渡り人は近衛隊長と飲みたい

須田トウコ

文字の大きさ
13 / 62

隊長のニブさに全米が泣いた

しおりを挟む
 
「どうしたら、そこまで宰相様を怒らせる事ができるのですか…」
「痛いよぉサーシャさん…毛ぇ引っこ抜かれるかと思った」

 面談を終え、サーシャさんと客間まで戻る。帰り際に宰相をオッサン呼ばわりして、またアホ毛を引っ張られた。私の軽口。

「普段は『氷の宰相』と言われる程、無表情で冷静な方なのですが…あなたを相手するとそうはいかないのでしょうね」
「ぷぷっ!何そのあだ名ウケる…おっと、もういないよね」

 慌てて振り返る。聞かれていたらまたオイタされる所だった。

「それよりニア様、この本は何ですか?」

 と、サーシャは仁亜の為に持ってあげていた数冊の本を顎で指す。
 執務室から出てきた仁亜はリュックを背負い、右手に本・左手に焼酎のボトルを持っていて大荷物だったのだ。

「ごめんねー持ってもらっちゃって。この国の簡単な歴史書だって。
 宰相に色々聞こうとしたら『そんな時間はない、これでも読んでろ』って渡されて。
 ひどいよ私字が読めないのに。ねぇサーシャさん、もしこの後時間があったら少し読んでもらえない?」
「いいですよ。夕食の時間まで護衛する予定でしたし。その抱えているものは何ですか?」
「ああこれは焼酎…私がいた国のお酒だよ。そうだ、よかったら一緒に飲まない?」

 そう聞くとサーシャさんはうっ、と呻いた。

「酒ですか…私は遠慮しておきます」
「あ、お酒は苦手?」
「いえ、そうではないのですが…酔いやすい体質らしくて。昔近衛隊の連中と飲んだ時に…その…」

 そう言って顔を少しだけ赤らめるサーシャさん。かわいい。

「酔っぱらって誰かに甘えちゃったとか?
 クールなサーシャさんだとギャップすごそう」
「周辺の隊士ひとりひとりに絡んで寝技をかけていたそうです」
「 寝 技 」
「ある者は脱臼し、ある者は骨折し、ある者は嬉しそうに首を絞められて気絶したそうです。全く記憶にないのですが」
「…最後に変態いましたけど」

 じゃあサシ飲みはご遠慮させていただこう。たぶん私じゃ死ぬ。



・・・・・・・



 夕食の時間まで、歴史書を読んでもらいながら勉強した。
 今いる国はアイシス王国というが、西にタナノフ、東にマルロワという国があるそうだ。
 北には何があるの?と聞くと、魔獣が住む大きな山があり近づけないらしい。魔獣なんているのか。ファンタジーだね(現実逃避)

 その三つの国があるこの大陸をマルタナアイ大陸と呼び、言語も一緒だという。
 なんとも単純すぎるネーミングセンスと思ったが、かつてこの三国は仲が悪く、大陸の名前をつける際もそれぞれの国が候補を主張し戦争になったそうだ。

 戦争は激化し各々が疲弊したため停戦協定を結び、それぞれの国の名を入れた大陸名となったそうな…まじか。

 アイシス王国はこの大陸の南部に位置する。
 大陸の中央部には最高峰の山があり、この大陸を作ったという神様がいるとかいないとか。そのため信仰者の聖地となっている。
 魔獣は野生動物が多いタナノフや魚が豊富に取れるマルロワにやってくるらしく、比較的被害が少ないアイシスは農耕が盛ん。

 アイシス人は手先が器用な人が多く、他の国から物資を輸入し加工して売ることが多い。
 銀・青系の髪色、茶・黒の目が多いのも特徴だ…と。

 仁亜は話を聞きながらメモしていくが、手が痛くなってきた。

「そろそろ夕食の時間ですね。今日はこのくらいにしておきましょう」
「そうだね。読んでくれてありがとう!すっごく勉強になったよ~」

 大きく伸びをする。仁亜は完全にオフモードになった。

「じゃあさ、夕食まで恋バナしようよー」
「ええっ…」
「せっかく同じくらいの年齢の女の子と一緒なんだもん。ていうかサーシャさんいくつ?」
「私は24です」
「なら色々経験豊富じゃないですか!師匠!恋愛初心者の自分めに是非ご教授を!」

 仁亜は手を合わせてお願いする。

「とは言っても私も恋人などいた事がなくて…」
「そうなの?美人なのに。じゃあ同じ近衛隊でいい人いないの?」
「………」

 目線をそらした。あ、これはいるな。深堀り深堀り。

「でも今の所私が知ってるのはソルトさんと失礼セルゲイと…アイザック隊長か」
「!」

 隊長の名前でピクッとしている。ビンゴか。

「そっかあ!隊長か。頼りがいありそうだもんね」
「隊長は…以前思いを伝えたが駄目だった」
「えっ」

 苦笑いするサーシャさん…急に部屋が寒くなった気がする。気まずい。

「隊長さん、恋人でもいたの?」
「いや、浮いた話一つ聞いたことがない。だからチャンスだと思って。
 ある日二人での勤務中に、魔獣に遭遇した事があったんだ。その際戦う前に『隊長、お慕いしております』と伝えたけれど…」
「…もうちょっと別のタイミングじゃ駄目だった?」

 サーシャさん、魔獣が来てテンパっちゃったのかな。吊り橋効果的な。
 何気に敬語も使わなくなっている。

「隊長は『ありがとう、私も君のような優秀な部下を持てて幸せだ。これからも国の為にお互い頑張ろう』と言ってくれた」
「隊長ニブっ!!ニブすぎる!!!」
「そのあと魔獣を一刀両断さ。私の思いも一緒にスパッと切ってくれた気がするよ。
 おかげであと腐れなく今も部下としていられるのだけど」
「サーシャさああああん!!次はニブくない人を見つけようねええええ」

 なぜか仁亜のほうがダメージを受けていて、思わずサーシャに抱きついたのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

眺めるだけならよいでしょうか?〜美醜逆転世界に飛ばされた私〜

波間柏
恋愛
美醜逆転の世界に飛ばされた。普通ならウハウハである。だけど。 ✻読んで下さり、ありがとうございました。✻

捕まり癒やされし異世界

波間柏
恋愛
飲んでものまれるな。 飲まれて異世界に飛んでしまい手遅れだが、そう固く決意した大学生 野々村 未来の異世界生活。 異世界から来た者は何か能力をもつはずが、彼女は何もなかった。ただ、とある声を聞き閃いた。 「これ、売れる」と。 自分の中では砂糖多めなお話です。

黒騎士団の娼婦

イシュタル
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。 異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。 頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。 煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。 誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。 「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」 ※本作はAIとの共同制作作品です。 ※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。

召喚先は、誰も居ない森でした

みん
恋愛
事故に巻き込まれて行方不明になった母を探す茉白。そんな茉白を側で支えてくれていた留学生のフィンもまた、居なくなってしまい、寂しいながらも毎日を過ごしていた。そんなある日、バイト帰りに名前を呼ばれたかと思った次の瞬間、眩しい程の光に包まれて── 次に目を開けた時、茉白は森の中に居た。そして、そこには誰も居らず── その先で、茉白が見たモノは── 最初はシリアス展開が続きます。 ❋他視点のお話もあります ❋独自設定有り ❋気を付けてはいますが、誤字脱字があると思います。気付いた時に訂正していきます。

枯れ専モブ令嬢のはずが…どうしてこうなった!

宵森みなと
恋愛
気づけば異世界。しかもモブ美少女な伯爵令嬢に転生していたわたくし。 静かに余生——いえ、学園生活を送る予定でしたのに、魔法暴発事件で隠していた全属性持ちがバレてしまい、なぜか王子に目をつけられ、魔法師団から訓練指導、さらには騎士団長にも出会ってしまうという急展開。 ……団長様方、どうしてそんなに推せるお顔をしていらっしゃるのですか? 枯れ専なわたくしの理性がもちません——と思いつつ、学園生活を謳歌しつつ魔法の訓練や騎士団での治療の手助けと 忙しい日々。残念ながらお子様には興味がありませんとヒロイン(自称)の取り巻きへの塩対応に、怒らせると意外に強烈パンチの言葉を話すモブ令嬢(自称) これは、恋と使命のはざまで悩む“ちんまり美少女令嬢”が、騎士団と王都を巻き込みながら心を育てていく、 ――枯れ専ヒロインのほんわか異世界成長ラブファンタジーです。

異世界に行った、そのあとで。

神宮寺 あおい
恋愛
新海なつめ三十五歳。 ある日見ず知らずの女子高校生の異世界転移に巻き込まれ、気づけばトルス国へ。 当然彼らが求めているのは聖女である女子高校生だけ。 おまけのような状態で現れたなつめに対しての扱いは散々な中、宰相の協力によって職と居場所を手に入れる。 いたって普通に過ごしていたら、いつのまにか聖女である女子高校生だけでなく王太子や高位貴族の子息たちがこぞって悩み相談をしにくるように。 『私はカウンセラーでも保健室の先生でもありません!』 そう思いつつも生来のお人好しの性格からみんなの悩みごとの相談にのっているうちに、いつの間にか年下の美丈夫に好かれるようになる。 そして、気づけば異世界で求婚されるという本人大混乱の事態に!

処理中です...