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今日もランドルフと一緒にブレットに乗って出勤する。
お姉さまの嫉妬に歪む視線を忘れたわけではないけれど、同じ時間に同じ所から同じ職場まで行くのに、不自然にならず別々で出勤する理由が思いつかなかった。
会話は少なかったが、お尻にホニャララが当たる事もなく、平穏なまま斡旋所に着いた。
ランドルフは溜まっていた報告書を書くそうで、受付に落ち着いた私を見てから、何かあれば声を掛けろと言い残し事務所へ向かった。
受付の順番が来て椅子に座ったおじ様達が、揃いも揃って後ろに視線を飛ばしてニタニタする。
何かあるのかと振り返ると、事務所のドアが開けっ放しになっていて、私の席に座ったランドルフが、厚い胸板の前で腕を組み、おじ様方に睨みをきかせていた。
依頼者も求人者も大切なお客様なのに、何をやっているんだか。
おじ様が書類に目を落としたまま、
「昨日もアリーちゃんに迷惑をかけるなって釘を刺されちゃったよ」
早口でささやき、ちらりと視線だけを上げて
「ちょっとガラは悪いが、アリーちゃんには頼れる騎士だね」
ロマンチックなおじ様には悪いが、実情は単なる子供扱いなんですよねぇ。
午後になると、ランドルフはコリンと入れ替わるように、ブレットに乗って出て行ってしまった。
所長に、ランドルフが事務所にいる必要はないと言ってみたのだが、
「前倒しで任務をこなしてたからなぁ。それに追い出せるような急ぎの任務も無いんだよねー。ランドルフに受付やらせてみたら?」
今日の態度を見たでしょうに、冗談でも恐ろしい事を言わないでよ。
コリンが受付に入ってくれたので、伝票処理をしてしまおうと伝票の束に手を伸ばした時、
ガタンッ!
所長がいきなり立ち上がり、
「あの足音はっ!」
ご主人を発見した犬のように、私の机の横を駆け抜けて行った。
でたマリアン探知機。本日も絶好調でなによりです。
そうだ、マリアンにアップルパイの味見をしてもらおう。
鞄からアップルパイの入ったケースをそっと出して、崩れていないかチェックする。
ランドルフに食べてもらう時は、些細な事も気になってしまう。
事務所を出て受付を見ると、所長がマリアンに抱き着いていた。
見慣れた光景なので、いつもはみんな無反応なのに、なぜかコリンが立ち上がって警戒している。
その時、衝立の影から一人の女性が出て来た。
すらりと背が高く、深緑のシンプルなドレスに身を包み、同じ布地で作られた帽子からは黒いベールが顎先まで垂れている。
周囲に秘密にしたい場合、ベールを被って来る女性もいる。
別に警戒するような事ではないので、コリンの様子だけが違和感として残った。
キッチンで紅茶の用意をしていると、はしゃぐ所長の声とマリアンであろう足音から少し遅れて、もう一人の足音がする。やっぱり依頼者なのだろうと見当をつけ、人数分のお湯を沸かす。
一人分だけカップに注ぎ、受付にもって行くと、
「アリーさん気を付けて」
いつもの「っす」さえ省き、真剣な目をしたコリンに言われた。
「俺もよくわかんないです。悪意は感じないけど、なんかモヤモヤします」
拳で胸をごしごしと擦っている。
「所長も居るし、大丈夫よ」
安心させるためにわざと軽く答えて、紅茶を置いて事務所へ向かった。
コリンがアリーの後姿を見ながら独りごちる。
「所長が警戒していないのも変なんだよなぁ」
会釈をして失礼しますと声を掛けてから、茶葉にお湯を注いでいると、女性のドレスの裾が視界の端に入る。
服には詳しくないけど、絶妙な光沢の布地を見ると、私の年収以上のお値段かも。
茶葉を蒸らす間、端に寄って控えていると、ベール越しの視線を感じる。
居心地が悪いことこの上ない。
下世話なことを考えていただけに目が泳いでしまいそう。
マリアンが後を引き取って注いでくれないかな。
床板の節とにらめっこしていた視線を、マリアンに持って行くと、
「アリー、元気そうでよかった。うちの人に困らされていない?」
会話に引き込んで来たという事は、解放してくれないのだと覚悟を決めた。
人様のドレスを値踏みした神様からの罰に違いない。
「この方は私の知り合いなのよ。ちょっとした依頼があってご来訪くださったの」
いつもより長く感じた蒸らし時間を「はい」「いいえ」とアルカイックスマイルでやり過ごす。
やっと注ぎ終わり、離れられると後ろに足を引いた時、初めて女性が口を開いた。
「アリーと言ったわね。この子でいいわ」
威風堂々とした態度に合う、落ち着いた声だ。
マリアンが間に入ってくれる。
「アリーは調査員じゃないのよ」
一歩後ろに引いた右足に体重を乗せたまま、所長に救援の視線を飛ばしたのに、マリアンしか見ていない。
おーい、所長ぉ!
「別にいいわ。難しい仕事じゃないもの。身元さえしっかりとしていればいいのよ」
所長を諦めてマリアンに視線ですがる。
「そう言われても、アリーは事務員として来てもらっているからねぇ」
頬に手を当てて考えるしぐさをしているが、視線は合わせてくれない。
会話の内容から、私に何かの依頼をさせようとしているのだろうが無理です。
私は、なんでもこなせるなんでも屋じゃないです。
「まさか、身元の怪しい人物を雇っているわけではないでしょう?」
「もちろんよ。それに責任感もあるし信頼しているわ」
この流れはまずい。この夫婦は頼りにならない。自分でどうにかしなければ。
「レディ、発言をお許し頂けますでしょうか」
「いいえ、許さないわ。礼儀も身に付いているようだし、彼女に決めたわ」
ちょ!ちょっと、待って――。
話さえ聞いてもらえないことに唖然とした時、所長が「でもねぇ」と話し出した。
これで助かる!所長、頼りにならないなんて思ってごめんなさいっ!
「今、人手不足なんだよ。アリーちゃんを連れて行かれるのは困るなぁ」
所長!そのまま、ガツンとお断りをし――
「それは、私が代われば済む話じゃないの」
マリアンの一言で、目の前が真っ暗になった。あーぅー。
「マリアンが来てくれるの!?じゃ、アリーちゃん頼んだよ」
所長のうーらぁ、ぎぃ、りぃ、ものぉーーーー!!!
「ランドルフを追い出して二人っきりで働こうよっ」
さっき、追い出せる任務はないって言ってたよね!?
満面の笑みでマリアンに抱き着いた所長の頭皮に――ハゲる呪いをかけた。
お姉さまの嫉妬に歪む視線を忘れたわけではないけれど、同じ時間に同じ所から同じ職場まで行くのに、不自然にならず別々で出勤する理由が思いつかなかった。
会話は少なかったが、お尻にホニャララが当たる事もなく、平穏なまま斡旋所に着いた。
ランドルフは溜まっていた報告書を書くそうで、受付に落ち着いた私を見てから、何かあれば声を掛けろと言い残し事務所へ向かった。
受付の順番が来て椅子に座ったおじ様達が、揃いも揃って後ろに視線を飛ばしてニタニタする。
何かあるのかと振り返ると、事務所のドアが開けっ放しになっていて、私の席に座ったランドルフが、厚い胸板の前で腕を組み、おじ様方に睨みをきかせていた。
依頼者も求人者も大切なお客様なのに、何をやっているんだか。
おじ様が書類に目を落としたまま、
「昨日もアリーちゃんに迷惑をかけるなって釘を刺されちゃったよ」
早口でささやき、ちらりと視線だけを上げて
「ちょっとガラは悪いが、アリーちゃんには頼れる騎士だね」
ロマンチックなおじ様には悪いが、実情は単なる子供扱いなんですよねぇ。
午後になると、ランドルフはコリンと入れ替わるように、ブレットに乗って出て行ってしまった。
所長に、ランドルフが事務所にいる必要はないと言ってみたのだが、
「前倒しで任務をこなしてたからなぁ。それに追い出せるような急ぎの任務も無いんだよねー。ランドルフに受付やらせてみたら?」
今日の態度を見たでしょうに、冗談でも恐ろしい事を言わないでよ。
コリンが受付に入ってくれたので、伝票処理をしてしまおうと伝票の束に手を伸ばした時、
ガタンッ!
所長がいきなり立ち上がり、
「あの足音はっ!」
ご主人を発見した犬のように、私の机の横を駆け抜けて行った。
でたマリアン探知機。本日も絶好調でなによりです。
そうだ、マリアンにアップルパイの味見をしてもらおう。
鞄からアップルパイの入ったケースをそっと出して、崩れていないかチェックする。
ランドルフに食べてもらう時は、些細な事も気になってしまう。
事務所を出て受付を見ると、所長がマリアンに抱き着いていた。
見慣れた光景なので、いつもはみんな無反応なのに、なぜかコリンが立ち上がって警戒している。
その時、衝立の影から一人の女性が出て来た。
すらりと背が高く、深緑のシンプルなドレスに身を包み、同じ布地で作られた帽子からは黒いベールが顎先まで垂れている。
周囲に秘密にしたい場合、ベールを被って来る女性もいる。
別に警戒するような事ではないので、コリンの様子だけが違和感として残った。
キッチンで紅茶の用意をしていると、はしゃぐ所長の声とマリアンであろう足音から少し遅れて、もう一人の足音がする。やっぱり依頼者なのだろうと見当をつけ、人数分のお湯を沸かす。
一人分だけカップに注ぎ、受付にもって行くと、
「アリーさん気を付けて」
いつもの「っす」さえ省き、真剣な目をしたコリンに言われた。
「俺もよくわかんないです。悪意は感じないけど、なんかモヤモヤします」
拳で胸をごしごしと擦っている。
「所長も居るし、大丈夫よ」
安心させるためにわざと軽く答えて、紅茶を置いて事務所へ向かった。
コリンがアリーの後姿を見ながら独りごちる。
「所長が警戒していないのも変なんだよなぁ」
会釈をして失礼しますと声を掛けてから、茶葉にお湯を注いでいると、女性のドレスの裾が視界の端に入る。
服には詳しくないけど、絶妙な光沢の布地を見ると、私の年収以上のお値段かも。
茶葉を蒸らす間、端に寄って控えていると、ベール越しの視線を感じる。
居心地が悪いことこの上ない。
下世話なことを考えていただけに目が泳いでしまいそう。
マリアンが後を引き取って注いでくれないかな。
床板の節とにらめっこしていた視線を、マリアンに持って行くと、
「アリー、元気そうでよかった。うちの人に困らされていない?」
会話に引き込んで来たという事は、解放してくれないのだと覚悟を決めた。
人様のドレスを値踏みした神様からの罰に違いない。
「この方は私の知り合いなのよ。ちょっとした依頼があってご来訪くださったの」
いつもより長く感じた蒸らし時間を「はい」「いいえ」とアルカイックスマイルでやり過ごす。
やっと注ぎ終わり、離れられると後ろに足を引いた時、初めて女性が口を開いた。
「アリーと言ったわね。この子でいいわ」
威風堂々とした態度に合う、落ち着いた声だ。
マリアンが間に入ってくれる。
「アリーは調査員じゃないのよ」
一歩後ろに引いた右足に体重を乗せたまま、所長に救援の視線を飛ばしたのに、マリアンしか見ていない。
おーい、所長ぉ!
「別にいいわ。難しい仕事じゃないもの。身元さえしっかりとしていればいいのよ」
所長を諦めてマリアンに視線ですがる。
「そう言われても、アリーは事務員として来てもらっているからねぇ」
頬に手を当てて考えるしぐさをしているが、視線は合わせてくれない。
会話の内容から、私に何かの依頼をさせようとしているのだろうが無理です。
私は、なんでもこなせるなんでも屋じゃないです。
「まさか、身元の怪しい人物を雇っているわけではないでしょう?」
「もちろんよ。それに責任感もあるし信頼しているわ」
この流れはまずい。この夫婦は頼りにならない。自分でどうにかしなければ。
「レディ、発言をお許し頂けますでしょうか」
「いいえ、許さないわ。礼儀も身に付いているようだし、彼女に決めたわ」
ちょ!ちょっと、待って――。
話さえ聞いてもらえないことに唖然とした時、所長が「でもねぇ」と話し出した。
これで助かる!所長、頼りにならないなんて思ってごめんなさいっ!
「今、人手不足なんだよ。アリーちゃんを連れて行かれるのは困るなぁ」
所長!そのまま、ガツンとお断りをし――
「それは、私が代われば済む話じゃないの」
マリアンの一言で、目の前が真っ暗になった。あーぅー。
「マリアンが来てくれるの!?じゃ、アリーちゃん頼んだよ」
所長のうーらぁ、ぎぃ、りぃ、ものぉーーーー!!!
「ランドルフを追い出して二人っきりで働こうよっ」
さっき、追い出せる任務はないって言ってたよね!?
満面の笑みでマリアンに抱き着いた所長の頭皮に――ハゲる呪いをかけた。
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