俺は改造人間

鈴木りん

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怪人カピバランZ 編

8 ベテラン戦闘員の死、の巻

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『ドラゴニアエース、ジャスティス・タイガーに敗れる』

 そんな情報が衝撃波となって我らアジトを駆け巡ったのは、今日の昼過ぎのことだった。
 この前の戦闘で受けた傷が思ったよりも深かった俺は、この一週間、アジトでくすぶっていた。しかも、体が思うように動かなかったせいでほとんど自室で寝たっきり。先日の戦闘後の電車の中で得た、せっかくの『おやっさん情報』を確かめることが全くできないでいたのである。

 ――まさか、我が組織最強のドラゴニアがやられるとは。

 相手は若き正義の味方、ジャスティス・タイガーなのだ。日に日にその実力をつけていくことは理解できる。だがしかし、おやっさんからの情報の内容も考えると、できれば聴きたくはない情報だった。
 次回の戦闘に向けて松葉杖をつきながら組織のリハビリルームに向かう途中だった俺は、その報に接した瞬間、絶句したまま廊下に立ち竦んでしまった。
 そんな俺を置き去りにして、慌ただしくアジトの中を駆け回る戦闘員たち。
 気を取り直した俺は、一人の若い戦闘員を捕まえて声を掛けた。

「おい、本当なのか? ドラゴニアがやられたというのは」
「え? ああ、本当ッスよ、カピバランさん。エース怪人のドラゴニアAが、ジャスティス・タイガーに手ひどくやられたんス……。タイガーを倒すまで、あともう一歩のところまで行ったらしいんスけど――」
「そうなのか……。それでヤツの容態は?」
「残念ッス……。アジトに担ぎ込んでマクシミリアン博士が必死に治療したらしいんスけど……先ほど、亡くなったらしいッス」

 暗い目をして、がっくりと俯く戦闘員。
 と、そのとき俺は、もうひとつの大事なことを思い出した。

「それで曽田のおやっさんは? 確か、おやっさんはドラゴニアエース付きの戦闘員として今日の戦闘に同行していたはずだが――」

 すると戦闘員の眼が一層暗くなり、目出し帽の穴から剥き出しになった細い目の目尻からぽつりと涙が溢れた。

「おやっさんは……曽田のおやっさんは……ドラゴニアのピンチに身を盾にしてタイガーの攻撃を受けたらしいッス。でもその甲斐なく、ドラゴニアも結局やられちまった……。チックショオ、おやっさんが死んじまったぁ!!」

 そう叫ぶなり、全身黒づくめの格好をしたその若者は、半狂乱となって俺の前から走り去った。

 ――そんなこと、ある訳ないだろ。ドラゴニアだけでなく、おやっさんまで亡くなっただなんて!

 俺にとって、俄かには信じられない話である。
 だって、そんなことを信じられる訳がないではないか。つい数時間前、おやっさんとはとりとめもない会話をして、笑顔で彼を戦闘に送り出したばかりなのだから。
 それとも、俺の脳細胞がそれを理解することを拒否しているのだろうか――。

 それから何度も同じことを違う戦闘員に尋ねてみたものの、誰ひとりとして、二人が生存しているという情報を伝えて来る者はいなかった。
 愕然として、直立したまま動かない俺の体。
 そんな、まるでただの棒切れになってしまったような俺の周りには、相も変わらず組織の隊員たちが入れ代わり立ち代わり、甲斐甲斐しく動き回っている。

「コラッ、あぶねえぞ! 動けない怪人なんて邪魔なだけだ、どこかで大人しくしてろや!」

 気の荒い戦闘員が俺の体にぶつかるなり、そう吠えた。
 その瞬間だった。
 俺の体のどこかにあるスイッチが、カチリと入ったのだ。俺は猛然と松葉杖を駆使し、総統執務室へと向かったのである。

「総統!」

 ノックも無しに執務室に飛び込んだ俺の目に映ったのは、机に肘を付けるようにして座り、悲嘆にくれた表情でがっくりと項垂れた総統の姿だった。何故かその横には、やる気を漲らせた暑苦しいエゾヒグマンEがいる。

「総統! 曽田のおやっさんとドラゴニアAが死んだって、本当ですか?」
「おお、カピバランか……。残念だが、本当だ。今、その報告をエゾヒグマンから報告を受けていたところだ。それにしても、曽田には……もちろんドラゴニアAにも……すまないことをしたと思っている」

 ――やはり、事実だったのか。

 我が組織の長、総統が云っているのだ。最早、こうなっては否定しようもない。彼らが亡くなったことは、俺にとって紛れもない事実と化した。
 震える両手のせいで松葉杖をかたりと落とした俺が、その場にうずくまる。
 そんな俺の姿を見たエゾヒグマンが、フン、と鼻から息を盛大に吐き出した。そして、耳障りな濁声でこう云った。

「へん、くだらねえ。たかが戦闘員一人と怪人の一人が死んだだけじゃねえか――。これからは、この俺様がエース怪人として活躍してやるから心配すんなって」
「な、なんだとぉ。コノヤロウ!」

 我が世の春とばかりに踏ん反り返るエゾヒグマン。
 それに突っかかろうと立ち上がった俺だったが、左足が云うことを聞かなくて思わずよろけてしまう。
 そのまま前のめりに倒れた俺は、無様な背中を曝す羽目になった。

 はっはっは!
 エゾヒグマンの高らかな笑い声が、その場を支配する。
 くっそぉ!
 握りしめた、右のこぶし

 と、そのとき執務室に響いたのは、遠い彼方の雷鳴の如き周波数の低い総統の声だった。

「……下がって良い」
「おい、カピバラン、総統が下がって良いとおっしゃっているぞ。下がれよ」
「……違うぞ、エゾヒグマンよ。下がってもらうのは、お前だ」
「えっ!?」

 総統のまさかの言葉に驚いた俺が、床の高さから二人を見上げた。
 すると俺の視界を占領したのは、恐ろしいほどの鋭利なオーラを纏い、青白く目を光らせてエゾヒグマンを睨む総統の姿だった。
 その言葉が相当意外だったらしい、エゾヒグマン。
 ショックで口を開けたまま立ち尽していた彼だったが、暫くの後、ようやく声を絞り出すようにこう云った。

「いや、でも、しかし――」
「下がって良い」
「いいから、テメエは下がってろッ!」

 それは今の俺が出せる、最大音量の声だった。
 俺の渾身の一撃がエゾヒグマンに決まる。それはまさに、窮鼠猫を噛む――いや、窮鼠熊を噛む、だった。
 ちっ……。
 一度舌打ちしたエゾヒグマンが大きな背中を丸めながら、倒れた俺を跨いで総統執務室から出ていった。
 それを見届け、大きな溜息を漏らす総統。
 重そうな革ブーツの足音をコツコツと鳴らして床に倒れたままの俺に近づくと、その両手を差出して、俺の上半身を優しく起こしにかかった。

「すみません、総統」
「いや。こちらこそすまなかった、カピバランZ。体は大丈夫か?」
「ええ、何とか……」

 上半身を起こして一息ついた俺を見た岩田総統が、胡坐あぐらをかくようにして、俺の眼の前で床の上に座った。

「それにしても、曽田のことは残念だった。長年、ワシに付き添ってくれたというのにな。――それにしても、アヤツが自分の命をなげうってまで怪人を庇ったというのは、一体どういうことだろう。いや、別にヤツが冷たい人間だと云っている訳ではない。とにかく生きてこのアジトに帰って来るということも、彼にとっての使命の一つであったからな……。そこが、ワシには解せんのだ」

 鬼の目にも、涙――。
 総統の眼は、真っ赤に充血していた。
 それは、きっと――。
 もちろん俺には、心当たりがあった。

「きっと……曽田のおやっさんはドラゴニアAの命を是が非でも救いたかったんですよ。総統の息子さんかも知れないという、ドラゴニアAをね……」
「な、なんだと? それは一体、どういうことだ?」

 俺は、まだ確証は取れていなかったがと前置きした後、おやっさんから聞いたドラゴニアAの生い立ちの噂やドラゴニアAが隠し持っていたという『本山』姓の免許証、そして、若き日の総統とそれに寄り添う若き女性の写真の入ったロケット・ペンダントを彼が持っていたという目撃情報の話をした。

「……」

 言葉もない、総統。
 ――当然だろう。それが事実なら、岩田総統はたった一人の親友と掛替えのない実の息子の命を同時に失ったことになるのだから!
 ゆっくりと顔を上げた総統が、そのまま部屋の天井をじっと見つめ続ける。
 総統に対して失礼になると考えた俺はその様子をじっくりと眺めることはできなかったが、その一連の仕草は、涙が零れ落ちるのを必死に防いでいる――そんな切ない動きのように感じた。

「も、申し訳ありません、総統! あともう少し証拠を掴んでからお話しようと思っていたんです……本当に取り返しのつかないことをしてしまいました!」
「いやいや、仕方のないことだ、カピバランZ――いや、恩田君。よくぞそこまで調べてくれたな。ありがとう、礼を云うぞ」

 よくよく見れば、年齢相応に血管が浮き出て節くれ立った手。
 それをふんわりと俺の肩に乗せた総統が、そのままぽんぽんと二回、優しく叩いた。

 ――ジャスティス・タイガーめ、許せん!

 遂に俺の中に燃え上がった、怒りの炎。
 それは、組織に入ってから初めて感じた本気の怒りと云ってもよかった。マクシミリアン博士の下手な改造手術で辛うじて残っていた俺の人間らしい「柔らかい心」が、完全に焼き尽くされた瞬間である。

「岩田総統、お願いです。俺を強くしてください! 戦闘力増強のための再改造手術を受けさせてください!!」
「……イヤ、駄目だ。次の手術は、お前の命を危うくするものだ。現代の科学力をもってしても、一人に対する二回の改造手術は危険なのだよ。それにお前にはまだまだ生かし切れていない、本当の力が眠っている――はずだ。まずは、それを引き出すように頑張って欲しい」
「いや、しかし――」

 そこまでだ――。
 総統がそんな感じで手を素早くかざし、俺の言葉を遮る。
 この期に及んで、まだこの俺を褒めて伸ばそうとでもいうのだろうか?
 納得できずに唇をぎゅっと噛み締めた俺を尻目に、よろよろと力なく立ち上がった総統が、俺に背を向けた。

「カピバランZ――。申し訳ないが、ワシを一人にしてくれないか。疲れてしまったらしい」
「……ラ、ラジャー」

 力無くしわがれた総統の声に、黙って頷くこと以外に俺は何もできなかった。


  ☆


「ぐはっ! やられたぁ」

 さらりとかわされた、俺「カピバランZ」の唯一の必殺技『ドリーミー・ダイナマイト・前歯アタック』。そしてすぐさま、宿敵ジャスティス・タイガーの強烈な必殺技『超絶・サンダーボルト・イナズマ・タイガーキック』が、俺のどてっぱらに決まったのだ。


 おやっさんとドラゴニアAが亡くなった悲しい出来事から、一週間経った今日。
 体の傷だけはなんとか癒えた俺は、ジャスティス・タイガーとの再戦に怒りと決意をもって臨んだはずだったのだが、やはりというかなんというか――結局俺の必殺技が彼の肢体に一撃すら与えることもできずに敗れてしまったのだ。

 ――くっそおぉぉぉ!

 根本的に怪人としての俺の強さは変わっていないのだから、ある意味、当然である。
 幾多の隊員たちの血が流れたであろう神聖な河川敷の地べたに倒れ込んだ俺に向かって余裕のvサインポーズを残したジャスティス・タイガーが、まるでハリネズミのようにあちこちが尖った形をした派手なバイクで何処かへと去っていく。

 ――次こそは、勝ってやる!

 正義の味方の腹立つほど晴れがましい背中を見送りながら、俺の体に残された渾身の力を使って立ち上がろうとした、その時だった。
 腰辺りに、今までに感じたことのない熱い違和感を感じたのである。

 ――もしかして、燃えている?

 それは、組織から支給された黒い革ベルトの辺りだった。
 どうやらジャスティス・タイガーの必殺技である、なんちゃらイナズマ・タイガーキックを浴びたときの強力な摩擦熱により、俺の戦闘服が燃えているらしいのだ。鎮火させようと手を差し伸べた瞬間、俺は更に恐ろしい事実に気付いた。
 なんと、実際に燃えていたのはベルトではなく写真だったのである。
 そう――あの写真だ。ベルトのバックルの裏に隠していた、俺の命の次に大切な――いや、命よりも大切な――かつての「家族写真」だったのだ!

「アチッ、アチチッ!」

 慌てて写真から上がった炎を手で抑え込んで消火しようとするも、『時、既に遅し』だった。
 写真が、俺の眼の前でみるみるとその姿を「灰」に変えていく。
 明子……。翔太……。
 受けた怪我の激しい痛みも忘れ、暫くの間、そこに立ち尽くしてしまった俺なのだった。


 <つづく>
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