【完】白雪姫は魔女の手のひらの上で踊る

三月ねね

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 マーガレットの押しの強さに圧倒された。
やっと許された発言もしゃべらなきゃよかったと思うほど、こてんぱんにやられてしまった。
無茶苦茶な理論に思えるが、マーガレットの言う通りサインをした私は努力すべきだ。
調査員の皆は自分の受けた依頼は責任を持って取り組む。
所長も、破棄できる正当な理由が無い限り、途中放棄は重く受け止めるだろう。
命を懸けて働く皆の姿を見ているので、たかが『過ごす』依頼を放棄するわけには行かない。

 最後の同室になるという話を聞いてランドルフの表情を窺う……困ってるように見える。
そりゃそうか。
お姉さま方となら喜ぶだろうけど、同僚の上に、タイプでもない女と婚約者のフリをして同じ部屋で過ごすのは困るだろう。
私は、嘘でも婚約者になれると思うと嬉しかったのに。

 メイドに連れられ案内された部屋は、素晴らしい部屋だった。
日の光が差し込む窓の奥には緑が広がり、すがすがしい風が吹き込んでくる。
内装も、藍色と明るい水色に金色がポイントに使われていて、落ち着きの中にもさわやかさがあり素敵だ。
「綺麗な色調の部屋ですね。好きな色です」
「す、好きなのか?」
顔を伏せながら聞いてきたランドルフの態度がおかしい。
「好きですよ。素敵だと思いませんか?」
ちらりと顔を上げたランドルフの瞳を見て、この色はランドルフの瞳そのままの色だと思い当る。

一気に恥ずかしくなり、なんとかごまかそうと、他の扉を開けお風呂場や衣装室を確認する。
最後に一番大きな観音開きの扉を開けて立ちすくむ。
ベッドだ。
大きなベッドがドドーーーンと部屋の中央に置かれている。一台しかない。
ランドルフも後ろから覗き込んで固まってしまった。

「あ、あの。ほかの部屋は空いてますか。その、まだ、その、こ、婚約中の身ですので」
婚約という言葉がなんとも恥ずかしい。
「ご婚約おめでとうございます。奥様から、ご婚約したてで照れられるかもしれないが、ご婚約祝いも兼ねてこちらの部屋をお二人で使って頂きたいと伺っております」
まさか、わざわざこの色の部屋を作ったのだろうか。あの方ならやりかねない。
「あの、差し出がましい発言をお許しいただけるなら、私もお嬢様と同年代の娘がおりますが、今時、ご婚約されているのにうるさく言う方もおりません」
そ、そりゃあ、今時そうだとは思います。私だって人の事ならうるさく言いません。
ジェシカも彼氏を泊まらせてるし、なんなら、たまにギシギシと聞こえてくることもあるけども、私は初心者なんです!演技で婚約者してるだけの処女なんです!

顎に手を当て考え込んでいたランドルフが、
「そうか。わかった。もういいぞ」
あっさりと了承してしまい、メイドさんは出て行った。
「ふぅ、二人で寝ても触れないだけの広さはある。それと、飯食った後にマーガレットと話して来るからな」
ため息に悲しくなる。本当は嫌なのだろう。
「私がソファーで寝ます」
ランドルフは同じ部屋で過ごすというのに、緊張している様子もない。
異性と過ごす夜に慣れているからだろう。
「なんだ俺と同じベッドは嫌なのか。それとも寝相が悪すぎて俺を蹴りそうなのか?」
嫌がっているのはそっちでしょうが。
「違いますよ。今まで寝相が悪いなんて一度も言われたことないです」

一瞬の事だった。
気が付けばランドルフの顔が目の前にあり、両手で壁に囲い込まれていた。
「誰だ」
ギラギラ光る目に正面から見据えられ、瞬きさえも出来ない。
「な、なにが……」
「寝た相手だ。お前の寝相を知っている奴だっ!!!」
ジワリと涙が溜まって行く。
なんで、どうしてと、同じ言葉がぐるぐると頭の中を駆け巡り、震える口が声を出さない。
「言えっ!!」
壁をこぶしで殴られた拍子に、涙がこぼれ落ちた。
「ひっ、う、く。お、おと、う、と」

「………………あぁ、アリー……すまない。悪かった。本当にすまない。怯えさせた。俺が全部悪い」
そっと抱きしめられて、あやすように背中を撫でられ、安心してやっと閉じれた瞼から涙が次々流れ落ちる。
「こんなことは二度としない。お前の話はきちんと聞く。本当に申し訳なかった」
精一杯の謝罪をしてくれているのが伝わって来る。
もう大丈夫と言いたいが、口を開くと嗚咽が零れそうで、話すこともできない。
「あぁ、アリー。本当に本当に申し訳なかった。謝ったことなどないから、これ以上謝罪の言葉を知らないんだ」
いかにもランドルフらしい発言に、やっと涙が止まって来た。
「殴ってもいいぞ。いや、殴ってくれ。マーガレットの扇子を借りてこよう。あれの骨組みは鉄で出来ているんだ」
驚いて思わず顔を上げてしまったが、ぐしゃぐしゃの顔を見られたくなくてまた俯く。
「許すと言ってくれるまで、なんでも言うことを聞こう。そうだ、家を買ってやろう。大きくて広い家にしような」
なんて馬鹿な事を言い出すのか呆れてしまったが、そのおかげで、話し始めることが出来た。
「も、もういいです。ちょっと怖かっただけです。忘れます」
「ありがとう。この依頼が終われば二人で土地を見に行こうな」
「もう笑わせようとしなくて大丈夫ですって」
「じゃあ、俺一人で先に見に行って候補を絞っておくからな」
まだ続けようとするので、顔を洗ってくるからと化粧室へ向かった。
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