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第32話 解呪
しおりを挟む「わかりました。条件を飲みます」
「まぁ!いいの?あなた、誰かに忠誠をちかっているのではなくて?」
「その条件をのまなければ解呪してくれないのでしょう?ならば選択肢はないのと一緒だ」
「ふふふ。怒ってるの?ごめんなさいね。でもわたくしにはどうしてもあなたが必要なのよ」
「わかったと言っているでしょう」
「いい覚悟ね。では、おおまかな事情と現状を話してくれるかしら」
リアムはルシアの病状を話した。
眠りについてからすでに半月が経とうとしている。
眠り続けている間、生命活動は低下しているが、それでも長い間食事を摂らなければ体は弱ってしまう。
最悪は死んでしまうこともあるだろう。事は一刻を争うのだ。
「事情はわかったわ。解呪をするには対象の者に触れなくてはならないの。ここに連れてくることはできるかしら」
「解呪にはどのくらいの時間がかかるのですか」
「呪いの強さにもよるわ。実際に見てみないとわからないけど、物を介して対象を絞らずにかけられた呪い程度なら、わたくしだったら一瞬で祓えると思うわ」
「それならば、今から少しだけ時間をもらえませんか?」
「今夜は用事がないから時間はいいけれど…?」
「じゃあ、私の手を握って」
リアムが差し出した手をアデレードは握った。
その一瞬後、二人の姿は空間へと消えた。
リアムが転移魔法を発動したのだ。
転移魔法には距離は関係がない。
空間に切れ目を入れて、あらゆる距離をショートカットし、点から点へ移動する。
船で何日もかかる遠く離れた港町サガンへも一瞬で移動できるのだ。
ただし、発動者があらかじめ魔力を登録することが必要で、登録をしていない地点へは転移できない。
リアムとアデレードは手をつないだ状態でルシアの部屋に姿を現した。
ルシアはリアムが分かれた時のまま、深い眠りについている。
ちょうどメイドも席を外しており、ルシアの他はだれもいなかった。
「ちょっと!びっくりするじゃない。あなた、魔術が使えるのは知っていたけれども、転移までできるなんて!先に言ってちょうだい」
「驚かせてごめん。この人なんだ、見てくれないか」
アデレードはベッドに横たわるルシアを見た。
「思った通りね」
そう言うとアデレードは右手をルシアの額に当て、目を閉じて一言二言呪文を唱えた。
そして額から離した手をルシアの上にかざし、はねのけるようなしぐさをした。
「はい、解呪おしまい」
呪いの国マドラでも、このようにいとも簡単にやってのける者はアデレードの他にいない。
ルシアは深い眠りから覚め、ゆっくり意識を取り戻そうとしている。
リアムはアデレードの足元に膝をつき、アデレードの右手を取って唇を当てた。
「感謝いたします。このリアム、アデレード様に生涯の忠誠を誓います」
◆◆◆
深い暗闇にたゆたっていた意識が、ゆっくり覚醒していく。
ぼんやりとしたままルシアは目を開く。
長く眠っていたせいで体が動かせない。
「このリアム、アデレード様に生涯の忠誠を誓います」
そう言ってリアムが美しい女性の手に口づけを落とすのが見えた。
(リアム…その人は…?)
ルシアの視線を感じ、リアムがルシアを見た。
いつもなら優しくほほ笑んでいるリアムが、無表情でルシアを見る。
リアムはベッドサイドに置いてある水差しからコップに水を入れ、ルシアの体をそっと起こし、水を飲ませる。
ガサガサに乾いていた唇に、喉に、冷たい水が心地よくしみわたる。
「リアム…」
かすかに出た声はまだかすれている。
「お嬢様、いまメイドを呼びますからお待ちください」
「その人は…」
アデレードがにこりとほほ笑んだ。
「わたくしはマドラ王弟が娘アデレードです。あなたに掛けられた呪いを解くためにリアムに連れてこられたの。もう呪いは解けたから、心配いらないわ」
ルシアはわずかに目を見開き、申し訳なさそうな顔をする。
「マドラの王族の方…このような姿で…申し訳、ありません。呪い…?わたくしに…?」
「お嬢様はナリス殿下と町に降りた際、賊に襲われ呪いをかけられ長く眠っていました。こちらのアデレード様が呪いを解いてくださったのです」
「そう…なのね。アデレード様、ありがとう存じます」
アデレードは軽く頷いて、リアムを見た。
「リアム」
「はい、アデレード様。…それではルシア様、我々はこれでマドラに帰らせていただきます」
「え…?」
「旦那様にご挨拶もせず出て行くご無礼をお許しください」
そう言うと、リアムはベッドサイドにあった呼び鈴を鳴らす。
「それでは失礼致します。さようなら、ルシア様」
リアムは恭しくアデレードの手を取り、すぐに転移を発動した。
二人の姿はふっと掻き消え、ルシアだけが残された。
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