上 下
23 / 47

23

しおりを挟む
 笑うランドルフが不思議で、食事をしていた手が止まってしまう。
昨夜は、ソファーに座ってランドルフを待っている間に眠ってしまった。
ベッドに運んでくれたのはランドルフだろうとお礼を言ったが、その時すでに、いつもと違う陽気な雰囲気が奇妙だった。
昨夜、抱っこしてベッドに運んだのだから、今朝も抱っこしてソファーまで運ぶと言い出したのだ。
「一回したのだから良いじゃないか。ケチケチするな」
と、訳の分からないことをニコニコしながら言うのだ。
セクハラ親父みたいで思いっきり引いてしまった。
その後、食事をしながらお腹を抱えて笑い出した時は、昨夜のマーガレットとの話し合い中に、変な薬でも盛られたのかと疑った。


 やっと笑いが収まったランドルフは涙まで流している。
「何が泣くほど面白かったの?」
また思い出したのか笑い始めてしまう。
もういいやと、放置して美味しい朝食を堪能することに集中する。
ランドルフの為に腕の良い医者を探しておこうと、頭の中にメモをしたその時、ノックもなく開いた扉に、大きな籠を握りしめたガウン姿のマーガレットが立っているじゃないか。
貴族はノックをしないで扉を開けるように教えられるのだろうかと、姉弟で同じ行動をする二人に質問したい。
聞けないけど。

 挨拶をしようと立ち上がりかけたが、マーガレットがランドルフを見据えたまま、手で私の動きを止める。
二人は見つめ合って……見つめ合っているとは、ちょっと違うだろうか。
マーガレットは探るような目つきで、ランドルフはせせら笑っているような目つき。
無言の二人を交互に伺い……空気に徹する選択をした。
どうか、私を巻き込まないでください。

しばらくして、マーガレットの諦めたようなため息が聞こえ
「まぁいいわ。理解に苦しむ行動は今に始まった事じゃないもの。二人とも、食事の後はダンスの練習ですからね」
開け放たれたままだった扉から籠を引きずりながら出て行った。
「ふんっ」
鼻で笑ったランドルフは、いつもの様子に戻っていた。
「ダンスってどういうこと?」
「誕生会で俺らを踊らせるつもりだろうよ。舞踏会って言ってたな」
顔から血の気が引く。
田舎のお祭りで女の子みんなで踊ったことはあるが、貴族のダンスなど全く知らない。
指を折りながら数える。
当日は練習出来ないだろうから、今日を入れて三日しかない。
……たった三日!
貴族の子たちが小さいころからダンス講師をつけて、何年もかけて覚えるダンスを、たった三日!!!
「大丈夫だ。一曲だけだろう」
一曲でもステップさえ知らない私には無理だ。
ギロリとランドルフを睨む。軽く言いやがって。
「おいおい睨むなよ。えーと、俺に合わせて踊ればいいだけだ」
ふんっ!自分は良いわよね。笑われるのは私だけだわっ!
「まぁ、俺も忘れてるかもしれないが」
なんて頼りないパートナー!
「うっお!クッションを投げるなって」
八つ当たりとわかっているが、髪を振り乱しながらクッションを投げ続けた。
――扉が開いたままなのも忘れて

「んっん」
クッションを振り上げたまま咳払いのした方を見ると、メイドが立っていた。
「お支度にお伺いいたしました」
小さくなりながら
「……はい」
消え入るような声で答え、また裸に剥かれても大人しく従った。


 昨日よりは、ラフな格好をしたランドルフと共に、一階のダンスホールに向かう。
今日のエメラルドグリーンのドレスも褒めてくれたが、ダンスが不安過ぎておざなりに返事をした。

 当日の会場になるダンスホールは、天井が高く豪華絢爛の一言だ。
壁や天井に、花や天使が舞い踊っている絵が描かれており、唯一シンプルな白い床は陶器のようにピカピカに磨かれている。
真っ白な床とか、掃除が大変だろうな。
一番汚れる所に一番汚れが目立つ色を使うのが貴族の格の表し方なのか?
今日は新しいヒールだから床を汚す心配は無いけど、雨上がりには躊躇してしまうだろうな。

 男女のダンス講師と、ピアニストが待ち構えていた。
最初の三分はランドルと密着した体勢が恥ずかしかったけど、すぐにそれどころでは無くなり、これは闘いだと気が付いた。
講師二人は、身長差のある私達でも踊りやすいように、細かく指導してくれる。
「卿、一歩が大きすぎます。あと五センチ小さく出して」
「アリー様、骨盤も足だと思って。そうです!今のを忘れないで」
身長差を少しでもなくすために選ばれたヒールは、見たことのない高さで足が震えてしまう。
ふらついて、凶器のようなヒールで踏んでしまっても、ランドルフは文句を言わない。
ピアニストの方も、何度も同じところを繰り返し弾いてくれる。
皆が協力してくれている。なんとか報いたい。

途中でマーガレットが覗きに来たのが視界に入ったが、足を動かし続けた。

「休憩だ」
短く告げたランドルフに、ひょいっと子供のように抱えられて椅子に座らされる。
そのまま私の前で片膝をつき、ヒールを脱がされマッサージを始めた。
「ランドルフ!やめて!汚いわ」
「汚くない。よく頑張ってる。でも、頑張り過ぎだ」
困った表情で言われた。
これは、頑張る子供にやめちまえと言い出せない親の表情だわ。

「ごめんなさいね。ちょっと熱が入り過ぎたわ。予定より順調に進んでいるから、休憩がてら昼食にしましょう」
女性講師の方に言われ、一旦解散することになった。
「もう大丈夫。ありがとう、ランドルフ」
今度はタライにお湯をためて持ってきた。
「足が冷たい。食ってる間あたためとけ」
ストッキングを脱ぐよう言われ、後ろを向いたランドルフの背中にもう一度お礼を言った。
転がされたヒールをまじまじと見る。
私ならこんなもので踏まれたら、相手をマッサージするどころか、三日は口をきいてやらない。

何とか午後も乗り切り、また抱っこされ部屋へと戻る。
もう、自分で歩く力は無い。
ただただ頭の中でワルツのメロディーが繰り返し流れる。

 マーガレットから、疲れているだろうから夕食は自室で食べなさいと伝言が来て、先に入浴を済まし、二人で楽な格好のまま頂いた。
とてもじゃないけど、夕食の為にまたドレスを着る気力がなかったので本当に助かった。

「明日は、もう少しペースを落としてもらおうな」
侯爵邸に来てからランドルフが優しくなった。
違う、そうじゃない。元々優しい人なのだ。でも、それを見せたがらなかった。
言葉に棘を混ぜ「お前がどんくさいから、仕方なく手伝ってやろう」と言わないと、手を貸せないシャイな人なだけ。
ここに来てから表面のメッキが剥げ、素直に接してくれている。
無茶苦茶な出来事ばかりだが、ランドルフが隣で支えてくれた。
「ランドルフのリードは講師も褒めていたのに、私が足を引っ張ってごめんね。足もふんじゃったし」
「いいって。軽いから踏まれたって平気だ。お前は驚異的に習得してるぞ。講師も筋がいいって褒めてただろ。当日楽しみだな」
とても楽しみとは返せないが、何とかランドルフが恥ずかしい思いをしないパートナーになりたいと思う。
話しながらも、瞼の閉じている時間が長くなる。
また、抱っこされベッドに運ばれる。
隣りに寝そべったランドルフが
「もう寝ろ」
頭を撫でてくれる。
もう、目は開かない。
「ねぇ、今日はありがとう」
「あぁ」
手が優しい。
「犯人捜しをしなきゃ……」
撫でる手が一瞬止まったような気がしたが、吸い込まれるように眠ってしまったので気のせいだったかもしれない。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

2024年のトレンド 新生児に付けられた最新の名前とその背景

エッセイ・ノンフィクション / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

不完全防水

BL / 完結 24h.ポイント:78pt お気に入り:1

親友彼氏―親友と付き合う俺らの話。

BL / 完結 24h.ポイント:591pt お気に入り:20

錬金術師の性奴隷 ──不老不死なのでハーレムを作って暇つぶしします──

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:149pt お気に入り:1,372

【R18】あんなこと……イケメンとじゃなきゃヤれない!!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:156pt お気に入り:59

進芸の巨人は逆境に勝ちます!

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:71pt お気に入り:1

mの手記

現代文学 / 連載中 24h.ポイント:646pt お気に入り:0

処理中です...