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第6章 西方・第五階級編

第102話 どんな世界でもやっぱり『大人は肝心な事は教えてくれない』のだった

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 とりあえずオレはアロンに向けて問いかける。
 まさかとは思うけど、本当に『性に目覚めた』のではあるまいな。

「いったいどうしたんですか?」
「知っていると思うが、私は居住地にいたとき『女』を見たことがなかった。いや。そもそも存在自体知らなかったのだ」

 フィクションだと『男だけ』『女だけ』の社会が互いに戦争しているとか、そんな話は特に珍しくもないけど、この人達は人口計画のために男女が互いに関係すら持たず生活するのが当たり前だったんだよな。

「それで聞きたいのだが、お前達の男女が幼体を生産するのはどうするんだ?」
「いえ……それはちょっと……」

 何考えているんだよ!
 まあオレは女にされてしまってからはもちろんのこと、男の時だって異性とチョメチョメした事などないので、当然ながら詳しい事など教えられない。 

「知らないのか? どうしてだ?」

 おいおい。ひょっとしてアロンは外部の人間がみんなそんな事を普段からやりまくっていると思っているのか?
 ラブコメのギャグものでは、異性との付き合いなど全く経験ないのに、ハッタリかまして経験豊富なフリをするような展開はよくあるけど、もちろんオレはそんな事をする気はさらさらない。
 もっともオレの場合、女にされてから今まで何度もプロポーズされたし、襲われてこの身を蹂躙されかけた事もある。
 そういう意味では『経験豊富』と言えるかもしれないな。全く自慢にならないどころか、あんまり思い出したくもないんだけど。

「ちょっと待って下さいよ。あなた方にとってそういう行為は『恐ろしい体験』だったんじゃないんですか? 何よりアロンさんはこれまで異性の存在自体知らなかったんですよね。どうしてそんなのをわざわざ知りたがるんです?」

 このオレの質問に対し、アロンは少しばかり気恥ずかしそうに視線を逸らす。
 う~ん。やっぱり今までと随分違う反応だな。

「知らなかったからこそ、改めて知りたいと思うのはおかしいのか?」

 それは普通の人間ならその通りだけど、あんたら『第五階級』の人間にとっては仕事と関係ない知識を持っても仕方ないんじゃなかったのか。
 まあアロンだって人間だと考えれば、知りたいと思っても不思議ではないんだけどな。

「実を言うと……もとの居住地でも『生産のための何か』をしていた事はずっと私と同年配の連中の中でも話題になっていた。それで監督官達にも聞いてみたのだが、誰もが答えてくれなかったのだ」

 そりゃまあ子供に対して『男女の営み』をありのまま教えない事は当たり前だ。
 ある意味、そこは普通の人間社会と変らないという見方も出来るのか。

「大人はみんな知っているのに、まだ半人前の私達は何も知らず、聞いても教えてくれないのだ」

 どこの世界でも『大人は肝心な事は何一つ教えてくれない』というのは、変らぬ真理なのだなあ。

「あなたはそれが不満だったのですか?」
「不満という程ではない。少しばかり気になっていただけだ」

 そんな事を言っているけど、本当はかなり興味津々だったんじゃないだろうか。

「それでお前に頼みたいのだが、具体的にどのような事をするのかをお前の身で試させてくれないか?」
「はあ?」
「構わないだろう? お前達もずっとやってきたことのはずだ」
「ちょ、ちょっと待って下さいよ! そういうことは――」

 そういうのは手続きを踏んで、しっかりお付き合いし、そして互いをわかり合った上で行うものなんです。
 いや。そうじゃない。
 たとえどれだけ丁重に扱われても、オレは男とそんな事をする気はありません。
 そりゃまあ『性に目覚めたばかりの若い(幼い)男女が好奇心からチョメチョメしちゃって、それが大騒動に繋がる』というのは、昔の学園ドラマなんかではよくある展開だけど、まさかそれを目の当たりにしようとは。

「私も将来的には同じ事をするかもしれない。ならばいまここで体験しておきたいと思って何かおかしいのか」
「それがおかしいんです!」
「なぜだ? 外の世界では人口計画も無く、無秩序に男女が共に暮らし、そのような事をすると教えてくれたのはお前では無いか。それなのになぜ今になって否定するのだ?」

 それは全然、おかしくないよ!
 まあ元男で騙されて性転換させられてしまった身だと言うことを考えると、尋常で無いのは確かなんだけど、どう考えてもオレの感覚は間違っていないはずだ。

「とにかくダメなんです」

 こんな時に『女として男を手玉にとる』経験が豊富なら、うまくかわす事が言えるんだろうけど、オレにはとても無理だった。
 もちろん『男を手玉にとる』経験なんてしたくもないけどな。

「それではいったい何が必要なのだ? 教えてくれ」

 何を差し出されようと、こっちはそんな真似をするつもりはないです。
 まあ『第五階級』の連中は、今まで王太子や皇帝を見てきたオレの目でも、もの凄く裕福なのでそっちの商売をしている人なら ―― ダメだ。
 それでもしアロンのタガが外れてしまったら、もうオレにはどうする事も出来ない。こっちは追われている身なのだから、アロンにとっては身の破滅だろう。
 やっぱりここは押し切るしかないようだ。

「そういうことは仲間の人達と一緒に目的の場所についてからにしましょうよ。アロンさんだってそれが本来の仕事とは無関係な事だって分っているでしょう?」
「それは……確かにその通りだ……」

 アロンは不満と未練を見せつつも、どうにか引き下がる。
 まあアロンもあくまでも好奇心が先に立っただけで、本当の意味で『性に目覚めた』というわけでもなさそうだ ―― そうでないと、こうもあっさりと引き下がったりはしないだろう。
 しかしまさかオレの方が『第五階級』の連中の論理を振りかざす事になるとは、全く世の中とは分らないものだな。
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