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第31話 あなたが必要なの

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 第二王子の失態により同盟が破棄されたと、世界に向け発信され、アンダレジアは大恥をかくことになった。

 その第二王子二コラオは、やけどの程度はそう重くなく、しばらくは全身に包帯を巻いていなくてはならなかったが命に別状はなかった。

 魔術が使えることが露見してしまったアルフォンソには、魔術師の家庭教師が付き魔力暴走を起こさないよう制御を学ぶことが決まった。

 二コラオがアデレードを害そうと近づいたことが原因だったため、ケガをさせたことについては大きな罰は与えられなかった。

 この事件のあらましが世間に広く知れ渡り、国民の中にも第一王子の立太子を望む声が生まれたことを受け、王妃の恨みは一層募る。

 この日を境に、側妃親子の食事に毒が混入する事件が多発する。

 毒見役の男が一人死んだ。

 ミランダの部屋に動物の死体が打ち捨てられていることもあった。

 アルフォンソは自分を責めた。

「お母様、ごめんなさい。私が魔術を使ったから…」

「アルフォンソ…。いいのです。わたくしが間違っていました。魔術が使えることを隠せるはずがなかったのです。もっと幼い時から魔術の制御を学ぶべきでした。愚かな母を許してください」

「お母様…」

 そんなある日の夜。

 賊の侵入を知らせる鐘の音と、母の部屋で侍女の悲鳴が上がったことで、アルフォンソは母が何者かに襲撃を受けたことを察した。

 おそらく正妃が仕向けたことだとも。

 アルフォンソは躊躇なく窓から外に出て、バルコニー伝いに母の部屋へと向かう。

 ミランダの部屋の窓にはカーテンがかかっていたが、誰かが強く引っ張ったのか、剥がれてずり下がっていた。

 その隙間から部屋の中を盗み見る。

 部屋の中央あたりに、血まみれのミランダがうつぶせに倒れているのが見えた。

(お母様…!)

 首を刃物で切られたのか、血だまりはまだ広がっている。

 すでにこと切れている。

 助けられないことを確認すると、アルフォンソはバルコニーから身を投げ出し、風魔法を使って遥か階下へと姿を消した。

 その直後、アルフォンソの部屋の扉が破られ、複数の賊が侵入してきた。

「ガキがいないぞ!窓だ!」

 男たちが階下へ降りた時には、すでにアルフォンソの姿はなかった。


◆◆◆


「お久しぶりね、アルフォンソ王子」

 リアムは正式な礼を取り、アデレードの瞳を見つめた。

「アデレード様、またお会いできるとは思っていませんでした」

「そう?わたくしはまたいつかお会いできると信じていたわ。お母様のことを聞いて、ずっとあなたのことを心配していました。わたくしのことが原因となってあのような事件がおきてしまったでしょう?ずっと気になっていたの」

 アデレードなりに罪悪感を抱いて生きて来た10年間だった。

 二コラオからの侮辱に自分が耐えていれば、人死を出すような事件にならなかったのではないか。

 自分をかばってくれたアルフォンソが、母を失い、立場を失うことはなかったのではないかと。

 しかしリアムは首を横に振る。

「あなたが気にすることではありません。あれよりもっと昔から、事件の芽は出ていたのです。私も母もその事実から目をそらしていただけなんです」

「そうはいっても直接のきっかけを作ってしまったのはわたくしだわ。謝ったところで時は取り戻せないのだけど」

「謝る必要なんてございません」

「そう…。でも、あなたの無事な姿が見れて嬉しいわ。対外的には臣下に降りたため表舞台には出ないと聞いていたけれども、行方不明になっていることは知っていたのよ。マドラを頼ってくれてもよかったのに。今までどこにいたのかしら」

 実はアデレードはアルフォンソが出奔したと聞き、アデレードを頼ってマドラにやって来ると信じて疑わなかった。

 事件が起きて数か月はそわそわとアルフォンソの到着を待っていた。

 もう来ないのだろうと思ったときに、少なからず落胆したことは、誰にも言わなかった。

「海を渡ってオーウェルズにいました」

「オーウェルズ」

「はい。そのときにアルフォンソは死にました。今はリアム・ロードと名乗っています。どうぞ今後はリアムとお呼びください」

「リアム…。たしか、あなたの母方のご祖父様のミドルネームだったかしら」

「よくご存知で」

「わたくしにとってあなたはアルフォンソ様でしかありえないわ。ご希望に添えなくて申し訳ないけれど。それで、危険を冒してまでわたくしに会いに来たのは、一体どんな用件かしら」

 リアムは姿勢を正し、アデレードに願い出る。

「あなたしか頼れる人がいなかったのです。解呪をお願いしたい」

「そんなことだろうと思ったわ。いいわ、力になりましょう」

「ありがとうございます。ここまで来た甲斐がありました」

 リアムは心底ほっとして心からの礼を述べると、アデレードは赤い唇をあやしく吊り上げた。

「ただし、条件があるわ。あなたが条件を飲むなら、解呪を行いましょう」

「…条件とは?」

「今この瞬間から、あなたはわたくしのものになって欲しいの」

「それはどういう意味?」

「そのままの意味よ。あなたの身柄も、自由も、未来もわたくしに捧げてもらうわ。これ以降はあなたの意思よりもわたくしの言葉が優先。わたくしの指示に従ってわたくしのしもべとなってちょうだい」

「…なぜ?」

 ややかすれた声で問うリアムに、アデレードはふふふ、と笑いを漏らした。

「あなたが必要なの」

 リアムの脳裏には己が忠誠を誓ったルシアの顔が浮かんだ。

 リアムは静かに一度目を閉じ、次に開いたときにはルシアへの思いを胸にしまった。

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