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 某調査員をランドルフと一緒のチームに入れると、事務所に飛び込んできて所長に泣きつく。
「うぇーん、ランドルフさんとは嫌っすぅぅ」
ランドルフに後えりを掴まれ、泣きながら連行される某調査員を見ながら、何がそんなに嫌なのだろと不思議だった。
だって、ランドルフは仲間を守る。
ランドルフが参加したチームの負傷率は驚くほど低い。
厳しく言われても怪我をするより良いじゃないのと、のんきに思っていたけど、さっきみたいに怒られるなら、某調査員の泣いて嫌がる態度も理解できる。
帰ったら某調査員に特大のアップルパイを焼いてあげよう。

 顔を洗ったら気持ちの切り替えができた。
ランドルフだって兄弟で寝た事があるはずなのに、なんであんなに怒ったのかな。
もしかして、貴族社会では兄弟で寝るのは品がない行為?
少し前の貴族達は、親が子育てするのさえ、はしたないって言われたらしいし。
貴族ルールには謎が多いわ。

化粧室のドアを開けると、眉を下げた情けない顔のランドルフが正面に立ちふさがっていたので笑っちゃった。
「ふふっ。待ち構えていたんですか?ランドルフのそんな表情は初めて見ました」
笑ったことで、やっと安心したみたい。
もう一度謝ってくれたけど、これからも一緒に働くのだし、お互いに忘れることで話が付いた。
貴族には貴族の育ってきた環境があるんだし、理解は出来なくて尊重はします。

「ディナーにこの服装では失礼ですよね。でも、他の服がないのでどうしましょう」
貴族のディナー用ドレスコードは知らないが、この服では貧相なのはわかる。
「実家は泥汚れが付いていなきゃ、なんでもよかったぞ。何度かここで食った時も言われたことはないな」
それはそうだろう。実家は家族での食事だし、マーガレットの弟なのだから、ここでも家族枠だもの。

ノックが聞こえ、もう夕食の時間かと焦ったら、従僕が大きな箱をいくつも運び込んで来た。
メイドも一人入ってきて、淡々と説明し始める。
「フルオーダーのドレスは至急作成中です。こちらは、先にご用意していた分をサイズ調整いたしました。この箱は昼間のドレス類です。それから晩餐の時はこちらにお召し替えを。夜着と下着類は――――最後にアクセサリーは、このケースに入っております。ほかにご入用な物がございましたらおっしゃって下さいませ」
唖然としている間に、説明が終わり
「では、晩餐のお召し替えをさせていただきます」
寝室に連行されて、あっという間に裸に剥かれ、コルセットで締め上げられ、落ち着いたサーモンピンクのドレスを着せられる。
ドレッサーの前で髪を結いあげられながら、いつの間にか増えたもう一人のメイドに化粧を施された。
悲鳴を上げて、またランドルフに踏み込まれるとまずいので、静かにされるがままになっていたが、このコルセットで食事が出来るだろうか。
食べ物を入れる以前に、内蔵が出そうだ。

 扉を開けてくれたメイドの横を通り、ソファーのある居室へ戻ると着替えたランドルフがいた。
「「…………」」
ランドルフから目が逸らせない。
ラフなジャケット姿は普段も見るが、光沢のある黒のタキシードとブルーグレーのタイを巻いた姿に見とれてしまう。
ジャケットの前を開け、ソファーのひじ掛けに軽く腰掛ける姿の色っぽい事!
さっと立ち上がり、ゆっくりと近づいてくると、私の目にかかっていた前髪を払ってくれる。
「……アリー、綺麗だ。とっても美しいよ」
惚けてしまった頭では、気の利いた誉め言葉は出てこなかったが、
「あの、ランドルフも素敵です」
なんとか返せた。

メイドに案内されながら、ランドルフをちらちらと見上げる。
着なれないドレス姿の私を、慣れた様子でエスコートする仕草にやっぱり貴族社会の人なんだと少し悲しくなった。
おかげでフワフワした気持ちが落ち着いたのは良かったけど。
それにしても素敵だわ。品のあるスーツをちょっと悪党っぽく着こなしてるところが、色っぽいのよね。

「ピンクも似合うな。可愛い姫さんだ」
もうっ!またフワフワしちゃうから。
いつもなら馬子にも衣裳とか言いそうなのに。

どうにか、いつもの雰囲気に戻そうと言葉を探す。
「今日はちんちくりんって言わな――」
「いつものちんちくりんも可愛いって意味だ」
食い気味に返事が返ってきた。
…………罠?褒め殺して何かさせようとしているの?

「信じられないこと。女性に向ってちんちくりんと呼ぶなんて無礼だわ」
この数時間でしっかりと記憶に刻み込まれた威厳あふれる声に、後ろを振り向くと、エドモンド侯爵にエスコートされたマーガレットがいた。
閉じられた扇子が、ランドルフの方に向けられているけど、まさか飛んで来ませんよね?
念のため、失礼を承知で話に割って入ることにした。

「エドモンド侯爵様、侯爵夫人、ディナーにご招待していただいた上、沢山のドレスを――」
マーガレットが鉄骨扇子で自身の掌をパシッと打った。
さすが良い音します。
「礼は不要。あれらは必要経費です。去る時に持って出なさい」
お借りしたと思っていたので、驚いてランドルフを見上げると
「もらっておけ。いらなきゃ売れ。だいたいマーガレットがピンクのドレスを着たら気持ち悪い」
「幼いころから優秀な教師を付けても、根が無礼だとどうにもならないものね」
にらみ合う二人にオロオロしていると、場にそぐわない穏やかな声で
「アリーさん、メカジキは好き?よかった。我が家の自慢の料理長が腕を振るってくれたそうだよ。さぁ、ディナーを楽しもうね」
侯爵に促されディナールームに入ることが出来た。

繊細で美味しい料理を何とかお腹とコルセットの隙間に詰め込む。
貴族の食事がお皿に少ししか盛り付けられないのは、次のお皿に取り掛かる前に、消化しようとしているのかも。

姉弟は相変わらず言い合っていたが、侯爵は微笑ましそうに二人の会話を聞きながら、
「二人は本当に仲良しだね」
「ちょっと妬けてしまうな」
トンチンカンな発言を繰り返している。

普段からは想像できない程、上品にカトラリーを操りながらランドルフが言う。
「マーガレット、この後話したい」
「無理よ。忙しいの」
「依頼について、だ。お前には時間を作る義務があるだろう」
「明日にして頂戴。今日はもう遅いわ」
「なら、今、ここで話すが、いいのか?」
「…………わかったわ。三十分だけよ」
依頼についてなら、私も知っておいた方が良いのだろうかと考えていると、
「アリーさんにはフェルナンと呼んで欲しいと話したよね」
「こ、侯爵様、さすがにそれは」
「僕のお願いは叶うんだよ。侯爵だからね」
いつも笑顔の人が一番怖いって、本当かもしれない。
「は、はいフェルナン様」
えーっと、なんでマーガレットがこっちを見ているの?
わたくしが教えたことは忘れてしまったのかしらね」
「マ、マーガレット様?」
「よろしい。今後間違うと許しませんから、練習しておきなさい」
「は、はい、マーガレット様」
「よかったよかった。これでアリーさんも仲良しチームに仲間入りだね」
――――このチームには入りたくないです
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