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三章
34.皇子3
しおりを挟む書いた手紙を渡すと、彼は元の手紙をその場で燃やした。
魔道具やマッチを使うことなく一瞬で灰になった紙を見て彼が魔術を使ったのだとわかった。
「この手紙は全てが終わった後に元帥に返しておきます。では二つ目の話に移りましょう」
皇子は左手の手袋をとった。
そこには雫の形をした痣があった。
彼の祝福は剣ではなかったのか。
「私は剣の祝福を授かることが出来ませんでした」
ノルウィークも魔術師より騎士の方が立場が強い。
歴代の皇帝は剣の祝福を授かっていたはずだ。
そして彼の顔に見覚えがなかった理由がわかった。彼は魔術師だったから皇族としてあの場に居られなかったのだろう。
「どうしてそれをここで……?」
「黙っていてもいずれわかる事ですから。今回の魔物の討伐は一筋縄ではいかないでしょう。ですので先に話しておきたかったのです。いざと言う時になって、魔術師だなんて聞いてない、と思われても困りますから……」
皇子は困ったように笑った。
「私はずっと剣の祝福を授からなかったことを責められてきました。皇子でありながら皇族として公の場に立つことを禁じられていたのです」
「ですがアルフレッド様は多くの武勲をあげられ、皇太子に最も近いお方だとお聞きしました」
「今は……ね。必死に努力したんです。期待されず見向きもされない存在でしたが、魔の祝福は剣に劣る存在ではないのだと証明したかったのです」
過去にかけられた言葉が蘇ってくる。
期待はずれだ、男だったらよかったのに、そう何度も言われた。
ため息をつかれる度に絶望して、でも諦めたくなくて努力してきた。
彼は私と違って逆境に負けることなく成果を出した。
今や彼を期待はずれだという人はいないだろう。
「昔は左手の痣を見られることが恐ろしかった。皇子なのに剣の祝福を授からなかったのかと落胆されるのが辛かったのです。今でも……」
「どうしてナフィタリアの要請に応えてくださったのですか? 魔物の調査討伐のための援軍なのですからアルフレッド様が魔術師であることを隠し通すことは難しいでしょう」
「それは…………貴女のためです」
真剣な眼差しで見つめられて心臓が跳ねる。
「王女でありながら剣の祝福を授かったシャルロット様の助けになりたかったのです。ノルウィークでは剣の祝福を授かった皇女は剣を持ちません。努力したところで男性に勝つことはできず、剣を振ることで女性としての美しさを損なってしまうため最初から諦めるのです。それは他の国でも変わりません。大陸中の国を探してもシャルロット様のような王女はいないでしょう」
苦い記憶が甦る。
訓練することで筋肉がつけばドレスが似合わなくなる。
日に焼けた肌は美しくない。
豆だらけの手を握りたいと思う男性はいない。
侍女たちは何度も剣を諦めるよう言ってきた。
王女としての務めを果たすようにと諭された。
それでも私は剣を置かなかった。
代わりに手に豆ができにくいよう手袋をつけ常にクリームを塗るようにした。
上半身に筋肉がこれ以上付かないように立ち回りを変え、私専用の軽い剣を作らせた。
焼けないよう日焼け止めを何度も塗ったしなるべく日陰で訓練するようにした。
筋肉のついた身体でも美しく見えるようなドレスを新たに作った。
王女としても剣の祝福を授かった王族としても、認められなければならなかったから。
「シャルロット様はこれまで辛い思いをされてきた事でしょう。立場は違いますが私も似たような経験をしてきました。だからこそ貴女の為に動かずにはいられなかったのです」
理解を示してくれる人は初めてだった。
彼は似たような境遇で同じように考え、そして結果を出した人だ。
私のこれまでの努力は間違っていないのだと言われた気がした。
まだ成果は何も出ていない。
けれど何も期待されなかった私が大国の皇子に認知されている。
嬉しかった。
両手を強く握りしめて泣くのを堪える。
人前で泣くのは王女らしくない。
「ありがとうございます。アルフレッド様にそのように評していただけて光栄です」
「シャルロット様、私はもっと貴女と親しくなりたい。皇子と王女という関係ではなく、友人として接することを許していただけないでしょうか」
彼の言葉に驚いたけれど、二つ返事で頷いた。
私には願ってもない事だ。
「よかった。私のことはアルとお呼びください。シャルロット様は普段親しい方から何と呼ばれているのですか?」
「シャーリィと呼ばれています」
「ではシャーリィと呼ぶよ。シャーリィ、そろそろ今後のことについて話そう」
あまりにも自然に砕けた口調に切り替わったから戸惑ってしまった。
まるで昔から友人だったかのように話し始める彼についていくことができない。
こういう人ってなんて言うんだっけ。
社交性が高い、じゃなくて……杏奈の記憶の中でもっとそれらしい言葉があったはずだ。
…………そう、陽キャっていうんだ。
このぐいぐい来る感じ、なんだかちょっと苦手かも。
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