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第3章 出会ったのは王子様 立ち向かうのはアンデッド教団
第17話 改めて悪意に満ちた存在が
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初めての生理を体験してからしばらくしてようやくその衝撃が収まったところで、今度はテマーティンに朝からオレは迫られていた。
「アルタシャ。お願いです」
「その件はもう何度もお断りしたはずですよ」
「そこを何とか。たった一度だけでいいんです」
「一度だけで終わらないのが、男のサガだと聞いていますよ」
テマーティンの必死の懇願をオレは切り捨てるが、それでも王子は諦めなかった。
「あなたのために用意させたドレスや宝石が幾つもあるのです。もう宮廷に出ろとは言いません。屋敷の中だけで結構ですから、是非ともお願いします」
毎日のようにオレに女らしい装いをさせるべく、テマーティンは言い寄ってくるのだ。
まったくいい加減にしてくれ。
肉体はどうあれオレの心は男のものなんだ。
何が悲しくて男を喜ばせるために、ドレスや宝石をまとわねばならんのだよ。
俺自身、自分が超越的な美少女である事は知っているので、ドレスをまとい着飾った姿に関心が無いと言えば嘘になるだろう。
しかし一度、それに慣れてしまったら引き返せなくなってしまうのではないか、と言う恐怖感があったのだ。
もちろんそれを口にする事は出来ない。
ただ単にオレの頭がおかしいと思われるだけならまだいい。
だがその話を真に受けられた場合、下手をすればオレを捕まえた上で『完全な女』にすべく、聖女教会に引き渡す可能性だってありうるのだ。
約束させた魔法の【誓言】にしても、オレが元男だという重大な秘密が発覚したら、無効になってしまう危険性がある。
オレが使えるのはあくまでも【交渉】を有利にさせる魔法であって、無条件に言うことをきかせる魔法ではないのだ。
そんなわけでオレは不本意ながら、テマーティンとのじゃれあいを続けざるを得ない状況にあった。
「ドレスが駄目なら、この宝石だけでも身につけて下さい」
「そんな高価なものを身につけて、町を歩くなんて危ないじゃないですか」
「そうはいわずなにとぞ。これを私だと思って」
なおさらイヤだよ!
なんで宝石を男だと思って身につけにゃならんのだ。
しかしテマーティンは強引にオレの服の中に、宝石を突っ込んでくる。
そんなオレを見る侍女達もあきれ顔だ。
もちろん彼女達の感覚で言えば、オレの方がおかしいのだが、どうしても受け入れられないものはあるのだ。
だがそろそろ潮時かもしれないな。
いつまでも断り続けるのは正直疲れた。
まだまだ調べたい事、知りたい情報はあるのだが、諦めてこの国を離れるべきだろうか。
オレがそんな考えに至りつつあったとき、いきなりドアが吹っ飛ぶかのような勢いで開けられ、ファザールが血相を変えて飛び込んできた。
「で、殿下?! あ、いえ。これは失礼しました」
「いえいえ。いいタイミングでした。それではわたしは失礼します」
話の腰を折ってくれたファザールに感謝しつつ立ち去ろうとするが、そこでオレの耳に聞き捨てならない言葉が飛び込んできた
「いったい何事だ?」
「大変です! 救貧院の院長が襲撃されたそうです!」
「なんだと?! 叔母上が?!」
今の聖女教会救貧院の院長は、現国王の弟である大公の側室なので、国王の息子であるテマーティンにとっては義理の叔母にあたるわけだ。
ちなみにテマーティンの父親である現国王は聖女を側室にしていないが、その理由は『恐妻家だから』というのがもっぱらの評判である。
まあ若さを長らく維持出来る女を夫が側室にするのが気にくわず、反対する奥さんの気持ちはオレにも分かる。
「それでどうなったのだ?!」
「報告では――たいへん不幸な結果でございます」
深刻極まりないファザールの表情からして、何が起きたのかは明白である。
だがこれまでに得た情報では、聖女教会の人間が都市部で攻撃されることは滅多に無い。
そりゃそうだ。
聖女教会は自分たちが嫉妬や敵意にさらされることを避け、一般市民からは尊崇されるべく、常に手を打っているのだ。
もっとも話によると辺境の地ではそういうわけにもいかないようだ。
貴重な回復魔術の使い手は引く手あまたであることから、傭兵団や冒険者のような危険と隣り合わせの荒くれ連中、反体制派の武装勢力や山賊団、更に回復魔術を独占しようとする現地の有力者などの手によって、聖女が襲われ、時には身柄をさらわれてしまうことがあるらしい。
聖女の夫に有力者が選ばれるのは、単なる『格』だとか金銭的問題に止まらず、そのような脅威から彼女達を守れる実力者でなければならないという事情があるわけで、夫にとって『聖女を守れなかった』と言われるのは、極めて不名誉な事態とされる。
いずれにしても『貧困救済』の象徴たる救貧院の院長が殺害されるなど、下手をすれば国王が殺されるよりも市民の悲しみは深い事になるだろう。
オレにとっては恨み骨髄の聖女教会であるが、さすがに物理的なテロ行為までは考えていないので、こっちにとってもどん引きの話題ではある。
「院長は僅かな共の者だけを連れ、貧しい者達とふれあうため下町に出たときに集団で襲われたそうです」
「やはり『虚ろなるもの』によるものなのか?」
「現在調査中ですが、おそらくは……」
う~ん。この話が本当だとしたら『虚ろなるもの』の目的はいったい何だ?
他人事とは言えど、気にはなってくる。
もちろんこの手の要人暗殺を続ける事で、このラマーリア王国を政治的な混乱に陥れる事は可能だろう。
だがそれで『虚ろなるもの』が支持を得るわけではあるまい。
特に救貧院の院長殺害は、オレのように聖女教会に恨みを持つ人間はともかく、一般市民の悲しみと恨みをかき立てるだけだ。
聞くところによると、過去に殺害された要人もみな民衆からは慕われており、その不慮の死が公表されたときには、大勢が嘆き悲しんだらしい。
よくあるパターンだとお偉い貴族の中に『虚ろなるもの』のシンパがいて、王位継承者であるテマーティンを殺害することで、自分達の息のかかった人間を継承者とするという手口が考えられた。
だが話を聞く限りでは連中は『民衆に人気のある相手』を殺すことそのものが目的だとしか思えない。
まあここはファンタジー世界なので『悪そのもの』を目的として行動する連中がいてもおかしくも何ともないんだけど、やはり気にはなるな。
そんなわけでここはちょっとオレの本来の目的にはそぐわないが『虚ろなるもの』達について調べてみるとしよう。
「お取り込み中に申し訳ありませんが、わたしは失礼させてもらいます」
オレはひとまずテマーティンに詫びを述べつつ、屋敷を飛び出る。
『……』
そしてこのとき、ひときわ敵意のこもった視線がこっちに注がれている事にオレは全く気づいてはいなかったのだった。
テマーティンの屋敷からオレが通っているコルスト大学の図書館までの道は、上流階級の人間が暮らす地域であり、当然警戒は厳しく、治安はよい。
ただついこの前、王子が襲撃され、今度は救貧院の院長が殺害されたばかりだからか、警備する兵士の姿は普段よりかなり多いようだ。
まあオレはファザールから通行証を預かっている――さすがにテマーティン王子の発行した通行証では目にした兵士の印象に残りすぎる――ので、誰何されたらそれを見せれば済むだけの話だった。
このときまでは。
「もし。そこのお方、お待ち下さい」
「何ですか?」
二人組の兵士がオレを呼び止めつつ問いかける。
「役儀によって問うが、あなたの身分を証明するものを見せて下さるかな?」
実を言うとこの地域では、単独で歩き回る人間は少ない。
貴族なら従者をつけているのが当り前だし、出入りを認められている商人や、警備の兵士も一人で行動する事はまず無いのだ。
そして出歩いている人間は、ほぼ全員が自分の出自か庇護者を示す紋章をつけている。
もちろん無関係な相手の紋章を掲げるのは犯罪であり、王家の紋章を無許可で掲げたら死罪である。
つまりそのような紋章を身につけず、かつ一人で動き回っているオレは、兵士には不審がられてしょっちゅう呼び止められることになる。
もっとも通行証を見せればすぐに解放されるので、こんなことは毎度の事であったのだ。
そんなわけでオレはいつも通り、通行証を取り出して兵士に見せる。
いつもならここで相手は納得して解放してくれるのだが、今回は違った。
俺の出した通行証を見た兵士の表情が急に険しくなったのだ。
「ふうむ……失礼ながら、我らに同行していただけますかな?」
「ええ?! どうしてですか? この通行証には何の問題も無いはずですよ!」
「昨日まで、いえ、つい先ほどまではそうでした」
驚愕したオレの問いかけに対し、兵士は何の感情もこもらない声で応じる。
「実は先日の救貧院院長殺害事件の捜査の結果、暗殺者はこの証明書と同じものを掲げて、院長に近づいたとの連絡が入ったのです。従ってこの通行証を持つ人物は要注意人物となります」
「そんな話聞いていませんよ!」
「我々も先ほど連絡を受けたばかりですが、職務である以上は仕方ありません」
完全な義務口調で兵士は応じる。
口調こそ丁寧だが、妥協の余地がないのは明らかだ。
「もちろんテマーティン殿下の側近であられるファザール卿がそんな卑劣きわまる犯罪行為に関与しているとは我らも思いません。おそらくは証明書を偽造したのでしょう。しかしどちらにせよ、あなたも取り調べをしないわけにはまいりません」
むう。困った事になった。
男装しているオレとしては、身体検査など真っ平御免である。
魔術で髪を染めている事まではばれないだろうけど、男装しているだけで『なぜそんな格好をしていたのか』などと追求される可能性は高い。
普段ならともかく『邪教の信徒』と疑われているとしたら、何をされるか分かったもんじゃない。
しかしそもそも完全な濡れ衣だし、連中だってオレが王子の側近たるファザールの関係者である可能性を頭から否定しているわけではあるまい。
もしもオレを裸にひんむいて、いかがわしい真似をしたらファザールどころかテマーティンが黙ってはおるまい――それをここで明かすわけにはいかないけどな。
「ご心配なく。ファザール卿に確認して、間違いなくあなたに通行証を発行した事が証明されればすぐに解放されますよ。念の為の確認に過ぎません」
「分かりました……」
不本意ながら俺は兵士に同行することにした。
ここで下手に抵抗して、兵士達と騒ぎを起こしたら、後でテマーティンから恩着せがましく言われるのでは無いかと心配したからだ。
だがオレのこの見込みはあまりも甘すぎた事を、オレはすぐに悟る事になる。
「アルタシャ。お願いです」
「その件はもう何度もお断りしたはずですよ」
「そこを何とか。たった一度だけでいいんです」
「一度だけで終わらないのが、男のサガだと聞いていますよ」
テマーティンの必死の懇願をオレは切り捨てるが、それでも王子は諦めなかった。
「あなたのために用意させたドレスや宝石が幾つもあるのです。もう宮廷に出ろとは言いません。屋敷の中だけで結構ですから、是非ともお願いします」
毎日のようにオレに女らしい装いをさせるべく、テマーティンは言い寄ってくるのだ。
まったくいい加減にしてくれ。
肉体はどうあれオレの心は男のものなんだ。
何が悲しくて男を喜ばせるために、ドレスや宝石をまとわねばならんのだよ。
俺自身、自分が超越的な美少女である事は知っているので、ドレスをまとい着飾った姿に関心が無いと言えば嘘になるだろう。
しかし一度、それに慣れてしまったら引き返せなくなってしまうのではないか、と言う恐怖感があったのだ。
もちろんそれを口にする事は出来ない。
ただ単にオレの頭がおかしいと思われるだけならまだいい。
だがその話を真に受けられた場合、下手をすればオレを捕まえた上で『完全な女』にすべく、聖女教会に引き渡す可能性だってありうるのだ。
約束させた魔法の【誓言】にしても、オレが元男だという重大な秘密が発覚したら、無効になってしまう危険性がある。
オレが使えるのはあくまでも【交渉】を有利にさせる魔法であって、無条件に言うことをきかせる魔法ではないのだ。
そんなわけでオレは不本意ながら、テマーティンとのじゃれあいを続けざるを得ない状況にあった。
「ドレスが駄目なら、この宝石だけでも身につけて下さい」
「そんな高価なものを身につけて、町を歩くなんて危ないじゃないですか」
「そうはいわずなにとぞ。これを私だと思って」
なおさらイヤだよ!
なんで宝石を男だと思って身につけにゃならんのだ。
しかしテマーティンは強引にオレの服の中に、宝石を突っ込んでくる。
そんなオレを見る侍女達もあきれ顔だ。
もちろん彼女達の感覚で言えば、オレの方がおかしいのだが、どうしても受け入れられないものはあるのだ。
だがそろそろ潮時かもしれないな。
いつまでも断り続けるのは正直疲れた。
まだまだ調べたい事、知りたい情報はあるのだが、諦めてこの国を離れるべきだろうか。
オレがそんな考えに至りつつあったとき、いきなりドアが吹っ飛ぶかのような勢いで開けられ、ファザールが血相を変えて飛び込んできた。
「で、殿下?! あ、いえ。これは失礼しました」
「いえいえ。いいタイミングでした。それではわたしは失礼します」
話の腰を折ってくれたファザールに感謝しつつ立ち去ろうとするが、そこでオレの耳に聞き捨てならない言葉が飛び込んできた
「いったい何事だ?」
「大変です! 救貧院の院長が襲撃されたそうです!」
「なんだと?! 叔母上が?!」
今の聖女教会救貧院の院長は、現国王の弟である大公の側室なので、国王の息子であるテマーティンにとっては義理の叔母にあたるわけだ。
ちなみにテマーティンの父親である現国王は聖女を側室にしていないが、その理由は『恐妻家だから』というのがもっぱらの評判である。
まあ若さを長らく維持出来る女を夫が側室にするのが気にくわず、反対する奥さんの気持ちはオレにも分かる。
「それでどうなったのだ?!」
「報告では――たいへん不幸な結果でございます」
深刻極まりないファザールの表情からして、何が起きたのかは明白である。
だがこれまでに得た情報では、聖女教会の人間が都市部で攻撃されることは滅多に無い。
そりゃそうだ。
聖女教会は自分たちが嫉妬や敵意にさらされることを避け、一般市民からは尊崇されるべく、常に手を打っているのだ。
もっとも話によると辺境の地ではそういうわけにもいかないようだ。
貴重な回復魔術の使い手は引く手あまたであることから、傭兵団や冒険者のような危険と隣り合わせの荒くれ連中、反体制派の武装勢力や山賊団、更に回復魔術を独占しようとする現地の有力者などの手によって、聖女が襲われ、時には身柄をさらわれてしまうことがあるらしい。
聖女の夫に有力者が選ばれるのは、単なる『格』だとか金銭的問題に止まらず、そのような脅威から彼女達を守れる実力者でなければならないという事情があるわけで、夫にとって『聖女を守れなかった』と言われるのは、極めて不名誉な事態とされる。
いずれにしても『貧困救済』の象徴たる救貧院の院長が殺害されるなど、下手をすれば国王が殺されるよりも市民の悲しみは深い事になるだろう。
オレにとっては恨み骨髄の聖女教会であるが、さすがに物理的なテロ行為までは考えていないので、こっちにとってもどん引きの話題ではある。
「院長は僅かな共の者だけを連れ、貧しい者達とふれあうため下町に出たときに集団で襲われたそうです」
「やはり『虚ろなるもの』によるものなのか?」
「現在調査中ですが、おそらくは……」
う~ん。この話が本当だとしたら『虚ろなるもの』の目的はいったい何だ?
他人事とは言えど、気にはなってくる。
もちろんこの手の要人暗殺を続ける事で、このラマーリア王国を政治的な混乱に陥れる事は可能だろう。
だがそれで『虚ろなるもの』が支持を得るわけではあるまい。
特に救貧院の院長殺害は、オレのように聖女教会に恨みを持つ人間はともかく、一般市民の悲しみと恨みをかき立てるだけだ。
聞くところによると、過去に殺害された要人もみな民衆からは慕われており、その不慮の死が公表されたときには、大勢が嘆き悲しんだらしい。
よくあるパターンだとお偉い貴族の中に『虚ろなるもの』のシンパがいて、王位継承者であるテマーティンを殺害することで、自分達の息のかかった人間を継承者とするという手口が考えられた。
だが話を聞く限りでは連中は『民衆に人気のある相手』を殺すことそのものが目的だとしか思えない。
まあここはファンタジー世界なので『悪そのもの』を目的として行動する連中がいてもおかしくも何ともないんだけど、やはり気にはなるな。
そんなわけでここはちょっとオレの本来の目的にはそぐわないが『虚ろなるもの』達について調べてみるとしよう。
「お取り込み中に申し訳ありませんが、わたしは失礼させてもらいます」
オレはひとまずテマーティンに詫びを述べつつ、屋敷を飛び出る。
『……』
そしてこのとき、ひときわ敵意のこもった視線がこっちに注がれている事にオレは全く気づいてはいなかったのだった。
テマーティンの屋敷からオレが通っているコルスト大学の図書館までの道は、上流階級の人間が暮らす地域であり、当然警戒は厳しく、治安はよい。
ただついこの前、王子が襲撃され、今度は救貧院の院長が殺害されたばかりだからか、警備する兵士の姿は普段よりかなり多いようだ。
まあオレはファザールから通行証を預かっている――さすがにテマーティン王子の発行した通行証では目にした兵士の印象に残りすぎる――ので、誰何されたらそれを見せれば済むだけの話だった。
このときまでは。
「もし。そこのお方、お待ち下さい」
「何ですか?」
二人組の兵士がオレを呼び止めつつ問いかける。
「役儀によって問うが、あなたの身分を証明するものを見せて下さるかな?」
実を言うとこの地域では、単独で歩き回る人間は少ない。
貴族なら従者をつけているのが当り前だし、出入りを認められている商人や、警備の兵士も一人で行動する事はまず無いのだ。
そして出歩いている人間は、ほぼ全員が自分の出自か庇護者を示す紋章をつけている。
もちろん無関係な相手の紋章を掲げるのは犯罪であり、王家の紋章を無許可で掲げたら死罪である。
つまりそのような紋章を身につけず、かつ一人で動き回っているオレは、兵士には不審がられてしょっちゅう呼び止められることになる。
もっとも通行証を見せればすぐに解放されるので、こんなことは毎度の事であったのだ。
そんなわけでオレはいつも通り、通行証を取り出して兵士に見せる。
いつもならここで相手は納得して解放してくれるのだが、今回は違った。
俺の出した通行証を見た兵士の表情が急に険しくなったのだ。
「ふうむ……失礼ながら、我らに同行していただけますかな?」
「ええ?! どうしてですか? この通行証には何の問題も無いはずですよ!」
「昨日まで、いえ、つい先ほどまではそうでした」
驚愕したオレの問いかけに対し、兵士は何の感情もこもらない声で応じる。
「実は先日の救貧院院長殺害事件の捜査の結果、暗殺者はこの証明書と同じものを掲げて、院長に近づいたとの連絡が入ったのです。従ってこの通行証を持つ人物は要注意人物となります」
「そんな話聞いていませんよ!」
「我々も先ほど連絡を受けたばかりですが、職務である以上は仕方ありません」
完全な義務口調で兵士は応じる。
口調こそ丁寧だが、妥協の余地がないのは明らかだ。
「もちろんテマーティン殿下の側近であられるファザール卿がそんな卑劣きわまる犯罪行為に関与しているとは我らも思いません。おそらくは証明書を偽造したのでしょう。しかしどちらにせよ、あなたも取り調べをしないわけにはまいりません」
むう。困った事になった。
男装しているオレとしては、身体検査など真っ平御免である。
魔術で髪を染めている事まではばれないだろうけど、男装しているだけで『なぜそんな格好をしていたのか』などと追求される可能性は高い。
普段ならともかく『邪教の信徒』と疑われているとしたら、何をされるか分かったもんじゃない。
しかしそもそも完全な濡れ衣だし、連中だってオレが王子の側近たるファザールの関係者である可能性を頭から否定しているわけではあるまい。
もしもオレを裸にひんむいて、いかがわしい真似をしたらファザールどころかテマーティンが黙ってはおるまい――それをここで明かすわけにはいかないけどな。
「ご心配なく。ファザール卿に確認して、間違いなくあなたに通行証を発行した事が証明されればすぐに解放されますよ。念の為の確認に過ぎません」
「分かりました……」
不本意ながら俺は兵士に同行することにした。
ここで下手に抵抗して、兵士達と騒ぎを起こしたら、後でテマーティンから恩着せがましく言われるのでは無いかと心配したからだ。
だがオレのこの見込みはあまりも甘すぎた事を、オレはすぐに悟る事になる。
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陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。
だが、これはただのサクセスストーリーではない。
嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。
陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。
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かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。
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物語は、まだ始まったばかりだ。
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