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第11章 文明の波と消えゆくもの達と
第320話 また新たな旅に出る
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いつの間にやら周囲を埋め尽くしていた『数多の目』の精霊は既に残らず消え去っていた。
「おい。コイツは喰っていいんだろ?」
ここで横合いから、半人半獣の身体のあちこちから血を流し、かなり痛そうなテルモーが声を挟んでくる。
ただやっぱり『狼男』形態だとそれぐらいの怪我でも大した事はないようだ。
さすがに『銀の弾丸を心臓に撃ち込まない限り死なない』という域には達していないけど、それでも自分の身の脆さにしょっちゅう悩むオレから見ればうらやましいものである。
もちろんテルモーの誘いにのって『二本足の狼』になる気はありませんけどね。
「今まで人肉は喰った事が無かったから楽しみだな……うう。痛ててて」
「とりあえず傷を治します。あとこの人を食べるのは辞めて下さい」
目を抉るのも、人の肉を喰うのもオレからすれば真っ平ゴメンだ。
自分自身を『狼』だと思っているテルモーの方は悪意でやっているわけではないのだが、やっぱりオレの目の前でそんな事をさせるわけにはいかない。
「そうなのか……まあお前が喰いたいなら別にいいけど……」
「いえ。そういうわけじゃありませんから」
とりあえず『応急手当』をテルモーにかけて傷口を塞いでから、オレは『目』の男に改めて相対する。
「もうあなたの頼りにしていた『数多の目』の精霊はいなくなりましたよ。それは分かっているはずです」
「う……うるさい! 精霊は滅びん! 必ず戻ってくるぞ!」
それはその通りだ。
オレも別にあの精霊を退治したわけではなく、あくまでもこの世界から一時的に放逐したに過ぎない。
もしもこの男が自由になれば、いや、仮にこの男がいなくなったとしても、また別の ―― 強い憎しみと恨みを持った ―― 誰かと接触してこの世に舞い戻り再び勢力を得ようとする事は十分に考えられる。
そうなった時には、今度こそどこかのシャーマンなり他の神の英雄なりが『数多の目』を本当に消し去ってくれる事を祈るとしよう。
そして男の方は、覚悟を固めた様子でその胸を張る。
「さあワシを殺すがいい! とっくの昔に死の覚悟は出来ているとも。だがワシの魂はあの『数多の目』の精霊と一体となり、永遠にお前達を恨み続ける事だろう」
「そうですか……まあ改心する気がないなら、仕方ないでしょう」
まずあり得ないだろうけど、この男が心を入れ替えて人生をやり直す気になったのなら、その目をオレの回復魔法で治療してやろうと思ったかもしれない。
しかし心を改める様子が微塵もないのなら、どうにもならないな。
悪人の目を治療してあげたら、いきなり心まで綺麗になって善人になるなどとそんな漫画のような都合のいい事が起こるはずがないのだ。
残念ながらオレは人間の身体を良い状態には出来るが、心はどうしようもない。
「あなたの処遇はあちらの人達に決めてもらいますよ」
「なんだと?」
このときオレの視界の片隅には、新たな複数の松明の明かりが写っていた。
逃げたごろつき連中が戻ってきたわけではないようだ。
おそらく昼間に精霊のお告げを受けて『人の皮をかぶった獣』を探していた人達だろう。
幾ら夜とはいえ、あれだけ悲鳴だの何だの響いていたら、イヤでも気がつくか。
こっちの一行は降りかかる火の粉を払っただけとは言え、あの人達を結果的には略奪や精霊の襲撃から助けたわけだからそれで感謝してもらえるか。
いや。この場合はこっちの『目』の男をテルモー達『人の皮をかぶった獣』が襲っていると勘違いされる危険性が高いじゃないか。
そこまで悪くなくともせいぜい『数多の目』の精霊を奉じる強盗団と『二本足の狼』が殺し合いをしたと思われるだけになりそうだ。
少なくとも感謝してもらって、テルモー達『二本足の狼』を受け入れてもらえるなどという、ムシのいい展開はあるまい。
精霊のお告げが曖昧であるが故に、どんな誤解を招くか分からない。
残念だけどこの場はさっさと逃げるべきだな。
これが勘違いされる事と逃げ回る事の両方に慣れきってしまったオレの習性みたいなもんである。
「おおい! そこにいるのは何もんだ?!」
「みんな気をつけろよ!」
警戒の声が響く中、オレはテルモー達に声をかける。
「さあ早くいきましょう。このままここにいてもいい事は何もありませんよ」
「分かった」
「ふう。疲れたわね……」
テルモー達も別に近寄ってくる連中に感謝されたいとか、まるで考えていないのはありがたいというべきか。
だが立ち去ろうとするオレ達に向けて、また別の声が轟いてくる。
「待て! お前達はワシをどうするつもりだ?」
「あなたはここに置いておきますよ。後の事はあちらの人達に任せます」
「ふざけるな! ワシをもう一度、あの連中の裁きにゆだねるだと!」
男はどういうわけか抗議の叫びを挙げた。
「だったらいまここで殺せ! あんな目にもう一度遭うなど真っ平だ!」
どうやら『目を抉られて追放された過去』を思い出しているらしい。
「それがあなたの一番嫌な事だったのなら、敢えてそうさせてもらいますよ」
オレには相手がどんな悪党でも、既に脅威でなくなった人間を手にかける事は出来ない。
だから裁きはこの地の人達に任せます。
復讐のために大勢の人間を殺し、その目を抉って精霊に捧げ、あちこちを略奪してまわっていたなら、それは隠しようもないことだろう。
「待て! 待ってくれ! 殺していってくれぇ!」
「だからあなたの願いを叶える筋合いはないんですって」
オレは安堵と共にちょっとばかりの哀れみを抱きつつ、テルモー達と男に背を向けて、その場を急ぎ立ち去った。
「おい。コイツは喰っていいんだろ?」
ここで横合いから、半人半獣の身体のあちこちから血を流し、かなり痛そうなテルモーが声を挟んでくる。
ただやっぱり『狼男』形態だとそれぐらいの怪我でも大した事はないようだ。
さすがに『銀の弾丸を心臓に撃ち込まない限り死なない』という域には達していないけど、それでも自分の身の脆さにしょっちゅう悩むオレから見ればうらやましいものである。
もちろんテルモーの誘いにのって『二本足の狼』になる気はありませんけどね。
「今まで人肉は喰った事が無かったから楽しみだな……うう。痛ててて」
「とりあえず傷を治します。あとこの人を食べるのは辞めて下さい」
目を抉るのも、人の肉を喰うのもオレからすれば真っ平ゴメンだ。
自分自身を『狼』だと思っているテルモーの方は悪意でやっているわけではないのだが、やっぱりオレの目の前でそんな事をさせるわけにはいかない。
「そうなのか……まあお前が喰いたいなら別にいいけど……」
「いえ。そういうわけじゃありませんから」
とりあえず『応急手当』をテルモーにかけて傷口を塞いでから、オレは『目』の男に改めて相対する。
「もうあなたの頼りにしていた『数多の目』の精霊はいなくなりましたよ。それは分かっているはずです」
「う……うるさい! 精霊は滅びん! 必ず戻ってくるぞ!」
それはその通りだ。
オレも別にあの精霊を退治したわけではなく、あくまでもこの世界から一時的に放逐したに過ぎない。
もしもこの男が自由になれば、いや、仮にこの男がいなくなったとしても、また別の ―― 強い憎しみと恨みを持った ―― 誰かと接触してこの世に舞い戻り再び勢力を得ようとする事は十分に考えられる。
そうなった時には、今度こそどこかのシャーマンなり他の神の英雄なりが『数多の目』を本当に消し去ってくれる事を祈るとしよう。
そして男の方は、覚悟を固めた様子でその胸を張る。
「さあワシを殺すがいい! とっくの昔に死の覚悟は出来ているとも。だがワシの魂はあの『数多の目』の精霊と一体となり、永遠にお前達を恨み続ける事だろう」
「そうですか……まあ改心する気がないなら、仕方ないでしょう」
まずあり得ないだろうけど、この男が心を入れ替えて人生をやり直す気になったのなら、その目をオレの回復魔法で治療してやろうと思ったかもしれない。
しかし心を改める様子が微塵もないのなら、どうにもならないな。
悪人の目を治療してあげたら、いきなり心まで綺麗になって善人になるなどとそんな漫画のような都合のいい事が起こるはずがないのだ。
残念ながらオレは人間の身体を良い状態には出来るが、心はどうしようもない。
「あなたの処遇はあちらの人達に決めてもらいますよ」
「なんだと?」
このときオレの視界の片隅には、新たな複数の松明の明かりが写っていた。
逃げたごろつき連中が戻ってきたわけではないようだ。
おそらく昼間に精霊のお告げを受けて『人の皮をかぶった獣』を探していた人達だろう。
幾ら夜とはいえ、あれだけ悲鳴だの何だの響いていたら、イヤでも気がつくか。
こっちの一行は降りかかる火の粉を払っただけとは言え、あの人達を結果的には略奪や精霊の襲撃から助けたわけだからそれで感謝してもらえるか。
いや。この場合はこっちの『目』の男をテルモー達『人の皮をかぶった獣』が襲っていると勘違いされる危険性が高いじゃないか。
そこまで悪くなくともせいぜい『数多の目』の精霊を奉じる強盗団と『二本足の狼』が殺し合いをしたと思われるだけになりそうだ。
少なくとも感謝してもらって、テルモー達『二本足の狼』を受け入れてもらえるなどという、ムシのいい展開はあるまい。
精霊のお告げが曖昧であるが故に、どんな誤解を招くか分からない。
残念だけどこの場はさっさと逃げるべきだな。
これが勘違いされる事と逃げ回る事の両方に慣れきってしまったオレの習性みたいなもんである。
「おおい! そこにいるのは何もんだ?!」
「みんな気をつけろよ!」
警戒の声が響く中、オレはテルモー達に声をかける。
「さあ早くいきましょう。このままここにいてもいい事は何もありませんよ」
「分かった」
「ふう。疲れたわね……」
テルモー達も別に近寄ってくる連中に感謝されたいとか、まるで考えていないのはありがたいというべきか。
だが立ち去ろうとするオレ達に向けて、また別の声が轟いてくる。
「待て! お前達はワシをどうするつもりだ?」
「あなたはここに置いておきますよ。後の事はあちらの人達に任せます」
「ふざけるな! ワシをもう一度、あの連中の裁きにゆだねるだと!」
男はどういうわけか抗議の叫びを挙げた。
「だったらいまここで殺せ! あんな目にもう一度遭うなど真っ平だ!」
どうやら『目を抉られて追放された過去』を思い出しているらしい。
「それがあなたの一番嫌な事だったのなら、敢えてそうさせてもらいますよ」
オレには相手がどんな悪党でも、既に脅威でなくなった人間を手にかける事は出来ない。
だから裁きはこの地の人達に任せます。
復讐のために大勢の人間を殺し、その目を抉って精霊に捧げ、あちこちを略奪してまわっていたなら、それは隠しようもないことだろう。
「待て! 待ってくれ! 殺していってくれぇ!」
「だからあなたの願いを叶える筋合いはないんですって」
オレは安堵と共にちょっとばかりの哀れみを抱きつつ、テルモー達と男に背を向けて、その場を急ぎ立ち去った。
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