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 メイドが出て行って、紅茶を一口飲んだマーガレットがやっと話し出した。
「ランドルフはもう分かっているでしょうが、初めから説明いたしますわ」

――――手紙が届きましたの
わたくしの誕生会を中止しろと書かれておりましたわ。
それでランドルフに我が家に滞在して、内部を探りながら、当日はわたくしの隣で警護するよう夫が頼みました。
もちろん使用人だけを疑っているわけではございません。彼らの忠誠心は信頼してますからね。
ただ夫は仕事柄、権力を持った敵対者が多いのです。
家の使用人を脅して従わざるを得ない状況を、簡単に作れるくらいの権力者達です。
外部の調査は他の機関に依頼しましたが、内部はそうはいきません。
脅されているなら、事が起こる前に見つけてあげれば、秘密裏に解決できますからね。
そのためにも外部の人間を入れて調査する訳にはいかなかったのです。
大事になっては脅迫犯に悟られてしまいますから、家に滞在していても変に思われないランドルフに頼んだという事です。
もし見つけられなくても、当日ランドルフがわたくしを守り切れば、まだ救える可能性は残されますでしょう?
まぁ、薄情な弟に断られましたけどね。
アリー、この男は非情な人間なのです。
たった一人の姉の為に数日間を割けないのですからね。

あら、睨んでも怖くありませんわ。この部屋はよく使いますからね。予備の扇子の数が多いのよ。
ランドルフのせいで話が逸れましたわ。
いいえ、あなたが悪いわ。黙りなさい。

どうして大切な姉を守ろうとしないのかしらと、疑問に思うのは当たり前でしょう?
弟想いのわたくしは、彼が働き始めた時に斡旋所に伺って、弟の事をよろしくとお願いしていたのよ。
そう?ランドルフには言ってなかったかしらね。
なぜ怒るのか理解に苦しみます。むしろ感謝すべきだわ。
話が脱線するから、黙れないのなら出て行きなさい。

それで、その時からマリアンとは仲良くしてましてね。
もしかすると、職場で何かあってわたくしの警護が出来ないのではと、マリアンに相談しましたの。
マリアンは快く教えてくださいましたわ。
事務員の方を守る必要があるからと言うじゃありませんか。
簡単な解決方法があるのに、頭の悪い弟にため息が出ましたわ。
その、事務員を我が家に連れてくればよろしいでしょう?
まさか、二人に増えたら守れないなんて、情けないことは言わないでしょうしね。


 姉の説明は、ほぼ想像通りだった。
「相変わらず暴君だな。アリーを危険な場所に置けない。この話は無しだ」
吐き捨てるように言ったが無視され、
わたくしは忙しい両親に代わり、毎晩この子に絵本を読んであげておりましたの。馬鹿の一つ覚えのように同じ絵本しか持ってこないのに、忍耐強く何度も同じ……」
くっ、弱点を突いてきやがった。
姉は俺の初恋が本の中の姫さんと知っている。毎晩のように、姫さんと結婚するにはどうしたらいいのかと尋ねていたからだ。
二人で何度も見た挿絵にアリーが似ていることは、ばらされたくない。
「くそったれ!アリーに危険が及ぶと判断した時点で、この依頼はなかった事にするからなっ!誕生会も取りやめろ」
「えぇ、危険なら中止いたしますわ」

「あのぉ、発言してもよろしいでしょうか?」
おずおずと挙手した手が可愛い。あの指を一本ずつ口に含みたい。
「許可します。今後は好きな時に話しなさい」
アリーが微笑んだ。姉に微笑むな。もったいない。
「ありがとうございます。そもそもの話なのですが、私は一人で大丈夫なので、ランドルフだけがこちらに滞在すればよろしいのでは」
「だめだ」
斡旋所と部屋の往復も、いくら町の人間の目があるとはいえ、一人にはさせられない。
それなら、金髪男を呼んで警護させる。
他の男を近づけたくないが、アリーが危険にさらされるよりましだ。

「あら、そもそもと言うなら、そもそもあなたは依頼書にサインしたじゃありませんか。アリー、あなたにとって、ここで過ごすという依頼がそんなに難しいことかしら?」
いつもは、腹立たしい姉だが今回は良いアシストだ。
俺が近くにいる限り二人とも守る自信はあるし、金髪野郎をアリーに付ける必要も無くなる。
なにより、警護を理由にアリーに張り付いていられる。
「そ、そうでは無いですが、でも……」
「でも、ではございません。サインしたのですから、依頼を遂行する努力をしなさい。わかりましたね」
叱られた子供のようにシュンとするアリーも可愛い。
俺達の子供が女の子なら、きっとこんな感じで……鼻の下が伸びかけた時、姉の視線が俺に向き、つい股間を手でガードしてしまった。
「それから、あなたの横にいても不自然でないように、アリーはあなたの婚約者と説明しておきましたので、そのように振舞いなさい」
鼻の下が伸びきった。あぁ、しあわせだ。
「さぁ、ランドルフ、これがあなた用の求人依頼書です」
アリーが止めに入る前に、さっさとサインする。
六日間だけだがアリーの婚約者になれる。いずれ来る本番のための予行演習だ。
俺と婚約することがいかに幸せか実地でわかってもらうのだ。

求人依頼書のサイン部分に当てていた吸い取り紙を外し、依頼書を丁寧に畳んだ姉は、優雅にソファーから立ち上がった。
「それから、使用人達が不審がらないように二人は同じ部屋ですからね。では、ディナーで会いましょう」
大きな爆弾を落として、振り返ることなく出て行った。

……参った。『理性』ってどっかに売ってたか?
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