悪役令嬢は推しの夢を見るか?

Y子

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 色とりどりの花が咲く皇宮の庭園は美しく、見るものの心を潤してくれる。
 春は特に花が美しい季節だ。
 華やかな香りに包まれ気分も高揚する。

 私はゆっくりと息を吐いた。

 明日、私は結婚する。
 だから今日が独身最後の日だ。といっても幼い頃から婚約者がいたから独身というのもちょっと違う気がするけど。

「マリア。こんなところに居たんだね。そんな薄着だと風邪を引いてしまうよ」

 少し離れた場所から声をかけられた。
 その声の主はもちろん殿下だ。

「もう春ですから風邪なんてひきません」
「だとしても明日は大切な日なんだ。今日は部屋でゆっくりした方がいい」
「過保護すぎます。疲れてもいませんし寒くもないのですから大丈夫ですよ」

 それでも彼は納得できないようで、私の隣に来て優しく手を繋いでくれた。

「こんなところ、誰かに見られたら怒られますよ?」
「構わない。どうせ明日には夫婦になるんだから」

 殿下は笑って私を抱き寄せた。

「それにこうやってちゃんと見張ってないと君はどこかへ行ってしまうかもしれないから」
「二ヶ月前からずっとそう言っていますね。そろそろ信用してくれてもいいんじゃないですか?」
「無理だよ。僕はきっと一生君の傍に居ないと駄目なんだ」

 殿下は私を抱きしめる腕に少しだけ力を込めた。


 神との対話が終わった後、私は気を失っていたようで、気が付くと教会のベッドに横になっていた。
 私の事情は神のお告げという形で殿下に知らされたようだ。
 なんでも、私の魂は神の使者としてこの世界に呼び出され、その器として選ばれたのがマリアだった、ということになっていた。
 魂は徐々に融合してひとつになるため、私はマリアでもあるのだと神が言ったらしい。

 殿下がそれで本当に納得したのかはわからない。
 けれどそれ以来、彼はまた私を『マリア』と呼ぶようになった。

「私は二度と貴方の傍を離れません。それに約束したでしょう? ありとあらゆる手を尽くしてフランツ様を守ると」
「……そうだったね。マリアは……本当にこれで幸せかい?」

 それは私ではなく、私の中に居るマリアに聞いているのだと思った。

 目を閉じ、私の片割れに集中する。
 マリアの魂は私のコピーだけれど、私とは別の人生を歩んだ別の存在だ。
 私の魂がなければ消滅してしまう脆い存在。だから私はマリアとして生きる必要があった。

 片割れからは負の感情は感じられない。

「幸せです。私も……マリアも」

 いずれこの片割れは私の魂に統合される。
 役目を終えたからだ。

「これから先はフランツ様のために生きていくと誓ったのです。ですから私はこれからずっと幸せです」
「ちょっと大袈裟だよ。君は君のためだけに生きるべきだ」
「もちろん全ては私のためですよ? 私が私の意思で選択したのです。誰に強要されることもなく、私のために選んだ未来ですから」

 殿下は苦笑している。
 ちょっと重かったのかもしれない。

 それでもこれは全て本当のことだった。


 神との取引で、私は千年間この世界の道標となることを請け負った。
 その見返りとして実体のないこの世界を現実の世界に移すことを要求した。
 もちろん魂を持たない攻略対象キャラ達もだ。

 魂がない状態だと輪廻の輪に入ることが出来ないとかなんとか言われたから、そこは必死に頼み込んで普通の人と同じ存在になれるよう改造してもらった。
 その内容は一応聞いてみたけどよくわからなかった。ちょっと疑わしいけど神が大丈夫というのだから大丈夫なのだろう。
 それにしてもこんな魔法のあるファンタジーな世界で輪廻って言葉使うんだな。


 お願いをすぐさま快諾してくれたのを見るに、神はこうなることを最初からわかっていたのかもしれない。
 手のひらの上で転がされていることを癪だとは思うけれど、だからといってこの結末を否定するつもりはない。

 私はただ彼が幸せになってくれればそれでよかったのだ。

 まあ彼と過ごす数十年のために千年もあの神に仕えるのはなんだか騙されているような気がしなくもないけれど。

「この先何があってもこの道を選んだことを後悔することはありません。あとはフランツ様が幸せになればめでたしめでたしです」
「めでたしって……」
「私は我儘で自分本位な酷い人間ですから。見ず知らずの人の人生より大切な人の幸福を優先するのです。そして……フランツ様が幸そうにしているのを見るのが私の幸せです」

 殿下は困ったような表情をした。

「僕も確かに君が幸せそうにしているのを見ると嬉しくなるけど……でもやっぱり一緒に幸せになる方がいいと思うんだ」
「? 私も幸せですよ?」
「うん。でも人は一人では生きていけないから、皆で幸せになるのを目指す方がより幸せになれるよ」

 彼が言わんとしていることは理解出来る。
 けれど他人の運命を無理やり変えた私にそれは許されない気がした。
 
「大丈夫。君が出来ないことは全て僕がやるよ」
「それは困りますね。そうなったら私は何もやらなくなってしまいます。何しろ私が出来ることなんて片手で数えられる程しかありませんから」

 不満を顔に出して見上げると、殿下は楽しそうに笑ってくれた。

 きっとこれから色んなことがあるだろう。
 喧嘩だってするかもしれない。
 それでも彼と一緒に過ごせる日々はきっと幸せでかけがえのないものになる。

「愛しています。誰よりも幸せにするのでずっと隣に居てください」

 私のプロポーズじみた台詞に彼は嬉しそうに頷いた後、それは僕の台詞なのに、と不満を零した。
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