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一章
1.再会
しおりを挟む今日は年に一度の叙任式の日だった。
まだ大人と言うには幼い十六歳の子が騎士となり、魔術師となる大切な日。
そんな日に私はようやくアシルに会うことができた。
大広間には有力貴族や各騎士団の団長および副団長、そして宮廷魔術師が集っている。
王宮で叙任式を迎えられるのは貴族の令息のみ。そのため叙任式後に新しく騎士や魔術師となった若者たちを祝うためのパーティーが毎年開かれていた。
当然第一王女である私も三年前から毎回参加している。
この日の私の仕事は叙任されたばかりの騎士や魔術師に声をかけること。
その順番は予め決められていて、家の権力が強いものから順に声をかけなければならない。
正直かなり面倒な慣習だけれど、それで貴族間の衝突が僅かながらも少なくなるのだからやるしかない。
来年からは妹も参加することになるため、こんなに面倒なのも今年限りだ。
叙任されたばかりの騎士や魔術師には白い百合のブローチが、そしてその隣には紋章のブローチがつけられている。それを目印に決められた順番通りに声をかけていく。
アシルの順番は一番最後だった。
それは力のない貴族の息子だからではない。
そもそも彼は貴族ではない。
平民の子だ。
それでも彼がこの場にいられるのには特別な理由がある。
胸の高鳴りを無視しながらそれまでと同じように声をかけ祝いの言葉を贈る。
他の人と変わらない中身のない言葉。それでもアシルは嬉しそうに笑った。
記憶の中の彼とは随分違っている。
八年も経っているのだから当然だ。
背が高くなり髪も伸びて後ろでひとつに括っている。
前に会った時のシンプルなシャツとは正反対の華美なローブを身につけた彼は、まるであの時とは別人のようだ。
それでも闇夜を切り取って貼り付けたような黒髪と濃い蜂蜜色の瞳が、今目の前にいるのはあの日出会ったアシルなのだと教えてくれる。
「お初にお目にかかります。この度宮廷魔術師を拝命いたしましたアシルと申します。私もシャルロット王女殿下と同じく神に選ばれ祝福を授かりました。身命を賭して国王陛下ならびに王女殿下にお仕え致します」
「期待しているわ」
周囲に不審がられないよういつもの声と表情でそっけなく応えた。
アシルはそんな私に気を悪くすることなく笑顔で頭を下げる。
ああ、こんな会話をしたいわけではないのに。
それでも王女という立場上これ以上話すことはできない。
この場には貴族が集まっている。国を支え続けてくれている一族を差し置いて平民の魔術師と話し込むなんて今後のアシルの立場を悪くするだけの愚行だ。
聞きたいことも話したいことも沢山あったけど、それらの言葉を全てぐっと飲み込んで踵を返す。
「少し一人になりたいの。さがっていて」
そばにいた侍女にそう言ってバルコニーへ出た。
夜風が気持ちいい。ここならば人の目を気にする必要もない。
大広間では貴族たちが笑顔で腹の探り合いをしている。
私はこの十五年間王女として育てられてきたけれど、そういった貴族同士の社交は少し苦手だ。
平民で普通の女子高生だった前世の記憶がそう感じさせるのかもしれない。
目を瞑れば先程のアシルの顔が鮮明に思い浮かんだ。
彼は特別整っている顔というわけではない。
それでも神の祝福をうけた証である金の瞳は人々の目を惹く。どんな地位も名誉も神の恩寵には叶わない。
今日の叙任式の主役は間違いなくアシルだった。
そのことがたまらなく嬉しい。
思わず頬が緩んでしまう。
この気持ちが所謂“恋”と呼ばれるものだということはなんとなくわかっていた。
これまでに好きな人というものがいなかったから比較は出来ないけれど、彼のことを思うと気持ちが高揚して目の前のことがまったく手につかなくなるのだから彼のことを好きなのは間違いない。
神の祝福を授かった者同士、年齢も近く、本来出会うはずのない王女と平民が偶然出会うなんて運命としか思えなかった。
そう思うともう嬉しくて仕方がない。
身分差はあるけれど運命の相手ならそのような障害なんて問題にならないはずだ。
八年でアシルはどう変わっただろう。今の私はアシルの目にどう映っているだろう。
小さく息を吐き出してあの日のことを思い出した。
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