それでも魔王は聖女を攫う

大和

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24. 帰城

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 不思議な感覚だった。

 私はヴォーデルムに来る時に一度空間転移を経験しているけれど、意識がなかったので当然その実感もない。
 魔術を体感することに戸惑う私に、エドウィンは優しく笑いかける。

「大丈夫だ、何も怖いことはない」

 彼がそう言うならば信じられる。
 ギールとクオン、そして最後まで私の身なりを整えてくれていたリズに見送られながら、私はエドウィンの手を取った。

 瞬間、ふわりとあたたかな風に包まれて、言われた通り目を閉じる。
 私達を取り巻く空気は柔らかいままなのに、その外側の世界だけが駆け足で通り過ぎていくような、不思議な感覚。
 数秒か、数分か。
 時間さえ曖昧になった意識にエドウィンの声が届いた。

「もう大丈夫だアイリス、目を開けて」
「…………」

 瞼を持ち上げれば、そこには先程と変わりなく微笑むエドウィンの姿がある。けれどこの馴染みのある空気は間違いない、──クレルシェンドに帰って来たのだ。
 それに安堵すると同時に、この数年、密に大地と接してきた私は気づいてしまう。

 大地の枯渇が、始まっている。

 焦燥に駆け出しそうになる私を、重ねたままの手を握ってエドウィンが制止した。

「アイリス、落ち着いて。まずは君の罪を晴らすことからだ」
「……はい」

 掌から広がる熱に集中して目を閉じる。
 そう、まず陛下と話さねば。そうして責務を果たすのだ。
 エドウィンと頷き合って、私は城門に身体を向けた。異変に気づいて集まってきた近衛兵達は皆揃って色をなくしている。
 一歩前に踏み出して、私は朗々と声を張った。

「陛下にお伝えなさい。クレルシェンド王妃、アイリス=アウル=クレルシェンドが……我が友、ヴォーデルム王を伴って帰還したと!」



 ◇ ◇ ◇



 びくびくと身体を縮こませた兵士に先導され、玉座の間に入る。そこに居た面子に私は目を丸くした。

「リオ……に公爵夫人まで……」
「アイリス様……!」

 一番近い距離にいたリオが泣きそうな顔で叫ぶ。背中越しに私を認めた夫人は、静かにこうべを垂れて貴族の礼を取った。

「ご帰還お慶び申し上げますわ、妃殿下。いろいろとお伺いしたいのですけれど……それは後ほどにいたしましょう」

 そう言って彼女はすっと後ろに退がる。開かれたその先に、最後に見た時より幾分草臥れた様子の陛下が顔を顰めて座っている。そこに浮かぶ感情を、残念ながら読み取ることは出来なかった。

 しんと静まり返った空間で、一歩一歩前に進む。陛下の下で足を止め、今までそうであったように、私は背筋を伸ばした。

「──陛下。突然の留守をお詫び申し上げます。貴方とお話しする為に、今再び戻ってまいりました」
「……痴れた口を……!」
「近衛隊長。私は陛下とお話ししているのです、控えなさい」
「…………っ」

 私を徹底的に敵対視するアレクは、敬愛する陛下の愛する人を守らんとするが余りに視野が狭まっているのだと知っている。王妃に対する態度ではないが、彼が武人として責務を果たそうとするのは当然のことだ。
 それでも、今、彼との会話を遮ることは許されない。

「……アイリス」

 引き絞るように出された苦い声には、隠しきれない困惑が滲んでいる。

「どういうつもりだ。魔族などを引き連れて、この国に復讐でもするつもりか」
「復讐……? 私はクレルシェンドを守るために戻ったのです。エドウィン……ヴォーデルム王は私の友人として、その力添えに来てくれたに過ぎません」
「魔族の力添えなど信じられるか!」

 声を荒げて陛下が立ち上がる。

「最後の機会だ、アイリス。これまでの罪を認め、改めるならばお前の立場を保証しよう。だがそうでないならば──」
「当然、極刑ですね」

 そう言って突然進み出て来たのは執政官のサラムだった。
 こんな緊迫した場面でも常と変わらない柔和な表情で、陛下に耳打ちするように発言する。

「陛下、彼女の罪は疑うべくもありません。情けをかけたところでまたリオ様が傷つけられるのは火を見るより明らか。陛下の尊命があれば直ちに捕らえられるのですよ」
「──それを許すと思うのか?」

 それまで黙って成り行きを見守っていたエドウィンが、私の隣まで進み出る。

「お初にお目にかかる、クレルシェンドの王。先触れも無しに訪った無礼は詫びるが、貴殿の妃を独りで帰すわけにはいかなかった」

 極刑などふざけた話だ、と冷たい目で玉座を睥睨しながら彼は続ける。

「貴殿は何も知ろうとしなかった。アイリスのことも、この国のことも。我々はそれを糺す為に、彼女を送り届けたのだ」
「なんだと……?」
「……陛下。私を裁かれる前に、どうか私の話をお聞きください。クレルシェンドの未来の為に、どうか」
「…………」

 陛下の蒼穹の瞳が私を見つめている。それが微かに揺れているように見えるのは、私の勘違いだろうか。
 彼が口を開くより一歩早く、サラムが言葉を返した。

「……まあ、妃殿下にも言い分があるのでしょうし、一度場を改めましょう。こんな大勢の場で話すようなものでもありませんし」
「我々はこの場でも構わない」
「国王夫妻の痴話喧嘩に家臣を巻き込むなんて野暮な話だと思いませんか」

 事態は痴話喧嘩なんて可愛いものではないが、陛下と同じ目線で話すことに異存はなかった。

「いいでしょう。貴方がたの望む場で、私の知るすべてをお話しします」

 私はもう、塔の中で静かに死を待つ、孤独な王妃ではないのだから。

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