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第13章 広大な平原の中で起きていた事
第432話 獅子神様の悲劇とは
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この世界において神話は立場の違いでまるで別物になることは、散々思い知らされてきたけど今回もまた厄介な話だな。
しかしここはロニールの話をもう少し聞くしか無い。
「それで獅子神が騙されたとはどういう事なのですか?」
「卑怯な『定めし者』はやつらはズルをして、獣と人間を永遠に分かち、それまでこの地にあった調和を破壊してしまったのだ」
「具体的には何をしたのです?」
「話を戻すが神代の昔、人間を含めたあらゆる獣は平等だったと言ったな。確かに喰うもの、喰われるものはいたが、その時代には全ての獣が知性を有し、言葉を介し、人間も数多きそれらの一つでしかなかった。しかし誰もが幸せだったのだ」
ロニールはまるで思い出すかのような遠い目をしているが、その時代を知っているわけでもないのに、なかなかの入り込み具合だ。
こんな場所に追いやられても、太古から連綿と続く信仰を捨てないのだから、それぐらいは無いとやっていけないのだろう。
「だがそこに余所から、人間が獣を支配する邪な考えを持った者どもがやってきて激しい戦いとなった。我らは勝利したとはいえ、その結果として豊かだった大地は、過酷な荒野と化したのだ」
ここはロニールとターダのどちらも同じなのか。
もちろんお互いに『その原因はお前達の方だ』と言っているのだろうけどな。
「そこで『定めし者』は新しい食事が得られる事を多くの人間と獣に伝え、彼らを騙して自分達の側につけたのだ」
それが遊牧民の行っている『草食獣を人間が家畜として飼う』ことなのだな。
「かの『定めし者』の詭計により、多くの獣たちは知性を失い、人間に飼い慣らされる事となってしまったのだ……騙されなかったのは我らの祖先達ごく一部だったと聞く」
ロニールの神話ではそこが家畜とそうでない動物との分かれ目だったということか。
「それではあなたの同族である獅子は知性があるのですか?」
オレのこの問いかけに対し、ロニールは口惜しげに顔を伏せる。
「残念だが、獅子神様が敗れて岩となったときに、全ての獅子が……そして他の動物たちもみな知性を失ってしまったのだ。そして敗れた者達は『定めし者』に従う奴らに狩り出されここに逃げ込む事となった」
「ならばあなた方は獅子と共に生きているのでしょうか」
「口惜しいが……生きてこの世にいる獅子はもう一頭もいないのだ。オレもこの目で見た事は無い」
やっぱりそうか。
獅子神を信仰しているロニールまでがそう言うなら、少なくともこの地域において生きているライオンが絶滅してしまったのは確実か。
この世界には絶滅危惧種の動物を保護するなんて概念は存在しないから、遊牧民達はライオンだけでなく家畜にならない肉食獣を徹底的に駆除したのだろうな。
それはともかくまだ聞きたい事はいくつかある。
「ところでこの地が湿原になったのは、川の水が引き込まれたからですよね」
「お前が言いたい事は分かっている。遊牧民共は『定めし者』が運河を掘って、ここに水を引き込んだと言っているが、それもウソだ」
「では本当は何があったのですか?」
「……」
オレの質問に対し、ロニールはどこか不可思議そうな表情を浮かべる。
あれ? 何か変な事でも聞いてしまったのだろうか。
確かにオレはロニールの事について殆ど何も知らないから、誤解を招いてしまったかもしれない。
オレが改めて問いかけようと思ったときロニールはゆっくりと口を開く。
「あの運河は騙された獅子神様が、岩と変じつつあるその身を引きずって、生誕の地であるここまでやってきた時に地面が削れてつくられたのだ。だからこそ、この湿原では『定めし者』の勝手に押しつけた事を受け入れぬものたちが暮らすようになった。しかし遊牧民は俺達をどこまでも追い詰め、この僅かな地にまでやってきて獅子を狩りたて滅ぼした」
ここはオレの考えた通りだな。
この『悪鬼の湿原』が遊牧民にとっても最も大事な土地であり、ここで狩りをする事が勇者や族長の資格を得る事に繋がるのは、遊牧生活を拒絶した『敵』がいるからだったのだ。
そしてロニールはオレに対して興味深そうにその身を寄せてくる。
「しかし……お前は随分と変わっているな」
「どういうことですか?」
「俺達の話をそこまで真剣に聞こうとするよそ者はお前が初めてだ」
なるほど。確かに獅子神信仰者の語る神話は、この地域にいる他の人間達の受け入れるものではないだろう。
これが遊牧民であったなら、話の途中で相手の口を永遠に封じようとするに違いない。
もっともすでにライオンは絶滅し、また獅子神信仰者もこの湿地帯だけで暮らしていて、平原の他の地域にはいないので、既に遊牧民の方からは『敵』とすら認識されていないのが、僅かな救いという事か――何とも皮肉な話だけどな。
「それではあなた方はよそ者とは関わらないのですか?」
「そうでもない。俺達もパップスを訪れて、そこで取引はする。いま言ったように、我らの神話に耳を傾ける奴はまずいないけどな」
あれ? パップスには遊牧民と交易に来た外部の人間以外は見かけなかったぞ。
短い滞在だったけど、ロニールのように目立つ相手がいたら、見逃すはずがないのだけどなあ。
そうだ。思い出した。
パップスの中には隔離された区画があったけど、あそこが遊牧民達と顔を合わせたら、殺し合いになりかねない獅子神信仰者と外部の人間が交易する場所だったんだ。
ロニール達は完全に外部とは絶縁しているようで、細々とした繋がりはあったということか。
オレはちょっとばかり安堵した。だがこのたわいのないやり取りが、実は大きな影響のある話だったのに気付くのはもう少し後になっての事だった。
しかしここはロニールの話をもう少し聞くしか無い。
「それで獅子神が騙されたとはどういう事なのですか?」
「卑怯な『定めし者』はやつらはズルをして、獣と人間を永遠に分かち、それまでこの地にあった調和を破壊してしまったのだ」
「具体的には何をしたのです?」
「話を戻すが神代の昔、人間を含めたあらゆる獣は平等だったと言ったな。確かに喰うもの、喰われるものはいたが、その時代には全ての獣が知性を有し、言葉を介し、人間も数多きそれらの一つでしかなかった。しかし誰もが幸せだったのだ」
ロニールはまるで思い出すかのような遠い目をしているが、その時代を知っているわけでもないのに、なかなかの入り込み具合だ。
こんな場所に追いやられても、太古から連綿と続く信仰を捨てないのだから、それぐらいは無いとやっていけないのだろう。
「だがそこに余所から、人間が獣を支配する邪な考えを持った者どもがやってきて激しい戦いとなった。我らは勝利したとはいえ、その結果として豊かだった大地は、過酷な荒野と化したのだ」
ここはロニールとターダのどちらも同じなのか。
もちろんお互いに『その原因はお前達の方だ』と言っているのだろうけどな。
「そこで『定めし者』は新しい食事が得られる事を多くの人間と獣に伝え、彼らを騙して自分達の側につけたのだ」
それが遊牧民の行っている『草食獣を人間が家畜として飼う』ことなのだな。
「かの『定めし者』の詭計により、多くの獣たちは知性を失い、人間に飼い慣らされる事となってしまったのだ……騙されなかったのは我らの祖先達ごく一部だったと聞く」
ロニールの神話ではそこが家畜とそうでない動物との分かれ目だったということか。
「それではあなたの同族である獅子は知性があるのですか?」
オレのこの問いかけに対し、ロニールは口惜しげに顔を伏せる。
「残念だが、獅子神様が敗れて岩となったときに、全ての獅子が……そして他の動物たちもみな知性を失ってしまったのだ。そして敗れた者達は『定めし者』に従う奴らに狩り出されここに逃げ込む事となった」
「ならばあなた方は獅子と共に生きているのでしょうか」
「口惜しいが……生きてこの世にいる獅子はもう一頭もいないのだ。オレもこの目で見た事は無い」
やっぱりそうか。
獅子神を信仰しているロニールまでがそう言うなら、少なくともこの地域において生きているライオンが絶滅してしまったのは確実か。
この世界には絶滅危惧種の動物を保護するなんて概念は存在しないから、遊牧民達はライオンだけでなく家畜にならない肉食獣を徹底的に駆除したのだろうな。
それはともかくまだ聞きたい事はいくつかある。
「ところでこの地が湿原になったのは、川の水が引き込まれたからですよね」
「お前が言いたい事は分かっている。遊牧民共は『定めし者』が運河を掘って、ここに水を引き込んだと言っているが、それもウソだ」
「では本当は何があったのですか?」
「……」
オレの質問に対し、ロニールはどこか不可思議そうな表情を浮かべる。
あれ? 何か変な事でも聞いてしまったのだろうか。
確かにオレはロニールの事について殆ど何も知らないから、誤解を招いてしまったかもしれない。
オレが改めて問いかけようと思ったときロニールはゆっくりと口を開く。
「あの運河は騙された獅子神様が、岩と変じつつあるその身を引きずって、生誕の地であるここまでやってきた時に地面が削れてつくられたのだ。だからこそ、この湿原では『定めし者』の勝手に押しつけた事を受け入れぬものたちが暮らすようになった。しかし遊牧民は俺達をどこまでも追い詰め、この僅かな地にまでやってきて獅子を狩りたて滅ぼした」
ここはオレの考えた通りだな。
この『悪鬼の湿原』が遊牧民にとっても最も大事な土地であり、ここで狩りをする事が勇者や族長の資格を得る事に繋がるのは、遊牧生活を拒絶した『敵』がいるからだったのだ。
そしてロニールはオレに対して興味深そうにその身を寄せてくる。
「しかし……お前は随分と変わっているな」
「どういうことですか?」
「俺達の話をそこまで真剣に聞こうとするよそ者はお前が初めてだ」
なるほど。確かに獅子神信仰者の語る神話は、この地域にいる他の人間達の受け入れるものではないだろう。
これが遊牧民であったなら、話の途中で相手の口を永遠に封じようとするに違いない。
もっともすでにライオンは絶滅し、また獅子神信仰者もこの湿地帯だけで暮らしていて、平原の他の地域にはいないので、既に遊牧民の方からは『敵』とすら認識されていないのが、僅かな救いという事か――何とも皮肉な話だけどな。
「それではあなた方はよそ者とは関わらないのですか?」
「そうでもない。俺達もパップスを訪れて、そこで取引はする。いま言ったように、我らの神話に耳を傾ける奴はまずいないけどな」
あれ? パップスには遊牧民と交易に来た外部の人間以外は見かけなかったぞ。
短い滞在だったけど、ロニールのように目立つ相手がいたら、見逃すはずがないのだけどなあ。
そうだ。思い出した。
パップスの中には隔離された区画があったけど、あそこが遊牧民達と顔を合わせたら、殺し合いになりかねない獅子神信仰者と外部の人間が交易する場所だったんだ。
ロニール達は完全に外部とは絶縁しているようで、細々とした繋がりはあったということか。
オレはちょっとばかり安堵した。だがこのたわいのないやり取りが、実は大きな影響のある話だったのに気付くのはもう少し後になっての事だった。
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