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第10章 神造者とカミツクリ
第226話 ちょっと無様でちょっと不気味な新たな出会い
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追いはぎ連中に対峙した神造者を名乗ったテセルという少年はいかに誇らしげにその胸を反らす。
「それじゃあここで失礼させてもらうよ。君たちの相手をしている時間はないのでね。そっちの君も一緒にきたまえ」
一同をぐるりと見回すと、テセルは胸元に八角形の装身具をしまい込み、オレの方に手を伸ばしつつ、もう追いはぎどもには何の興味もないとばかりに歩き出すが、その前に一人の男が立ちはだかった。
「おい。ちょっと待てや!」
「なんだい? まだ用があるのか?」
「お前は本当に神造者なんだな? そのオクタゴンは本物なのか?」
どうやらテセルの掲げている八角形の装身具は『オクタゴン』と言うらしく、その地位を象徴するものらしい。
「もちろんだ。この僕はこう見えても帝国首都の神造者学院を十六歳で卒業し、この辺境の地に神造者支部長としての配属が決まった、いわば『エリート中のエリート』なのさ」
そう言っていかにも自慢げにテセルは胸をそらす。
この国の細かい事情などオレに分かるはずも無いが、元の世界の基準で言うと『地方に配属されたキャリア組エリート官僚』なのだろう。
元の世界だったら、そこで数年間経験を積み、それから中央に戻って出世競争ということになるわけだ。
外見はあんまり凄そうには見えないんだけど、まあ元の世界でもエリート官僚だからって美形だったり、凄いオーラを放っていたりするわけじゃないから、そういう意味ではむしろ当たり前なのか。
「さあさっさとひれ伏すか、さもなくば失せたまえ。いつまでも君たちごときに関わりあってはいられないんだよ」
テセルはピラピラと手を振り、連中に立ち去るようにうながす。
そしてコケにされた男達はお互いに顔を見合わせて ―― いきなりその一人がテセルの顔面を殴りつけた。
「ぶはぁ!」
テセルは無様に吹っ飛ぶと、地面を転げ回る。
「い、痛い! 痛い! 何をするんだ!」
テセルが顔を押さえて抗議の声を挙げるが、見ると周囲のごろつき連中は目をらんらんと輝かせて迫っている。
どうやらオレの事はどうでもよくなったらしい。
「へへへへ。やっぱりそうだ。神造者というのは、あくまでも『神』の相手をする仕事であって、俺たち人間様相手では何も出来ないんだぜ」
「そういうことかい。その癖にあんなに偉ぶりやがって、随分と調子に乗ってくれたな、このガキ!」
怒りと嘲笑を浮かべる周囲の面々にテセルは、驚きの声を挙げる。
「お、おい! こういう場合だったら普通、君たちは恐怖にガタガタ震え、僕が立ち去るまで地面に跪くもんじゃないのか?」
「そんなわけあるか! 人間相手には何の力もない癖に!」
「まったく驚かせやがって、てっきりどこぞの神の化身かとでも思ったじゃねえか!」
「げええええ!」
テセルはみっともなく、驚愕の顔を浮かべる。
どうやら自分の身分を明かした後で、この反応は予想だに出来なかったらしい。
言って見れば『印籠を出した水○黄○』のつもりだったけど相手の反応は『暴れん坊○軍』の方だったということか。
「ほ、本当に手を出すつもりなのか? この帝国の支配者階層であるエリート神造者のこの僕に対して?!」
「ふざけんな! 散々調子に乗ってくれやがって。身の程を思い知らせてやるぜ!」
「ちょっと待てぇ!」
ごろつきの一人がさびた剣を振り上げ、テセルはみっともなく頭を抱える。
そしてその瞬間、連中はいきなり動きを止めた。
「はいはい。そこまで。これ以上、余計な争いはやめときましょうね」
オレは暴力行為を抑止する【調和】の魔法をかけて、追いはぎ連中とテセルの間に割って入った。
結果的にオレがテセルを助けた形だが、この少年が本当に自分で口にした通りのエリートなら、こっちの知りたい事を教えてくれるかもしれないから、ここは恩を売っておいて損は無いだろう。
そして暴力行為を止められた追いはぎ連中は困惑した表情で互いの顔を見合わせる。
「お……おい……」
「なんだか分からんが……ここは逃げろ!」
あれ? 争いを避けるため、こっちがとっとと逃げ出そうと思っていたのだけど、追いはぎ連中の方が逃げていくぞ。
たぶん何か不気味なものでも感じたのだろう。
後に残されたのは殴られて鼻血を出し、無様に顔を押さえているテセルとオレだけとなった。
一体どうする?
回復魔法で怪我を治してやるのは造作も無いけど、その場合、こっちの事について気付かれてしまう可能性が高いな。
命に関わりかねない重傷ならいざ知らず、見たところ軽傷のようだから敢えて魔法を使うまでもないか。
「テセルさん……でしたっけ。大丈夫ですか?」
オレが手をさしのべると、テセルは顔を押さえているのとは別の手でこちらの手をつかんで起き上がる。
「一応は礼を言っておこう。だが君は何者だ?」
テセルは真剣にオレの顔をのぞき込んでいる。
むう。男装していても近くで見れば、オレの容姿が非常に目立つ事は分かっているので、ここは適当にごまかすしかないか。
しかしテセルが次に発した言葉は、オレを驚かせるに十分だった。
「よくよく見ると君は人間ではないな。いったいどこの神の眷属だ?」
「え? なんですって?」
まさかテセルは一目でオレの本性を見抜いたのか?
確かに今までもカリル・ブロウブロウ ―― オレに首輪をはめて散々利用してくれた ―― みたいな生来の魔法持ちだと、そういうことが出来たけど、テセルもそんな能力もちなのか?
それとも彼が名乗った『神造者』という地位が、その能力の源なのだろうか。
オレはちょっとした不安と、好奇心を抱きつつこちらを凝視するテセルと対峙する事となった。
オレが『人間ではない』というのは、正直に言えば受け入れ難いし、少なくともこの身体が人の身のままだからこそ、これまで散々苦労してきたわけだ。
そしてテセルはオレをジロジロと見つめつつ、アゴに手を当てて何かを考えこんでいる。
「ふうむ……君はいろいろと珍しい存在だな。かなり興味をそそられるが、いったい何者なんだ?」
どう答えたらいいのか、また聞きたい事が山のようにあるが、それをどう切り出すか、などなどオレがかなり苦慮していたところで、いきなり悲鳴が聞こえてきた。
今度は何だ? 方向からするとさっきの追いはぎ連中が逃げたあたりから聞こえてきたようだけど。
そしてここでテセルはすっくと起き上がる。少なくとも鼻血さえ出していなかったら、それなりに凜々しい姿だったろう。
「とりあえず話は後だ」
テセルは先ほど見せた無様な姿とは一転して、別人のように表情を引き締めるといきなり駆け出した。
オレも一瞬、躊躇したけどここはひとまず同行すべきだと思って、後に続くことにする。
「なんだ? 僕についてくるのか? それとも憑いてくるのか?」
「今は冗談を言っている場合なんですか?」
魔法で移動力を強化しているオレとしては、テセルと一緒に移動するのは造作も無い。
「そうか。つまり僕に惚れて、どうしても同行したいというのだな。まあ神の眷属が人間と結ばれるのは珍しい事では無いから、僕も受け入れるのにやぶさかでは無いぞ」
「冗談でもそういうことは言わないで下さいよ」
ついさっきオレの眼前で追いはぎに殴られ、鼻血を出して転げ回っていたくせに、どの面下げてそんな厚かましい事を口に出来るのか。
「それでは我が帝国のエリート神造者たる僕の地位を目当てにしたものだったのかい」
「そんな事があると本気で思っているんですか」
そもそもオレ達がこの場で出会ったのも、お前が追いはぎにボコられかけたのも全部、偶然だろうが。
ちょっとばかり怒気がわき上がるが、ここはグッと我慢だ。
貴重な情報源になり得るテセルからは、これからいろいろと聞き出さねばならない事があるのだからな。
これまで出会ってきた連中の理不尽さに比べれば、この程度の軽口は勘弁してやろう。
「おや? 違ったのか?」
「当たり前でしょうが」
「そうかすまんな。そんなに顔を赤らめているということは、本気で僕に惚れていたのか」
マジでぶん殴ってやろうかこの野郎。
ついさっき勘弁してやると決意した直後に、オレの怒りは爆発寸前となる。
顔が赤いのは怒りで充血しているからだよ。
「まあそれはともかく、今はやるべき事が先にあるな」
そう言ってテセルが指し示した先では、ついさっき逃げ出した追いはぎ連中が、揃って腰を抜かして振るえていた。
「た、助けてくれぇ!」
悲鳴を挙げる連中の前では、輝く月光に照らされてその身をきらめかせる巨大な影がそびえていた。
「あ……あれはいったい?」
やつらの前に立っていたのは、人間の数倍はあろうかという巨躯を有する『水晶で出来た巨大蜘蛛』とでもいうべき怪物だった。
本来ならば蜘蛛の顔のあるべき部分は、狂気に染まった人間の顔のごとき様相をしており、明らかに尋常な存在では無い。
オレが自分にかけている霊体を感知する魔法である【霊視】によると、恐らくは肉体を持つ精霊のたぐいだろう。かなり厄介そうな存在だ。
そしてそんなオレを見て、テセルは少々呆れた様子でこぼす。
「なんだ。お前は『廃神』を見た事がないのか?」
「え? 『廃神』ですか?」
「そんな事も知らないとは、お前はいったいどこから来たんだ?」
そんなのこっちが知っているはずがないだろうが、と文句を言う暇もなく『水晶の巨大蜘蛛』はいきなり地面を蹴って跳び上がる。
結晶の身体が、月の光を浴びてきらめくのはついつい目を奪われるほど幻想的な光景だった。
しかしその巨体の落下先には、オレと一緒に駆けてきたテセルが目どころか心を奪われたかのごとく立ちすくんでいた。
「危ない!」
オレは反射的に【霊体遮断】の魔法を使って『廃神』と表現された相手を食い止める。
あのままだったら間違いなく、いまごろテセルは『人間を原料とした血と肉の塊』となっていたはずだ。
「とにかく逃げて下さい!」
オレが叫んだところで、化け物蜘蛛の足が次第にこちらの防御壁に食い込んできていた。
むう。これはまずい。
相手は確かに精霊かその類いなのだが、水晶の肉体も持っているのだ。このため【霊体遮断】の魔法もある程度の効果はあるが、完全に止める事が出来ないらしい。
このままではオレの防御壁も破られてしまうのは時間の問題だ。
いつものことではあるが、オレの場合、肉体を持つ相手は本当にやっかいだ。
オレ一人なら逃げるのは造作も無いけど、さすがにここで追いはぎ連中はともかくテセルを見捨てるわけにはいかない。
しかしテセルは自分の眼前で起きている、オレと『廃神』との攻防を興味深そうに眺めているだけだった。
「ふうむ。大した魔力だな。そんな非効率的な魔法で、そいつを止められるとは。英雄級……いや。半神級か」
「ちょ、ちょっと何をしているんですか!」
オレが抗議の叫びを上げた瞬間、こちらの集中がわずかに途切れ【霊体遮断】の防御壁を相手の足の一本が貫通する。
しまった。
臍を噛んだ瞬間、結晶状の足が顔面に迫ってくるのを、オレはなすすべ無く眺める事しか出来なかった。
そしてこの身を打ち砕かんと襲い来る、切っ先の尖った太い足は、オレの鼻先で空中に縫い付けられたかのように動きを止める。
え? 何が起きたんだ?
このときオレの耳の側、息がかかるほど近くから声が聞こえてきた。
「やれやれだ。手間をかけさせてくるな」
見るとオレの肩越しに伸びた手から、テセルが身につけていたオクタゴンと同じ八角形の光の文様が空中に展開して、それが化け蜘蛛の動きを止めていたのだ。
「それじゃあここで失礼させてもらうよ。君たちの相手をしている時間はないのでね。そっちの君も一緒にきたまえ」
一同をぐるりと見回すと、テセルは胸元に八角形の装身具をしまい込み、オレの方に手を伸ばしつつ、もう追いはぎどもには何の興味もないとばかりに歩き出すが、その前に一人の男が立ちはだかった。
「おい。ちょっと待てや!」
「なんだい? まだ用があるのか?」
「お前は本当に神造者なんだな? そのオクタゴンは本物なのか?」
どうやらテセルの掲げている八角形の装身具は『オクタゴン』と言うらしく、その地位を象徴するものらしい。
「もちろんだ。この僕はこう見えても帝国首都の神造者学院を十六歳で卒業し、この辺境の地に神造者支部長としての配属が決まった、いわば『エリート中のエリート』なのさ」
そう言っていかにも自慢げにテセルは胸をそらす。
この国の細かい事情などオレに分かるはずも無いが、元の世界の基準で言うと『地方に配属されたキャリア組エリート官僚』なのだろう。
元の世界だったら、そこで数年間経験を積み、それから中央に戻って出世競争ということになるわけだ。
外見はあんまり凄そうには見えないんだけど、まあ元の世界でもエリート官僚だからって美形だったり、凄いオーラを放っていたりするわけじゃないから、そういう意味ではむしろ当たり前なのか。
「さあさっさとひれ伏すか、さもなくば失せたまえ。いつまでも君たちごときに関わりあってはいられないんだよ」
テセルはピラピラと手を振り、連中に立ち去るようにうながす。
そしてコケにされた男達はお互いに顔を見合わせて ―― いきなりその一人がテセルの顔面を殴りつけた。
「ぶはぁ!」
テセルは無様に吹っ飛ぶと、地面を転げ回る。
「い、痛い! 痛い! 何をするんだ!」
テセルが顔を押さえて抗議の声を挙げるが、見ると周囲のごろつき連中は目をらんらんと輝かせて迫っている。
どうやらオレの事はどうでもよくなったらしい。
「へへへへ。やっぱりそうだ。神造者というのは、あくまでも『神』の相手をする仕事であって、俺たち人間様相手では何も出来ないんだぜ」
「そういうことかい。その癖にあんなに偉ぶりやがって、随分と調子に乗ってくれたな、このガキ!」
怒りと嘲笑を浮かべる周囲の面々にテセルは、驚きの声を挙げる。
「お、おい! こういう場合だったら普通、君たちは恐怖にガタガタ震え、僕が立ち去るまで地面に跪くもんじゃないのか?」
「そんなわけあるか! 人間相手には何の力もない癖に!」
「まったく驚かせやがって、てっきりどこぞの神の化身かとでも思ったじゃねえか!」
「げええええ!」
テセルはみっともなく、驚愕の顔を浮かべる。
どうやら自分の身分を明かした後で、この反応は予想だに出来なかったらしい。
言って見れば『印籠を出した水○黄○』のつもりだったけど相手の反応は『暴れん坊○軍』の方だったということか。
「ほ、本当に手を出すつもりなのか? この帝国の支配者階層であるエリート神造者のこの僕に対して?!」
「ふざけんな! 散々調子に乗ってくれやがって。身の程を思い知らせてやるぜ!」
「ちょっと待てぇ!」
ごろつきの一人がさびた剣を振り上げ、テセルはみっともなく頭を抱える。
そしてその瞬間、連中はいきなり動きを止めた。
「はいはい。そこまで。これ以上、余計な争いはやめときましょうね」
オレは暴力行為を抑止する【調和】の魔法をかけて、追いはぎ連中とテセルの間に割って入った。
結果的にオレがテセルを助けた形だが、この少年が本当に自分で口にした通りのエリートなら、こっちの知りたい事を教えてくれるかもしれないから、ここは恩を売っておいて損は無いだろう。
そして暴力行為を止められた追いはぎ連中は困惑した表情で互いの顔を見合わせる。
「お……おい……」
「なんだか分からんが……ここは逃げろ!」
あれ? 争いを避けるため、こっちがとっとと逃げ出そうと思っていたのだけど、追いはぎ連中の方が逃げていくぞ。
たぶん何か不気味なものでも感じたのだろう。
後に残されたのは殴られて鼻血を出し、無様に顔を押さえているテセルとオレだけとなった。
一体どうする?
回復魔法で怪我を治してやるのは造作も無いけど、その場合、こっちの事について気付かれてしまう可能性が高いな。
命に関わりかねない重傷ならいざ知らず、見たところ軽傷のようだから敢えて魔法を使うまでもないか。
「テセルさん……でしたっけ。大丈夫ですか?」
オレが手をさしのべると、テセルは顔を押さえているのとは別の手でこちらの手をつかんで起き上がる。
「一応は礼を言っておこう。だが君は何者だ?」
テセルは真剣にオレの顔をのぞき込んでいる。
むう。男装していても近くで見れば、オレの容姿が非常に目立つ事は分かっているので、ここは適当にごまかすしかないか。
しかしテセルが次に発した言葉は、オレを驚かせるに十分だった。
「よくよく見ると君は人間ではないな。いったいどこの神の眷属だ?」
「え? なんですって?」
まさかテセルは一目でオレの本性を見抜いたのか?
確かに今までもカリル・ブロウブロウ ―― オレに首輪をはめて散々利用してくれた ―― みたいな生来の魔法持ちだと、そういうことが出来たけど、テセルもそんな能力もちなのか?
それとも彼が名乗った『神造者』という地位が、その能力の源なのだろうか。
オレはちょっとした不安と、好奇心を抱きつつこちらを凝視するテセルと対峙する事となった。
オレが『人間ではない』というのは、正直に言えば受け入れ難いし、少なくともこの身体が人の身のままだからこそ、これまで散々苦労してきたわけだ。
そしてテセルはオレをジロジロと見つめつつ、アゴに手を当てて何かを考えこんでいる。
「ふうむ……君はいろいろと珍しい存在だな。かなり興味をそそられるが、いったい何者なんだ?」
どう答えたらいいのか、また聞きたい事が山のようにあるが、それをどう切り出すか、などなどオレがかなり苦慮していたところで、いきなり悲鳴が聞こえてきた。
今度は何だ? 方向からするとさっきの追いはぎ連中が逃げたあたりから聞こえてきたようだけど。
そしてここでテセルはすっくと起き上がる。少なくとも鼻血さえ出していなかったら、それなりに凜々しい姿だったろう。
「とりあえず話は後だ」
テセルは先ほど見せた無様な姿とは一転して、別人のように表情を引き締めるといきなり駆け出した。
オレも一瞬、躊躇したけどここはひとまず同行すべきだと思って、後に続くことにする。
「なんだ? 僕についてくるのか? それとも憑いてくるのか?」
「今は冗談を言っている場合なんですか?」
魔法で移動力を強化しているオレとしては、テセルと一緒に移動するのは造作も無い。
「そうか。つまり僕に惚れて、どうしても同行したいというのだな。まあ神の眷属が人間と結ばれるのは珍しい事では無いから、僕も受け入れるのにやぶさかでは無いぞ」
「冗談でもそういうことは言わないで下さいよ」
ついさっきオレの眼前で追いはぎに殴られ、鼻血を出して転げ回っていたくせに、どの面下げてそんな厚かましい事を口に出来るのか。
「それでは我が帝国のエリート神造者たる僕の地位を目当てにしたものだったのかい」
「そんな事があると本気で思っているんですか」
そもそもオレ達がこの場で出会ったのも、お前が追いはぎにボコられかけたのも全部、偶然だろうが。
ちょっとばかり怒気がわき上がるが、ここはグッと我慢だ。
貴重な情報源になり得るテセルからは、これからいろいろと聞き出さねばならない事があるのだからな。
これまで出会ってきた連中の理不尽さに比べれば、この程度の軽口は勘弁してやろう。
「おや? 違ったのか?」
「当たり前でしょうが」
「そうかすまんな。そんなに顔を赤らめているということは、本気で僕に惚れていたのか」
マジでぶん殴ってやろうかこの野郎。
ついさっき勘弁してやると決意した直後に、オレの怒りは爆発寸前となる。
顔が赤いのは怒りで充血しているからだよ。
「まあそれはともかく、今はやるべき事が先にあるな」
そう言ってテセルが指し示した先では、ついさっき逃げ出した追いはぎ連中が、揃って腰を抜かして振るえていた。
「た、助けてくれぇ!」
悲鳴を挙げる連中の前では、輝く月光に照らされてその身をきらめかせる巨大な影がそびえていた。
「あ……あれはいったい?」
やつらの前に立っていたのは、人間の数倍はあろうかという巨躯を有する『水晶で出来た巨大蜘蛛』とでもいうべき怪物だった。
本来ならば蜘蛛の顔のあるべき部分は、狂気に染まった人間の顔のごとき様相をしており、明らかに尋常な存在では無い。
オレが自分にかけている霊体を感知する魔法である【霊視】によると、恐らくは肉体を持つ精霊のたぐいだろう。かなり厄介そうな存在だ。
そしてそんなオレを見て、テセルは少々呆れた様子でこぼす。
「なんだ。お前は『廃神』を見た事がないのか?」
「え? 『廃神』ですか?」
「そんな事も知らないとは、お前はいったいどこから来たんだ?」
そんなのこっちが知っているはずがないだろうが、と文句を言う暇もなく『水晶の巨大蜘蛛』はいきなり地面を蹴って跳び上がる。
結晶の身体が、月の光を浴びてきらめくのはついつい目を奪われるほど幻想的な光景だった。
しかしその巨体の落下先には、オレと一緒に駆けてきたテセルが目どころか心を奪われたかのごとく立ちすくんでいた。
「危ない!」
オレは反射的に【霊体遮断】の魔法を使って『廃神』と表現された相手を食い止める。
あのままだったら間違いなく、いまごろテセルは『人間を原料とした血と肉の塊』となっていたはずだ。
「とにかく逃げて下さい!」
オレが叫んだところで、化け物蜘蛛の足が次第にこちらの防御壁に食い込んできていた。
むう。これはまずい。
相手は確かに精霊かその類いなのだが、水晶の肉体も持っているのだ。このため【霊体遮断】の魔法もある程度の効果はあるが、完全に止める事が出来ないらしい。
このままではオレの防御壁も破られてしまうのは時間の問題だ。
いつものことではあるが、オレの場合、肉体を持つ相手は本当にやっかいだ。
オレ一人なら逃げるのは造作も無いけど、さすがにここで追いはぎ連中はともかくテセルを見捨てるわけにはいかない。
しかしテセルは自分の眼前で起きている、オレと『廃神』との攻防を興味深そうに眺めているだけだった。
「ふうむ。大した魔力だな。そんな非効率的な魔法で、そいつを止められるとは。英雄級……いや。半神級か」
「ちょ、ちょっと何をしているんですか!」
オレが抗議の叫びを上げた瞬間、こちらの集中がわずかに途切れ【霊体遮断】の防御壁を相手の足の一本が貫通する。
しまった。
臍を噛んだ瞬間、結晶状の足が顔面に迫ってくるのを、オレはなすすべ無く眺める事しか出来なかった。
そしてこの身を打ち砕かんと襲い来る、切っ先の尖った太い足は、オレの鼻先で空中に縫い付けられたかのように動きを止める。
え? 何が起きたんだ?
このときオレの耳の側、息がかかるほど近くから声が聞こえてきた。
「やれやれだ。手間をかけさせてくるな」
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