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第5章 辺境の地にて
第71話 ヴァルナロからの思わぬ懇願
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オレが自分の出したあまりにも重大な疑惑に、少しばかり打ちのめされているとフレストルの方が心配げに声をかけてくる。
「どうしました?」
「いえ。少し疲れただけです」
「そうですか。もしよろしければしばらくここでお休みなさい」
「ありがとうございます」
オレはひとまずヴァルナロに連れられ、信徒用らしい個室に案内された。
まあフレストルの病気を治したのだから、これぐらいの返礼は当然と言いたいが、もちろん相手は知らないわけで、これはたぶんオレを『改宗見込みのある相手』だと思っているからなんだろうなあ。
そういうわけでオレは状況を整理して今後について考えることにした。
う~ん。オレがこの社に寝泊まりして、調べたら『疫病』と一神教徒の関係についてもっとよく分るだろうか。
いや。正直に言ってそれは望み薄だ。
仮にフレストルが何らかの関係を持っていたとしても、その証拠となるようなものがここんな社においておくほど愚かではあるまい。
それにたぶんフレストルもヴァルナロもこの件とは無関係 ―― 最低でも何も知らない ―― としかオレには思えない。
さてオレはいったいどうすればいいのか。
もちろん『聖セルム教徒が布教のために疫病を広め、自作自演で治癒して支持を獲得しようとしている』などというのは、オレの単なる思いつきだ。
何一つとして証拠は無い。
そしてオスリラが口にしたように、この地域における一神教徒に対する不信感や蔑視感は根強く、根拠はなくとも疫病の蔓延と一神教徒を結びつけて考えている人間は決して少なくはないようだ。
実際、元の世界でも『病気が広まること』を異教徒の責に帰し、虐殺する事件が存在したらしい。
下手な事を広めれば、パニックに陥った住民達がフレストルやヴァルナロ達一神教徒を集団でリンチするような最悪の事態にもなりかねないのだ。
もちろんそのような事は何としても避けねばならない。
虐殺は論外だが、そうなれば下手をすれば一神教と多神教という二大宗教圏を巻き込む大戦争の火種にだってなりかねないのだ。
だから万が一にもそんな事になったら、オレは喜んでフレストル達を逃がすために全力を尽くすだろう。
そしてオレは宗教や文化に対するこだわりは一切無く、出来るだけ予断や偏見無く考えているつもりなのだが、だからと言ってオレの結論が正しい保証などどこにもない。
この世界とは比較にならないほど膨大な情報があふれていた二一世紀の世界でも、とんでもない勘違いや誤解は当たり前だったのだ。
オレも思い込みで勘違いをしている可能性は否定出来ない。
そしてなにしろこれには人の命がかかっているのだ。
そもそも本当に一神教徒が病気を広めているとしたら、その目的が布教のためだとしても、手段はなんだろうか?
まさかこちらの世界に細菌兵器のたぐいがあるわけではないだろう。
元の世界では伝染病患者の衣服を敵対する異民族に送って病気を蔓延させるという手法が使われたという話も聞いたことあるが、それならむしろファーゼスト市内で蔓延していてもおかしくはない。
だがこっちの世界では病気も回復魔法で治せるのだから、ひょっとすると病気を広める魔法だってあるかもしれない。
RPGでもその手の魔法はしばしばあった ―― もちろん使うのは『悪役のNPC』であってPCには無縁の魔法だ。
一般にRPGでは『相手を病気にする魔法』は後で何日も時間をかけてじわじわダメージを与えるのが普通だからPCが使う意味がない。
PCにしてみれば遭遇したモンスターを病気にして、何日か後で命を奪うぐらいなら、その場で幾ばくかでもダメージを与えた方がよっぽど有益なのだ。
そんなわけでオレもそんな魔法はゲームで使用した事も無く、当然ながらチートを得た今でも一切使えないから、これまで考えた事も無かった。
しかしオレが使えないだけであって、この世界ではそんな魔法が一部でこっそり使用されている可能性は否定出来ない。
だがフレストルの言葉が本当ならば、過去の相当な長期間にわたってこの『疫病』がセイセルム教の勢力圏の端っこで蔓延してきたらしい。
それが教団の意図によるものだとしたら、バレないように病気を広める技術をかなり磨いてきた事になる。
それにそもそもこっちの世界の伝染病は、元の世界のように病原菌によるものではなく『病の精霊』とかロクでもない存在によってもたらされているとしたら、そういう存在を操って病気を広める事も当然、あり得るだろう。
何しろ、かの聖セルム教の教団では精霊を金属に呪縛し『使い魔』として使役しているのだから、邪悪な精霊だって同じ手法で利用できるかもしれない。
だがいずれにしてもオレは魔法による治療は出来るが、この世界の病気そのものについてはまるで知識が無いので、全ては想像の域を出ない話だ。
こんな風に頭を悩ませていても、オレが無知故にとんでもない勘違いをして空回りをしているだけなのかもしれない。
もちろんこの地で『疫病』が広まろうが、どれだけ犠牲が出ようが、オレには関係のない話だ。
放置してさっさと自分の目的である『女神イロールの手がかりをつかむ』を追求した方がよっぽどオレにとっては有益だろう。
それに西方でこれから行動するとしたら、一神教徒の行動を邪魔するのは後々面倒な事になりかねない。
よし。決めた。
やっぱりこのまま何もせず見逃す事など出来ない。
助けられるかもしれない人がいるのを目の当たりにして、それを放置したらオレは必ず後悔する。
それだけでオレが行動する理由には十分なのだ。
何をするか決めたところで、この『疫病』についてどうするか。
もちろんオレの回復魔法を使えば、百人やそこらを簡単に治療できるだけの自信はあるがそれではただのイタチごっこだ。
やはり病気の発生原因を調べねばならないが、何をするにしてもまずは確実な真実をつかむ必要がある。
幸いにも回復役は殆どの場合二次的な役割として支援系の魔法が使えるので、オレはしばしば賢者系のキャラも使っていた。
そのお陰で情報収集などに役立つ魔術もオレにはあるし、そういうわけで真相を探る事はどうにかなるだろう。
オレがそんな事を考えていると、ドアがノックされてヴァルナロが姿を見せた。
「アルタシャさん……少し話がありますがいいですか?」
「どうぞ。こちらからも聞きたい事がありましたから」
ああ。ヴァルナロも結構、可愛らしい女の子だが、そんな相手に訪問されても全然動揺したり、期待したりしなくなってしまったな。
こんなところにも『女である事』に慣れつつある自分自身を感じてしまう。
「そうですか……ではまずそちらの話からうかがいましょう」
「いいんですか」
「構いません。まず人の話を聞くのも聖職者の務めですから」
「それでは遠慮無く」
ここでオレはひとまず『疫病』について聞くことにした。
「フレストルさんは今日のように病気を引き受ける事はよくあるのですか?」
「ええ。宣教師様はあのように病に冒された人を助ける事は、布教活動と並ぶご自身の責務と心がけておいでです……」
ヴァルナロは少しばかり苦悩した表情を浮かべる。
たぶん思い返してフレストルの身を案じているのだろう。
「今まで数多くの宣教師や高位の司祭が大勢の人間の苦難を引き受けてこの世を去りました。それは偉大なる預言者、聖セルムが『世界のすべての苦痛』を引き受けて殉教した事に由来し、その後に続くことこそが聖職者の理想とされているからです」
なるほど。フレストルのような行いこそが、聖セルム教における理想に近い姿なのか。
もちろん建前で殉教を唱えつつ、実際にはそんなことをする気などさらさらなく、威張りくさっている聖職者も大勢いるのだろう。
しかし少なくともフレストルは口先だけでなく、自分の身をなげうってでも苦しんでいる人を助けようとしているのは間違いない。
「いったいどれぐらいの頻度であの病気の治癒をされているんですか?」
「ここしばらくは二、三日に一度ぐらいですね。ただこの下町でも宣教師様に不信感を抱いていて、病気になってもここに来ない方は大勢います」
そりゃそうだろうな。
この下町は信心深くない人間が大半だろうけど、それでも自分の信仰している神を『過ちの神』と断じて、さげすむ相手に対し、最初からいい印象を持つ人間は普通いない。
そしてファーゼストの城壁外であるここに定住している人間は千人ぐらいだろうけど、少なくとも年に百人ぐらいは命に関わる病気を発症している事になる。
フレストルが引き受けて、治癒していなかったら壊滅的な被害をもたらしているかもしれない。
これは相当に深刻な問題だな。
「またこちらで病人が来られない時には、宣教師様の方から患者のいる場所に出向いて治癒する事もあります」
以前にフレストルが焼き払われた村の近くで倒れていたのは、その村の病人から軒並み病魔を引き受けたからなんだろうな。
オレの目からすればいろいろと問題は山積みだけど、それでもその自己犠牲精神には頭が下がる。
ここでヴァルナロは俺に向けてずいとその顔を寄せてくる。
「まだ質問はあるかもしれませんが、こちらの問いにも答えていただけますか」
「え……ええ……」
俺はちょっとばかり気圧されつつ、ヴァルナロに応じる。
ここでよくあるパターンなら『フレストルに懸想して近づいてきているのではないのか』とかそっちの疑念をぶつけられる事になるのかな。
いや。さっきもそんなことを考えていたら大外れだったし、ここはヴァルナロの言葉を待つとしよう。
そしてオレのこの心配は結果的に杞憂だった。
しかしそれよりももっと深刻な話題だったのだ。
「先ほど、あなたはフレストル様と私に何らかの魔術をかけたのではないですか?」
「う……」
ヴァルナロはこちらの魔術については何も知らないかと思っていたが、やっぱり何事か怪しいと気づかれていたんだな。
むしろ気付いて当然か。
「この私を何らかの魔術で行動出来ないようにして、その上でフレストル様に治癒の魔法をかけた。そんなところではないですか?」
正解です。むしろかなり鋭いな。
いや。たぶんこれまでの経験からフレストルの回復する時間について分かっていたので、それが大幅に早まった上に、オレがこっちの回復魔術について言及していたから、そこで気づいたんだろう。
フレストル本人が気づいていない事を考えたら、ずいぶんと敏感だな。
たぶん彼女が常日頃、あの宣教師の事を心配して気を回している結果なのだろう。
あの宣教師は遠くを見すぎて、足下がお留守なのは間違いない。
いろいろと問題は山積みだけど、フレストルには危なっかし過ぎて他人から『どうにか助けたい』と思わせる妙な『人徳』があるな。
「……その通りだとしたらどうします?」
ヴァルナロもまた男装の女子と聖職者が会話しただけで、破門されかねない教団の一員なのだ。
オレが彼らの系統とは異なる魔術の使い手ともなれば、どんな処遇になるかは分らない。
さすがに一神教徒は一握りしかいないこの地で『魔女として火あぶり』なんてことはないだろうけど、それでもヴァルナロから石をぶつけられるぐらいは覚悟すべきか。
もちろんオレがフレストルを回復させたことに対し、別に感謝や報酬が欲しかったワケではないが、それで憎まれたりしたらやっぱり堪える。
仕方ないけど、お別れするしかないな。
だがオレが頭を下げようとした瞬間、ヴァルナロは思わぬ行動に出た。
「お願いします!」
「え?」
「図々しい事は承知していますが、フレストル様をこれからもお助け下さい。あの方の事が心配なんです!」
なんだって?
一神教徒から見れば異教の魔術使いであるオレに対して、むしろフレストルを助けろと?
ヴァルナロからぶつけられた予想外の言葉に、オレは思わずあっけにとられた
「どうしました?」
「いえ。少し疲れただけです」
「そうですか。もしよろしければしばらくここでお休みなさい」
「ありがとうございます」
オレはひとまずヴァルナロに連れられ、信徒用らしい個室に案内された。
まあフレストルの病気を治したのだから、これぐらいの返礼は当然と言いたいが、もちろん相手は知らないわけで、これはたぶんオレを『改宗見込みのある相手』だと思っているからなんだろうなあ。
そういうわけでオレは状況を整理して今後について考えることにした。
う~ん。オレがこの社に寝泊まりして、調べたら『疫病』と一神教徒の関係についてもっとよく分るだろうか。
いや。正直に言ってそれは望み薄だ。
仮にフレストルが何らかの関係を持っていたとしても、その証拠となるようなものがここんな社においておくほど愚かではあるまい。
それにたぶんフレストルもヴァルナロもこの件とは無関係 ―― 最低でも何も知らない ―― としかオレには思えない。
さてオレはいったいどうすればいいのか。
もちろん『聖セルム教徒が布教のために疫病を広め、自作自演で治癒して支持を獲得しようとしている』などというのは、オレの単なる思いつきだ。
何一つとして証拠は無い。
そしてオスリラが口にしたように、この地域における一神教徒に対する不信感や蔑視感は根強く、根拠はなくとも疫病の蔓延と一神教徒を結びつけて考えている人間は決して少なくはないようだ。
実際、元の世界でも『病気が広まること』を異教徒の責に帰し、虐殺する事件が存在したらしい。
下手な事を広めれば、パニックに陥った住民達がフレストルやヴァルナロ達一神教徒を集団でリンチするような最悪の事態にもなりかねないのだ。
もちろんそのような事は何としても避けねばならない。
虐殺は論外だが、そうなれば下手をすれば一神教と多神教という二大宗教圏を巻き込む大戦争の火種にだってなりかねないのだ。
だから万が一にもそんな事になったら、オレは喜んでフレストル達を逃がすために全力を尽くすだろう。
そしてオレは宗教や文化に対するこだわりは一切無く、出来るだけ予断や偏見無く考えているつもりなのだが、だからと言ってオレの結論が正しい保証などどこにもない。
この世界とは比較にならないほど膨大な情報があふれていた二一世紀の世界でも、とんでもない勘違いや誤解は当たり前だったのだ。
オレも思い込みで勘違いをしている可能性は否定出来ない。
そしてなにしろこれには人の命がかかっているのだ。
そもそも本当に一神教徒が病気を広めているとしたら、その目的が布教のためだとしても、手段はなんだろうか?
まさかこちらの世界に細菌兵器のたぐいがあるわけではないだろう。
元の世界では伝染病患者の衣服を敵対する異民族に送って病気を蔓延させるという手法が使われたという話も聞いたことあるが、それならむしろファーゼスト市内で蔓延していてもおかしくはない。
だがこっちの世界では病気も回復魔法で治せるのだから、ひょっとすると病気を広める魔法だってあるかもしれない。
RPGでもその手の魔法はしばしばあった ―― もちろん使うのは『悪役のNPC』であってPCには無縁の魔法だ。
一般にRPGでは『相手を病気にする魔法』は後で何日も時間をかけてじわじわダメージを与えるのが普通だからPCが使う意味がない。
PCにしてみれば遭遇したモンスターを病気にして、何日か後で命を奪うぐらいなら、その場で幾ばくかでもダメージを与えた方がよっぽど有益なのだ。
そんなわけでオレもそんな魔法はゲームで使用した事も無く、当然ながらチートを得た今でも一切使えないから、これまで考えた事も無かった。
しかしオレが使えないだけであって、この世界ではそんな魔法が一部でこっそり使用されている可能性は否定出来ない。
だがフレストルの言葉が本当ならば、過去の相当な長期間にわたってこの『疫病』がセイセルム教の勢力圏の端っこで蔓延してきたらしい。
それが教団の意図によるものだとしたら、バレないように病気を広める技術をかなり磨いてきた事になる。
それにそもそもこっちの世界の伝染病は、元の世界のように病原菌によるものではなく『病の精霊』とかロクでもない存在によってもたらされているとしたら、そういう存在を操って病気を広める事も当然、あり得るだろう。
何しろ、かの聖セルム教の教団では精霊を金属に呪縛し『使い魔』として使役しているのだから、邪悪な精霊だって同じ手法で利用できるかもしれない。
だがいずれにしてもオレは魔法による治療は出来るが、この世界の病気そのものについてはまるで知識が無いので、全ては想像の域を出ない話だ。
こんな風に頭を悩ませていても、オレが無知故にとんでもない勘違いをして空回りをしているだけなのかもしれない。
もちろんこの地で『疫病』が広まろうが、どれだけ犠牲が出ようが、オレには関係のない話だ。
放置してさっさと自分の目的である『女神イロールの手がかりをつかむ』を追求した方がよっぽどオレにとっては有益だろう。
それに西方でこれから行動するとしたら、一神教徒の行動を邪魔するのは後々面倒な事になりかねない。
よし。決めた。
やっぱりこのまま何もせず見逃す事など出来ない。
助けられるかもしれない人がいるのを目の当たりにして、それを放置したらオレは必ず後悔する。
それだけでオレが行動する理由には十分なのだ。
何をするか決めたところで、この『疫病』についてどうするか。
もちろんオレの回復魔法を使えば、百人やそこらを簡単に治療できるだけの自信はあるがそれではただのイタチごっこだ。
やはり病気の発生原因を調べねばならないが、何をするにしてもまずは確実な真実をつかむ必要がある。
幸いにも回復役は殆どの場合二次的な役割として支援系の魔法が使えるので、オレはしばしば賢者系のキャラも使っていた。
そのお陰で情報収集などに役立つ魔術もオレにはあるし、そういうわけで真相を探る事はどうにかなるだろう。
オレがそんな事を考えていると、ドアがノックされてヴァルナロが姿を見せた。
「アルタシャさん……少し話がありますがいいですか?」
「どうぞ。こちらからも聞きたい事がありましたから」
ああ。ヴァルナロも結構、可愛らしい女の子だが、そんな相手に訪問されても全然動揺したり、期待したりしなくなってしまったな。
こんなところにも『女である事』に慣れつつある自分自身を感じてしまう。
「そうですか……ではまずそちらの話からうかがいましょう」
「いいんですか」
「構いません。まず人の話を聞くのも聖職者の務めですから」
「それでは遠慮無く」
ここでオレはひとまず『疫病』について聞くことにした。
「フレストルさんは今日のように病気を引き受ける事はよくあるのですか?」
「ええ。宣教師様はあのように病に冒された人を助ける事は、布教活動と並ぶご自身の責務と心がけておいでです……」
ヴァルナロは少しばかり苦悩した表情を浮かべる。
たぶん思い返してフレストルの身を案じているのだろう。
「今まで数多くの宣教師や高位の司祭が大勢の人間の苦難を引き受けてこの世を去りました。それは偉大なる預言者、聖セルムが『世界のすべての苦痛』を引き受けて殉教した事に由来し、その後に続くことこそが聖職者の理想とされているからです」
なるほど。フレストルのような行いこそが、聖セルム教における理想に近い姿なのか。
もちろん建前で殉教を唱えつつ、実際にはそんなことをする気などさらさらなく、威張りくさっている聖職者も大勢いるのだろう。
しかし少なくともフレストルは口先だけでなく、自分の身をなげうってでも苦しんでいる人を助けようとしているのは間違いない。
「いったいどれぐらいの頻度であの病気の治癒をされているんですか?」
「ここしばらくは二、三日に一度ぐらいですね。ただこの下町でも宣教師様に不信感を抱いていて、病気になってもここに来ない方は大勢います」
そりゃそうだろうな。
この下町は信心深くない人間が大半だろうけど、それでも自分の信仰している神を『過ちの神』と断じて、さげすむ相手に対し、最初からいい印象を持つ人間は普通いない。
そしてファーゼストの城壁外であるここに定住している人間は千人ぐらいだろうけど、少なくとも年に百人ぐらいは命に関わる病気を発症している事になる。
フレストルが引き受けて、治癒していなかったら壊滅的な被害をもたらしているかもしれない。
これは相当に深刻な問題だな。
「またこちらで病人が来られない時には、宣教師様の方から患者のいる場所に出向いて治癒する事もあります」
以前にフレストルが焼き払われた村の近くで倒れていたのは、その村の病人から軒並み病魔を引き受けたからなんだろうな。
オレの目からすればいろいろと問題は山積みだけど、それでもその自己犠牲精神には頭が下がる。
ここでヴァルナロは俺に向けてずいとその顔を寄せてくる。
「まだ質問はあるかもしれませんが、こちらの問いにも答えていただけますか」
「え……ええ……」
俺はちょっとばかり気圧されつつ、ヴァルナロに応じる。
ここでよくあるパターンなら『フレストルに懸想して近づいてきているのではないのか』とかそっちの疑念をぶつけられる事になるのかな。
いや。さっきもそんなことを考えていたら大外れだったし、ここはヴァルナロの言葉を待つとしよう。
そしてオレのこの心配は結果的に杞憂だった。
しかしそれよりももっと深刻な話題だったのだ。
「先ほど、あなたはフレストル様と私に何らかの魔術をかけたのではないですか?」
「う……」
ヴァルナロはこちらの魔術については何も知らないかと思っていたが、やっぱり何事か怪しいと気づかれていたんだな。
むしろ気付いて当然か。
「この私を何らかの魔術で行動出来ないようにして、その上でフレストル様に治癒の魔法をかけた。そんなところではないですか?」
正解です。むしろかなり鋭いな。
いや。たぶんこれまでの経験からフレストルの回復する時間について分かっていたので、それが大幅に早まった上に、オレがこっちの回復魔術について言及していたから、そこで気づいたんだろう。
フレストル本人が気づいていない事を考えたら、ずいぶんと敏感だな。
たぶん彼女が常日頃、あの宣教師の事を心配して気を回している結果なのだろう。
あの宣教師は遠くを見すぎて、足下がお留守なのは間違いない。
いろいろと問題は山積みだけど、フレストルには危なっかし過ぎて他人から『どうにか助けたい』と思わせる妙な『人徳』があるな。
「……その通りだとしたらどうします?」
ヴァルナロもまた男装の女子と聖職者が会話しただけで、破門されかねない教団の一員なのだ。
オレが彼らの系統とは異なる魔術の使い手ともなれば、どんな処遇になるかは分らない。
さすがに一神教徒は一握りしかいないこの地で『魔女として火あぶり』なんてことはないだろうけど、それでもヴァルナロから石をぶつけられるぐらいは覚悟すべきか。
もちろんオレがフレストルを回復させたことに対し、別に感謝や報酬が欲しかったワケではないが、それで憎まれたりしたらやっぱり堪える。
仕方ないけど、お別れするしかないな。
だがオレが頭を下げようとした瞬間、ヴァルナロは思わぬ行動に出た。
「お願いします!」
「え?」
「図々しい事は承知していますが、フレストル様をこれからもお助け下さい。あの方の事が心配なんです!」
なんだって?
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美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
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