【完】白雪姫は魔女の手のひらの上で踊る

三月ねね

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 もう、ランドルフは部屋を出ただろうか。
一階へ降りる階段は、ランドルフの部屋を通り過ぎ、彼が倉庫として借りている角部屋の前にある。
ジェシカが言うには、内階段だから、外から見られても部屋が突き止められにくいそうだ。都会ではそんなことまで気にするのかとビックリした。
 ちょうど階段を降りたところに、コリンの部屋のドアがある。
昨日のコリンの疲れた様子を思い出すと、ランドルフの厚い胸板と温もりがよみがえってきてしまった。

 ランドルフは同僚として慰めただけ、意識してはダメと言い聞かせ、ほてり始めた顔を片手であおぎながら建物を出たところで、本人と目が合った。
「っわ、ラ、ランドルフ、おはようございます」
「ああ」
ランドルフの横で、優しげな目をした馬が大人しく待っている。
「ブレットおはよう。今日もいい子ね」
手を差し出すと、顔を擦り付けて挨拶をしてくれる。ミルクチョコレートのような毛は意外と硬い。
「乗って行くだろう?」
いつもはジェシカと二人で出勤する。
偶然ランドルフと部屋を出るタイミングが被って、一緒に歩いて出勤した事はあったが、ブレットに乗って行こうと誘われたのは初めてだった。
「実は、あまり乗馬の経験がないんです。ブレットも二人で乗ったら重いでしょ?」
ブレットは穏やかな性格なので怖くはないが、スマートな馬体をしているので、短い距離でも二人で乗るのは気の毒だ。
「こいつは、俺とパオロを乗せても平気で走る奴だぞ」
そ、それは凄い。
パオロは三十代の調査員だが、縦にも横にも大きく、厚い壁のような体格なのだ。
身長もランドルフより高いし、体重は私の三倍、いや四倍近くありそうだ。
「ブレット、魔王にこき使われる不憫な子……今度、魔王に内緒で角砂糖をあげるからね」
魔王がブラッシングをしたのだろう、ツヤツヤの毛を撫でながら、ブレットの鼻筋におでこを付け、泣き真似をしていると、なんの声掛けもなくウエストを持たれ、そのまま馬上に持ち上げられた。
「朝からアホだな」
音もなく後ろに飛び乗ったランドルフの体が小刻みに揺れているから笑っているのだろう。

しかし、こっちはそれどころでは無い。
背中がランドルフと密着している。
ブレットが居たおかげで、昨日の事を忘れていつも通り話せたと言うのに、またこんな事になろうとは。
手綱へと伸ばされた腕に囲われているようで、そわそわと落ち着かない。
スカートを直す振りをして前傾姿勢になり、背中をランドルフから離そうと試みる。
「ブレットが振り落とすことは無いが、自ら転げ落ちる奴はブレットにもどうしようもないぞ」
ウエストに片手を回され引き寄せられた。
ひぃーー!くっつきすぎぃー!
昨日と同じように、二つの武器が硬く当たる。
ランドルフから、石鹸の匂いとブレットの餌だろう干し草のさわやかな匂いがする。
心臓がバクバクと煩すぎて、周囲の音が入ってこない。
背中に全神経が集まってしまったようで、ランドルフの身じろぎさえ敏感に感じ取る。
お尻に当たっていた方の武器がビクッビクッと二度跳ねた気がして、そちらに意識が向いた所で、両脇を持たれ器用に降ろされた。
ランドルフはブレットから降りることなく、一言もしゃべらないまま、斡旋所の裏手へ消えていった。


目の前に、斡旋所の扉があった。
いつの間にか着いていた。

――あれって、ぶ、武器じゃなくて、ホニャララぁーーーー!?

しばらくその場から動けず、ただただ玄関扉を見上げていると所長が裏手にある馬房の方から出てきた。
「アリーちゃん、おはよう。ランドルフが馬から降りないんだよー。空を見上げてブツブツ言ってて、朝からやばい奴見ちゃったぁ……アリーちゃん?」
――いや、ある意味ランドルフには最強の武器だ。お姉さま方を虜にしてきた武器。大砲でメロメロ砲で……あわわっ!
ちょっと、想像しないでよ、私!
「……ははーん、二人して壊れちゃうようなことがあったんだ」
――凄い硬かった……私に、よ、欲情した?いやいや朝の生理現象かもしれない。でも、あの感触は昨日の夜と同じだった。ということは欲求不満?
「おーい、アリーちゃーん。こっちの世界に戻っておいでぇ」
――ありえる。きっと、ちんちくりんでも反応しちゃうくらい切羽詰まった状況なのだ
――――ちんちくりん……あ、なんか、落ち込んできた
「さあ、入りますよー。背中押しますよー」
――ランドルフの周りにいるお姉さま方は、フェロモンぷんぷんの、肉感的で自信にあふれた女性ばかりだ。私なんか、子供扱いか、良くて妹扱いだってわかってる……
「はい、受付に着きましたよー。さぁ座って。押し寄せる筋肉ダルマ達をパパパーンとさばくんですよー」
――わかっているけど、どうにもならないの。好きな気持ちが消えてくれないの
「コート脱がすとヘタレに殺されちゃいそうだから自分で脱いでねー。じゃ、よろしくぅ」
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