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怪人カピバランZ 編
9 エース怪人 カピバランZ、の巻
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「ぐはっ! やられたぁ」
さらりとかわされた、俺「カピバランZ」の唯一の必殺技『ドリーミー・ダイナマイト・前歯アタック』。そしてすぐさま、宿敵ジャスティス・タイガーの強烈な必殺技『超絶・サンダーボルト・イナズマ・タイガーキック』が、俺のどてっぱらに決まったのだ。
先日、総統に褒められることにより実力がぐんと伸びたはずの俺だったが、何のことは無い、今日の闘いもいつも通りの結果だった。一向に、ジャスティス・タイガーに勝つ兆しが見られないのだ。
ただ、打たれ強くなったというか、彼の攻撃に対する「耐性」だけは戦闘を重ねる度ごとに増してきたような気もする。俺は河川敷から徒歩でアジトに帰って来るなり、ノックもせず息も荒いままで総統執務室に飛び込んだ。
「総統!」
しかし、総統の執務室はそんな俺の切実な思いとはかけ離れた、謂わば楽園のようだった。
部屋は改造人間『カピバランZ』の鋭敏な鼻を心地良くくすぐる、深煎りコーヒー豆の香しい匂いで充満していたのである。
――しまった。
どうやら俺は、我が組織内では公然の秘密となっている岩田総統の優雅なコーヒータイムを邪魔してしまったらしい。だが、ここで慌ててしまうようでは返って総統に付け入る隙を与えてしまう。それに今から総統に告げる内容を考えれば、彼にへそを曲げられては困るのだ。
俺は何も気がつかなかったような顔をして、総統の机の前へと進み出た。
「な、何だ、カピバランZ! 騒々しいではないか」
ちらり、総統がコーヒーカップを机の抽斗にしまう残像のようなものが見えた気がした。何せ、総統は常人には見えないほどのスピードで動ける超人なのだ。だから喧嘩も強い。
だが、そんないつもは冷静沈着な総統の頬が、心なしか赤らんでいるようにも思える。
「総統……お願いです。やはり俺に、増強のための再改造手術を受けさせてください! 強くなって、ドラゴニアAやおやっさんの仇をどうしても討ちたいんです!!」
「ノックも無しに突然やって来て、いきなりそれを云い出すとは……。だがそれは、前からダメだと云っているだろう。二度の改造手術は、怪人の体に相当な負担がかかるのだ。お前の命だって危いんだぞ」
やや不機嫌そうに眉を吊り上げ、岩田総統が俺を見つめる。
こんなに頼んでも、総統は素直に首を縦に振ってはくれないようだ。
――やっぱり、ダメか。
増強手術を諦めかけた、その瞬間だった。
俺は、総統が急いでコーヒーカップを机の抽斗にしまおうとしたときに溢してしまったらしい、総統の手元付近にある一センチ四方の黒い液体の塊を事務机の上に発見してしまったのである。どうやら、俺が入室するまでは総統の優雅なコーヒータイムだったことはほぼ間違いないようだ。
――もうこうなったら『脅し』しかない。
俺は、一か八かの勝負に出る決心をした。
「時に、総統――。なんだかこの部屋、さっきからめっちゃいい匂いがしますよね」
「あ、いや、それは……なんだ」
珍しく、慌てふためいている総統。
泣く子も黙る悪の組織の代表者の趣味が、のんびりとしたコーヒータイムだということはあくまでも秘密にしておきたいらしい。
――いける。
勝利の方程式とともにこのまま突き進めることを想像した俺だったが、世の中――特に悪の秘密組織は、そんなに甘くなかった。
そこは、百戦錬磨の総統なのだ。
ほんの束の間。
俺が視線をずらした隙に、恐らくは制服の袖で机の上の黒い液体を綺麗に拭き取ったのだろう――証拠の品を消し去って俄然勢いを得た総統は、すぐに元の威厳を取り戻して、蒼く輝く瞳の奥底から放つ鋭い視線を、俺にぶつけてきたのである。
「ほほう、その物言い……。まさかお前、怪人の分際で総統であるワシを脅しているわけではあるまいな?」
「いえ、滅相もありません。俺は岩田総統の忠実なる部下です。強くなるための手術を受けたい――。その一念が、俺を突き動かしているというだけのことであります!」
うむう……。
岩田総統が苦悶の表情を浮かべながら両手を組み、眼をつぶる。
数秒の熟考の後――。
びしっと目を見開いた総統が、云い放った。
「よし分かったぞ、カピバランZ……。その心意気をワシは買った! 再改造の増強手術を受けるがよい。そして――ドラゴニアと曽田の奴の仇を取って来るのだっ!」
「ラ、ラジャー!」
遂に聞けた、総統のお許しの言葉。
俺は総統に対し最敬礼をし、ほくそ笑みながら部屋を出ようとした。と、背後から少し威勢の悪い、小さめの総統の声が聞こえたのである。
「もう一度確認するが……ワシはお前の脅しに屈したのではない。分かっておろうな?」
振り返ると、揉み手する総統がこちらを見ていた。
その目尻がひくひくと小刻みに動いている。
「勿論、そのように承知しております。総統は、俺の熱意を受け入れてくれた――ただ、それだけのことであります!」
「うむ。そうか、やっぱりそうだよな! ならばカピバランZよ、下がってよろしい」
「ラジャー!」
満足そうに総統が頷いたのを確認して、俺は執務室を去った。
扉を閉める瞬間、かちゃりと食器が机に置かれる音がしたような気もしたが、気付かぬ振りをしてそのまま見慣れた組織の廊下に出る。
――よし、これで俺も強くなれる!
木漏れ日溢れる組織の廊下で、思わず肉球の付いた手を使ってガッツポーズ。
だが……諸手を上げて喜べない、寂しさもあった。
それは、記憶のことだった。いくら下手で有名なマクシミリアン博士の手術でも、今度ばかりはさすがに記憶を失ってしまうのであろうから――。
勿論、感じているのは寂しさだけではなかった。
なにせ命懸けの手術なのだ。こんな動物じみた怪人とは云えど、命は惜しい。
激しい不安と巨大な恐怖が、体中を駆け巡る。
――許してくれ、翔太。そして、明子よ……。
それは、切なさと愛しさ、それに希望と絶望の入り混じった不思議な感情が俺の心に宿った瞬間だった。
☆
それから何回か陽が昇り、同じ数だけ陽が沈んだ。
俺にとってその数日は、記憶と命の無くなる恐怖と戦った日々だった。
かつての家族との最後の絆ともいえる「家族写真」も燃えてしまったことであるし、『過去の甘ったれた記憶など、これからの怪人人生にとって害なだけさ』と思い込むことに、総てのエネルギーを注ぎ込んだのである。
そして――たった今。
俺は、目も眩むほどの明るい照明の下、まるで旅館の調理台のような手術台の上で仰向けにごろんと寝ている。場所は謂わずと知れた、組織に連行された日に改造人間手術を受けたという、あの忌まわしいマクシミリアン博士の手術室だ。
まな板の上のカピバラ――。
今の俺がそんな無様な状態であろうことは、容易に想像できる。
と、不意に意識が遠のくのを感じた俺。
先ほど施されたばかりの全身麻酔が、どうやら効いてきたらしい。俺の意識は、正義も悪も敵も味方もない、広い空の彼方に今まさに羽ばたこうとしていたのである。
「本当に良いのだな、カピバランZよ。いくら天才科学者で改造能力の高いこのわしであっても、体に大きな負担のかかる二度目の改造手術は大変危険なのじゃ」
「ああ……いいとも、やってくれ。か、覚悟は、できて……る」
恐らくは、半分笑って半分引き攣った、情けない顔をしているのであろう、俺。
眉間に皺を寄せ、見るからに苦悩の浮かんだ表情で俺の顔を見降ろした博士が、その表情とは裏腹に弾んだ曲調の鼻歌を唄いながら手袋を嵌め、手術を始めようとしている。
――やっぱり、あんたのへっぽこな腕前が一番怖いよ。
薄れゆく意識の中、もしかしたらこれが人生最後のツッコミとなるかもしれないそのセリフを喉の奥にぐっと押し込んだ。
その代わりに俺は、我が愛しの家族への最後となるかもしれない言葉を精一杯心の中で念じた。
――明子と翔太よ、元気でな。
もう、思い残すことは無い。
俺の意識が、遂に空の彼方へと消えて行った。
☆
増強の改造手術から、一週間。
体力回復のためのリハビリも順調に終えた俺は、まさに準備万端な状態での出撃ができたのだ。体の底から溢れ出るパワーが無尽蔵に次から次へと湧いて来て、体中の筋肉が力で漲っているのがわかるほどだ。
それに、新しい必殺技も完成した。
マクシミリアン博士、直伝の技だった。
そんな俺が、ジャスティス・タイガーに容易く倒されるはずなどない。
石ころでできた広い河川敷の中、彼との戦いが既にもう、一時間は続いている。
けれど、息が上がっているのはジャスティス・タイガーだけだった。俺の体は、まだまだ軽かった。
「むむっ! 今日のアンタ、いつもとは一味も二味も違うぞ……。まるで別人のようだ!」
「ふん……当たり前だ。今の俺は、悪の秘密組織『ウルトラ・ショッカー』のエース怪人、カピバランZだからな!」
肩を激しく上下に揺らしながら荒い呼吸を続ける宿敵「ジャスティス・タイガー」に、俺は今までになく自信ありげな言葉を返してやった。
怪人としての、至福の時だ。
――今なら、ジャスティス・タイガーを倒せるッ!
河川敷のそこかしこに散らばった我が組織のヒラ戦闘員の倒れた姿が、更なる勇気を俺に与えてくれる。
じりじりとタイガーとの距離を詰めていく。
タイガーのマスク越しの彼の表情が、明らかに引き攣っている。正義の味方も、恐怖を感じるのだろうか。
「戦いはこれからだ、ジャスティス・タイガー。受けてみよ、俺の新必殺技――サウスアメリカン・スネークファング・リペリング・前歯アターック!」
『グ』が二回続くので、云い難いのが玉に瑕。ちょっとマクシミリアン博士のネーミングセンスを疑ってしまう部分もあるが、ここは我慢だ。
なにせリハビリ中、噛まないように何度も何度も口に出して練習した技の名前なのだ。
それを一度ですんなりと云えた自分に素直に感謝する。自分で自分を褒めたい、瞬間。まさに、準備万端な出来だった。
一瞬、後ずさりしたジャスティス・タイガーに俺が襲い掛かる。
「ドラゴニアA、そして、おやっさんの仇め、覚悟ぉ! 見よ、これがカピバランZ、いや――『恩田正男』の真の力だぁ!」
俺の渾身の力を込めた前歯が、金色の光を発しながらタイガーの脳天を目掛けて空気を切り裂いていった。
<つづく>
さらりとかわされた、俺「カピバランZ」の唯一の必殺技『ドリーミー・ダイナマイト・前歯アタック』。そしてすぐさま、宿敵ジャスティス・タイガーの強烈な必殺技『超絶・サンダーボルト・イナズマ・タイガーキック』が、俺のどてっぱらに決まったのだ。
先日、総統に褒められることにより実力がぐんと伸びたはずの俺だったが、何のことは無い、今日の闘いもいつも通りの結果だった。一向に、ジャスティス・タイガーに勝つ兆しが見られないのだ。
ただ、打たれ強くなったというか、彼の攻撃に対する「耐性」だけは戦闘を重ねる度ごとに増してきたような気もする。俺は河川敷から徒歩でアジトに帰って来るなり、ノックもせず息も荒いままで総統執務室に飛び込んだ。
「総統!」
しかし、総統の執務室はそんな俺の切実な思いとはかけ離れた、謂わば楽園のようだった。
部屋は改造人間『カピバランZ』の鋭敏な鼻を心地良くくすぐる、深煎りコーヒー豆の香しい匂いで充満していたのである。
――しまった。
どうやら俺は、我が組織内では公然の秘密となっている岩田総統の優雅なコーヒータイムを邪魔してしまったらしい。だが、ここで慌ててしまうようでは返って総統に付け入る隙を与えてしまう。それに今から総統に告げる内容を考えれば、彼にへそを曲げられては困るのだ。
俺は何も気がつかなかったような顔をして、総統の机の前へと進み出た。
「な、何だ、カピバランZ! 騒々しいではないか」
ちらり、総統がコーヒーカップを机の抽斗にしまう残像のようなものが見えた気がした。何せ、総統は常人には見えないほどのスピードで動ける超人なのだ。だから喧嘩も強い。
だが、そんないつもは冷静沈着な総統の頬が、心なしか赤らんでいるようにも思える。
「総統……お願いです。やはり俺に、増強のための再改造手術を受けさせてください! 強くなって、ドラゴニアAやおやっさんの仇をどうしても討ちたいんです!!」
「ノックも無しに突然やって来て、いきなりそれを云い出すとは……。だがそれは、前からダメだと云っているだろう。二度の改造手術は、怪人の体に相当な負担がかかるのだ。お前の命だって危いんだぞ」
やや不機嫌そうに眉を吊り上げ、岩田総統が俺を見つめる。
こんなに頼んでも、総統は素直に首を縦に振ってはくれないようだ。
――やっぱり、ダメか。
増強手術を諦めかけた、その瞬間だった。
俺は、総統が急いでコーヒーカップを机の抽斗にしまおうとしたときに溢してしまったらしい、総統の手元付近にある一センチ四方の黒い液体の塊を事務机の上に発見してしまったのである。どうやら、俺が入室するまでは総統の優雅なコーヒータイムだったことはほぼ間違いないようだ。
――もうこうなったら『脅し』しかない。
俺は、一か八かの勝負に出る決心をした。
「時に、総統――。なんだかこの部屋、さっきからめっちゃいい匂いがしますよね」
「あ、いや、それは……なんだ」
珍しく、慌てふためいている総統。
泣く子も黙る悪の組織の代表者の趣味が、のんびりとしたコーヒータイムだということはあくまでも秘密にしておきたいらしい。
――いける。
勝利の方程式とともにこのまま突き進めることを想像した俺だったが、世の中――特に悪の秘密組織は、そんなに甘くなかった。
そこは、百戦錬磨の総統なのだ。
ほんの束の間。
俺が視線をずらした隙に、恐らくは制服の袖で机の上の黒い液体を綺麗に拭き取ったのだろう――証拠の品を消し去って俄然勢いを得た総統は、すぐに元の威厳を取り戻して、蒼く輝く瞳の奥底から放つ鋭い視線を、俺にぶつけてきたのである。
「ほほう、その物言い……。まさかお前、怪人の分際で総統であるワシを脅しているわけではあるまいな?」
「いえ、滅相もありません。俺は岩田総統の忠実なる部下です。強くなるための手術を受けたい――。その一念が、俺を突き動かしているというだけのことであります!」
うむう……。
岩田総統が苦悶の表情を浮かべながら両手を組み、眼をつぶる。
数秒の熟考の後――。
びしっと目を見開いた総統が、云い放った。
「よし分かったぞ、カピバランZ……。その心意気をワシは買った! 再改造の増強手術を受けるがよい。そして――ドラゴニアと曽田の奴の仇を取って来るのだっ!」
「ラ、ラジャー!」
遂に聞けた、総統のお許しの言葉。
俺は総統に対し最敬礼をし、ほくそ笑みながら部屋を出ようとした。と、背後から少し威勢の悪い、小さめの総統の声が聞こえたのである。
「もう一度確認するが……ワシはお前の脅しに屈したのではない。分かっておろうな?」
振り返ると、揉み手する総統がこちらを見ていた。
その目尻がひくひくと小刻みに動いている。
「勿論、そのように承知しております。総統は、俺の熱意を受け入れてくれた――ただ、それだけのことであります!」
「うむ。そうか、やっぱりそうだよな! ならばカピバランZよ、下がってよろしい」
「ラジャー!」
満足そうに総統が頷いたのを確認して、俺は執務室を去った。
扉を閉める瞬間、かちゃりと食器が机に置かれる音がしたような気もしたが、気付かぬ振りをしてそのまま見慣れた組織の廊下に出る。
――よし、これで俺も強くなれる!
木漏れ日溢れる組織の廊下で、思わず肉球の付いた手を使ってガッツポーズ。
だが……諸手を上げて喜べない、寂しさもあった。
それは、記憶のことだった。いくら下手で有名なマクシミリアン博士の手術でも、今度ばかりはさすがに記憶を失ってしまうのであろうから――。
勿論、感じているのは寂しさだけではなかった。
なにせ命懸けの手術なのだ。こんな動物じみた怪人とは云えど、命は惜しい。
激しい不安と巨大な恐怖が、体中を駆け巡る。
――許してくれ、翔太。そして、明子よ……。
それは、切なさと愛しさ、それに希望と絶望の入り混じった不思議な感情が俺の心に宿った瞬間だった。
☆
それから何回か陽が昇り、同じ数だけ陽が沈んだ。
俺にとってその数日は、記憶と命の無くなる恐怖と戦った日々だった。
かつての家族との最後の絆ともいえる「家族写真」も燃えてしまったことであるし、『過去の甘ったれた記憶など、これからの怪人人生にとって害なだけさ』と思い込むことに、総てのエネルギーを注ぎ込んだのである。
そして――たった今。
俺は、目も眩むほどの明るい照明の下、まるで旅館の調理台のような手術台の上で仰向けにごろんと寝ている。場所は謂わずと知れた、組織に連行された日に改造人間手術を受けたという、あの忌まわしいマクシミリアン博士の手術室だ。
まな板の上のカピバラ――。
今の俺がそんな無様な状態であろうことは、容易に想像できる。
と、不意に意識が遠のくのを感じた俺。
先ほど施されたばかりの全身麻酔が、どうやら効いてきたらしい。俺の意識は、正義も悪も敵も味方もない、広い空の彼方に今まさに羽ばたこうとしていたのである。
「本当に良いのだな、カピバランZよ。いくら天才科学者で改造能力の高いこのわしであっても、体に大きな負担のかかる二度目の改造手術は大変危険なのじゃ」
「ああ……いいとも、やってくれ。か、覚悟は、できて……る」
恐らくは、半分笑って半分引き攣った、情けない顔をしているのであろう、俺。
眉間に皺を寄せ、見るからに苦悩の浮かんだ表情で俺の顔を見降ろした博士が、その表情とは裏腹に弾んだ曲調の鼻歌を唄いながら手袋を嵌め、手術を始めようとしている。
――やっぱり、あんたのへっぽこな腕前が一番怖いよ。
薄れゆく意識の中、もしかしたらこれが人生最後のツッコミとなるかもしれないそのセリフを喉の奥にぐっと押し込んだ。
その代わりに俺は、我が愛しの家族への最後となるかもしれない言葉を精一杯心の中で念じた。
――明子と翔太よ、元気でな。
もう、思い残すことは無い。
俺の意識が、遂に空の彼方へと消えて行った。
☆
増強の改造手術から、一週間。
体力回復のためのリハビリも順調に終えた俺は、まさに準備万端な状態での出撃ができたのだ。体の底から溢れ出るパワーが無尽蔵に次から次へと湧いて来て、体中の筋肉が力で漲っているのがわかるほどだ。
それに、新しい必殺技も完成した。
マクシミリアン博士、直伝の技だった。
そんな俺が、ジャスティス・タイガーに容易く倒されるはずなどない。
石ころでできた広い河川敷の中、彼との戦いが既にもう、一時間は続いている。
けれど、息が上がっているのはジャスティス・タイガーだけだった。俺の体は、まだまだ軽かった。
「むむっ! 今日のアンタ、いつもとは一味も二味も違うぞ……。まるで別人のようだ!」
「ふん……当たり前だ。今の俺は、悪の秘密組織『ウルトラ・ショッカー』のエース怪人、カピバランZだからな!」
肩を激しく上下に揺らしながら荒い呼吸を続ける宿敵「ジャスティス・タイガー」に、俺は今までになく自信ありげな言葉を返してやった。
怪人としての、至福の時だ。
――今なら、ジャスティス・タイガーを倒せるッ!
河川敷のそこかしこに散らばった我が組織のヒラ戦闘員の倒れた姿が、更なる勇気を俺に与えてくれる。
じりじりとタイガーとの距離を詰めていく。
タイガーのマスク越しの彼の表情が、明らかに引き攣っている。正義の味方も、恐怖を感じるのだろうか。
「戦いはこれからだ、ジャスティス・タイガー。受けてみよ、俺の新必殺技――サウスアメリカン・スネークファング・リペリング・前歯アターック!」
『グ』が二回続くので、云い難いのが玉に瑕。ちょっとマクシミリアン博士のネーミングセンスを疑ってしまう部分もあるが、ここは我慢だ。
なにせリハビリ中、噛まないように何度も何度も口に出して練習した技の名前なのだ。
それを一度ですんなりと云えた自分に素直に感謝する。自分で自分を褒めたい、瞬間。まさに、準備万端な出来だった。
一瞬、後ずさりしたジャスティス・タイガーに俺が襲い掛かる。
「ドラゴニアA、そして、おやっさんの仇め、覚悟ぉ! 見よ、これがカピバランZ、いや――『恩田正男』の真の力だぁ!」
俺の渾身の力を込めた前歯が、金色の光を発しながらタイガーの脳天を目掛けて空気を切り裂いていった。
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