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第8章 ライバンス・魔法学院編

第172話 身体を散々弄ばれてその後には

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 しばしの間、オレの身体はあちこちとまさぐられ、いいようにオモチャにされていた。
 これがエロゲーだったらビクンビクンと身体が脈打って『悔しい。でも感じちゃう』ともらすところだろうが、ぶっちゃけ単に不快なだけである ―― 当たり前だけど。
 ただオレを触っている手の感触はやっぱり生きた男のものだろう。
 幻術で見た目を変えているとしても、触感まで変えているとは思えない。
 この相手は先日襲ってきた『乾物男』のような干からびたアンデッドでないのは間違いない。
 自分で言うのも何だが、このオレの肢体を触っているにもかかわらず、欲望というか、色気というかそういう意識は感じられない。
 敢えて言えば医者が患者を触診しているように見えるのだ。
 当然ながらこんな相手に今まで出会った事は無いのだが、しかしこのオレをまさぐる手の感触には身に覚えがあるような気がしてくる。

 いや。もちろん身体をまさぐる手の感覚で相手が誰か分るような、そんな特技はオレにはありませんから、単なる勘違いかもしれないけどさ。
 どっちにしても不快感と羞恥心でオレの顔には血が上り、相当に赤面しているのじゃないかと思う。
 男に触られて顔を赤らめつつ視線を背けるとは、何も知らない人間がこの光景を見ていたらどんなツンデレヒロインだと勘違い ―― する事はさすがにないだろうけど、とにかくこんな事は一刻も早く辞めてくれ。
 そしてしばしの後に、オレの身体を十分に堪能したらしく男は手を離す。

「ふうむ。肉体の組成や構造は普通の人間と殆ど変るところはなさそうだな。敢えて言えば極めてバランス良く均整のとれた肉体というところだろうか」

 オレの身体をこれだけまさぐっておきながら、文字通りただ『肉』を評価しているかのような無味乾燥な感想をもらすとは許せん!
 いや。違うだろ。
 コイツはやっぱり人間的な肉欲の類いはないらしいので、オレの身体でそんなものを発散する気が無かったということに安心すべきだった。
 もちろん状況は何一つ変っていないのだけど。

「これまで不死者イモールタル定命モータルでは肉体の組成が異なるかどうかで長らく議論が戦わされてきたが、どうやら組成は変らぬようだ。ならば不死と定命の差は別のところにあるということになるな」

 相手は勝手に納得した様子で頷いている。

「これだけでも実に大きな進歩だ。数百年に渡る議論に一つ終止符を打ったわけだからな」

 あんたらそんな事で何百年も議論してきたのかよ!
 いや。無数にある学術論争の一つに過ぎないんだろうし、たぶん当人達は必死だったんだろうけどさ。
 しかし不毛な議論の事を『神学論争』と言うけど、現実に神様が恩恵を与えてくれているこの世界では、元の世界よりもずっとその手の議論は重大な事なんだろうな。

「これで分っただろう。そなたがどれだけ貴重な研究素材であるか。そしてそれがいかほど人間を発展させる材料となるか。それを考えれば誇りにしてもよいぐらいだ」

 今まで望みもしない称賛を受けた事は何度もあるが、これほどまでに気分が陰鬱になったのは初めてだよ。
 しかしいつものことではあるが、それは序の口だったのだ。

「そして肉体組成が同じだとしたら、やはり同じように子供をなす事も可能なのだろうな」

 そう言って相手はオレの股間をかなりマジマジと見つめている。
 だけどオレの紅潮した顔は一気から一気に血の気が失せる。

 それは辞めろ! かなりマジで!
 見られ触られるぐらいならとりあえず我慢してやるけど、そこまでいったらシャレになんないから!

 しかしそんな事を考えつつも、今の着崩れた服装で身もだえするオレの姿は、傍目にはかなり色っぽく見えるものだろう、などとちょっとマヌケな思考が脳裏をよぎった。
 そうなるのはやっぱり『この身体は自分の本当のものじゃないから』という意識がまだ残っているからなんだろうなあ。

「先ほど言ったように、それは時間がかかりすぎるので今は無理だが、今後は是非とも試してみたいものだ。これもまた長年の議論に一つ終止符を打つ事になるからな」

 ちょっとばかり残念そうにこぼしているが、時間制限がなかったら喜んでコイツはオレの身体にチョメチョメしたということか。
 何にせよあんたらにとっては人生賭けてきた重大事かもしれないけど、そのためにこの身を苛まれるなど真っ平ゴメンです。
 本当にやりたいならそういうことは強制ではなく志願者を募ってやって下さい!
 このオレが数百年の歴史で初めての対象なら、あと数百年待ったら志願してくれる相手が出てくるかもしれないですよね!

 そんな事を考えているオレの胸中など無視して、こっちの胸だの何だとおさわりしまくった相手はやや残念そうに手を離す。

「まだまだ調べたい事はあるのだが、とりあえず本当の実験の準備があるのでそろそろ引き上げさせてもらうよ」

 くそう。結局、オレの鎖を外してくれるような甘い事はしてくれないか。
 考えて見れば当たり前だけど、こっちの色気に惑って脱出のチャンスをくれるようなマヌケな相手では無かった事を確認しただけでもよしとしよう。
 とにかく無理矢理でもそういうことでオレは自分を納得させるしかなかった。
 幾ら本当の身体でないと言い聞かせたところで、実際にこの身を苛まれたら結構へこむんだよ!
 そう思ってしまうあたり、結構この身体に馴染んでしまっている自分自身を感じてオレは改めて更に落ち込む気になった。

 身体をいろいろと調べられてこの男がいろいろと分った事があったようだが、オレの方もこの身体が自分のモノでは無いという意識がある反面、それに馴染み、また当たり前になりつつある現状を強く意識させられる羽目となっていた。
 いや。もちろんオレだって気付いてはいたんだけど、この一件でその現実を改めて突きつけられてしまったのだ。

 オレがいろいろと複雑な感情を抱きつつ沈んでいると、男の方は無表情でありながらどこか満足した様子で手を離す。
 これだけだといわゆる『チョメチョメの事後』の感じに見えるけど、もちろんただ単にオレは一方的に弄ばれただけであって、満足などしてない ―― 違うだろ!
 ひとまずオレが相変わらず謎のままの男をにらみ付けても、相手は別に意識する様子も無くこちらに背を向けて扉へと歩きだす。

「それでは失礼させてもらうとしよう。それではまた会おう」

 ようやく男が去ったところで、どうにかオレは胸をなで下ろした。
 それは無理矢理にやられてしまわなかった事に対する安堵でもあり、また自分の受け身の肉体を再確認させられるのが終わった事に対するものでもあった。
 そして再度、鎖に繋がれたままひとりぼっちになったオレは。先ほどのやりとりで得られた情報を再度、見返すことにした。

 とりあえず分ったのは、オレを捕らえてた連中はこっちを実験素材として拘束したのであり、また何か重大な実験 ―― それも彼らにとっては数百年単位での課題 ―― をこっちの身で行うつもりだということだ。
 幸か不幸かオレをチョメチョメしようという意図はないのがかろうじての救いだな。もしもホン・イールが連中の中にいたら無理矢理にでもガランディアとオレを『かけ合わせる』事を考えていただろう。

 しかしこのオレを素材にして行う実験とは具体的になんだろう?
 残念ながらオレはこの学園についてロクに知らないので、想像するだけ無駄だろうけど、やっぱり不死者イモールタルの真実を探るものと考えるのが自然かな。
 どっちにしても今のところオレには想像しか出来ないが、それはこの身を想像もはばかられるとんでもない事に使う以外には答えが出そうにない。
 以前に聞いたところでは、新しい魔法の実験代をこの学園では常に欲しているらしいが、少なくとも数百年に一度手に入るかというオレをそんなことに使ったりはしないだろう。
 ひょっとすると不死者に対して命令を聞かせる魔法とか、その類いの魔法が開発されていたけど実際に使う機会が無くて、この期に試そうとかそんな事もありうるかもしれないけど。
 実は連中の実験そのものは大したものでもなくて、こっちが要求に応じさえすれば結構、簡単に解放してもらえる見込みもあるだろう。
 しかし力尽くで誘拐し、こんな牢屋に閉じ込める時点で、こっちにはそんな気はさらさらなくなったさ。
 単純にオレの身体を目当てに寄ってくるいやらしい男共にも散々、ウンザリさせられてきたけど、肉欲抜きならそれでミツリーンだの、この学園のマッドな研究者連中だのと、またしても困り果てた連中に襲われる。
 これでは人の世界に愛想を尽かして、神の領域に引きこもりたくなる気持ちも理解出来るよ。
 ただやっぱりオレは人間の世界を捨てたくないし、女の姿のままで崇拝されるのもうんざりだ。
 それにこう見えてもオレはここ数ヶ月、とんでもない出来事に何度も遭遇し、幾度も追い詰められてもどうにか凌いできたんだよ。
 だからここからも何とか脱出してみせるとも!
 何にせよ現状を分析しつつ脱出について考えるとしたら――

1.突如として脱出のアイデアがひらめく。
2.誰かがきて助けてくれる。
3.逃げられない。現実は非情である。

 とりあえず三つ目は論外として、オレにとっては一番がもっともいいのだけど、可能性があるとしたらむしろ二番目かな。
 オレを捕らえている相手はこの学園の関係者なのは間違いないが、どこの何もので、また何人いるのかも分らない。
 だがそれは裏を返せば、オレに正体を知られてはマズいということだ。
 それに幾らオレが貴重な不死者イモールタルだとしても、本人の同意どころか無理矢理に拘束して実験材料にする事が許されるはずがない ―― ビューゼリアンはたぶん知っていて見て見ぬふりをしているのだろうけどな。

 そんなわけで連中が違法に活動していて、表沙汰に出来ないことならば関わっている人数だってそう多くないはず。
 加えてホン・イールあたりも自分の貴重な研究対象を奪われて引っ込んだままでいるとも思えないし、スビーリーやアニーラだって、ガランディアがよりにもよってオレと一緒に行方不明になったとしたら血眼になって探しているだろう。
 スビーリーは学部長の娘だと言っていたから、それなりに当てにしていいかもしれない。
 それはともかく女神とまではいかなくとも『囚われの美女精霊』の類いが救い出された場合、その感謝の証として相手の妻になる、という話は伝説や昔話にはよく出てくる。
 オレの場合も同じように、誰でもいいのでここから助けてくれたら、口づけぐらいはしてあげてもいい気分だよ。

 なに? 妻になるのと比較したらあまりにもショボすぎる報酬だって?
 オレに出来る事はせいぜいそれぐらいなんだから仕方ないじゃないか。
 残念だけど本当に妻になれと言われたら、とっとと尻に帆かけて逃げ出させてもらうよ。
 オレにとっては実験材料にされるのも、誰かの嫁になるのも同じぐらい真っ平なんだからな。
 そんなわけでオレは助けが来るのを待つ他力本願か、それがダメならいざという時に自力で脱出が出来るように考えておこう。
 幸いにもオレを捕らえた連中は、こっちの実力については限定的にしか知らないはずだ。
 きっとつけ込む隙が出来るはず。
 そう結論付けたオレは少しばかり休みをとることにした。
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