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三章
47.捜索
しおりを挟む早朝にキラム村を出発し、調査隊の駐屯地に着いたのは午後になってからだった。
国境を跨ぐように広がる小さな森の中の開けた場所にテントがいくつか立てられている。
私達が到着した頃、その駐屯地付近は騒然としていた。
兵士たちが慌てたように走り回り声が飛び交う。
一目見て異常が起きていることがわかった。
出迎えてくれたナフィタリアの騎士に連れられ駐屯地の中央のテントに向かう。
そこにはノルウィークの兵士とナフィタリアの兵士数人が居た。
皇子もアシルもいない。先にここに来たはずのシリルとレナルドの姿も見えない。
テントの前にいた大柄の男が私を見て頭を下げる。
顔をあげた彼の目は金色。祝福持ちの騎士だ。
「お初にお目にかかります。私はノルウィーク軍大隊長のブレントと申します」
「ナフィタリア第一王女のシャルロットよ。一体何が起きているの?」
「それが……第七皇子のアルフレッド様率いる調査隊の半数が行方不明になったのです」
それは予想だにしない事態だった。
「行方不明!? 当時の状況は?」
「本日の朝十時頃、私たちは本件の原因と思われる魔物の場所を特定したためにそこへ向かいました。しかしそこに目的の魔物はおらず、捜索していると……下級魔物の大群が突然湧いて出てきたのです」
「魔物が湧く……? そんな馬鹿なこと……」
「ですがそうとしか言えないのです。……私達はそれらを逃さないよう包囲しながら掃討しました。そして魔物を全て倒し終わった瞬間、皇子周辺のものたちが一斉に消えたのです」
「…………居なくなった人は他に誰がいるの?」
「ノルウィークの祝福持ちの騎士三人、ナフィタリアの祝福持ちの魔術師が一人、騎士二十人、魔術師五人、皇子を合わせて三十人が行方不明になっております」
突然湧いてきた魔物、そして消えた皇子達。それらはきっと今回の討伐対象の魔物の仕業だろう。
「現在ノルウィークに更なる応援の要請をしています。半日後に第一部隊が到着するでしょう。……皇子が消えて既に二時間が経過しております。一刻も早く探し出さなければなりません」
今回の討伐対象は上級魔物だと推定される。他の魔物に影響を与えられるような魔物だ。
それを相手にたった三十人で二時間。
彼らの生存は絶望的だと言わざるを得ない。
「……今は、どこを捜索しているの?」
「魔物が出現したポイントから北東の方を捜索しております。ここからは西へ向かったところです」
「わかったわ。私も合流する」
大隊長と別れて捜索場所へ向かう。
早く探さなければ。
もしかしたらまだ間に合うかもしれない。
今この瞬間も魔物と戦って援軍を待っているかもしれない。
いや、ありもしない希望に縋るのはやめるべきだ。彼らの死を覚悟しておかなければならない。
半日後に援軍が来るという。きっと上級魔物に対応できるものたちが来てくれるのだろう。
だからそれまでに少しでも多くの手がかりを得なければならない。
みんなの遺体を、回収しなければ。
森の魔物は人の肉を喰う。だから少しでも形が残っているうちに…………。
ううん、違う。
諦めてはいけない。
生きている可能性にかけて全力で探すべきだ。
もしかしたら奇跡が起こるかもしれない。
早ければ早いほど可能性は高くなる。
だから……。
息が苦しい。
頭が痛い。
吐き気がする。
どうしてこんなことになってしまったんだ。
また間違えてしまったのだろうか。
この間違いはもう挽回できない。
「シャルロット様、少し落ち着きましょう。そのような状態では下級魔物すら倒せません」
「っ……落ち着いたって何もならないわ! 早く探さないと……っ」
最後まで言い終わる前に涙が溢れた。
泣いている場合じゃない。こんな意味の無いことをしてもアシルは帰ってこない。
胸が苦しい。
アシルとの約束を果たすことはできなかった。
気持ちを伝えることもできなかった。
後悔しないように頑張ってきたつもりだった。
大切な人を守れるようになりたかった。
なのに私は共に戦うことすらできなかった。
「だからといって焦っても大切なものを見落とすだけです」
イヴォンは優しく私の手を握ってくれた。
アシルがよくしてくれたように。
イヴォンの手も温かかった。それが余計にアシルを思い出させる。
生きていてほしい。けれどそれが難しいことはわかっていた。
「私は……何も出来なかった」
「そんなことはありません。シャルロット様は充分努力してこられました」
努力は結実しなければ何の意味もない。
結果が全てなのだ。
涙が頬を伝う。
アシルに最後に会ったのは昨日の夜。あの思い出の庭園で魔道具をくれた。
アシルがくれた魔道具は……。
そう、確か特殊な魔力を検知すると言っていた。
懐からもらった魔道具を取り出す。
蓋を開けると方位磁針のような針が北西の方角を指していた。
アシルの言葉を思い出す。この針は特殊な魔力の方向を指しているのだと彼は言っていた。
つまりこの針の先に魔物がいる。
「シャルロット様、それは……?」
「昨日アシルがくれた魔道具なの。……この針の方向に進めば魔物を変質させた魔力の元へたどり着くわ」
「ジル、大隊長にこのことを報告に行け。シャルロット様、この先へはノルウィークの兵士と共に行きましょう。我々だけでは危険です」
「……いえ、私だけでも行くわ」
「ですが」
「もう後悔したくないの」
イヴォンの手を振り切って北西へと歩を進める。
この先に待っているのが残酷な現実だとしても、怖気付いてただ待つよりずっとマシだった。
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