渡り人は近衛隊長と飲みたい

須田トウコ

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彼女のこれまで

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 私は20歳の時に彼…シュルタイスと結婚した。日本からアイシス国に転移して7年間…私を保護してくれた上に、ずっと一緒にいてくれた彼と。

 私は癒しの能力を持っていた。日本ではもちろんそんな力は無かった。癒す、といっても傷や病気を治すものではない。心を穏やかにするものだ。
 転移した当時のアイシスは、ちょうど魔獣の被害に遭っていた。直接人を襲わないものの、魔獣の群れが通った後は田畑が荒らされ、作物に深刻な被害が出た。そして家や建物の一部が壊され、少なからず怪我をした人も多かった。
 被害に遭った人は恐怖に怯えており、震える手を思わず取った所、そこから光が溢れた。その人は涙を流して「何だか心が楽になった、ありがとう」と感謝してきたのである。
 一人二人と試したが、やはり皆同じ反応で、いよいよ自分に何か特別な力が宿ったのだと実感した。
 私自身の体は弱かったが、体力の続く限り近隣をまわって、苦しむ人々を救った。やがてその噂が王の耳に入り、渡り人と呼ばれるようになった。

 シュルタイスと最初に出会った時は、完全に妹扱いされていたし、私も兄のように慕うだけだった。でもいつしかお互いに大切な存在である事に気付き、私の成人を待って結ばれた。
 結婚式を挙げる頃には既に妊娠が判明していたが、この国では順番についてうるさく言う人はいなかった。
 何よりも、早くに両親を亡くした彼が「家族が増える」とそれはもう喜んで私を抱きしめてくれたので、幸せの絶頂だった。
 …あの日までは。

 出産当日。外は大荒れの天気だった。
 国の大事な渡り人の出産とあって、警備上の理由から城の一室に部屋を設け、事前に入院する形をとっていた。医師も常駐してくれるという、破格の待遇だった。
 陣痛が始まってから出産まで、どのくらいかかったのだろう。その辺りは今でも思い出せないくらい、とても長く感じた。
 シュルタイスは側にいなかった。たまたまその日は自宅に戻っていたのだ。
 夜だった事もあり、知らせを聞いてもこの大荒れの天気で、城へ馬車で出向くことが出来なかったのだ。

 それでも私は頑張って、無事出産した。元気な女の子だった。朝になり天候も回復したから、彼もこちらに向かっているだろう。
 早く顔を見せてあげたい、こんなに可愛い…そう思った所で、違和感に気づいた。

 先程まで明るかった外が、また暗くなっている。それに王に報告しに行った医師や、敷布等を替えに行った女官達が戻って来ない。
 この部屋には私と、隣にいる我が子しかいない事、それが急に不安になった。
 誰か来て……そう言おうとした時。突然部屋が闇に包まれた。出産後で体力がなかったため、動く事すらできない。
 叫ぶ間もなく、私の意識は遠のいていった。

 …次に私が目を覚ました時、最初に見たのは愛する人の顔だった。けれど、今まで一緒にいて一度も見た事がないくらい、沈痛な表情をしていた。
 なぜだろう?それよりも早くこの子を抱いてあげて…と隣を見て、全てを思い出した。
 小さなベッドには誰もいなかった。これが意味する事は…。

 次の瞬間、悲鳴が部屋中に響き渡っていた。




・・・・・・・




「…話はこれで終わり。ごめんなさいね、長くなっちゃって」
「………………」

 想像以上に壮絶な話で、言葉が出ない。出されたお茶はすっかり冷めてしまったが、とても飲む気にはなれなかった。思わず目がうるんでしまう。

「それで…その…赤ちゃんの行方は…」
「内密に探したけど、見つからなかったわ。本当は他国にも捜索願いを出したかったけれど…。渡り人の子が闇に包まれていなくなった、なんて知られたら大陸中が混乱するから。
 それに探しようがないものね。生まれたばかりの女の子ってだけで、髪の色も目の色も将来どうなるか分からなかったし…。
 公式には、体が弱くてすぐに亡くなったという事にされたわ…」

 彼女は首を振り、力無くそう答えた。

「でも、それがどうして懺悔なんですか?悪いのはその闇の…魔法かなんか知らないけどを使ったヤツで、小春さんは何も悪くないじゃないですか」
「皆そう言ってくれるけれど…。
 私がもっと早く違和感に気づいて助けを呼んでいたらとか、あの子をずっと抱きしめていればって、思ってしまうの。
 そうすれば私も居なくなるけれど…少なくとも、あの子をひとりぼっちにはさせなかったわ」
「いえ、それはそれで宰相様が大発狂するので…。
 それでも私は小春さんだけでも無事で、こうしてお会いできた事がとても嬉しいです」
「仁亜ちゃん…」

 小春さんの目がうるんでいる。
 この人はどれほど辛い思いをして生きてきたのだろう。
 施設で育って、13歳という思春期真っ盛りの頃に転移して、知らない国で右も左もわからないまま渡り人と呼ばれ…。あの性悪宰相と出会っちゃった…のは結果的に良かったんだ、ごめん宰相。

 こんなに小さい体で。たくさんの大きいものを抱えて、彼女は生きていたのだ。
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