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15.5. 少女の不安
しおりを挟むここ数日、お城の中が騒がしい。
いつも気さくに話してくれる兵士さん達は険しい顔で城内を忙しなく往き来しているし、侍女さん達もさわさわと落ち着きがない。
ヴァンに何があったのか尋ねたくても、「君は館でゆっくりしていてくれ」と言うばかりでろくに話もしてくれない。
この世界に来てから感じたことのない剣呑な空気に、私は不安な日々を過ごしていた。
そんなある日、ついに私が住まわせてもらっている館にヴァン達がやって来たのだ。
「イシュタリアの侍女、カトレア! 貴様に反逆罪の容疑がかかっている!」
部屋に轟く大声で叫んだアレクの言葉に、昼食後のお茶を飲んでいた私とお茶菓子を取り分けていたカトレアは固まるしかなかった。
反逆罪? カトレアが? なんで?
次々と浮かぶ疑問符に困惑する私をよそに、はっと我に返ったカトレアが静かに彼らの前に進み出る。
「わたくしは陛下に命じられたとおりリオ様のお側に仕えておりました。何か問題が?」
「王妃が国を裏切ったんだ!」
肩をいからせてアレクが吼えた。
「男を王城の敷地内に引き入れ密通していた上にヴォーデルムに逃亡した! そして貴様もそれに加担した、そうだろう!」
信じられない内容に呆然とするしかない。
アイリス様は病で臥せっていたのではなかったの?
窺うようにカトレアを見やると、小さく肩を揺らした彼女は堪え切れなくなったように顔を覆って崩折れた。
「ああ、アイリス様……っ」
それは決して悲嘆に暮れる声ではなく、むしろ心の底から安堵したような。
逃げ出せたのですね、という涙声はきっと私にしか聞こえなかった。
ややあってすっと立ち上がったカトレアは、背筋をピンと伸ばして男性陣に向き直る。その背中は、私が憧れたアイリス様にそっくりだった。
「あの方が亡命したことを罪と呼ぶのなら、わたくしがそれを背負いましょう。断頭台にはわたくしが上ります」
「……侍女如きの首にそんな価値があるものか!」
「わたくしは、イシュタリア皇国の人間です」
「控えなさい。我々は、妃殿下の不義を糾弾しているのです」
口論する彼らを前にして、ようやく思考が追いついてきた私は考えた。
状況は全くわからない。だけど、自分のすべきことはわかる。
「──ねぇ、ヴァン?」
この場の全員の視線が私に集まる。握りしめた掌に滲んだ汗を気取らせないように、私は努めて明るく微笑んだ。
「カトレアを連れて行くの?」
「……そうだな。尋問しなければならない」
「それはダメだよ」
カトレアの目が見開かれたのに気づかないふりをしながら、にっこりと笑って続ける。
「だって私、カトレアのこと気に入っちゃったの。頭もいいし気がきくし……このまま、私付きの侍女ってことでいいでしょう?」
「リオ……しかし、」
「私、カトレアが運んだ食事じゃないと食べないから」
「…………」
この数ヶ月で、私が言い出したら聞かないことをヴァンは理解しているはずだ。しばらく探るように私を見つめていた彼は、やがて諦めたようにため息を吐いた。
「……侍女の件は保留にする。行くぞ」
「しかし陛下……!」
「こうなれば直接ヴォーデルムとやり取りする。書状の準備を」
そう言いながら背を向けて去っていくヴァンの背中にいつもの威厳はなくて、なんだか憔悴しているようでもあった。
嵐のように去っていった一団を見送って、部屋に沈黙が訪れる。
「…………は~~~、緊張した……」
「リオ様」
全力で息を吐き出した私を、カトレアが心配そうに見つめている。
彼女を安心させられるよう、私はへらりと笑ってみせた。
「……庇っていただき、ありがとうございました」
「ううん、全然。だって状況がよくわかんないし、アイリス様が居ない時にカトレアを連れて行かせちゃいけないって思ったから」
そう、何がなんだかわからない。
だけどどうやらアイリス様は、ヴォーデルムというところにいるらしい。
アレクはそれを逃亡と言い、カトレアは亡命と言った。
もう随分、あのひとに会っていない気がする。
アイリス様。
いったい何があったんですか。
今どうしているんですか。
私、ここに居ていいんですか。
口に出せない問いが胸にわだかまったまま、窓から空を見上げる。
午前中晴れ渡っていたはずの空は暗く翳り、遠くで雷鳴が響いていた。
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