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第10章 神造者とカミツクリ
第250話 帝国の医療事情とあれこれ
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とにかく今はテセルにいろいろと聞くことがあるな。
そう思って振り向くとテセルはどうも不機嫌そうな顔をしている。
「まったく油断も隙もないな。僕が留守の間に、支部長室に別の男を連れ込んでいるとは、そういう悪い娘には御主人様として、キツいおしおきが必要かな?」
「そんな事を言ってくるような悪い御主人様には愛想を尽かして、副支部長の方に寝返った方がいいと思うかもしれませんよ」
オレがそう言い切ると、テセルは困ったようにその頭をかく。
「やれやれ。君の事を心配して、大事な市長との会談も早めに切り上げて帰ってきたのに、最初の言葉がそれなの?」
「早めに切り上げて帰ってきて、最初の言葉が『キツいおしおき』なんて言っている人にはそれで十分だと思いますけど」
「分かったよ。僕の負けだ。それで副支部長は何と言っていたんだい」
そこでオレは先ほどの会話について、かいつまんで説明した上で問いかける。
するとテセルの顔には驚愕が浮かぶ。
「なんだと?! それは本当か!」
え? やっぱりオレがイロールの信徒だと言うことはそれほど驚かれることなのか?
「アルタシャは僕には自分の信仰についてなにも言わなかった癖に、副支部長には教えるなんてどういうことだよ」
「文句あるのはそっちですか!」
これにはこっちも思わずずっこける。
まったく本当にオレを振り回す事しか考えてないのかコイツ。
「僕たちは曲がりなりにもアンブラール神の前で誓い合った『婚約者』なのに、さっき合ったばかりの副支部長を優先されたら、こっちだって傷つくよ」
「それだけ面の皮が厚かったら、こっちが全力でぶん殴っても傷一つつかないと思いますから、試していいですか?」
だいたい知り合いになってからの期間で言えば、オレにとってテセルとワストリとでは『五十歩百歩』じゃないか。
オレが小さな拳を握りしめたところで、テセルはその肩をすくめる。
「もうちょっと表情に怒りを込めて、涙目でにらんでくれたらもっとかわいい気がするんだけどな。まあいいや」
う~ん。テセルには怒りを感じるが、ワストリ副支部長にはどこか怖れを感じるな。
どっちが苦手かと言えばやっぱりワストリの方か。
いや。今はそんな事を考えている場合では無い。
「このフォンリット帝国ではイロールの信徒である事について、疑惑を持たれる理由があるのですか?」
「そんなはずは無い……ただ前にも言ったように、あの治癒の女神について神話修正が殆ど行われていないことは確かだ。しかし裏を返せば信仰は別に禁じられているわけではないし、その信徒だからと言って特別警戒されるはずもないのだけどな」
「そうだとしたら、この地域では問題があるのか、それともワストリ副支部長に何か含むところがあるかもしれないということになりますね。このバッド・ディールではどうなっているのですか?」
「言われて見れば……」
テセルはここで少しばかり考え込む様子を見せる。
「確かにこの街にはイロールを崇める寺院は存在しないな」
これはオレにとってもちょっと驚きだった。
いくらバッド・ディールでは城壁内の半分ぐらいが廃墟とはいえ、それでも結構大きな街であり、しかも『冒険者』が危険な廃墟あさりをしているのだ。
回復魔法の使い手がいなければ、かなり困った事になるのではないか。
「え? そうなんですか? それでは病気や怪我の時はどうするんです?」
「回復魔法は使えなくとも、薬師や医師はちゃんといるぞ。そもそも我が帝国ではそういった職人の神もちゃんと定義されている。全ての職人の源である《職人の王ランブリル》がいて、その子供として《鍛冶師》や《船大工》《料理人》などなど数多く『職人の始祖』が存在し、それぞれの職種毎の守護神となっているのだからな。薬師や医師もその中に入る」
「その神の信徒はどんな魔法が使えるのです」
「医師の神の信徒なら傷口の化膿を防いだり、メスの切れ味を上げたり出来る。薬剤師ならば調合した薬の劣化を遅らせたり、症状に合わせた薬の調合を神に問うたりするのが可能だ」
なるほど。このフォンリット帝国でも回復魔法の使い手が希少な事は、他の地域とさして違いは無いが、薬を調合したり、外科手術したりする職人としての守護神があって、その信徒が主に医療行為を司っているということか。
もちろん回復魔法に比べれば効果は限定的だろうけど、その代わり該当する神様を崇拝すれば比較的簡単に恩恵が得られるのだな。
しかしそうすると聖女教会とは、商売がたきでもあるわけだから関係が微妙な事になっていそうだ。
ワストリが疑念を抱いたのもそのあたりの事情があるからなのだろうか。
いや。何にしても短絡的に決めつけるのは危険だ。
「まあ。そのあたりは僕の方から副支部長に聞いておこう。それでいいだろう?」
やっぱりテセルはあまり深刻に考えてはいないようだ。
オレの事を殆ど疑っていないからなんだろうけど、それを『信頼』というのだろうか。やっぱり容姿だけで、都合よく判断している気がするな。
今までにもそういう連中は大勢見てきたし、男だった頃のオレも似たようなものだったから否定する気にはなれない。
しかしそう考えるとオレの事をかなり深刻に疑っているらしい、副支部長の方がまっとうに思えてきてしまうな。
そう思って振り向くとテセルはどうも不機嫌そうな顔をしている。
「まったく油断も隙もないな。僕が留守の間に、支部長室に別の男を連れ込んでいるとは、そういう悪い娘には御主人様として、キツいおしおきが必要かな?」
「そんな事を言ってくるような悪い御主人様には愛想を尽かして、副支部長の方に寝返った方がいいと思うかもしれませんよ」
オレがそう言い切ると、テセルは困ったようにその頭をかく。
「やれやれ。君の事を心配して、大事な市長との会談も早めに切り上げて帰ってきたのに、最初の言葉がそれなの?」
「早めに切り上げて帰ってきて、最初の言葉が『キツいおしおき』なんて言っている人にはそれで十分だと思いますけど」
「分かったよ。僕の負けだ。それで副支部長は何と言っていたんだい」
そこでオレは先ほどの会話について、かいつまんで説明した上で問いかける。
するとテセルの顔には驚愕が浮かぶ。
「なんだと?! それは本当か!」
え? やっぱりオレがイロールの信徒だと言うことはそれほど驚かれることなのか?
「アルタシャは僕には自分の信仰についてなにも言わなかった癖に、副支部長には教えるなんてどういうことだよ」
「文句あるのはそっちですか!」
これにはこっちも思わずずっこける。
まったく本当にオレを振り回す事しか考えてないのかコイツ。
「僕たちは曲がりなりにもアンブラール神の前で誓い合った『婚約者』なのに、さっき合ったばかりの副支部長を優先されたら、こっちだって傷つくよ」
「それだけ面の皮が厚かったら、こっちが全力でぶん殴っても傷一つつかないと思いますから、試していいですか?」
だいたい知り合いになってからの期間で言えば、オレにとってテセルとワストリとでは『五十歩百歩』じゃないか。
オレが小さな拳を握りしめたところで、テセルはその肩をすくめる。
「もうちょっと表情に怒りを込めて、涙目でにらんでくれたらもっとかわいい気がするんだけどな。まあいいや」
う~ん。テセルには怒りを感じるが、ワストリ副支部長にはどこか怖れを感じるな。
どっちが苦手かと言えばやっぱりワストリの方か。
いや。今はそんな事を考えている場合では無い。
「このフォンリット帝国ではイロールの信徒である事について、疑惑を持たれる理由があるのですか?」
「そんなはずは無い……ただ前にも言ったように、あの治癒の女神について神話修正が殆ど行われていないことは確かだ。しかし裏を返せば信仰は別に禁じられているわけではないし、その信徒だからと言って特別警戒されるはずもないのだけどな」
「そうだとしたら、この地域では問題があるのか、それともワストリ副支部長に何か含むところがあるかもしれないということになりますね。このバッド・ディールではどうなっているのですか?」
「言われて見れば……」
テセルはここで少しばかり考え込む様子を見せる。
「確かにこの街にはイロールを崇める寺院は存在しないな」
これはオレにとってもちょっと驚きだった。
いくらバッド・ディールでは城壁内の半分ぐらいが廃墟とはいえ、それでも結構大きな街であり、しかも『冒険者』が危険な廃墟あさりをしているのだ。
回復魔法の使い手がいなければ、かなり困った事になるのではないか。
「え? そうなんですか? それでは病気や怪我の時はどうするんです?」
「回復魔法は使えなくとも、薬師や医師はちゃんといるぞ。そもそも我が帝国ではそういった職人の神もちゃんと定義されている。全ての職人の源である《職人の王ランブリル》がいて、その子供として《鍛冶師》や《船大工》《料理人》などなど数多く『職人の始祖』が存在し、それぞれの職種毎の守護神となっているのだからな。薬師や医師もその中に入る」
「その神の信徒はどんな魔法が使えるのです」
「医師の神の信徒なら傷口の化膿を防いだり、メスの切れ味を上げたり出来る。薬剤師ならば調合した薬の劣化を遅らせたり、症状に合わせた薬の調合を神に問うたりするのが可能だ」
なるほど。このフォンリット帝国でも回復魔法の使い手が希少な事は、他の地域とさして違いは無いが、薬を調合したり、外科手術したりする職人としての守護神があって、その信徒が主に医療行為を司っているということか。
もちろん回復魔法に比べれば効果は限定的だろうけど、その代わり該当する神様を崇拝すれば比較的簡単に恩恵が得られるのだな。
しかしそうすると聖女教会とは、商売がたきでもあるわけだから関係が微妙な事になっていそうだ。
ワストリが疑念を抱いたのもそのあたりの事情があるからなのだろうか。
いや。何にしても短絡的に決めつけるのは危険だ。
「まあ。そのあたりは僕の方から副支部長に聞いておこう。それでいいだろう?」
やっぱりテセルはあまり深刻に考えてはいないようだ。
オレの事を殆ど疑っていないからなんだろうけど、それを『信頼』というのだろうか。やっぱり容姿だけで、都合よく判断している気がするな。
今までにもそういう連中は大勢見てきたし、男だった頃のオレも似たようなものだったから否定する気にはなれない。
しかしそう考えるとオレの事をかなり深刻に疑っているらしい、副支部長の方がまっとうに思えてきてしまうな。
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