告白

鈴木りん

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エピローグ(5年後)

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 庶民たちが住む町の、庶民たちの集う公園の一角。
 僕は、真夏の強い日差しにうんざりしながらも、猫の額ほどの大きさしかない住宅街の公園の片隅で、大勢の取り巻きを従えて砂場遊びに興じる“彼女”を見ていた。
 三歳になる、娘の祐奈ゆうなだった。

「こらっ、つばさくん、なんどいったらわかるの? そこにはもっとゴージャスなおしろをどーんとつくりなさいっていっているでしょ」
「え、うん……。でも、すなばではそんなにゴージャスなものをつくれないよ」
「はあ? あんた、おとこでしょ? おとこがそんななきごといってどうするの!」
「ふ、ふえーん。おかあーさーん! ゆうなちゃんがこわいよー」
「もう、さいきんのわかいおとこはいったいどうなってるのよ。あれくらいでなきだすなんて、こまったものね! さあ、あんたたちはてをゆるめないで、もっとはたらきなさいよねっ」
「は、はい!」

 両腕を脇に着け、目の醒めるようなピンクのワンピースを纏った我が娘が、口を真一文字に結びながら男子たちを見下ろした。泣きながら何処かへ行ってしまったつばさ君を見送った他の若き男子数人が、怯えたように顔色を蒼くして、砂場の造形に勤しんでいる。

「……似ている」

 “彼女”の行動を見るといつも思い出す。我が妻の美しさ、そして強さを。
 なにせ5年前、百億年という数字を聞いて泡を吹いて倒れた僕を小脇に抱え、その純白の衣装で蝶のように舞いながら追手のお父様と雛地鶏フィアンセから逃げ切った当代きっての強者なのだから。
 しかし、もう砂場の労働者たちは限界なのだろう。男の子たちが、明らかに娘の命令に疲弊している。このままではまずい、と思った僕は、じりじりと照りつける陽射しをかいくぐるようにして砂場へと向かった。

「なあ、祐奈。もうそろそろ、違う遊びをしないか? パパと滑り台であそぼうよ」
「はあ? なによ、そのつまらないおさそいのことばは……。パパ、わたしといっしょにあそびたかったら、もっときのきいたせりふでもいいなさいよね!」
「……。すみません。次はがんばります」
「そうね。わかればいいのよ、わかれば」

 ……血とは恐ろしいものだ。
 なんとも懐かしい感じのする言葉を娘から浴びせられた僕は、いじけて一人、ブランコに乗り、それを前後に揺らすことにした。そんな父を前にして、祐奈は“お山の大将”というよりも“公園の女王”といった感じの振る舞いで、相変わらず下僕の男子たちに命令を続けている。

 彼女の将来を危ぶむ気持ちが僕の心の奥底に芽生えた、そんなときだった。
 公園の出入り口辺りから、すさまじいエネルギーを含んだオーラを放つ女性の気配を感じたのだ。
 出入り口に向かい、光の速さで振り返る。
 するとそこには、真夏の夕陽を背中から浴び、まるで後光の射した如来さまのような神々しい姿をしてこちらに向かって歩いて来る一人の女性の姿があった。
 真夏だというのに、エレガントな羽根突き帽子と真っ白なファーコートを身に纏った女。オレンジ色のスカートスーツから突き出た両足は、かつてのスマートさをいささかも失っていなく、息を飲むほどだ。

「ママ、お帰り!」
「うん、ただいま。いい子にしてた?」
「もちろん、いいこだったよ。あれから、“しもべ”もたくさんつくったし」
「まあ、なんていい子なんでしょう。さっすが、我が娘ね」
「……」

 その姿を見るなり、砂場の男のたちは捨ておいて妻の胸に飛び込んで行った娘。
 そういえば今日は、ママが一週間ぶりにパリの出張から帰ってくる日だったのだ。僕もその喜びを爆発させ、その胸に飛び込もうとした瞬間だった。
 妻の口から、僕に向かって冷たく鋭いやいばが放たれた。

「何してんのよ、アンタはさっさと夕飯のしたくしなさいよね。あ、ワインはボルドーのヴィンテージてことでよろしく」
「いや、そんなことより僕もその親子の輪に混ぜて欲しいな……」

 久しぶりに会ったのだ。僕も、今日ばかりは反論する。
 すると烈火のごとく怒りだした、妻と娘。声を揃え、寸分違わぬ調子でこう云った。

「この輪に混ざろうなんて、3憶5千万年早いわ! すぐに御飯支度を始めなさい!」
「はいぃ!」

 飛び散る涙もそのままに、僕は近所のスーパーへと駆けだしたのだった。


 ―END―
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