【完】白雪姫は魔女の手のひらの上で踊る

三月ねね

文字の大きさ
9 / 47

9

しおりを挟む
 あんな事があったから一晩中浅い眠りを繰り返し、疲れが抜けないまま朝を迎えた。

狭いクローゼットの上段に置いてある木箱を取り出す。
田舎から出て来た時に持ってきた、小さな木箱には大切な物を仕舞っている。
蓋を開けると、ランドルフに貰った髪留めに朝日が当たる。
シルバーの細い針金が幾重にも編まれた土台の中心に、本物のルビーかと思うほど巧みにカットされた赤いガラス。
その周りに小ぶりな真珠が花弁のように五個付けられている。
艶やかに光る真珠をそっと撫でて、つけて行こうかと逡巡してから蓋を閉めた。
毎朝、儀式のように悩むのだが、地味な服には似合わない。
ランドルフに地味な私が似合わないのと同じだ。


 ランドルフを初めて見たとき、子供のころに大好きだった絵本の騎士様そっくりだと思った。
ドラゴンに攫われたお姫様を、剣を片手に助け出す勇敢な騎士様。黒い髪と凛々しい瞳をそっと撫でた幼い指。
毎晩、神様に祈ったけれど、絵本の中の愛らしいお姫様と同じ、金髪に青い瞳になれなかった。可憐なドレスも似合わない。どこまで行っても田舎の冴えない娘。

 実際のランドルフを知っても好ましいと思った。
ぶっきらぼうで意地悪だけど、人を助ける強さと包み込める優しさを持った人。知れば知るほど好きになった。
自分の瞳に想いがあふれているような気がして、気取られないように彼と目を合わせられなくなった。

 たまに、斡旋所の受付に座ると、魅力的なお姉さま方が来て、ランドルフがいかにベッドの上で素晴らしいかを話してくる。
無視をしたくても、求人票を持って来る限り対応しなければならない。
茶髪も金髪も黒髪も居たが、共通しているのは、自分に自信があって魅惑的な体をしていること。
ランドルフが抱いた女性は、私とは似ても似つかない女性達だった。

斡旋所のお使い途中に、そんな女性の一人と話をしているランドルフを見かけた。遠くからみてもお似合いだった。
勇敢な騎士様には愛らしいお姫様がしっくりくるように、心も体も堅牢なランドルフには、自信あふれる女性がしっくりくる。

お姉さま方に、ランドルフとの逢瀬を初めて聞かされてから、隣の部屋の気配が気になって仕方がない。
隣りにいるのだろうか、彼女たちの所にいるのだろうか。
聞こえない物音を聞こうと耳を澄ませてしまう。
そんな夜を過ごした翌日は、気持ちが不安定になる。

 本当に火傷させたい訳でもないし、給料を改ざんしようなんて思ってない。
面白おかしく悪行なことでも考えていないと、からかわれるたび、女として対象外なんだと泣いてしまいそうになる。

いっそ振られてしまえばと思ったこともあるが、同じ職場で、隣に住んでいては、気まず過ぎてこのまま暮らせないだろう。
それに振られたからと言って、好きな気持ちが消えるものでもない。
持て余した恋心をどうする事も出来ず、頭の中でランドルフに「嫌いにならせてよ」と八つ当たりをするのだ――

 
 冷蔵庫から昨日の夕食になるはずだったローストビーフを取り出す。
実家のある田舎は、海から遠く魚介類は贅沢品だった。
こちらに来てから、手ごろな価格で買えることに嬉しくなり、鮮魚店でレシピを聞いて作る日が増えた。
忙しい母に代わり料理はしていたが、魚介料理は作ったことが無かったので、新しい料理を作るのが楽しい。
自然と肉料理はほとんど作らなくなったのだが、ローストビーフだけは今でも作っている。

ランドルフがよくローストビーフサンドを食べているから。

作って行こうかな。昨日のお礼だと言って渡せば、変に思われないよね。
お店の物には敵わないだろうが、作りなれているものだし家族にも好評だ。
不味くはないだろうと自分を励ましながら、いつもより時間を掛けて丁寧に作った。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

混血の私が純血主義の竜人王子の番なわけない

三国つかさ
恋愛
竜人たちが通う学園で、竜人の王子であるレクスをひと目見た瞬間から恋に落ちてしまった混血の少女エステル。好き過ぎて狂ってしまいそうだけど、分不相応なので必死に隠すことにした。一方のレクスは涼しい顔をしているが、純血なので実は番に対する感情は混血のエステルより何倍も深いのだった。

異世界に落ちて、溺愛されました。

恋愛
満月の月明かりの中、自宅への帰り道に、穴に落ちた私。 落ちた先は異世界。そこで、私を番と話す人に溺愛されました。

いなくなった伯爵令嬢の代わりとして育てられました。本物が見つかって今度は彼女の婚約者だった辺境伯様に嫁ぎます。

りつ
恋愛
~身代わり令嬢は強面辺境伯に溺愛される~ 行方不明になった伯爵家の娘によく似ていると孤児院から引き取られたマリア。孤独を抱えながら必死に伯爵夫妻の望む子どもを演じる。数年後、ようやく伯爵家での暮らしにも慣れてきた矢先、夫妻の本当の娘であるヒルデが見つかる。自分とは違う天真爛漫な性格をしたヒルデはあっという間に伯爵家に馴染み、マリアの婚約者もヒルデに惹かれてしまう……。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

竜帝に捨てられ病気で死んで転生したのに、生まれ変わっても竜帝に気に入られそうです

みゅー
恋愛
シーディは前世の記憶を持っていた。前世では奉公に出された家で竜帝に気に入られ寵姫となるが、竜帝は豪族と婚約すると噂され同時にシーディの部屋へ通うことが減っていった。そんな時に病気になり、シーディは後宮を出ると一人寂しく息を引き取った。 時は流れ、シーディはある村外れの貧しいながらも優しい両親の元に生まれ変わっていた。そんなある日村に竜帝が訪れ、竜帝に見つかるがシーディの生まれ変わりだと気づかれずにすむ。 数日後、運命の乙女を探すためにの同じ年、同じ日に生まれた数人の乙女たちが後宮に召集され、シーディも後宮に呼ばれてしまう。 自分が運命の乙女ではないとわかっているシーディは、とにかく何事もなく村へ帰ることだけを目標に過ごすが……。 はたして本当にシーディは運命の乙女ではないのか、今度の人生で幸せをつかむことができるのか。 短編:竜帝の花嫁 誰にも愛されずに死んだと思ってたのに、生まれ変わったら溺愛されてました を長編にしたものです。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

処理中です...