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後日談 ナッジ家に受け継がれるもの その2
しおりを挟むモネアは包みを持ったまま、その場に突っ立っていた。
(ど、どういう事なの…?!)
何かの見間違いかと思い、もう一度包みを開けてみる。やっぱり鞭だった。モネアは混乱している。
(…使う側と使われる側、どちらなのかしら…?)
問題はそこではないが、誰も彼女に助言してくれる人はいないのである。
(この部屋にあったという事は、やはりナッジ様の物なのかしら?そ、そんな…あんなに無邪気な子供のように寝ている彼が…?!)
と、モネアはスヤスヤと幸せそうに眠っているナッジを見た。すると彼はもぞもぞと動き、うーん、と呟いている。
彼女はハッとして我に帰り、その包みと毛糸玉を慌ててガサッ、と持っていた紙袋に入れた。
そして何食わぬ顔をしてソファへと戻り、そっと膝枕を続けてあげたのだった。
・・・・・・・
それから小一時間が経ち、ノルダが夕食の時間だと知らせに来た。
膝枕をしてあげていた現場を見られた彼はとても恥ずかしがっていたが、モネアは平然を装っていた。
…この行為よりもっと、見られたら恥ずかしいモノを見つけてしまったからだ。
そのまま食堂へ向かい、ちょうど仕事から帰ってきたニッチ宰相も加わって、夕食となった。
「…それにしても、城で浮いた話一つ聞かなかったナッジが、こんなに素敵なお嬢さんを連れて来るとはな。父はホッとしているぞ」
「本当よねぇ。ナッちゃんてば、今まで誰一人家に連れて来なかったんだもの。やきもきしてたわ。
やっぱり、離れ家に部屋を移させて、自分の事を自分でさせる様にしたのが正解だったのかしら。今まで甘やかし過ぎたものね」
両親の言葉がチクチク刺さったナッジは、半ベソをかいて怒った。
「ち、父上に母上っ!!
モネアさんの前でそういう話するのヤメテ!!もっと僕の株が上がる話をしてくれよ!!」
「うふふ、ナッジ様がお二人に大変愛されている事がわかって、良かったですわ」
モネアは笑っていた。
しかし、笑ってばかりもいられない。
その後案内された客室で、彼女は一人でまた悩んでいた。
「結局、返しそびれてしまったわね…」
手には先程のアイテムが入った包みがある。
「でも返しようがなかったものね。
まさか本人に落ちてましたわ、って渡すわけにもいかないし…あぁ私のバカ!どうしてあの時すぐ元の位置に戻さなかったの!」
そうは言っても、もう遅い。モネアは観念してもう一度包みの中を見る。
相変わらず不気味に輝く鞭と…もう一つ、何やら布のようなものが入っていた。取り出してみると…
「え…?!コレはまさか…女性用の衣装?!」
そう、上下に分かれた黒い女物の衣装が…現代の日本でいう所の、ビキニのようなものが入っていた。モネアは彼に失望しながら、確信した。
「ああ…ナッジ様はシバかれる側なのね…
誰か好みの女性にコレを着させて…あら?」
と、言いかけて疑問に思った。
先程ノルダが「家に誰一人連れてきた事はない」と言っていたではないか。
それでは誰に着させているのか…まさか、この家のメイドの誰かだろうか。
そういえばナッジは食事の後、若いメイドと何やらコソコソ楽しそうに話をしていた。
…普段は穏やかなモネアだが、なんだか怒りが込み上げてきた。彼ら二人が怪しい関係だと勘違いしたのである。
「…何よ、ウブなフリして夜は『おたのしみ』だったんじゃないの!
しかもあんな若いメイド相手に…!馬鹿にして!」
そして手に取った衣装を、もう一度凝視する。
「……私だってまだ若いわよ!これくらい面積が小さい衣装だって、着られるわ!!
んん…よいしょっと…うっ、ちょっとキツ…いえ、平気よほら!」
と、何とか押し込んで着てみた。
何を押し込んだのか、それはもちろん胸である。
着られてホッとしたその時。
突然、フッと部屋が暗くなった。
「きゃっ!…あら、蝋燭が切れたのかしら?」
メイドを呼ぼうかとも思ったが、もう就寝時間だし遠慮した。
それに今日は晴れていて星が出ており、外が明るい。モネアは窓へと向かい、カーテンを開けたのだった。
・・・・・・・
「…そろそろ時間かな…?」
ナッジはモネアがいる客室の外の、バルコニーに身を伏せていた。手には溢れんばかりの薔薇の花束を持っている。
実は彼は、一つのサプライズを用意していた。キッカケはある歌劇好きのメイドの話だった。
今、巷ではこんな作品が人気を集めているという。
『とある鍛冶屋の息子が、貴族の娘に恋をした。二人は両思いだった。
しかし、娘の父親は反戦主義者。武器を作る鍛冶屋の息子を、交際相手として認めようとはしなかった。男が女の家に行っても門前払い。
それを哀れに思った娘のメイドが、彼女の就寝前に一計を案じた。
娘の部屋の蝋燭を予め短くしておく。しばらくするとそれが切れて、部屋が暗くなる。娘が外の明かりを入れようとカーテンを開けた所で…メイドの手引きで、外に待機していた男が花束を持って現れる。
女は喜び、男と一夜を明かすのだった…』
…さては「おたのしみ」しましたね、とか余計な事を言ってはいけないのだろう。
この歌劇『薔薇の花束は全てを見ていた』の内容に。
好きな女性にどんなサプライズをしたら喜ばれるだろうと、ナッジが家のメイドに相談したのがキッカケだった。
メイドはそれはもう興奮して、「私もあの話の登場人物になりたい!」とヤル気満々だった。事前にしっかりと打ち合わせもし、準備万端だった。
ナッジは深呼吸する。
「部屋に入ったら何て言おう…
『僕とお楽しみしませんか?』いや、ただの変質者じゃないか…。
『僕と一晩過ごして下さい』いや、あからさますぎるだろ!
『僕の事をもっと好きになって下さい』
うーん、シンプルにコレか…?」
…途端にチキンになり、パンチのない告白になった。ソワソワしているうちに、モネアがいる部屋が暗くなった。
…頃合いだ。窓の鍵は事前に開けてもらってある。ナッジは鼓動がうるさい心臓を押さえて立ち上がった。
窓まで近づき、開けようとした…その時。
「シャッ!」と、向こうから勢いよくカーテンが開けられた。そこには…
「ええっ?!!ナッジ様?!!」
「モ、モネアさ…まああああああああっっっっ????!!!!!!!!!!」
思わず敬語になったナッジ。
なぜなら…目の前に、デデーン!と至福の光景が広がるからであった。
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