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凍った空気がいたたまれなくて、
「せ、せっかくなんで林檎剥いて来ましょうか」
ランドルフに任せて逃げる選択をしたのだが、
「所長の茶が冷める」
阻止された。
スプリングが柔らかすぎて、気を抜くと後ろにひっくり返りそうなソファーに座り紅茶を頂く。
さあ、どうしよう。
「…………」
「…………」
「……ズズズー」
紅茶の渋さもなかなかのものだが、この空気の中、普通に飲めるランドルフは凄いわ。
こういう時はマリアン頼みだ。
「お茶を淹れて下さる旦那様で、マリアンも幸せですね」
「茶ぐらい俺だって淹れてやるよ」
なんでランドルフが張り合うのよ。
「この前は、木の剪定をしてくれたと嬉しそうにお話ししてました」
「アリー、俺なら樹齢百年の大木だって伐採出来るね」
はい?そんなもの切って来られても困るわ。
「美味しいケーキを買って来てく――」
「だから!それは宝石でも家でも買ってやるって言っただろうがっ!」
……もしかして、ブレットに振り落とされて頭を打ったんだろうか?
「ねぇ、ランドルフ。僕は昨日マリアンの肩をもんであげたんだよ」
隣りのランドルフが勢い良く立ち上がって、私を見下ろしながら叫んだ。
「はんっ!俺なら全身隅々まで舐めまわすぞっ!毎晩なっ!!!」
……何を言っているんだこの変態は。
「ぶはははははっーー。最高に気持ち悪いねー」
所長の機嫌が直ったのはよかったけど、ランドルフの作った変態臭の漂う空気を変えることまで請け負いたくないので、今度こそ茶器を持ってキッチンに逃げた。
茶器を洗い終わり、事務所の入り口からこっそりと覗いて、変態の残臭がないか確認する。よかった普通の空気に戻っている。
「アリーちゃん、コリンに戸締りを任せて帰ろうかー」
これはマズい発言の仕返しだろう。そっとしておくに限る。
そそくさとバッグに荷物を入れていると林檎を詰め込まれた。
「もっていけ」
「こんなに沢山頂けないです」
「所長の家と皆の馬にやってもまだ残る」
「じゃあ、明日のお茶請けにアップルパイを焼いてきますね」
嬉しそうに微笑んでくれた。俺はお酒の似合う大人の男ですって顔してるけど、意外と甘いものも食べるんだよね。
「今日、アリーちゃんがコリンにあげたサンドイッチもおいしそうだったよねー。ランドルフの好きなローストビーフのお手製サンドイッチ!」
ランドルフの微笑が一瞬で消えた。昨日のお礼に作ってきたと察したんだ。
こわいこわい顔が怖い!
「あれは、あのっ」
「あースッキリした。これでマズい発言はチャラにしてあげようっと!」
所長ぉ、人を使って仕返しするなんて反則ですぅーー。
一人は黒いオーラで「帰るぞ」と発し、もう一人はスキップしながら「これで今日もぐっすり眠れるなぁ」とご機嫌である。
受付を片付けていたコリンが瞬時に振り向いた。
空気の読めない発言はするけど、不穏な空気は察知するらしい。こういうところはさすがだなと思う。
「え、なんすか。え、アリーさん、これってどういう状況っすか?」
「アリーに話しかけるな。両手を出せ」
おずおずと出した両手にいくつも林檎載せられたコリンは、このまま齧りつきたそうな顔をしている。
「これはお前の馬にやれ。お前は絶対食うな」
「俺、林檎好きなんすけど!なんで!?」
「奇遇だな、俺もローストビーフサンドが好きだ」
昼間のサンドイッチの話とわかったコリンが、
「……心が狭いっすよ。ランドルフさん」
火に油を注いだ。
「いいかよく聞け。命令だ。お前は今日から一週間林檎を食うな。煮てあるのも、焼いてあるのも、果汁一滴でもだめだ!わかったな」
コリンは不満そうな顔をしているが、まなじりを吊り上げたランドルフは譲歩しそうにない。
「うーっ、わかったっす……」
返事を聞いて一人さっさと馬房に向かって行った。
「あーあ、これでアリーちゃんのアップルパイは食べれなくなっちゃったねー」
「アップルパイ!ちょーーーーぜつ好きなんすけどぉ」
火に油を注いだのはコリン自身だけど、火種を作ったのは私だ。さすがに申し訳ない。
「ごめんね。コリンの分は一週間過ぎたら作ってきてあげるよ」
復活したコリンに戸締りを任せて家路に就いた。
馬上の二人など気にしないブレットはのんびりと進む。
「……俺にか?」
サンドイッチの事だろう。そこまでローストビーフサンドが好きなのか。
たまに、硬そうなパンを水で流し込んでいる姿を見かけるので、食に執着しないタイプだと思っていたから意外だ。
「朝に渡すつもりだったのですが、うっかりしてて」
だって、朝はホニャララが……ねぇ。
「なんで、あのヒヨッコにやったんだ」
ヒヨッコって。
「傷んでもいけませんし」
「腐ってもカビが生えても食う」
いやいや、それはダメでしょう。思わず後ろを振り返ったら真剣な目に驚いた。
飲み込まれそうで急いで前を向いたら、今度は前方で私を睨みつける女性と目があった。
…………あぁ、お姉さま方の一人だ。
「せ、せっかくなんで林檎剥いて来ましょうか」
ランドルフに任せて逃げる選択をしたのだが、
「所長の茶が冷める」
阻止された。
スプリングが柔らかすぎて、気を抜くと後ろにひっくり返りそうなソファーに座り紅茶を頂く。
さあ、どうしよう。
「…………」
「…………」
「……ズズズー」
紅茶の渋さもなかなかのものだが、この空気の中、普通に飲めるランドルフは凄いわ。
こういう時はマリアン頼みだ。
「お茶を淹れて下さる旦那様で、マリアンも幸せですね」
「茶ぐらい俺だって淹れてやるよ」
なんでランドルフが張り合うのよ。
「この前は、木の剪定をしてくれたと嬉しそうにお話ししてました」
「アリー、俺なら樹齢百年の大木だって伐採出来るね」
はい?そんなもの切って来られても困るわ。
「美味しいケーキを買って来てく――」
「だから!それは宝石でも家でも買ってやるって言っただろうがっ!」
……もしかして、ブレットに振り落とされて頭を打ったんだろうか?
「ねぇ、ランドルフ。僕は昨日マリアンの肩をもんであげたんだよ」
隣りのランドルフが勢い良く立ち上がって、私を見下ろしながら叫んだ。
「はんっ!俺なら全身隅々まで舐めまわすぞっ!毎晩なっ!!!」
……何を言っているんだこの変態は。
「ぶはははははっーー。最高に気持ち悪いねー」
所長の機嫌が直ったのはよかったけど、ランドルフの作った変態臭の漂う空気を変えることまで請け負いたくないので、今度こそ茶器を持ってキッチンに逃げた。
茶器を洗い終わり、事務所の入り口からこっそりと覗いて、変態の残臭がないか確認する。よかった普通の空気に戻っている。
「アリーちゃん、コリンに戸締りを任せて帰ろうかー」
これはマズい発言の仕返しだろう。そっとしておくに限る。
そそくさとバッグに荷物を入れていると林檎を詰め込まれた。
「もっていけ」
「こんなに沢山頂けないです」
「所長の家と皆の馬にやってもまだ残る」
「じゃあ、明日のお茶請けにアップルパイを焼いてきますね」
嬉しそうに微笑んでくれた。俺はお酒の似合う大人の男ですって顔してるけど、意外と甘いものも食べるんだよね。
「今日、アリーちゃんがコリンにあげたサンドイッチもおいしそうだったよねー。ランドルフの好きなローストビーフのお手製サンドイッチ!」
ランドルフの微笑が一瞬で消えた。昨日のお礼に作ってきたと察したんだ。
こわいこわい顔が怖い!
「あれは、あのっ」
「あースッキリした。これでマズい発言はチャラにしてあげようっと!」
所長ぉ、人を使って仕返しするなんて反則ですぅーー。
一人は黒いオーラで「帰るぞ」と発し、もう一人はスキップしながら「これで今日もぐっすり眠れるなぁ」とご機嫌である。
受付を片付けていたコリンが瞬時に振り向いた。
空気の読めない発言はするけど、不穏な空気は察知するらしい。こういうところはさすがだなと思う。
「え、なんすか。え、アリーさん、これってどういう状況っすか?」
「アリーに話しかけるな。両手を出せ」
おずおずと出した両手にいくつも林檎載せられたコリンは、このまま齧りつきたそうな顔をしている。
「これはお前の馬にやれ。お前は絶対食うな」
「俺、林檎好きなんすけど!なんで!?」
「奇遇だな、俺もローストビーフサンドが好きだ」
昼間のサンドイッチの話とわかったコリンが、
「……心が狭いっすよ。ランドルフさん」
火に油を注いだ。
「いいかよく聞け。命令だ。お前は今日から一週間林檎を食うな。煮てあるのも、焼いてあるのも、果汁一滴でもだめだ!わかったな」
コリンは不満そうな顔をしているが、まなじりを吊り上げたランドルフは譲歩しそうにない。
「うーっ、わかったっす……」
返事を聞いて一人さっさと馬房に向かって行った。
「あーあ、これでアリーちゃんのアップルパイは食べれなくなっちゃったねー」
「アップルパイ!ちょーーーーぜつ好きなんすけどぉ」
火に油を注いだのはコリン自身だけど、火種を作ったのは私だ。さすがに申し訳ない。
「ごめんね。コリンの分は一週間過ぎたら作ってきてあげるよ」
復活したコリンに戸締りを任せて家路に就いた。
馬上の二人など気にしないブレットはのんびりと進む。
「……俺にか?」
サンドイッチの事だろう。そこまでローストビーフサンドが好きなのか。
たまに、硬そうなパンを水で流し込んでいる姿を見かけるので、食に執着しないタイプだと思っていたから意外だ。
「朝に渡すつもりだったのですが、うっかりしてて」
だって、朝はホニャララが……ねぇ。
「なんで、あのヒヨッコにやったんだ」
ヒヨッコって。
「傷んでもいけませんし」
「腐ってもカビが生えても食う」
いやいや、それはダメでしょう。思わず後ろを振り返ったら真剣な目に驚いた。
飲み込まれそうで急いで前を向いたら、今度は前方で私を睨みつける女性と目があった。
…………あぁ、お姉さま方の一人だ。
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