ある町での「妻」の物語

高崎三吉

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新たな「セイ」への変身

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 俺は奥さんからかけられた言葉の意味を考えようとした。
 しかし体を駆け巡る快感は文字通り圧倒的でとても思考が巡らなかった。
 ましてやその快感の源である銀の玉やプレートから離れるなど、全く不可能だった。

「それでは次の段階に入ります」

 この言葉と共に新しい強烈な快感の波が手と足を通り抜けて、体の中を満たした。
 それはもう信じがたいものだった。
 だがどういうわけか、快感が増したにも関わらず股間の屹立は一瞬でしおれてイツモツは垂れ下がる。
 もちろんそれでも圧倒的な快感の前に、そんな事を疑問に思う余裕すら無かった。

「いいですか。実はこの機械はこの村が出来る遥か前、それどころか下手をすると今、知られている人類の歴史が始まる以前の時代のものなのですよ」

 とてつもないことをサラッと言われたが、こちらも一瞬だけ操作室を見ただけで、また全ての興味は体を満たす快感に戻ってしまった。

「そしてこの機械は被験者の遺伝子や染色体の情報を書き換える事が出来ます。だからあなたは、ここでこの町の住民にふさわしい新しい体に生まれ変わるのですよ」

 それを聞いた時、心の中に僅かなためらいが生じた。だがそんなもののためにこの快感を手放す事など出来なかった――自分がどれほど別の存在に変化させられようとも。

「ほうら。あなたの体を見なさい」

 残った僅かな理性で体を見下ろすと、少し前まであった体毛は殆ど消え去り、体のラインは柔らかく丸くなりつつあった。
 それに腰が広がり、胴体も手足も細くなっていた。

「この変化は永久です。あなたの外見も中身もこれからずっと変化したままです」

 これを聞いて、何かをしなければいけないと頭の中で警鐘が鳴った。だがそれに体は反応を拒否していた。

「もう少し待ちなさい。そうすればすぐにあなたの体は完全なものになるわ」

 背中がむずがゆくなったと思うと、いつの間にか髪が長く伸びていた。
 ただ髪が伸びただけでなく、細く柔らかく光沢をもってぴかぴかと光っている。
 尻もまた丸くなめらかで柔らかく大きくなっていた。
 肌はまるで象牙のように白く傷の無い、なめらかなものになっていく。

『だめだ……早く離さないと……』

 微かに残った男の理性が、この機械を手放すように悲鳴を挙げていた。
 だがそれは全てを覆い尽くす快楽の前には、本当に小さな雑音でしかなかった。

「ふふふ。素晴らしいでしょう。あと数秒で決定的な瞬間が始まるわ」

 股間の男の象徴は見る見る縮み、既に赤ちゃんのようになっていた。
 そしてそれが股間に消えていった瞬間、快感は一気に高まっていった。
 ぼんやりと自分が「男と女の間の境界線を越えた」事をその時理解した。
 静かな恐怖と快感の中でそれを見守ったのだ。
 これまで「男の肉体」に縛られておさえつけられていた胸が、自由になった喜びをかみしめるように嬉々としてあふれ出ていく。
 一秒ごとに胸は膨らみ、あっという間に視界を満たす。
 二つの肉の峰がそびえる一方、その谷間は深く肉感的に刻まれていく。
 10秒程度で普通の女性が数年かけて育ったであろう見事な双球が生まれていた。

「素晴らしい胸ですね。思った通り今まであなたの男の体は、その胸を無駄にしていたと思いませんか?」

 女らしい小山は若々しく、胸から徹底的に突き出ていた。
 それらは誇らしげに隠しようも無く、否定し難い存在感で新たな性を誰に対しても宣言するものなのが明らかだった。

「それでは最終チェックに入ります」

 ここで光のラインが頭頂部から足下まで照らし、体に僅かなむずかゆさが感じられた。
 それが終わると奥さんは誇らしげに宣言する。

「全てに渡って完璧です。もう結論は分かっているでしょうが、あなたは生殖能力でも、内部分泌機能においても、完全な女性として生まれ変わったのですよ」
「完璧な女性……」
「ええ。染色体はすべてXX染色体となり、XY染色体は消滅しました。あなたの女性としての器官もすべて完成しています。女性ホルモンも正常な成人女性の水準で安定しているわよ」

 奥さんは本当に嬉しそうだった。「勝利宣言」しているところというべきだろうか。

「もちろん肉体だけでなく、精神もそれに合わせたものになっています。大脳生理学的にも思考パターンにおいてあなたは標準的な女性のものです。自分が何者なのか分かりますか?」
「わたしは……わたしは……」

 いつのまにか一人称が「わたし」になっていた。声そのものも何オクターブも高くなっている。
 周囲と比較して身長もかなり低くなったようだ。体は小さくなったが、胸と尻の膨張でそれを感じさせない気がしていた。
 皮膚はなめらかに輝き、手足はずっと細く、体のどこにも固い部分、尖った部分は残っていない。
 もちろん数分前に天に向かうほど屹立していた男のシンボルはきれいさっぱり消えてなくなっている。
 もうどれほど想像力をたくましくしても「男らしい」と思われるところは、完全に消滅していた。
 ここでわたしの目じりから涙がひとすじ溢れてきた。

「わたしは……こんなものは望んでいませんでした……もとに戻してください」

 どこか弱弱しくわたしは求めた。

「それはだめです。いったでしょう。この変化は永久ですから。あなたはずっとその身体のままですよ。いえ。むしろ新しく女として生まれたのです」

 奥さんはゆっくりと断言した。
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