それでも魔王は聖女を攫う

大和

文字の大きさ
28 / 40

20.5. 公爵夫人の訪い

しおりを挟む
  

 ◇ ◇ ◇



 ざわざわと、ざわざわと。
 この胸の内で蠢く憎悪がある。

 刻み込まれた呪いが、すべてを壊せと囁きかける。

 虚栄で満ちたこの国に。
 破壊と、滅亡と、贖罪を。



 ◇ ◇ ◇



 あれからもう二週間が経つ。
 ヴァンは何も教えてくれないけど、今、クレルシェンドは大変な状況なのだとカトレアから耳打ちされた。

 今までなんともなかったのに、突然地方を異常気象が襲ったり。
 これから冬を迎えるのに、穀物の貯蔵庫に大量の害虫が湧いたり。
 原因不明の病気にかかる人が増えたり。

 どれもまだ大きな問題にはなっていないけれど、平和なクレルシェンドに陰が差したようで、もやもやする日々が続いた。
 ……アイリス様は、まだ帰って来ない。
 カトレアは何か知っているようだったけど、尋ねても首を振るだけだった。
 すべてを教えてほしいとは言わない。でも、この国で生きていく人間として、何も知らされないまま日々を過ごすのはつらかった。

 そんなある日、城に嵐が訪れた。

「───、────!」
「────……」

 何事か言い争うような声が聞こえて館の入り口に足を向けると、そこにいたのは見知った女性だった。

「……公爵夫人?」
「まあリオ様、ちょうどよかったわ!」

 以前、アイリス様の代わりに出席したお茶会で会ったジュリー=シェリル公爵夫人。亜麻色の髪を結い上げた華やかな顔立ちの美人で、もうすぐ四十路とは思えない若さと迫力があった。
 彼女は入り口で警備を担当していた兵士さんを押しのけて、カツカツとヒールを鳴らして私に近づいてきた。

「あたくし、アイリス妃殿下に会いに来ましたの。ご病気で臥せってらっしゃると伺ったので、お見舞いに」
「え……」
「で、ですからシェリル公爵夫人! 妃殿下の病は感染の恐れがありますのでどなたも……」
「ならばなおのこと、あたくしが行くべきでなくて? 公爵家に入っても医術の研鑽を欠かしたことはなくってよ」

 そう、彼女はもともと平民の出で、王都でも指折りの医者だったのだという。シェリル公爵に見初められて嫁いでからも、暇さえあれば町医者の手伝いをしているとお茶会で言っていた。
 確かにアイリス様がご病気だったなら、この上なく頼もしい相手だっただろう。でも……今ここに、アイリス様はいない。
 困惑する私に、そういえば、と彼女は怪訝な顔を向ける。

「リオ様、貴女はどうしてこちらにいらっしゃるの? 此処は妃殿下のお住まいのはずだけれど」
「え? だってここは賓客用の館だって……アイリス様は西の館に住んでるってヴァンが……」
「……西の館?」

 夫人の目が鋭く光る。

「この城の西側に妃殿下が住まわれるような館は無いはずでしょう。あるのは古びた塔だけで……」

 ぶつぶつと口の中で呟いていた夫人ははっと顔を上げた。その目の奥に見え隠れする怒気に私は思わず身震いした。

「……そこな兵士。あたくしとこの子を、西の館とやらに案内なさい」
「えっ⁉︎ いやそれは……」
「何か不都合でも?」
「し、しかし、上長の許可を……」
「何も館の中に入るとは言いません。『館』の存在をこの目で確認出来れば良いのだから」
「う……」

 彼女の迫力に、兵士さんもたじたじで、結局半泣きで頷かされていた。
 そうして夫人は、状況が飲み込めないでいる私の方を振り返った。

「参りましょう、リオ様。……貴女はきっと、知るべきですわ」



 のろのろと歩く兵士さんを夫人が叱咤しながら、しばらくしてたどり着いた場所で、私は言葉を失くすしかなかった。

「……ここ、は……」
「……これのどこが『館』だと言うのです?」
「ひっ」

 夫人はもはや怒りを隠すことなく兵士さんを睨みつける。怯える彼が言葉を返す前に、夫人はさっとドレスの裾を持ち上げてそのまま目の前の建物──古びた塔の中へ入っていく。
 私も、少し迷ってその後を追った。

 薄暗く、ジメジメした塔の中。階段を上りきって、目の前に現れたのはところどころ傷んで腐りかけている木製の扉。
 夫人は迷いなくその扉を開け放った。

 ──そこに広がった光景を見た瞬間の、この絶望をどう言葉にすればいいだろう。

 外観と同じ、冷たい石で囲まれた部屋。木材を組み立てただけのような簡素な家具にはうっすら埃が積もっていて、それでも少し前まで人が住んでいたような生活感がある。そして何より……壁に数着掛けられているのは、アイリス様が着ていたドレスだった。

 ぺたりと、力が抜けてその場に座り込んでしまった。
 どうして、こんな場所に?
 アイリス様は、王妃様のはずなのに。

「……貴女は、自分の無知を恥じねばなりませんわ」

 部屋に足を踏み入れ、机の埃を指でなぞりながら夫人は言った。

「妃殿下は、確かにあの館にお住まいでしたもの。それなのに今、あちらには貴女が居て、妃殿下はおそらくこの場所で生活されていた。この意味が、わかりますか?」
「あ……わ、わた、し……」
「──貴女という存在に、追いやられたのですわ」

 はっきりとそう言われて、私は心臓を冷たい手で鷲掴みされたような感覚に陥った。

 アイリス様は、優しかった。
 この城に来たばかりの頃も、私が今の館で生活するようになっても、あのひとの態度は何も変わらなかった。
 私は、自分の満たされた日々を、疑うことさえ知らなかった──

 泣きたくないのに、ここで私が泣く資格なんて無いと分かるのに、涙が溢れて止まらない。
 顔を覆ってしゃくりあげる私に気づかないふりをしながら、夫人は静かに口を開いた。

「こんな環境ならご病気にもなろうものですけれど……あの方は、此処に居ない」

 ならば、追いやられた王妃殿下はどこに行ったのか。

「……陛下に、お話を伺うほかありませんわね」

しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

【完結】お飾り妃〜寵愛は聖女様のモノ〜

恋愛
今日、私はお飾りの妃となります。 ※実際の慣習等とは異なる場合があり、あくまでこの世界観での要素もございますので御了承ください。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。 国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。 悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。

皇太子から婚約破棄を言い渡されたので国の果ての塔で隠居生活を楽しもうと思っていたのですが…どうして私は魔王に口説かれているのでしょうか?

高井繭来
恋愛
リコリス・ロコニオ・クレーンカは8歳のころ皇太子に見初められたクレーンカ伯爵の1人娘だ。 しかしリコリスは体が弱く皇太子が尋ねてきても何時も寝所で臥せっていた。 そんな手も握らせないリコリスに愛想をつかした皇太子はリコリスとの婚約を破棄し国の聖女であるディルバ・アーレンと婚約を結ぶと自らの18歳の誕生の宴の場で告げた。 そして聖女ディルバに陰湿な嫌がらせをしたとしてリコリスを果ての塔へ幽閉すると告げた。 しかし皇太子は知らなかった。 クレーンカ一族こそ陰で国を支える《武神》の一族であると言う事を。 そしてリコリスが物心がついた頃には《武神》とし聖女の結界で補えない高位の魔族を屠ってきたことを。 果ての塔へ幽閉され《武神》の仕事から解放されたリコリスは喜びに満ちていた。 「これでやっと好きなだけ寝れますわ!!」 リコリスの病弱の原因は弱すぎる聖女の結界を補うために毎夜戦い続けていた為の睡眠不足であった。 1章と2章で本編は完結となります。 その後からはキャラ達がワチャワチャ騒いでいます。 話しはまだ投下するので、本編は終わってますがこれからも御贔屓ください(*- -)(*_ _)ペコリ

十の加護を持つ元王妃は製菓に勤しむ

水瀬 立乃
恋愛
様々な神の加護を信じ崇める国・ティーズベル王国。 訳ありの元王妃・ティアは、その身分と聖女だった過去を隠し、愛息子と共に辺境のギニギル村で暮らしていた。 恩人で親友のマロアと二人で開店した米粉の洋菓子店・ホワンは連日大盛況。 年に一度の豊穣祭の初日、ある事件がきっかけでティアの日常は一変する。 私、王宮には戻りません。王都で気ままに、お菓子を作って暮らします! ※小説家になろう様でも同作品を連載しています(https://ncode.syosetu.com/n7467hc/)

偽聖女として私を処刑したこの世界を救おうと思うはずがなくて

奏千歌
恋愛
【とある大陸の話①:月と星の大陸】 ※ヒロインがアンハッピーエンドです。  痛めつけられた足がもつれて、前には進まない。  爪を剥がされた足に、力など入るはずもなく、その足取りは重い。  執行官は、苛立たしげに私の首に繋がれた縄を引いた。  だから前のめりに倒れても、後ろ手に拘束されているから、手で庇うこともできずに、処刑台の床板に顔を打ち付けるだけだ。  ドッと、群衆が笑い声を上げ、それが地鳴りのように響いていた。  広場を埋め尽くす、人。  ギラギラとした視線をこちらに向けて、惨たらしく殺される私を待ち望んでいる。  この中には、誰も、私の死を嘆く者はいない。  そして、高みの見物を決め込むかのような、貴族達。  わずかに視線を上に向けると、城のテラスから私を見下ろす王太子。  国王夫妻もいるけど、王太子の隣には、王太子妃となったあの人はいない。  今日は、二人の婚姻の日だったはず。  婚姻の禍を祓う為に、私の処刑が今日になったと聞かされた。  王太子と彼女の最も幸せな日が、私が死ぬ日であり、この大陸に破滅が決定づけられる日だ。 『ごめんなさい』  歓声をあげたはずの群衆の声が掻き消え、誰かの声が聞こえた気がした。  無機質で無感情な斧が無慈悲に振り下ろされ、私の首が落とされた時、大きく地面が揺れた。

私を裁いたその口で、今さら赦しを乞うのですか?

榛乃
恋愛
「貴様には、王都からの追放を命ずる」 “偽物の聖女”と断じられ、神の声を騙った“魔女”として断罪されたリディア。 地位も居場所も、婚約者さえも奪われ、更には信じていた神にすら見放された彼女に、人々は罵声と憎悪を浴びせる。 終わりのない逃避の果て、彼女は廃墟同然と化した礼拝堂へ辿り着く。 そこにいたのは、嘗て病から自分を救ってくれた、主神・ルシエルだった。 けれど再会した彼は、リディアを冷たく突き放す。 「“本物の聖女”なら、神に無条件で溺愛されるとでも思っていたのか」 全てを失った聖女と、過去に傷を抱えた神。 すれ違い、衝突しながらも、やがて少しずつ心を通わせていく―― これは、哀しみの果てに辿り着いたふたりが、やさしい愛に救われるまでの物語。

処理中です...