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本編第一章:高二になりました、進級して早々に波乱の展開が続いております。

♤第十四話:実際、俺が本当のマネージャーだったらクビにされていただろう♤

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 「ぐあああああ・・・」

 ―――なかなかグロい吐息だが、別に誰かに攻撃されたわけではないので安心してほしい。

 というか、むしろその逆で・・・俺は今、疲労回復・肩こり腰痛に良く、さらには滋養強壮がどうとか・・・とにかくいろいろ詰め込んだような効能が期待できるという、温泉につかって一日の疲れをほぐしているところである。



 ・・・案の定、大幅に予定をオーバーした。

 俺たちは今日中に終わるはずだった撮影を明日に延期し、とりあえずこの「大丸旅館」へと足を運んだのだ。旅館に関しては、大阪駅からの立地と、昔ながらの雰囲気を兼ね備えた小さな老舗小旅館である。
 
 (明日は適当に大阪をぶらぶらしてから帰るつもりだったんだが・・・)
 


 「―――いやあ、いい湯だね・・・」
 いろいろ考え事をしているうちに、いつの間にか俺の隣で、撮影の現場監督が湯につかっているようだった。
 
 「今日はお疲れ様・・・明日も引き続き頼むよ、右代君」
 「あ、ええ。もちろんです・・・ただお疲れのところ悪いですが、なにか対策を考えたほうがいいのでは?」
 
 「―――対策?」
 「カメラマンですよ・・・結局ぎりぎり大阪城の撮影は終わりましたが、このままでは、明日も同じようなことになります」
 
 「ははは、まあそのときはそのときだ!」
 監督は笑ってきれいにそろった白い歯を見せた。
 
 (まじかよこの人・・・)
 
 「―――ですが、一応予定では二日間のはずですよね」

 「まあ、この業界ではこういうことはよくあることだ。きみも覚えておいて損はないと思うよ?私としてもなんとかしたいが、カメラマンが納得いかない以上、どうすることもできないんだよね」
 
 「・・・でしたら場所を変えるとか、もう少し工夫をすることはできないのでしょうか?」
 「それは監督である私が判断することさ・・・きみがどうこう言う話ではない・・・そうだろ?」
 
 「・・・はあ」
 「まあ、三日でも四日でもやればいいのさ。時間はたっぷりあるんだからね、がははは」
 


 ・
 ・

 
 「・・・・・・」
 
 「やあ、右代も来てたんだ」
 「おう、みや・・・」
 
 「・・・?
 どうしたの、考え事⁇」
 「いや、気にするな・・・で、みやもやっぱりそれが目当てだったか」

 俺は彼女が手にしている瓶入りのコーヒー牛乳に視線を移した。
 そう、この旅館、なにが良いって、なんと瓶で牛乳やフルーツジュースが楽しめるのだ。

 最近はなかなかお目にかかれない、レトロな感じが楽しめる。俺も、入る前にこの場所を見つけて楽しみにしていたが、いまさっそく同士を見つけたってわけだ。
 
 
 「うん、まあね・・・やっぱり温泉から上がったらコーヒー牛乳が飲みたくて」

 「まさか・・・それでこの旅館に泊まることになったのか?」

 「うん、たぶん周防さんが気を回してくれたみたい」
 「そりゃありがたいな」

 「うん・・・それで、右代はどれにする?今日くらいおごるよ」
 「まじかよ?あー、そうだなぁ・・・じゃあフルーツオレにしようかな」

 それを聞いて、みやが009の順番でボタンを押すと、機械がかくかくと動き、出口までフルーツオレの瓶を届ける。

 「ん」
 「ああ、さんきゅ」

 ラベルをはがし、爪をうまく使いふたを開ける。



 「―――この後はどうする?部屋で将棋ゲームでもしようか」
 「いや、さすがに休んどけよ。もう十時回ってるぞ?」

 「・・・・・本当だ」
 彼女はいままで気が付いていなかったのか、壁掛けの時計を見て珍しく驚いたようにつぶやいた。



 「ああ、明日も仕事だろ?」
 「・・・・そうだね、じゃあマネージャーの言うことを聞くことにするよ」

 そんなやりとりをしながらも、やはり疲れているのか、みやは眠そうにあくびをする。


 「じゃあ、また明日」
 「ああ」

 (さて、俺もそろそろ・・・?)



 なんとなくスマホの画面を確認すると、知らない番号からの着信があったようだ。いったい誰だろうか?

 いまどき普通に番号でかけてくるなんて、もしかすると事務所から何か連絡かもしれないな・・・。
 少し迷ったが、俺は折り返しかけてみることにした。


 「もしもし、榮倉ですが」
 時間的に出ないかとも思ったが、意外にも数回のコールでつながった。

 「・・・授業をさぼって大阪旅行とは、いいご身分だな」

 電話口の相手は名前を名乗ることをしなかったが、女性にしては威圧感のある低音と授業という単語で、俺は彼女が誰であるのか特定するのにそう時間はかからなかった。
 
 「‼
 こ、こんばんは、岩切先生・・・どうしてこの番号を」


 「そんなもの、私の立場ならどうとでもなる」



 (それは職権乱用というのでは?)
 俺はその言葉を喉の奥でぐっとこらえた。

 
 「旅行、というかですね・・・部活動というか、なんというか・・・」

 「冗談だ、今回の話は天海から聞いている」
 「なんだ・・・人が悪いですよ、先生」

 (ほんと、心臓に悪いわ)



 「私がわざわざ電話してるのは、そうだな・・・榮倉、お前甘沢と喧嘩でもしたのか?」

 (・・・・・・・)

 「・・・・喧嘩、というか・・まあ、いろいろありまして」

 「いろいろ、か」
 「いろいろです」

 わざわざそんなことで電話をくれたのだろうか?岩切先生は厳しそうに見えて、こうして生徒を気遣う優しい一面もあるということか?
 
 それともなにか別の理由が?単純に、学校をさぼれる「生徒」という俺の立場に、嫉妬しているような気もする。
 
 (うむ、度し難い)


 「お前、なにか変なことを考えてないか?」
 
 「いえ?べ、別に?」

 「・・・まあいい。夜も遅いし、長話をするつもりはない。しかし榮倉、きみは自分が思っているほどつまらない人間ではない」

 (・・・?)
 「はあ・・・別に俺は自分がつまらないとは思ってませんがね・・・むしろ割と面白いやつだと思ってますけど」
 


 「ほう・・・そうか。まあ、それならいい。忘れてくれ」
 「ただ、一つ伝えておくが、人間たまにはわがままになることも大切だ。きみのように、特に痛みを知ってしまった人間は、それができないやつも多い」



 
 「・・・・先生はなにが言いたいんですか?」
 
 「さてな・・・それを教えるのは教師の仕事じゃないと思うが」
 
 「・・・・・・」
 
 なんなんだ一体・・・。
 



 *翌日*



 
 「――――あああ!だめだだめだ‼なにかが違う!みやちゃん、もうちょっと明るめの洋服に着替えてきてくれる?」
 「わかりました」

 
 (「なあ、明るめって、これでもいいかな?」)
 (「そんなの・・・わからないわよ。とりあえず全部試してみるしかないでしょ?」)

 
 みやが戻っていく大きなワゴン車の近くで、またスタッフ陣の話し合いが始まったようだ。
 いったい何回この一連のやり取りを繰り返すのだろうか?
 
 「・・・」
 監督さんも、やっぱり動く感じはない・・・か。
 
 俺は再びスマホで時間を確認する。
 (もう昼を過ぎてるな・・・)
 
 俺はスタッフがまだコーディネートを迷っていることを確認し、車のドアを開けた。
 


 「おーう、生きてるか?人気モデル」
 「ああ、ひねくれ小僧か・・・まあ、さすがにちょっと疲れたかな」

 「おい、それもう皮肉の域を脱して、悪口になってるぞ」
 
 「・・・ちょっと考える元気もないかも」
 「・・・大丈夫かよ、少し休んだ方がいいんじゃないか?」

 「ううん、それなら大丈夫。右代の相手をしてあげる元気がないってだけ」

 「―――あ、ああ。すまん」
 (やばいこいつ無意識なんだろうが普段の100倍グサッとくる・・・)
 


 「・・・じゃあこれ、さっき買ってきたおにぎりだ。食える時に食っとけよ?」
 「うめぼしか・・・・」
 
 「嫌いだったか?」
 「いや、大好きだけど」
 
 「あ、そうか」
 (いちいち紛らわしいわ)
 
 「・・・・・」
 俺が出ていくときも、彼女は額に手を当ててうつむいた状態だった。

 短い付き合いだが、彼女が相当疲れているのがわかる。普段あまり感情を表に出さない彼女が、あまつさえ弱みを周りに見せるなど考えにくい。

 当然だろう、この暑さの中立って着替えてを繰り返す・・・いろいろプレッシャーや、周囲の目の影響もあるだろうしな。
 
 そして、曲がりなりにも彼女のマネージャーはいま、俺だ。なにかしら、してやれるといいんだが。
 

 そんな俺の考えをよそに、カメラマンのダメ出しはさらに続いた。
 
 
 (おいおい、もう14時を回ったぞ⁇これはさすがに・・・)
 

 「Take your time…焦らないこと、だよ右代君」
 さすがに俺が現場監督の下へ行くと、彼は椅子に腰かけながら俺にそう語り掛けた。

 (なにが焦らない、だよ)

 「―――それじゃ駄目だ‼」
 
 (・・・・状況を理解していないのか?)

 「―――これは違う!」
 
 (はあ・・・)
 
 「―――やり直し‼」
 
 (・・・・・・!)
 



 「―――だめだだめだ!なにか違う‼みやちゃん、今度は赤いリボンを―――――」
 「・・・・・なにか違うなら!」

 ついに、俺はカメラマンに届くように大きく声を出した。
 
 「―――右代?」
 「右代、くん・・・?」

 みやと監督が驚いたように俺の名前をつぶやく。
 そしてスタッフだけではなく、ギャラリーの視線もこの瞬間だけは俺に集中した。
 
 「なにか違うなら、構図を変えてみるのはいかかでしょうか?」
 
 「な、なんだきみは・・・素人はすっこんでいてくれ」
 カメラマンの男は突然の出来事に圧倒されたように、声を発した。
 
 「そ、そうだぞ右代君。プロの方の仕事を邪魔しては・・・」
 「では、天海みやはプロではないと?先ほどから皆さんは彼女を酷使されていますが・・・」
 
 「そ、それは・・・仕方がないだろう!彼女はモデルで、そうするのが仕事なのだから!」


 「ええ、ですからよくするための努力をしましょう、と申し上げています」
 「この時期、曇り空になるのは仕方のないことですよ、秋野さん。あなたは先ほどからなるべく曇を避けるようにして撮影を進め、モデルには薄暗くても映えるように明るい服を着せていました。でしたらいっそ、構図を変えて、北向きの曇天をバックにした方がよろしいかと」

 「むむ・・・た、たしかに・・・」
 カメラの位置を変え、試しにレンズを覗いた彼はそう言って唸った。



 「とにかく、天海みやはうちの大切なモデルです。そして学生でもある・・・彼女の時間を無意味に奪うことの罪深さが理解できませんか?
 お互いに尊重しあって仕事ができないのなら、それこそ、プロとして失格なのではないでしょうか――――」


 ・
 ・
 ・


 「――――って言っちまった、やっちまったああああああ‼」
 帰りの新幹線、俺は自責の念に押しつぶされ、みやにシート上で土下座した。

 「ごめんなさい、なんでもします・・・許してください」



 「―――だから、何度も言ってるけど、別に怒ってないから・・・むしろ感謝してるよ。きみのおかげでこうして今日中に帰れてるんだから」

 「しかし、みやも仕事の付き合いとかあるだろ?印象悪くなったよな絶対・・・」
 「そうでもないよ。秋野さんも、現場監督も右代のことをむしろほめてたから」
 「―――え?」

 「的確な判断だったって・・・卒業したらぜひうちに来るよう誘っといてくれって、頼まれたしね」
 「まじかよ・・・」

 (まあ、行きたくはないけど)





 「・・・それから、私もだよ」
 「――はあ?」

 「だから、私もきみのこと・・・頼れるマネージャーだなって思った。本当にありがとう、右代」

 (―――!)

 俺は自分を見つめるこのまっすぐな瞳に、つい引き込まれそうになって、はっとした。

 少しだけ、彼女があれだけの人を引き付ける理由が分かった気がする。おそらくこれも、彼女の魅力なんだろう。



 「・・・?どうしたの?」

 「いや?クール気取りのモデルさんも、たまには可愛いこというんだなと思ってさ」

 「―――やっぱり、きみは一言余計だと思うけどな」




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