それでも魔王は聖女を攫う

大和

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28. 恋のお話

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「まずは貴女に謝らねばなりません」

 貴賓室に移動した私達は、陛下と会談する夕食の時間までお茶を飲みながら話し合うことにした。
 先に切り出した私の言葉に、リオはきょとんとした表情を見せる。

「ええと……?」
「異界からやって来て、行き場のない貴女を城内の揉め事に巻き込んだことをお詫びします。嫌がらせを受けていたと聞きました」
「それは……!」

 はっと目を見開いた彼女が立ち上がらんばかりの勢いで身を乗り出した。

「それは、アイリス様が謝ることじゃありません! 貴女がしたことじゃないって、私ちゃんと分かってます!」
「リオ……」
「……本当は、私がもっとちゃんと言って誤解を解くべきだったんです。こんなことになってるなんて知らなくて……それも言い訳でしかないんですけど……」

 ヴァンが大丈夫だって言ったから、信じたかったんです。
 ほとんど独り言のような呟きに目を細める。きっと、私に足りなかったのはこういうところなのだ。

「ずっとお聞きしようと思っていました。リオは、陛下のことをどう思われているのですか?」
「えっ⁉︎」

 慌てた彼女が今度こそ立ち上がり、私の後ろに控えているカトレアも動揺した気配があった。
 あわあわと口を動かすリオをそれでも真っ直ぐ見つめれば、やがて彼女は観念したように座り込んだ。

「……こんなこと、王妃様の前で言うのはどうかと思うんですけど……」
「構いません。正直な気持ちを聴かせてください」
「……ヴァンは、ずっと優しくて。王様って知らなくて失礼な態度を取っても、そのままの君でいいって言ってくれて。奥さんがいるって、それがアイリス様みたいな素敵なひとだって分かってて、それでも……」

 泣きそうな、それでいて凛とした声音で彼女は言う。

「それでも、ヴァンが好きなんです」

 誠心誠意の告白だった。
 私はそっと瞼を閉じる。
 ──きっと、この言葉を待っていたのだ。

「ごめんなさい、でもヴァンとどうこうしたいとか、どうこうなりたいみたいなことはないんです、本当に。ただ、私が好きになっちゃっただけで……」

 俯いて言葉を重ねる彼女を手で制する。決して、リオを責めたいわけではなかった。

「……リオ。よく聴いてください。私と陛下は互いに想い合った仲ではないし、肉体関係を結んだこともありません。私はただ、王妃という役職に就いていただけ」
「え……」
「ですから貴女がその気持ちを否定する必要はないのです」

 いつかのように、彼女の手を握る。未だ年若い彼女が掴んだ想いは間違いではないのだと、伝わるように。

「陛下が優しいと言いましたね。ですが私の知るあの方は、自分にも他人にも厳しく、何事も冷静に大局を見据えて行動するひとでした。そんなひとが、どうして貴女だけに優しかったのか、解りますか?」
「それは……」

「あの方も、恋をしているからですよ」

 私の言葉に、数瞬置いてリオの顔はみるみる赤くなる。この素直さが魅力の一つなのだろうと心の内で頷きながら、握った手に力を込めた。

「私は、陛下がおそらく初めて手にしたであろう恋心を否定するつもりはありませんし、おふたりの関係に口を挟むつもりもありません。けれど王妃という立場上、それを公に口にすることは出来ませんでした。それが陛下の誤解を招く一因となったのでしょう」

 勿論リオのことで頭がいっぱいで周りが見えなくなっていた陛下にも多分に責があるけれど、それは彼女には関係のない話だ。
 黙って聞いていたリオは、やがて力が抜けたようにふにゃりと笑った。

「……アイリス様と恋バナできるなんて思ってませんでした」
「こいばな?」
「ええと、恋のお話、です」

 そして彼女は少し遠慮がちに問いかける。

「あの……先程の魔王様、とはどういう……?」
「? 友人ですが」
「ヴァンは知らなかったみたいですけど……」
「ああ……そうですね、彼と知り合ったのは塔に移ってからでした。争いの火種になりかねないと隠していた私もいけなかったのでしょう。彼とはやましい関係ではないのに」

 エドウィンと出会った頃を思い出す。
 突然現れた魔王。私と友達になりたいのだと言った。熱が見せた幻かと思っていたのに、彼は懲りもせず訪れて白い花をくれたのだ。
 少しずつ、少しずつ。
 窓越しの会話を重ねるほどに、彼という存在が雪のように降り積もっていった。
 彼が対等な立場で言葉を交わしてくれるだけで救われていた。それ以上を望むべくもなかった。
 けれど彼は私を連れ出し、私に生きる道を示してくれた──

「大切な……とても大切な、友人です」
「……アイリス様、それは……」

 何かを言いかけたリオは困ったように笑って首を振る。

「……なんでもないです。アイリス様を助けてくれたひとなら、お礼を言わなきゃ」

 恋をする少女の、強く穏やかな笑みだった。

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