乙女ゲームのヒロインに転生したけど借金返済のために東奔西走していたら存在しないはずの逆ハールートに入っていました

Y子

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1章

12.ヒロインの布教活動2

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 義父に手紙を出して五日後に返信が来た。
 そこにはアランの協力を得たい旨と、私にシャロン商会との窓口をするよう書かれていた。
 予想通りの内容にほっとする。
 手紙が来るまでの間に何度かアランに会ってシャロン商会のことを教えてもらっていた。
 もしこれで義父がアランの助けはいらない、なんて言ったら大変なことになるところだった。

 アランにはお昼休みに手紙のことを伝えてある。明日以降、借金返済に向けて本格的に動くことになるだろう。

 今日はバイトもなく、自由に過ごせる日だ。
 だから普段は行かない場所を散策したり図書館で勉強したり、とにかく時間を有意義に使おう。
 そう思っていたのに……。


 私の足が選んだのはいつもの中庭の隅にあるベンチだった。



 ここはほっとする。
 普通に過ごしていたら、貴族の子はこんな場所に来ないから。
 誰にも邪魔されない。誰の目も気にしなくていい。私が私でいてもいい場所。

 ……まぁギルバートとジェイクにはこの場所を知られてしまっているけど。
 でもこんな場所に偶然来るなんてことは絶対にない。



 そういえばこの間ギルバートとジェイクはどうしてここに来たんだろう。
 私と話がしたかったと言っていた気がするけど、あの日はギルバートに促されて刺繍の話をしただけだ。


 もしかしてそれが目的だったのだろうか。

 確かにギルバートは刺繍に興味を持ってくれている。
 男性だから詳しくはないだろうし表立って興味を示すことなんて出来ないだろう。
 だから私のところへ来たのかもしれない。

 つまり先日のあれはギルバートがジェイクに刺繍を布教するためだった。

 そう考えると私の説明は間違ってはいなかったのかもしれない。
 ちょっと夢中になって一方的に喋りすぎたけれど、刺繍を知るのに必要な知識については話せたはず。

 ギルバートが望んでいるのだから、私がそれを拒否する理由はない。
 もしまた二人に会えたら、今度は落ち着いてしっかり布教しよう。
 説明より刺繍の綺麗さや色の鮮やかさをアピールした方がいいかもしれない。うん、きっとそれがいい。
 二人に刺繍を好きになってもらって、王都の人に広めてもらわなきゃ。

 そう決意したときだった。

「まさかとは思ったが、本当にここにいるとは……」

 少し離れた場所から声が聞こえた。
 視線を向けると、そこにはジェイクが立っていた。

 噂をすればなんとやら……いや、考えてただけで噂なんてしてなんだけど。
 立ち上がって挨拶をする。

「突然すまない。少し聞きたいことがあって……」

 少し気まずそうにそう言ったジェイクに内心大喜びした。
 聞きたいことは刺繍の話だろうか。前回のあれで興味を持ってもらえたのだろうか。
 きっとそうに違いない。
 ならば今日もジェイクに喜んでもらえるように色んな話をしないと。

 立ったまま話をするのも良くないからと、ジェイクがベンチに座るよう促してくれた。
 私が端の方に座ると、一人分の距離をあけてジェイクもベンチに腰掛けた。

「何をお聞きになりたいのでしょうか?」

 興奮しているのがバレないように出来るだけゆっくりと聞き返した。
 あまりにも前のめりになりすぎると前みたいに引かれてしまう。
 冷静に、冷静に。

「ああ、ギルバートの事についてなんだが……。貴女はギルバートとどこで出会って、どのように仲良くなったんだ?」
「ギルバートと……?」

 想定外の問いかけにどう答えたものかと困ってしまったが、これは刺繍の話に繋げるための話題なのかもしれない。

「えっと、確か放課後に歩いていたらハンカチを落としてしまって……それを拾ってくれたのがギルバートだったんです。そのときに少し話して……その後もよく会うようになって……」

 本来はアランと出会うために落としたハンカチだったのだけど、それがきっかけとなってギルバートとの縁ができてしまうなんて、さすがに想定外だった。

 けれどそのおかげでギルバートに刺繍を知ってもらうことができたし、ジェイクにも興味を持ってもらえている。
 二人がセブラム刺繍の小物を身に付けてくれれば宣伝効果はばっちりだ。
 そうしてこれまでの顧客とは別の層から沢山の注文があれば……うん、間違いなく事業を立て直すことができるだろう。

「そうなのか……。ギルバートとはどんな話をするんだ?」
「ギルバートは……会話というより色んなことを教えてくれるんです。外国の話や絵画や音楽の話をしてくれるわ。それに、刺繍の話をたくさん聞いてくれて……ギルバートとの会話は楽しいわ」

 ギルバートの話の殆どが理解できなかったということは秘密にしておこう。
 
「……ギルバートのことが好きなのか?」
「いえ、全然」

 思いもよらぬ問いかけに思わず即答してしまった。
 ジェイクの口元が引き攣る。流石に答え方がまずかったかもしれない。
 フォローしないと。

「優しい人だとは思うけどそれだけかな。話してても住んでる世界が違うっていうのがすごくわかるし……それに人を好きになるのがどういう感覚なのかわからなくて……」

 ギルバートは私の将来の結婚相手になるかもしれない人だ。
 まるでゲームの登場人物のような彼にドキドキしたことは何度かある。けれどこれは『好き』という気持ちではないことはわかっている。
 だって恋をすると、好きになった相手のことをずっと考えてしまうのだと聞いたから。

「そうか……」
「今は刺繍の練習をするのが何よりも楽しいの」

 我ながら上手く刺繍の話に繋げられたと思う。
 昨日出来上がったばかりのハンカチの刺繍を見せながら、難しかったところや楽しかったところ、糸の色の発色の良さについて話した。
 前回と違ってジェイクは困ったような表情をしていない。これはいい感じかも。

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