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第7章 西方・リバージョイン編
第111話 ついに正門が破られたがそれを凌ぐ切り札は?
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こっちがどう対処してよいのか分らず、カリルを見つめていると『お嬢様』は急にその頬を染めつつ視線を逸らす。
「いやですわ。あなたからそんなに見つめられたらわたくしも照れてしまいます」
さっきからいったい何の話だよ!
いや。今はもうどうでもいい。
大事なのはオレの髪でもなければ、カリルの嗜好でもない。
優先すべきなのはいま大勢の民兵が負傷し、苦しみ、そして何より今まさにこのリバージョインの城壁が破られかねない状況にあることだ。
オレがそんな事を考えていると、ひときわ大きな悲鳴が周囲に鳴り響く。
そちらに目を向けると、リバージョインの正門が今まさに破られそうなきしむ音を立てていた。
こっちでは見えていなかったが、たぶん攻防戦が始まってからずっと攻撃されていたんだろうな。
もしオレがこちらの指揮官だったら【鷹の目】でこの街を上空から見下ろしつつ敵の動きを察知して、効率的に戦わせる事だって出来ただろうけど、もちろんそんな事は望むべくもないことだ。
これはまずい。
正門が破られて外の連中がなだれ込んできたら、どうなるか。
このリバージョインを舞台にして略奪、虐殺、放火、その他もろもろ、目を覆う惨事が展開するのは火を見るより明らかだろう。
そうなったらオレはどうすべきか。
残念だけど、逃げる以上の事はとても出来そうにない。
「あれれ~ これは困りましたね~ どうしましょう」
あんたは全然困っている様子に見えないんですけど、むしろなんでそんなに落ち着いていられるんですか?!
そしてそこでカリルはオレにその顔を寄せてくる。
「こうなったら、あなたが一肌脱ぐしかないでしょうね」
「はあ?」
「もちろん。本当に肌を剥ぐわけではありませんよ」
当たり前だろ!
なんで脱皮なんぞしないといけないんだ。
脱皮してパワーアップするとしたら、それはむしろモンスターの役どころだろ。
「あなたがここで服を脱いだら、民兵の皆さんも一気に意気軒昂となりますよ」
「そっちも真っ平です!」
いったいどこまで本気で、どこからふざけているのか全く見当も付かないな。
「それではあなたは、この街の危機にあるのに服を脱ぐ程度の事も出来ないのですか?」
「だいたいそんな事しても、いま戦っている人達の気が散るだけでしょうが!」
「それがダメなら仕方ありませんわね」
カリルは諦めた様子で、ため息をつく。
そしてその彼女の背後では、正門が大きな音を立ててついに突き破られていた。
そのあまりにアンバランスな光景は、カリルの有する不可思議な空気をまさに象徴するかのようだ。
破られた正門から『神聖兵団』が勢い込んで次々に飛び込んでくる。
それに対して正門の後ろに位置していた、民兵達が立ち向かうが、やはり戦闘と略奪を生業にしている連中と、たまに武器を握るだけの民兵では勝負にならない。
民兵達は次から次へと切り捨てられ、倒れていく。
オレの【士気高揚】のためか逃げる民兵は殆どおらず、それでどうにか食い止めてはいるようだが時間の問題だろう。
いったいどうする?
もしもオレが裸になるぐらいで、この状況を切り抜けられるなら喜んで服でも何でも脱いでやる。
待て。落ち着け。
混乱している場合じゃない。
とにかくまずはカリルの安全を考えよう。
「カリルさん! あなたは逃げて下さい! こっちはこっちでどうにかします」
とりあえずオレに出来る事は門のところでどうにか持ちこたえている間に、ここにいる負傷者を市街の方に下がらせて体勢を立て直すぐらいだ。
ああ。本当にこんな時、オレは無力だな。
この場合、最後の切り札として、戦っている民兵達に【狂戦士】をかけるというものがある。
理性の枷を外し、人間の戦闘力を極限まで引き上げるこの魔法なら、神聖兵団を撃退出来るかもしれないが、その代償としてかけられた民兵達はたぶんほぼ全員が死ぬだろう。
本人が望んでもいないのに、そのような形で死ぬまで戦わせるなど許される事では無い。
しかしこのままではどのみち、このリバージョインが略奪と殺戮の巷と化すのは時間の問題である。
どっちに転んでもオレが後悔するのは確実だ。
だけどどうせ結果が同じなら、オレは町を守れず後悔するより、町を守って後悔した方がまだマシだろう。
苦悩と共に決断を下そうとしたとき、目の前でカリルが困ったようにつぶやいた。
「しかし。遅いですわね。まだでしょうか?」
「あのう……状況分ってますか? とにかく逃げて下さいよ!」
「大丈夫です! わたくしの信頼する仲間がきっと駆けつけて下さいますわ」
その仲間と言うのは、昨日出会った『団長』はじめ、いまここに来ていない連れの人達ですか?
そりゃ腕が立つかもしれませんけど、たった数人で何が出来るんです?
そしてオレがカリルに気をとられていたとき、ついに民兵達の防衛線が破れて『神聖兵団』の戦士達がこちらに向けて突っ込んできた。
「うひょう! こいつは上玉だぜ!」
ここでは男装しているオレでは無く、カリルに向けて中年の戦士が迫り来る。
だが『お嬢様』は相変わらずの笑顔を、その迫り来る下劣な輩に注いでいる。
いったい何を考えているんだよ! こうなったらオレが連中を引きつけて、どうにかするしかない!
そう思った瞬間、迫り来る戦士の身を光が一閃し、次の瞬間、相手は下卑た勝利の笑みをその顔面に貼り付けたまま、上下が真っ二つになって地面に転がった。
うげえ。オレは思わず嘔吐しかけるが、そこで傍らに剣を掲げてそびえる、精悍な男の姿が目に入る。
「お嬢様。すみません。町中に潜んでいた連中の相手に少々手間取ってしまいました」
返り血を浴び、周囲を威圧しつつ立っていたのはカリルが『仲間』と呼ぶ、昨日合った『団長』および他の面々だった。
「そうですか。あんまり皆さんが遅いので、待ちくたびれて、わたくし昼寝をしてしまいそうでしたわ」
あまりに場違いな台詞に、こちらは脱力しかけるが、お仲間の連中は平然としたもののようだ。
いや。違うな。
少なくとも『団長』さんのこめかみに浮かび上がった血管を見る限り、理性でどうにかツッコミを押し殺しているようだ。
「まあ何にせよ。みなさんお願いします」
「了解! みな行くぞ!」
「おう!」
団長に率いられた数人のグループが『神聖兵団』の中に切り込んでいった。
オレは突っ込んでいく『団長』とその一団の背中を見て、たった十人にも満たない連中で何が出来るか、と思ったが、それは文字通り一瞬の事だった。
「うぉぉぉぉ!」
裂帛の気合いと共に、団長が愛刀を振るうとその都度、真っ赤なものが周囲にまき散らされ、神聖兵団の連中が斃れていく。
そして一緒に来た仲間の連中もその剣を振るい、まるで雑草を刈るかのごとき勢いで敵を倒していく。
たぶん団長は魔法で自分の膂力を格段に強化しているのだろう。
文字通り人間離れした斬撃で次から次に、立ちはだかる兵士を両断していく。
オレにとっては目を背けたくなる凄惨な光景だが、一方で民兵達は歓声を上げて反撃に出るようだ。
やっぱりまだまだオレとこちらの世界の住民とでは死生観だとか、流血に関する意識とかが大違いだな。
「それではこちらはこちらで動きますか」
「え?」
「さっき言ったように、あなたも一肌脱いでもらいますよ~」
カリルの言葉の意味を問う前に、いきなりオレがかぶっていた帽子がひょいと奪われ、長い『金髪』が鮮やかに広がる。
あれ? いつの間にか髪を染めていた【着色】が落ちているぞ。
気がつかないうちに『本気』になっていたか。
そしてそこでカリルは妙に響く声で、周囲に向けて宣言する。
「皆さ~ん。ご覧なさいな。いまここにお待ちかねの『黄金に輝く乙女』がご降臨なさってますよ~」
「え?」
そういえば千年前にこの街が危機にあったとき『黄金に輝く乙女』がここに降りたって、危機を救ったという話をついこの前、サリゾールから聞いたけど ―― まさか?
「おお?! 昔話そのもののお姿だ!」
「伝説の『乙女』がいらっしゃったとは、今まで気づかず申し訳ありません」
「これで我らの勝利は間違いなしだぞ!」
げげ。何かまた激しく勘違いされている。
オレはたまたまリバージョインに逗留していただけで、今回の戦闘に出くわしてちょっと街のために手を貸していただけなんだよ。
しかしもちろん周囲はオレなんぞ無視して、一気に盛り上がる。
元の世界だったら、いくら何でもそんな古い伝説に出てくる乙女が降臨したなどと言ってもそうそう信じてもらえないだろうけど、神様の奇跡が当たり前のこの世界では違うんだ。
「さあ我らが『乙女』に勝利を捧げるのだ!」
「無様な戦いを見せるわけにはいかないぞ」
疲れ切っていたはずの民兵達は、まるで燃料を注入されたかのごとく勢いを新たに『神聖兵団』へと躍りかかる。
連中も先ほどからの戦いで犠牲を出し、疲れていたのだろう。
それに『団長』達の切り込みにより、ひるんでいたらしく、攻め込んできた先鋒の連中は一気に崩れて、潮が引くかのように門の外へと引き下がっていく。
「ほうら。あなたが一肌脱いだら、この通りですよ」
いかにも誇らしげにカリルは微笑んでいる。
しかしオレは危機を乗り切り、この街を守る明るい燭光が垣間見えた状況でも決して嬉しい気はしなかった。
今までと同じく、この女の身を褒め称えられる事への戸惑いだとか、異教の魔法を使ってきた事で後々面倒になる心配だとか、そういうこともあった。
だがそれよりもオレはさきほどカリルがいなかったら『勝つため』に【狂戦士】を民兵達に使っていた事が心に引っかかっていた。
決してあのときのオレの判断が間違っていたとは思わない。
もし次に同じ状況になったら、やっぱり同じ選択をしただろう。
しかし相手を高い確率で死に至らしめる魔法を使おうとして、それを知らない相手から称賛されることがいたたまれなかったのだ。
もっとオレは最悪の場合、たとえ勝利しても、その後で『異端の魔女であるお前がいたせいでこの街が攻められたんだ』などと理不尽な言いがかりをつけられることすらも、事前に想定していたからな。
どうやら『神聖兵団』もようやく敗北を悟って撤退を始めている様子だし、オレが回復させた《唯一なるもの》の司祭達のお陰で負傷兵の手当も目処がついた様子だ。
もうこれ以上オレがここにいる理由はなくなった。
サリゾールの事や、過去の記録を残した石板だとか、少し心残りはあるけど、ここはさっさと逃げ出すに限るな。
人目に付かないところに移動した上で、改めて髪を【着色】して、後は人混みに紛れるようにしよう。
だがここでオレの前にカリルがまたしても立ちはだかる。
「お待ち下さいな。どこに行かれるのですか~」
もちろん逃げるんだよ!
「すみませんけど。邪魔をしないで下さい」
「そうですか。ここからこっそりと人目につかないところに行きたいのですか~」
なんでそこまで分るんだよ。
いや。カリルに関わっていたら、また何が起きるか分ったもんじゃない。
「もしお望みでしたら、わたくしどもがあなたがここから去るのをお手伝いさせてもらいますわ」
「え?」
確かに周囲は勝利に沸いていて、しかもオレに対して絶賛歓呼中である。
うかつな事をすると、またややこしい事にもなりかねない。
カリルはツッコみどころ満載ではあるにしろ、決して悪人ではないようだし、ここはあえて頼りにしてもいいだろう。
もし万が一、無茶な要求をされたとしても、ぶっちゃけこっちにそれを聞いてやる義理など無いし、オレ一人だけなら魔法でどうにか出来るはずだ。
しかしそんなオレの目論見は ―― いつもの通り ―― 大外れとなってしまうのであった。
「いやですわ。あなたからそんなに見つめられたらわたくしも照れてしまいます」
さっきからいったい何の話だよ!
いや。今はもうどうでもいい。
大事なのはオレの髪でもなければ、カリルの嗜好でもない。
優先すべきなのはいま大勢の民兵が負傷し、苦しみ、そして何より今まさにこのリバージョインの城壁が破られかねない状況にあることだ。
オレがそんな事を考えていると、ひときわ大きな悲鳴が周囲に鳴り響く。
そちらに目を向けると、リバージョインの正門が今まさに破られそうなきしむ音を立てていた。
こっちでは見えていなかったが、たぶん攻防戦が始まってからずっと攻撃されていたんだろうな。
もしオレがこちらの指揮官だったら【鷹の目】でこの街を上空から見下ろしつつ敵の動きを察知して、効率的に戦わせる事だって出来ただろうけど、もちろんそんな事は望むべくもないことだ。
これはまずい。
正門が破られて外の連中がなだれ込んできたら、どうなるか。
このリバージョインを舞台にして略奪、虐殺、放火、その他もろもろ、目を覆う惨事が展開するのは火を見るより明らかだろう。
そうなったらオレはどうすべきか。
残念だけど、逃げる以上の事はとても出来そうにない。
「あれれ~ これは困りましたね~ どうしましょう」
あんたは全然困っている様子に見えないんですけど、むしろなんでそんなに落ち着いていられるんですか?!
そしてそこでカリルはオレにその顔を寄せてくる。
「こうなったら、あなたが一肌脱ぐしかないでしょうね」
「はあ?」
「もちろん。本当に肌を剥ぐわけではありませんよ」
当たり前だろ!
なんで脱皮なんぞしないといけないんだ。
脱皮してパワーアップするとしたら、それはむしろモンスターの役どころだろ。
「あなたがここで服を脱いだら、民兵の皆さんも一気に意気軒昂となりますよ」
「そっちも真っ平です!」
いったいどこまで本気で、どこからふざけているのか全く見当も付かないな。
「それではあなたは、この街の危機にあるのに服を脱ぐ程度の事も出来ないのですか?」
「だいたいそんな事しても、いま戦っている人達の気が散るだけでしょうが!」
「それがダメなら仕方ありませんわね」
カリルは諦めた様子で、ため息をつく。
そしてその彼女の背後では、正門が大きな音を立ててついに突き破られていた。
そのあまりにアンバランスな光景は、カリルの有する不可思議な空気をまさに象徴するかのようだ。
破られた正門から『神聖兵団』が勢い込んで次々に飛び込んでくる。
それに対して正門の後ろに位置していた、民兵達が立ち向かうが、やはり戦闘と略奪を生業にしている連中と、たまに武器を握るだけの民兵では勝負にならない。
民兵達は次から次へと切り捨てられ、倒れていく。
オレの【士気高揚】のためか逃げる民兵は殆どおらず、それでどうにか食い止めてはいるようだが時間の問題だろう。
いったいどうする?
もしもオレが裸になるぐらいで、この状況を切り抜けられるなら喜んで服でも何でも脱いでやる。
待て。落ち着け。
混乱している場合じゃない。
とにかくまずはカリルの安全を考えよう。
「カリルさん! あなたは逃げて下さい! こっちはこっちでどうにかします」
とりあえずオレに出来る事は門のところでどうにか持ちこたえている間に、ここにいる負傷者を市街の方に下がらせて体勢を立て直すぐらいだ。
ああ。本当にこんな時、オレは無力だな。
この場合、最後の切り札として、戦っている民兵達に【狂戦士】をかけるというものがある。
理性の枷を外し、人間の戦闘力を極限まで引き上げるこの魔法なら、神聖兵団を撃退出来るかもしれないが、その代償としてかけられた民兵達はたぶんほぼ全員が死ぬだろう。
本人が望んでもいないのに、そのような形で死ぬまで戦わせるなど許される事では無い。
しかしこのままではどのみち、このリバージョインが略奪と殺戮の巷と化すのは時間の問題である。
どっちに転んでもオレが後悔するのは確実だ。
だけどどうせ結果が同じなら、オレは町を守れず後悔するより、町を守って後悔した方がまだマシだろう。
苦悩と共に決断を下そうとしたとき、目の前でカリルが困ったようにつぶやいた。
「しかし。遅いですわね。まだでしょうか?」
「あのう……状況分ってますか? とにかく逃げて下さいよ!」
「大丈夫です! わたくしの信頼する仲間がきっと駆けつけて下さいますわ」
その仲間と言うのは、昨日出会った『団長』はじめ、いまここに来ていない連れの人達ですか?
そりゃ腕が立つかもしれませんけど、たった数人で何が出来るんです?
そしてオレがカリルに気をとられていたとき、ついに民兵達の防衛線が破れて『神聖兵団』の戦士達がこちらに向けて突っ込んできた。
「うひょう! こいつは上玉だぜ!」
ここでは男装しているオレでは無く、カリルに向けて中年の戦士が迫り来る。
だが『お嬢様』は相変わらずの笑顔を、その迫り来る下劣な輩に注いでいる。
いったい何を考えているんだよ! こうなったらオレが連中を引きつけて、どうにかするしかない!
そう思った瞬間、迫り来る戦士の身を光が一閃し、次の瞬間、相手は下卑た勝利の笑みをその顔面に貼り付けたまま、上下が真っ二つになって地面に転がった。
うげえ。オレは思わず嘔吐しかけるが、そこで傍らに剣を掲げてそびえる、精悍な男の姿が目に入る。
「お嬢様。すみません。町中に潜んでいた連中の相手に少々手間取ってしまいました」
返り血を浴び、周囲を威圧しつつ立っていたのはカリルが『仲間』と呼ぶ、昨日合った『団長』および他の面々だった。
「そうですか。あんまり皆さんが遅いので、待ちくたびれて、わたくし昼寝をしてしまいそうでしたわ」
あまりに場違いな台詞に、こちらは脱力しかけるが、お仲間の連中は平然としたもののようだ。
いや。違うな。
少なくとも『団長』さんのこめかみに浮かび上がった血管を見る限り、理性でどうにかツッコミを押し殺しているようだ。
「まあ何にせよ。みなさんお願いします」
「了解! みな行くぞ!」
「おう!」
団長に率いられた数人のグループが『神聖兵団』の中に切り込んでいった。
オレは突っ込んでいく『団長』とその一団の背中を見て、たった十人にも満たない連中で何が出来るか、と思ったが、それは文字通り一瞬の事だった。
「うぉぉぉぉ!」
裂帛の気合いと共に、団長が愛刀を振るうとその都度、真っ赤なものが周囲にまき散らされ、神聖兵団の連中が斃れていく。
そして一緒に来た仲間の連中もその剣を振るい、まるで雑草を刈るかのごとき勢いで敵を倒していく。
たぶん団長は魔法で自分の膂力を格段に強化しているのだろう。
文字通り人間離れした斬撃で次から次に、立ちはだかる兵士を両断していく。
オレにとっては目を背けたくなる凄惨な光景だが、一方で民兵達は歓声を上げて反撃に出るようだ。
やっぱりまだまだオレとこちらの世界の住民とでは死生観だとか、流血に関する意識とかが大違いだな。
「それではこちらはこちらで動きますか」
「え?」
「さっき言ったように、あなたも一肌脱いでもらいますよ~」
カリルの言葉の意味を問う前に、いきなりオレがかぶっていた帽子がひょいと奪われ、長い『金髪』が鮮やかに広がる。
あれ? いつの間にか髪を染めていた【着色】が落ちているぞ。
気がつかないうちに『本気』になっていたか。
そしてそこでカリルは妙に響く声で、周囲に向けて宣言する。
「皆さ~ん。ご覧なさいな。いまここにお待ちかねの『黄金に輝く乙女』がご降臨なさってますよ~」
「え?」
そういえば千年前にこの街が危機にあったとき『黄金に輝く乙女』がここに降りたって、危機を救ったという話をついこの前、サリゾールから聞いたけど ―― まさか?
「おお?! 昔話そのもののお姿だ!」
「伝説の『乙女』がいらっしゃったとは、今まで気づかず申し訳ありません」
「これで我らの勝利は間違いなしだぞ!」
げげ。何かまた激しく勘違いされている。
オレはたまたまリバージョインに逗留していただけで、今回の戦闘に出くわしてちょっと街のために手を貸していただけなんだよ。
しかしもちろん周囲はオレなんぞ無視して、一気に盛り上がる。
元の世界だったら、いくら何でもそんな古い伝説に出てくる乙女が降臨したなどと言ってもそうそう信じてもらえないだろうけど、神様の奇跡が当たり前のこの世界では違うんだ。
「さあ我らが『乙女』に勝利を捧げるのだ!」
「無様な戦いを見せるわけにはいかないぞ」
疲れ切っていたはずの民兵達は、まるで燃料を注入されたかのごとく勢いを新たに『神聖兵団』へと躍りかかる。
連中も先ほどからの戦いで犠牲を出し、疲れていたのだろう。
それに『団長』達の切り込みにより、ひるんでいたらしく、攻め込んできた先鋒の連中は一気に崩れて、潮が引くかのように門の外へと引き下がっていく。
「ほうら。あなたが一肌脱いだら、この通りですよ」
いかにも誇らしげにカリルは微笑んでいる。
しかしオレは危機を乗り切り、この街を守る明るい燭光が垣間見えた状況でも決して嬉しい気はしなかった。
今までと同じく、この女の身を褒め称えられる事への戸惑いだとか、異教の魔法を使ってきた事で後々面倒になる心配だとか、そういうこともあった。
だがそれよりもオレはさきほどカリルがいなかったら『勝つため』に【狂戦士】を民兵達に使っていた事が心に引っかかっていた。
決してあのときのオレの判断が間違っていたとは思わない。
もし次に同じ状況になったら、やっぱり同じ選択をしただろう。
しかし相手を高い確率で死に至らしめる魔法を使おうとして、それを知らない相手から称賛されることがいたたまれなかったのだ。
もっとオレは最悪の場合、たとえ勝利しても、その後で『異端の魔女であるお前がいたせいでこの街が攻められたんだ』などと理不尽な言いがかりをつけられることすらも、事前に想定していたからな。
どうやら『神聖兵団』もようやく敗北を悟って撤退を始めている様子だし、オレが回復させた《唯一なるもの》の司祭達のお陰で負傷兵の手当も目処がついた様子だ。
もうこれ以上オレがここにいる理由はなくなった。
サリゾールの事や、過去の記録を残した石板だとか、少し心残りはあるけど、ここはさっさと逃げ出すに限るな。
人目に付かないところに移動した上で、改めて髪を【着色】して、後は人混みに紛れるようにしよう。
だがここでオレの前にカリルがまたしても立ちはだかる。
「お待ち下さいな。どこに行かれるのですか~」
もちろん逃げるんだよ!
「すみませんけど。邪魔をしないで下さい」
「そうですか。ここからこっそりと人目につかないところに行きたいのですか~」
なんでそこまで分るんだよ。
いや。カリルに関わっていたら、また何が起きるか分ったもんじゃない。
「もしお望みでしたら、わたくしどもがあなたがここから去るのをお手伝いさせてもらいますわ」
「え?」
確かに周囲は勝利に沸いていて、しかもオレに対して絶賛歓呼中である。
うかつな事をすると、またややこしい事にもなりかねない。
カリルはツッコみどころ満載ではあるにしろ、決して悪人ではないようだし、ここはあえて頼りにしてもいいだろう。
もし万が一、無茶な要求をされたとしても、ぶっちゃけこっちにそれを聞いてやる義理など無いし、オレ一人だけなら魔法でどうにか出来るはずだ。
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陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。
「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」
かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。
最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。
物語は、まだ始まったばかりだ。
スキルはコピーして上書き最強でいいですか~改造初級魔法で便利に異世界ライフ~
深田くれと
ファンタジー
【文庫版2が4月8日に発売されます! ありがとうございます!】
異世界に飛ばされたものの、何の能力も得られなかった青年サナト。街で清掃係として働くかたわら、雑魚モンスターを狩る日々が続いていた。しかしある日、突然仕事を首になり、生きる糧を失ってしまう――。 そこで、サナトの人生を変える大事件が発生する!途方に暮れて挑んだダンジョンにて、ダンジョンを支配するドラゴンと遭遇し、自らを破壊するよう頼まれたのだ。その願いを聞きつつも、ダンジョンの後継者にはならず、能力だけを受け継いだサナト。新たな力――ダンジョンコアとともに、スキルを駆使して異世界で成り上がる!
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