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一章
4.妨害
しおりを挟むアシルは平民の子で、幼い頃に両親を亡くして孤児院で育ったようだ。
十歳まで孤児院で過ごした後に元宮廷魔術師団長のアルベリク卿のもとで魔術を学ぶこととなる。
神の祝福を授かっているアシルはすぐに頭角を現し、その才を認められて平民初の宮廷魔術師となった。
たったこれだけのことを聞き出すのに半日もかかってしまった。
未だに周囲は私をアシルから遠ざけようとする。
でもそんなの関係ない。
私は王女なのだから周囲の顔色を伺う必要なんてないのだ。
私は私の思うまま動けばいい。
そして公務と授業と剣の訓練を終えた午後三時。
私はアシルに会いに行くことにした。
焼き菓子と紅茶セットをバスケットに入れ、王宮の西の端にある魔術師の塔へ向かう。
ファンタジーな世界の魔術師は塔に住むのがお約束なのか。
杏奈のときにやった古いゲームでも魔術師は塔にいた。
ここの魔術師は占星術なんてしないらしいし弟子をもつなんてことはないけど。
「シャルロット様、本当にあの平民の魔術師に会いに行かれるのですか?」
「ええ。さっきそう言ったでしょ?」
意気揚々と歩く私に水を差すのは護衛という名目でついてきた幼馴染の騎士であるイヴォンだった。
栗色のくせっ毛で柔和な顔立ちの彼は護衛という言葉が最も似合わない騎士だ。
性格も少し抜けたところがあり、堅苦しい人物の多い騎士の中では珍しく気楽に話しかけることが出来る。
だから護衛というよりは私の話し相手兼荷物持ちだ。
そもそも王宮内で護衛なんて必要ない。
それに彼より私の方が剣の腕は上なのだから護衛をつけて歩くより私が剣を持っていた方が安全だと思う。
しかし王女が剣を持ち歩くなんておかしい、という意味のわからない理由から佩剣を禁止されている。
納得できないけれど、確かに今までの王女達は剣を使えなかったのだからそのイメージが定着しているのも仕方ない。
こういうのって一人目は苦労するんだって知っている。
だから寛容にならなければならない。
「ただでさえ魔術師の連中は偏屈でわからずやが多いのに更に平民だなんて……。王女殿下に対して失礼を働かないか心配です」
「イヴ……いえ、イヴォン、貴方と同じく国のために命を捧げるもの達に対してそのように言うものではありません」
「ちょ、シャルロット様、その呼び方を外でするのはやめてくださいって何度も言ってるじゃないですか!」
「だから言い直したじゃない。もう、周りには人がいないんだから誰も聞いてないわよ」
「だからってあんまりです。俺今年で十七なんですよ!? それなのに未だに『イヴ』なんていう女の子の名前で呼ばれるなんて……」
「大丈夫、イヴはいくつになってもイヴって名前が似合う可愛い男の子よ」
「やめてくださいよ。男のプライドが傷つきます」
「イヴに男のプライドなんてあったの?」
神の祝福を授かっているとはいえ、年下の女の子に毎朝挑んでは打ち負かされるのだ。
十本勝負で一本もとられなくなってもう五年が経つ。
他の同年代の騎士達は自ら挑んでくることなんてないのに、イヴォンだけは何度負けても諦めることはなかった。
負けず嫌いというか、むしろ負けるのが好きなんじゃないだろうか。
しかもイヴォンは伯爵家の長男だ。
剣の道にこだわる必要は全くないのにどうして騎士になったのか。
もしかしたらドMなのかもしれない。
「それよりそろそろ塔に着くわ。護衛騎士なら護衛らしくするのよ?」
余計な口を挟まず少し離れた位置で私とアシルの邪魔をしてくる人を排除するのが役目だ。
私がアシルと話すのを快く思わない人はきっと沢山いるだろうから。
「もちろんです。命を懸けてシャルロット様をお守りいたします」
満面の笑みで高々と宣言するイヴォンに不安を覚えつつも塔の中へ足を踏み入れる。
塔の中は想像よりずっと広かった。
大広間よりは狭く、私の部屋よりは広い。
王の謁見室より……いや、だいたい同じくらいかな。
右側に扉が二つ、左側には三つ、正面奥には大きめの階段がある。
そしてエントランスのあちこちによくわからない器具が乱雑に置かれていた。
これはゴミなんだろうか。それとも必要なものなんだろうか。
「外から見た時はもっと小さな塔だと思っていたのに……」
「それは外からは塔が小さく見えるような結界をはっているからです」
私の疑問に応えるように背後から声がした。
慌てて振り返るとそこには初老の男性が立っていた。
その顔には見覚えがある。
「アルベリク卿……。とうの昔に引退した貴方が何故ここに?」
「魔術師団長の座は退きましたが宮廷魔術師の仕事まで辞めた覚えはございません」
「ここ数年魔術師として出仕していない癖に何を」
「そういえばシャルロット様にご報告したいことがございます。私が面倒を見ていた子が宮廷魔術師となりました。アシルという名でシャルロット様と同じく神の祝福を授かっております」
そんなのとうの昔に知っている。
アシルは昨日の叙任式に出ていたのだ。
王女である私が知らないはずがない。
そもそもこれまで何度か顔を合わせていたにもかかわらず一切アシルのことを話してくれなかった癖に今更何が報告だ。
彼に言いたいことは沢山あったけれど全てをぐっと飲み込んでいつもの顔をする。
ここで口論していたらいつまで経ってもアシルに会えない。
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