげで、世界一可愛い孫の成長を見守ることが出来るわ。まぁ、忙しい時は渋々手伝うけど、渋々ですからね」と、私の頬にキスをして、踊りながら辞めて行った後姿を見送ったのが、二年前。
当時、マリアンを追い出してしまった気がして落ち込んだが、孫を連れて散歩がてらここを訪れるマリアンの笑顔は本当に幸せそうで、今でもアリーのお陰と言ってくれる事にホッとしている。
受付のジェシカも、私と同じようなトラブルに巻き込まれないだろうかとヤキモキしたが、なにせ、今までも彼らと一緒に仕事をしてきたのだ。
大きな体の男達に交じって、野営をしてきたジェシカにとっては「受付での対応なんて口だけで済むんだから、子供の相手より楽だね。襲われても返り討ちにできるしねー」と、豪語していた通り、無茶を言うおじ様に口喧嘩で勝ち、酔っ払いのおじ様は力で放り出していた。
「今日は馬も置いてきたし、アリーと歩いて帰る。有能な調査員の送迎に感謝してもいいぞ」
口は悪いが、優しい男なのは二年の間でよく分かった。だが……
「ね、ランドルフと一緒に歩いて帰りなよ。どうせ、一緒の所に帰るんだから」
同じ建物に引っ越して来るのはやり過ぎだと思うんですけど!
待ち伏せ騒ぎの後、長期任務から帰ってきたランドルフが、隣の部屋に引っ越してきたのだ。
さすがに、それには抗議した。
田舎出身の危機意識が低い女と思われたのだろうが、何かあれば周囲に相談するし、姉として弟の面倒をみて来たので、面倒をみられる側ではないという自負があった。
しっかり者だと言われて来た身としては、プライドも傷ついたし、馬鹿をしないように見張られているようで居心地が悪かった。
でも、あえなくランドルフにまるめ込まれた。
職場に一番近い集合住宅で、過去にも多くの調査員が住んでいたらしく、ランドルフも駆け出しの頃はここに住んでいたから、また戻って来るだけで何の問題もないと押し切られた。
受付になって、給料の下がったジェシカも、すぐに引っ越してきた。
ジェシカもここに住んでいたことがあるそうで、女性でも入りやすい食堂を教えてもらった。
私の後に調査員として採用されたコリンもここに住むことになり、八戸の内、半分が斡旋所の人間で占められることとなった。
斡旋所と近すぎて、何かあるたびに呼び出されるのが嫌で、給料が上がれば引っ越す調査員が多いらしいが、一分でも長く寝たいコリンにとっては、徒歩五分の通勤で済むここは、願ってもない住処らしい。
それでも、二度寝してたまに遅刻してくるけどね。
もう少しで、ランドルフの下半身めがけて紅茶をぶっかけるところだった。
お尻をちょっとピンクにするくらいなら、お姉さま方も許してくれるだろうが、万が一、前の方に付いているホニャララが役に立たなくなったら、絶対にお姉さま方に殺される。
お姉さま方が言うには、ランドルフのホニャララは、大層ご立派で、彼の瞳を超えるメロメロパワーがあるらしい。
ま、ちんちくりんの私は一生お目にかかることもないだろうけど……。
「アリーちゃん、今日は終業にしよう。送って行くよ」
「給料計算はランドルフで終わりなので、明日の午後には仕上がります。でも、ランドルフに紅茶を出すって言っちゃったし、シャワー室の掃除をしてから帰りますね」
明日の午前中は私が受付に座るが、午後からは一歳年下の調査員のコリンが受付を担当してくれる事になっている。
「あー、掃除はランドルフがしてくると思うよ。さっきすれ違った時の様子だと」
「様子?……確かにランドルフは、いつも軽く掃除してから出てくれてるようですが」
「今日は、ピカピカに掃除して換気もキッチリしてくるから大丈夫だよ。それに、時間も掛かると思うよ。一回で終わらないだろなぁ」
よくわからないが、体が冷え切っていたのかもしれない。着替えに厚めのジャケットを出しておいてよかった。
別に急いで帰る予定もないし、雨の中、働いてきた人には、温かいお茶くらいは出してあげたい。
「じゃあ、廊下の掃除をして来ます」
まだ、モップ掛けをしてなかったし。
「ダメダメ!廊下もキッチンもトイレもダメだよ。シャワー室周辺は近寄っちゃダメ!今はアレがアレでアレだからね。廊下は僕が掃除してくるから、アリーちゃんは事務所から一歩も出ちゃだめだよ」
所長って、おちゃめなせいか、たまに私の想像力を試すような言い回しを使う。
そのせいで、意味が理解出来ない発言も多いのだが、受付のジェシカ曰く「くだらないことだから聞き流してよし」だそうだ。
まぁ、業務に関しては明確に伝えてくれるので、困らないからいいけど。
マリアンは理解出来てるのだろうか。夫婦は似るっていうけれど、優しいところ以外はあまり似ていないような気がする。
事務所の片づけをしていると、シャワーから出たランドルフが、所長と一緒に帰ってきた。
もう、夕暮れ時になってしまったので、お茶は諦めて帰宅することになってしまった。
「ランドルフ、アリーちゃんを部屋の前まで送っていけるかい?」
「雨も上がったし、買い物してから帰ります。近くなので一人で大丈夫ですよ」
田舎から出てきて働きだした時に、ちょっとした騒ぎがあった。
所長と熊のように大きな体のパオロ調査員があっという間に解決してくれたので、そっちの実害はなかったのだが、二年経っても、まだ過保護が続いているという実害がある。
ここに雇われた当初は、受付として採用された。
所長と手の空いている調査員と共に、マリアンが受付と事務を担当していたが、孫と遊ぶ時間がないと、ストライキをした為、急募していた受付で採用された。
だが、働き始めて直ぐ、仕事を探しに来ていた若い男性に斡旋所の前で待ち伏せをされ、宿へ行こうと腕を取られた。私の騒いだ声に気が付いたパオロが飛んで来てくれ、所長と共に話をつけてもらうという迷惑を掛けてしまった。
結局、私は事務員として働くことになり、調査員をやめようか悩んでいたジェシカが、それなら受付をしたいと手を挙げた。
私に事務の引継ぎを終えたマリアンは「アリーが来てくれたおかげで、世界一可愛い孫の成長を見守ることが出来るわ。まぁ、忙しい時は渋々手伝うけど、渋々ですからね」と、私の頬にキスをして、踊りながら辞めて行った後姿を見送ったのが、二年前。
当時、マリアンを追い出してしまった気がして落ち込んだが、孫を連れて散歩がてらここを訪れるマリアンの笑顔は本当に幸せそうで、今でもアリーのお陰と言ってくれる事にホッとしている。
受付のジェシカも、私と同じようなトラブルに巻き込まれないだろうかとヤキモキしたが、なにせ、今までも彼らと一緒に仕事をしてきたのだ。
大きな体の男達に交じって、野営をしてきたジェシカにとっては「受付での対応なんて口だけで済むんだから、子供の相手より楽だね。襲われても返り討ちにできるしねー」と、豪語していた通り、無茶を言うおじ様に口喧嘩で勝ち、酔っ払いのおじ様は力で放り出していた。
「今日は馬も置いてきたし、アリーと歩いて帰る。有能な調査員の送迎に感謝してもいいぞ」
口は悪いが、優しい男なのは二年の間でよく分かった。だが……
「ね、ランドルフと一緒に歩いて帰りなよ。どうせ、一緒の所に帰るんだから」
同じ建物に引っ越して来るのはやり過ぎだと思うんですけど!
待ち伏せ騒ぎの後、長期任務から帰ってきたランドルフが、隣の部屋に引っ越してきたのだ。
さすがに、それには抗議した。
田舎出身の危機意識が低い女と思われたのだろうが、何かあれば周囲に相談するし、姉として弟の面倒をみて来たので、面倒をみられる側ではないという自負があった。
しっかり者だと言われて来た身としては、プライドも傷ついたし、馬鹿をしないように見張られているようで居心地が悪かった。
でも、あえなくランドルフにまるめ込まれた。
職場に一番近い集合住宅で、過去にも多くの調査員が住んでいたらしく、ランドルフも駆け出しの頃はここに住んでいたから、また戻って来るだけで何の問題もないと押し切られた。
受付になって、給料の下がったジェシカも、すぐに引っ越してきた。
ジェシカもここに住んでいたことがあるそうで、女性でも入りやすい食堂を教えてもらった。
私の後に調査員として採用されたコリンもここに住むことになり、八戸の内、半分が斡旋所の人間で占められることとなった。
斡旋所と近すぎて、何かあるたびに呼び出されるのが嫌で、給料が上がれば引っ越す調査員が多いらしいが、一分でも長く寝たいコリンにとっては、徒歩五分の通勤で済むここは、願ってもない住処らしい。
それでも、二度寝してたまに遅刻してくるけどね。
0
あなたにおすすめの小説
混血の私が純血主義の竜人王子の番なわけない
三国つかさ
恋愛
竜人たちが通う学園で、竜人の王子であるレクスをひと目見た瞬間から恋に落ちてしまった混血の少女エステル。好き過ぎて狂ってしまいそうだけど、分不相応なので必死に隠すことにした。一方のレクスは涼しい顔をしているが、純血なので実は番に対する感情は混血のエステルより何倍も深いのだった。
いなくなった伯爵令嬢の代わりとして育てられました。本物が見つかって今度は彼女の婚約者だった辺境伯様に嫁ぎます。
りつ
恋愛
~身代わり令嬢は強面辺境伯に溺愛される~
行方不明になった伯爵家の娘によく似ていると孤児院から引き取られたマリア。孤独を抱えながら必死に伯爵夫妻の望む子どもを演じる。数年後、ようやく伯爵家での暮らしにも慣れてきた矢先、夫妻の本当の娘であるヒルデが見つかる。自分とは違う天真爛漫な性格をしたヒルデはあっという間に伯爵家に馴染み、マリアの婚約者もヒルデに惹かれてしまう……。
転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。
琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。
ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!!
スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。
ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!?
氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。
このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
竜帝に捨てられ病気で死んで転生したのに、生まれ変わっても竜帝に気に入られそうです
みゅー
恋愛
シーディは前世の記憶を持っていた。前世では奉公に出された家で竜帝に気に入られ寵姫となるが、竜帝は豪族と婚約すると噂され同時にシーディの部屋へ通うことが減っていった。そんな時に病気になり、シーディは後宮を出ると一人寂しく息を引き取った。
時は流れ、シーディはある村外れの貧しいながらも優しい両親の元に生まれ変わっていた。そんなある日村に竜帝が訪れ、竜帝に見つかるがシーディの生まれ変わりだと気づかれずにすむ。
数日後、運命の乙女を探すためにの同じ年、同じ日に生まれた数人の乙女たちが後宮に召集され、シーディも後宮に呼ばれてしまう。
自分が運命の乙女ではないとわかっているシーディは、とにかく何事もなく村へ帰ることだけを目標に過ごすが……。
はたして本当にシーディは運命の乙女ではないのか、今度の人生で幸せをつかむことができるのか。
短編:竜帝の花嫁 誰にも愛されずに死んだと思ってたのに、生まれ変わったら溺愛されてました
を長編にしたものです。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~
夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」
弟のその言葉は、晴天の霹靂。
アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。
しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。
醤油が欲しい、うにが食べたい。
レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。
既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・?
小説家になろうにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる