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お・も・て・な・し
しおりを挟む翌朝。
「ニア、おはよう!起きているか?起きているな。先程王に外出許可をもらってきたぞ。
私は午前中仕事があるから、先に馬車でゆっくり向かっていてくれ。すぐに早馬で追いつくから。それでは」
「えっ?何?!矢継ぎ早にいいいいい」
普段そこまで感情の起伏がないアイザックさんが、まるで遠足当日の少年のようだった。めちゃくちゃ楽しそう。
サッと隣室から入ってきてサッと帰っていった。
まだ寝起きでぼーっとして着替えてもいなかった仁亜だが、急いで支度を始めるのだった。
支度を終え馬車に向かう途中、ギリアムと鉢合わせした。
「おはよう~ニアちゃん。今日もアホ毛と笑顔が愛らしいねえ」
「おはようございます、なんですか殿下。
ヒルダ様と仲直りしたんでしょ?軽口は慎んだほうがいいのでは?」
「それはそれ、これはこれ。ニアちゃんもヒルダも可愛いからいいの」
「結局殿下の中身は変わらず、ですか…」
「ところで、これからクリステル家へ行くんでしょ?道中気をつけてね」
「クリステル家?」
「やだなあ、アイザックの実家だよ。伯爵家の」
「え、アイザックさん伯爵家の生まれなんですか?!」
…知らなかった。じゃあ彼の伯父である大将も、元々は伯爵家出身なのか。すごい人だったんだな。今頃マグロ捌いてるだろうけど。
殿下と別れて馬車に乗り込んだ。ここからクリステル家までは約2日かかる。アイザックさん単独なら早馬で1日で行けるそうだが、人や荷物を乗せた馬車だとそうはいかない。
外出許可もおりたことだし、ゆっくり行かせてもらおう。
馬車が動き出す。この国に来て初めての外出に、気持ちが高揚する。日本の道路ほどしっかり塗装はされていないので、多少揺れるけど許容範囲内だ。
それにしても、隊長のフルネームはアイザック=クリステルさんか。クリステル家…クリステル…。
つい、あの有名な五輪招致ポーズをしたくなる。左手を少し握りながら右から左へ。オ・モ・テ…
と、やりかけた所で仁亜は顔を窓に向けた。なぜか知らないけど、誰かに見られている感覚があったのだ。
世間にはまだ仁亜の存在は周知されていない。それでもどこで誰に狙われるかわからないので、窓から顔を出さないよう従者に言われていた。
でもちょっとだけならいいよね、とコッソリ窓にかかるカーテンを横にずらす。
馬車はいつの間にか城外に出て城下町の広場を横切っていた。まだ午前中なのに人が多い。
広場の中心には大きな噴水があり、横には何かの銅像が見えた。形からして女性だと思う。背中に羽みたいなものが生えているし、この土地で崇められている女神像的なモノだろうか。
その銅像の前に1人の少年が立っていた。透き通る銀髪が目を引く。
少年は銅像を見ていたが、ふいに目線をこちらに向けた。
「!」
仁亜は驚いた。コッソリ見ていたので気づかれないと思っていたが、少年は明らかにこっちを見て微笑んでいる。
そして実際には、この距離なら声は届かないはずだがハッキリとこう聞こえた。
「やっと会えたね。おねえさま」と。
頭に少年の声が響く。
仁亜はその瞬間、気を失った。
・・・・・・・
―これは、夢なのだろうか。
―男と女が、崖の上で対峙している。
両者とも血塗れで、男は右足を、女は左腕を失っていた。
先に動いたのは女だった。持っていた片手剣を男の胴体めがけて突き刺し貫通させ、そのまま背後の巨石に刺さった。
これで終わりと思いきや、男が口から血を流して笑った。女が至近距離まで来るのを待っていたのだ。
男は渾身の力を振り絞って女を突き飛ばした。体中から滲み出る呪いの力を込めて。
衝撃で臓器のいくつかがやられたのだろう。女は吐血しながら飛ばされ、地上へと落ちて行く。背中には羽があるが、もう羽ばたかせる力も無い。ピクリとも動かなかった。
そのかわりに、女は声を張り上げて叫んだ。
「…よくも私の世界を!お前だけは…!」
「絶対に、許さない!!!」
・・・・・・・
その頃、アイザックは仁亜の乗っている馬車を目指していた。
午前中の任務の内容は、王太子妃夫妻の娘の護衛だった。
時間が経って、父親であるギリアムが迎えに来たので役目を終えようとした所、「とうさまはいやー!」と泣かれた。
しばらくして母親のヒルダが来てくれたのでやっと終われる…と思ったのも束の間、ギリアムがあまりのショックで腹痛を起こしたのである。
「反抗期だよ~パパつらいよ~」とヨタヨタ歩くギリアムに付き添いながら厠へ向かった。
おかげでニアとの合流予定時刻を大分過ぎてしまった。急いで待ち合わせ場所の宿へと向かう。
もう少しで宿だ、と思ったその時。
見覚えのある馬車が道の端に止まっていて、従者が騒いでいた。
嫌な予感がする。すぐに馬車へ向かうと、従者は大声で仁亜の名前を呼んでいた。
「どうした?!一体何があった」
「あっ、アイザック様!大変です!ニア様が気を失ったまま動かないのです」
「なんだと?!」
急いで馬車の中に入ると、壁にもたれかかったまま、目を閉じて微動だにしない仁亜がいた。
「寝ているようにしか見えないのだが…?」
「私も初めはそう思っていました。途中様子を見たら寝ておられたので、そのまま起こさずにいたのです。
ですが、もうすぐ宿に着くので起こそうとしましたが、何度お呼びしても反応がなかったのです」
「…もう一度、呼びかけてみよう。ニア、もう宿に到着するぞ。起きてくれ」
ニアの体を軽く揺さぶったが、反応がない。
「ニア、頼む!起きてくれ!!」
先程よりも強く揺さぶるが、結果は同じだった。この状態は明らかに異常だ。
アイザックの首筋に嫌な汗が流れる。
―また、大切な人を失うのかも知れない。
アイザックは、なりふり構わず叫んだ。
「ニア!ニア!!くそっ!!何という事だ!
俺が殿下に付き添って厠に行っていなければ…こんな事には…!すまない、ニア…っ!」
すると突然、馬車中に絶叫が響いた。
『絶対に、許さない!!!』
「えっ、ニア?!」
と驚くアイザック。そして、
「ヒイッ!めちゃくちゃ怒ってらっしゃる!!」
そう言ってビビる従者がそこにいた。
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