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黄身が好きだ

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 突然声を荒げたアイザックに驚く仁亜。

「そ、そりゃ帰りますよ?日本で旅館の仕事がありますし。
 今だって私がいなくなった分、誰かが埋め合わせで働いてくれてるだろうから」
「!そうか…そうだな…にはの暮らしがあったのだな…」

 そう呟くと、彼は黙って俯いた。
 どうしたのだろう。私は何かおかしな事を言ったのだろうか?
 頭にハテナとアホ毛をつけたまま、仁亜も大人しくする。
 そのまま二人を乗せた馬車は城へと到着したのであった。




・・・・・・・




 少し休憩してから、アイザックと共にカイザー王のいる謁見の間へ向かった。
 仁亜は発言の許可を得ると、すぐにこれまでの経緯を話した。

「…そうじゃったか。大変な事になったのう」

 王は渋い顔をした。

「あの、私にできる事があれば何でもします。この城で良くして頂いたし」
「良いのじゃ。そなたは天上人とやらに力を送っておるのじゃろ?十分頑張っておるではないか。
 ここからはワシらの出番じゃ。タナノフとマルロワの、オジジ王達に使者を出すとするかの」
「やっぱり魔獣達とは戦う事になるんですよね…皆怪我なく無事で、なんて都合良くはいかないですよね」
「いつの時代も戦いに犠牲はつきものじゃからな。なあに、安心せい。
 タナノフ人は久しぶりに大暴れできる、マルロワ人は魔法実験の素材が取れると、大喜びするのが目に見えるわい」
「は、はぁ…」

 王は私を不安にさせまいと冗談を言ってくれたのだろうけど。なんだろう、目を見ると割と本気で言っている気がする。

「しかし北から来る魔獣の群れを東西の二国が抑えきれず、この南のアイシスに流れてくる事も想定しなければのう。過去に何度か襲われた事もあるのでな。
 魔獣の狙いは王族であるとすると…ワシか、それとも次代を担うであろうギリアムか、孫のクルセイドか、まあ全てじゃろうな。
 であれば、後世の為にもワシが囮となるのが一番じゃ。前線におればほとんどの魔獣が寄ってくるじゃろ」

「そ、そんな!危険すぎます!」
「心配いらぬ。ワシはこれでも昔は弓の名手だったのでな。まだまだ現役じゃ。
 それよりも心配なのはギリアムじゃ。あやつは驚くほど武芸の才が無くての。アイザックとヒルダを護衛につけるから大丈夫じゃと思うが…。悪いがそなたも余裕があれば守ってやっておくれ」
「いや、流石に私よりはお強いと思います…知らないけど」

 ていうか、ヒルダ様もちゃっかり護衛の一人に入れてるよ王様。普通逆でしょ。チャラ殿下どんだけ貧弱なんだよ。

「ではこれから宰相と予算について話し合うかの。あやつの眉間のシワがどれだけ増えるか見ものじゃわい。
 タナノフ爺とマルロワ爺とも戦地で会えるかも知れんの。三爺王の久々の再会じゃ。ほおっほっほっ」

 そう言って報告会は終了した。

 謁見の間を出て、アイザックさんと回廊を歩く。

「あの話だと、アイザックさんは殿下の護衛につくみたいですね」
「…ああ。でも俺は君も守りたい。なるべく俺の側から離れないでくれ。
 君がもし怪我をして傷でも残ったりしたら、ニホンに帰る事ができても君の大切な人達に恨まれてしまう。
 君はこの国のことは気にせず、君自身の身を守ることに専念してくれ」

 彼の違和感がある言い方に、思わず仁亜は足を止めた。

「あの、さっきから気になっていたんですけど。君が君が、ってなんか言い方変わってません?今まで名前で呼んでくれてたじゃないですか」
「うっ…そ、そうか?」

 君、きみ、って卵の黄身じゃないんだから。私白身派だし。

「馬車で城に戻る時から様子がおかしいなと思ってましたけど…私、何かしました?
 もしかして、この一連の騒ぎを起こした私の護衛が面倒臭くなりました?」

「ち、違う。そうじゃない」

「別にいいですよ。本当の事ですから。自分でも面倒な事になったなって思いますもん。
 救いのなんちゃらとか言われても、ちっとも大したことしてない大飯食らいだし。
 天上人なんて人外が出てくるし、魔獣も出てくるしで…私がこの世界に来て良かった事なんて全然ないじゃないですか!!」

「……………違う」

「…はぁ。すみません、完全に八つ当たりでした。ちょっと客間に戻って反省します」

 再び歩き始めた仁亜を、彼は突然後ろから覆いかぶさるように抱きしめた。

「えっ?!やだ、な、何?!」
「違うんだ、話を聞いてくれ!」

 彼は気づいていないのだろうか。この体制はかなり、かなり、恥ずかしい。今日に限ってなんで髪をお団子にしてしまったのか。うなじに吐息が当たる。やめさせないと。

「ちょっ、こ、こんな人目につきそうな所で…」

「俺は君がずっとこの世界にいてくれると思っていたんだ。何故かは分からない。多分君と常に一緒にいて、自分でも都合の良いように解釈していたんだ。
 だからニホンに帰ると言われて、頭が真っ白になった後我に返ったんだ。
 そうだ、君は本来俺なんて一般人が関わっていい人じゃないんだ、って。君は国の大事な渡り人様で、俺はただの護衛役なのに」

「そんな、だからって急に態度を変えなくてもいいじゃないですか!
 …すごく寂しくなったんです。急によそよそしくなるから。今まで通り、名前で呼んでください」
「ニア…………すまなかった」

 そして、彼は意を決して言った。

「こんな事を言われても困ると思うが…お願いだ、ニア。ニホンに帰らないでくれ。
 …俺は君が…『きゃああ!あぶない!よけてくださいましー!!!』」

 …最後の声は仁亜ではない。別の人物である。
 唐突な叫びと共に黄色いボールが飛んできた。それはまるで茹でた黄身のようだった。
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